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家という城の外に私はいる  作者: 園原きょう
2/9

2話


 カーテンすら取り払われているものだから、窓のすぐ横に置かれたベッド、なおかつその上に寝ていた私に陽の光が当たるのは当然のことだろう。

出てきた朝の陽に起こされたものだから、私がいつもより早く起きるのは、必然的だった。


 的違いとは分かっていたものの、私は太陽に文句を言う。的違いどころか、言ったって聞く耳すら持たないのに。


 そんなはた迷惑な太陽のお陰で、すっかり目が覚めてしまった私は、まず、やはり母の再婚について考えていた。

母にどんな顔をして会えばいいのかわからないなんて、久し振りの感じだ。


 とはいえ、もう、しなくてはいけない『返事』は昨日のうちに結論が出ていたはずだ。

「しょうがないよ。子どもの私に、選択の余地なんてないし。」

もう完全に諦めていた。

母の再婚を認めるしかないのだ。


 そして私はまた、笑顔の仮面をかぶらなければならない。

何気なく、着替えもせずに、ベッドの上で目を瞑っていれば、いつの間にか時間が過ぎていたようで、元々セットしていた毎日のアラームが鳴った。

もう八時だ。

あえて言っておくが、私は学校のある日まで八時に起きているわけではない。そんな時間に起きれば、もう間違いなく遅刻だ。

もちろん、今は夏休みで、寝ていたい時間まで寝ていていいという特権のもとだから、何時に起きたっていいのだ。

ならばなぜわざわざアラームをセットする必要があるのかと問われれば、それは愚問だ。私にもわからない。

 ただ、なにもする気が起きなかった今、アラームが鳴ってくれたことで、私の完全な目覚ましになってくれたことには感謝すべきだ。なぜか八時にアラームをかけた、私自身に。

「さて」

母に会う準備を始めよう。

まず、着替えなくては。どうせ今日は一日中引っ越しの作業をすることになる。

いつまでも昨日の服のままでいたって、結局は着替えることになるのだから、今着替えた方がいい。

そういえば、タンスの中の服すら、もう片付けられていた。

タンスの方へ向かおうとして、そう思い出した。まあ、よくよく考えれば、昨日まで愛由(あゆ)の家に泊まっていたことを思い出す。

もちろん、持っていっていた私服は、図々しくも洗濯してもらっている。

私は、外泊用の荷物を入れたバックをてきとうに放り出した、扉の前まで歩いた。

そこから、無造作に上に置かれ、とはいえきれいに畳まれた服をてきとうに取った。

そうしてその服に着替えれば、もう今すべきことはない。顔を洗うのも歯をみがくのも、私は朝食の後だ。


 自分の部屋から出るためにドアノブに手をかけるが、「ああ、忘れてた。」笑顔が作れているかの、チェック。

そうは思ったが、チェックのための鏡が見当たらなかったので、今日は今までの経験を活用して、勘でいこうと思う。

(大丈夫、きっと今も自然な笑顔。)







 階段を下りて、リビングの扉を開けると、これはいつもどおり、朝食の匂いがふわりと漂う。

どうやら朝食はトーストのようだ。


「おはようお母さん。」

私が台所に立つ母に声をかけると、母はやっと私に気づいたようで、私と同じ、笑顔を私に向けた。

「おはよう、美和(みわ)。ほら、トースト焼いてるから、早く食べちゃって。」

そう言って私に肘でテーブルにつくように施す。


 ああ、いつもどおりだ。

いつもどおりすぎて、私のタンスには実は服が入っているのではないかと思ってしまいそうだ。

 とはいえ、私と母の間での喧嘩は、大体が、両者が忘れた体で終わる。…昨日のあれが喧嘩というのかは謎だが。

だから、今私がいつもどおりに朝食をとっていることは、私と母の感覚では、さほどおかしくないことだ。

 まあ、それでも今日、いつもどおりにならないであろうことは、昨日の喧嘩の話題が掘り上げられるだろう、ということ。

仕方がない。この件に関しては、必ず話をつけなくてはならない。

私や、母の将来に関わる話だから。


 母が私の向かいの席に座る。

「あのね、美和」

母はたぶん、再婚についての話をしようとしているのだろう。

私と目を合わせようとしない。少なからず、罪悪感というもの感じているのだろうか。そうだと思えば、なんだか気持ちが軽くなった。

「お母さん。」

母の話が終わるまで待たず、私は母の言葉を遮った。

そうすれば、母はやっと私と目を合わせる。

「再婚、していいよ。」

昨日まであんなに激情していた私が、急に穏やかになり、かつ再婚を認めるものだから、さすがの母も呆気にとられたようだ。

かと思えば、やっと状況が判断できたようで、母は「え、あ、そう、なの?」とだけ言った。

再婚を認めたのだから、嬉しそうな顔をしたらいいのに、母はなんともいえない顔をしていた。

もっと嬉しそうな顔をしてくれないと、なんだか私が報われないというか。

そんな私を見てか否や、やっと母は私に微笑を浮かべた。

とはいえ、やはりいきなり言い出したものだから、さっきまで私に神妙な面持ちでなにかを話そうとしていた母は多少なりとも戸惑っているようで、「あ、えっと、じゃあ」と言いながら落ち着きなく手を動かしていた。


 しばらく意味もなく手を動かしていた母だが、やっとなんとか落ち着いてきたようで、「じゃあ、お相手の人の説明をするわね。」と、私の方を見た。とは言っても、目を合わせようとはしていなかった。

「えっと、相手の方は園田宗士(そのだそうし)さん、って言って、その人もバツイチなの。」

バツイチ…まあ、今時離婚なんて珍しいことではない。

うちもそうだし。

「それで、相手にもお子さんがいてね。」

「え…。」

まさか、男じゃないよね?

「男の子なんだけど。」

…いや、まだ小さい子どもとか、逆に、もう一人立ちしている大人とか。

「美和と同い年なの。」

だめだ。

もう、全ての希望が否定されてしまった。

だからといって、母を責めることはできない。なぜなら、母は私の男性恐怖症を知らない。

知られないように、わざわざ笑顔を続けているのだ。知られていては困る。


「そっか。」

だから私は、今もまだ笑顔を続けていた。

そんな私に、母は何故か「申し訳ない」とでもいうような笑顔を向けていた。

「その子は園田昴( そのだ すばる)君っていうの。」

しょうがない。

男性と暮らすことを認めた上で再婚を了承したのだ。

今さらとやかく言うのは、私の生きる上での心得に沿っていない。

私は、了承した、と伝えるために、ただ笑顔のまま頷いた。

そうすれば、やっと母も安心したようで、今度はちゃんと目を合わせて微笑んでくれた。

「それで、引っ越し先は東京なの。学校も東京の、昴君と同じところに通ってほしい。」

もらう、ではなく、ほしい、と言うところは、母らしい。無理強いはしたくない、ということだろう。

とはいえ、ここで嫌だと言ったところでまた、他の選択肢はない。

「わかった。」

母は、「よかった」と呟いて、また口をひらく。

「それでね、本当にいきなりだけど。引っ越しは明日なの。」

「うん」

引っ越しなんて頻繁にするものではないし、よくわからないが、三日前からもう準備を始めていたのなら、明日というのは、妥当なのかもしれない。

だから、引っ越しの日程については、さほど驚きはしなかった。

ただ、やはり最初から話してほしかった。それに、再婚の前に顔合わせをするのが普通ではないだろうか。まあ、それについても、親の再婚なんてはじめて経験するものだから、なんともいえなかった。

「じゃあ、今日は荷物の整理、お願いね。」

そう言うと母は、私の返事も聞かず、席をはずした。自分の部屋に向かったようだから、自分の荷物の整理をするのだろう。


 そして私も、トーストを食べ終わって空になった紙皿を、近くにあった大きな燃えるごみの袋にかるく投げ入れ、自分の部屋へ向かった。







 いよいよ、引っ越しの日。


 昨日のうちに愛由の家には引っ越しの連絡を入れた。

愛由は、いきなりのことに驚き、私に色々と質問をしようとしていたが、そんな気分ではなかったので、「今忙しいから」と言って電話を切った。確かに忙しかったが、電話をするくらいの暇はあった。

なにしろ、三日の間で、母はほとんどの荷物の片付けを終えていたのだ。

だかそのあとには、メールで「落ち着いたら私から連絡する」ともいっておいた。実際落ち着いたら連絡を入れるつもりだ。


学校などの、連絡の必要な場所は、母がすでに連絡をいれていたようだ。

普段ぬけているのに、そういうところはしっかりしている。いや、ちゃっかり、という方が正しいのかもしれない。


 それはともかく。

荷物は引っ越し業者に任せて、私は母と一緒に、車で引っ越し先に向かうらしい。その車は、義父になる人が運転してくれるようだ。

つまりは、それが初めての、私とその人の接触になる。

どのように接するか。それはもう、私の生きる上での心得、『笑顔』に限る。

これから一緒に生活していくのだ。

悪い印象を与えて、いいことなんてなにもない。笑顔は、よい印象を与えるための、一番の手段なはずだ。


 …きた。車の音がする。

母が立ち上がり、確認のために窓の外を見ると、案の定迎えが来ていたようで、玄関へ向かった。

私もそれに合わせて立ち上がり、スマホや財布の入ったバッグを持って玄関に急いだ。


 「うわ、見るからに高級車…。」

さっき車の音をきいたときも、明らかに、ふつうの車より静かだなあ、と思ったが、やはりその車は高級車のようだ。

車のことをよく知らない私が、高級車、と断言できるほどなのだから、それはもう高級車なのだ。

まさか金持ちなのか。それとも見栄を張っているだけか。

それは、その車の運転席から出てきた人を見れば、もう明らかだった。

「おはよう、美雪(みゆき)さん、それから、美和ちゃん?」

君が美和ちゃんで合ってるよね?と、確認をとるように私に言うその人に、私は笑顔をつくる。

「はい、美和です。おはようございます。」

「うん」と、もっと親しげに言うべきだっただろうか。

だが一応は、今日はじめて会ったばかりなのだから、これでいい、と自己完結する。


 その人は、休日のため、私服で軽装。そのくせ軽装には思えないほどの上品さを醸し出していた。

私と同い年の子どもがいるくらいだから、たぶん四十歳くらい。それでも、かっこいい、と言われるような容姿だった。

(これは、本当にお金を持ってる人だ。)

私は、その人と車を交互に見る。


 「さ、二人とも乗って。」

そう言ってその人は車の後ろのドアを開ける。

私は躊躇したが、母が何事もないように、助手席のドアに手をかけ、乗り込むので、私も、ドアを開けてもらった後ろの席に乗り込む。

母がシートベルトをした音がすると、車はすぐには走り出した。


 「僕の家は、ここから二時間くらいかかるんだ。」

そう言って、ちらりと自分がつけている腕時計を見る、義父になる男性。

そんなに時間をかけてここまで来て、すぐに戻るとというのが、かわいそうだと、なぜか思った。


「聞いてると思うけど、僕にはもう一人家族がいて。(すばる)って言うんだけど。美和ちゃんと同じ年。」

「はい、聞いてます。」

その人がはは、と笑う。

それさえも上品に思えた。

「生まれた日は美和ちゃんの方が早いから、弟、になるのかな。」

『義弟』とは、言わなかった。

当たり前か。ここで義弟なんて言ったら、これ以上の微妙な空気になってしまう。

今のこの微妙な空気さえ、頑張って取り繕おうとしているのだから。

もちろん私も、取り繕おうと加担する。

「へえっ。お母さんは会ったことあるの?」

私は、他人から見れば、いかにもうきうきしている、ように見えるはずだ。

新しい環境に、期待で胸を膨らませるように。

「うん、あるよ。昴はこれまたかっこよくてね。明るい子だから、美和もきっとすぐ仲良くなれるわ。」

母が上機嫌で答える。

昴、と呼び捨てにしているところから、確かに母の言うとおり、すぐに人と打ち解けられるような人だと理解できた。


「だったらいいんだけど。で、昴は今どうしてるの?」

私も、昴、と呼ぶことにした。

そうすれば、少なくとも義父になるこの人には、私が自分の息子と仲良くなろうとしてくれている、と思ってもらえるだろう。

実際は、うわべだけの関係をつくろうとしているが。

「ああ、昴なら、今向かってる東京の家にいるよ。リビングが散らかっていたもので、片付けておけって言ったから。」

この人が言うと、本当にそんなに散らかっているのか、疑問になる。








 「ついたよ、美和。」

その母の声で、私は起き上がる。


首がいたい。

どうやら、座ったまま寝てしまっていたようだ。

母が後ろのドアを開け、出てくるように施す。

私は目を擦り、車からでた。


 見れば、かなり、いやすごく大きな一軒家。

ここに今まで二人で暮らしていたのかと思えば、本当に金持ちなのだと再び思う。

そして。


 「お帰り、父さん。それと」

にこりとした笑顔で玄関から出てきた男の子。

母がいうとおり、確かにかっこよく、イケメンの部類に入るであろう。

そして、端正な顔立ちから、あのお父さんの息子なのだと納得した。

「母さんと、…姉さん?」

さて、挨拶をしなくては。私の男嫌いを悟られぬように、笑顔で。

そんな私に、相手も笑顔を崩さない。

「昴…だよね?私は美和です。よろしく。」

距離感が掴めていない。が、昴、だなんて馴れ馴れしく挨拶をしておけば、まさか男嫌いだとは思われないだろう。


そうすると、私が名前を呼び捨てにしたのに合わせたのだろう。

「うん、よろしく美和。」

彼もまた、私を美和、と呼び捨てにした。

この人は、もう私との距離感を掴みつつあるようだ。

「さ、美和ちゃん、どうぞ入って。」

後ろからきた義父に、そう言われ、昴君が扉を開ける。


 そこにいた四人のなかで、最初に家に入ったのは、私だった。


 他人の匂いがする。

友達の家に行ったときに匂う人の匂いには、特別なにも感じることはない。

でも、この家は別だった。

この匂いには、まるで不快感しかない。


きっと、この家が、ただの友達の家であったら、不快感は感じなかっただろう。

とはいえ、男の人の家に行くなど、私には無理だが。


 靴を、手で丁寧に、端に揃えて脱ぐ。

なにも言わずに入った。

「ただいま」と言わないのは、この家に初めて入るから。そして、この人たちを家族と認めていないからだった。

かといっても、「お邪魔します」だなんて言ったあかつきには、この場が凍りだすことだろう。

どちらも嫌だ。

だから私は、ただ無言で、この家の中に入った。

新しい『家族』は、そんな私に、なにも言わなかった。



間違いない。

この人たちは、『他人』だ。



おじいちゃんちに連泊しにいくと、いちいち帰ってきたとき、なにか言って入ろうか悩みます。

結局は、今回の話のように無言で入っていくんですが。

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