支度と雑談
町のあちらこちらで、金槌を振るう音が響く。
見れば其処には、町の人々と共に建物を直す兵士達の姿があった。
好奇心旺盛な子供は兵士達の周りをついて歩き、女達はその姿を見つつ、大鍋で料理を作っている。
大量に炊かれた米は真っ白なおにぎりへと姿を変え、昨日の騒ぎで残ってしまっていた肉は他の野菜などと煮込まれ汁物になっていた。
少女は時々聞こえる笑い声を聞きながら、瑠璃達と共に荷物を整える。
そう、鋼斗の願いとは、彼の子供である鋼夜と瑠璃を少女の旅に同道させて欲しいと言うものだった。
最初は頑なに拒んでいた少女だったが、何故か連携を組んだ将軍と清華も説得に加わった為、仕方なく「王都まで」と条件を付け、彼らの同道を許可したのだ。
「あのさ」
「はい?」
「その、親父が強引に話を進めたみたいで、悪かったというか、すまないというか……」
「ああ……良いですよ。途中で将軍と清華もそちら側につきましたし、あの人達への処分書と一緒に私にも王都への招待状が届いたので」
「ついでだ、ついで」
少女の言葉に付け足す疾風。
キュッとリュックサックの口の紐を結んだ瑠璃は「なんで王様はお姉さんを呼んだんだろうね」と首を傾げた。
「そりゃ、晩飯食って一休み、ってところに俺みたいのが現れたら飼い主は誰だって話になるだろう」
「疾風君、喋ったの?」
「いんや……まぁ、『紅姫』の名前が結構独り歩きしているからな。王様の耳に届いていてもおかしくはないだろ」
「それはそうだけど……」
チラリと少女を見た瑠璃は「大丈夫だよね?」と不安げに呟いた。
「目的は私達のようですから、瑠璃さん達に危害は無いかと……。念の為、王都の入り口辺りでお二人を将軍に預ければ問題無いでしょうし」
「え?」
そうだな。と頷く疾風の声に重なって聞こえた鋼夜の戸惑う声に、少女は「何か?」と彼を見た。
「あ、いや……一人で会うって、危なくないのか?」
「そうだよ。もしかしたら、お姉さん達を捕まえるつもりかもしれないのに」
「は?」
「どういうことです?」
「だって、龍の疾風君に王鷹の雪華さん、翔狼の清華ちゃんが一緒でしょう? お姉さんを捕まえて、何かするつもりかもしれないじゃない」
不安げな兄妹の顔を見て「マルク兄さんの信用ってどうなっているんだろう」と本気で考える少女。
その間が気になったのか、瑠璃の目が徐々に潤んでいく。
「……大丈夫ですよ。本当に捕らえる気があるなら、こんな所で悠長に皆さんと話している暇は無いでしょう。飛馬に乗っていたのは手紙を持ってきた文官だけでしたし、将軍達に何か指令が下った様子もありませんでしたしね」
「それはそうだけど……」
「心配はいりませんよ。兵士達の処分を『申し開き不要。対象となる兵士達は町の人々と共に建物の修復及び復興に尽力すべし』なんてモノで終わりにした王ですよ? それに、王都で会うんですから」
余裕の笑みを浮かべる少女に、鋼夜と瑠璃は顔を見合わせる。
何が言いたいのかわからないという様子の彼らに「平和な所で育っているからな」と頭を掻いた疾風が口を開いた。
「王都で俺や雪華が暴れてみろ。王城の破壊どころか、王族は勿論、関係ない民も死ぬんだ。国が滅びるも同じ、他国が介入してこようと復興はほぼ不可能だろうな」
疾風の言葉に、ハッとする二人。
それに静かに頷いた少女は、「私自身、そこら辺の兵士相手に遅れを取るつもりはありませんから」と頷いた。
「お姉さんって、そんなに強いの?」
「私の実力は昨日お見せした通りですが……これでも一応、雷供で修行したんですよ」
ニッコリと笑う少女から伺える余裕に、鋼夜は「凄いな」と呟きつつ、乾いた笑いを零した。
「まぁ、俺らの主だからな。強くなきゃやってられないだろう」
「そうだね。誰かさん達はすぐに喧嘩するから」
「半分以上、あいつが突っかかってくるからだろうが」
「それを流さずにムキになって、大事にするのは誰?」
今もそうでしょう? と呆れたフリをする少女に、返す言葉もない疾風はぐっと押し黙った。
ああ、強さってこういうことか。と、鋼夜と瑠璃は密かに頷く。
「さて……話しているのは良いですが、準備は終わりましたか?」
「私は大丈夫」
「俺の方も問題無い」
「そうですか、では手伝いに行っている雪華と清華を探しましょうか」
自分の荷物を空間魔法で片付けた少女は、荷物を持った鋼夜と瑠璃を連れて外へと出た。
「あら、もう準備は終わったのかい?」
「鋼夜君と瑠璃ちゃんも行くんだって?」
「おにぎりとお味噌汁、食べていきなね」
宿の入口付近では、鋼夜達の母親を中心とした女達が子どもたちと一緒におにぎりや汁物を器に移している所だった。
ほらほらと手招く人々や食事を受け取りに来た人達をザッと見渡した少女は「鋼斗さんはどちらに?」と尋ねた。
その問は禁句だったのか、人々が困ったように顔を見合わせる。
「おじちゃんなら、さっき隊長さんの所に行ったよ」
答えない大人達を不思議そうに見ながら、集まっていた子供達が口々にそう答える。
あっち。と指差す子供達に礼を言い、少女は指さされた方へと歩き出す。
行かせて良いものかと声を上げかけた人もいたが、それは静かに振り返った少女の目で制された。
「姫さん」
「ん?」
「なにしに行くんだ?」
「挨拶」
ご家族を預かる身だから。と答えた少女の瞳に薄っすらと宿る憂い。
何かを懐かしむようにも見えるその目に、疾風は開こうとしていた口を閉じた。