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おにぎり

 金槌を振るう音が止んだ商店街の一角。

 兵士達と町民がその距離を縮めている中、一人だけ未だ皆と距離を置いている人間の姿があった。

 不満げな表情で座っているのは、あのだるまのような男だ。

「隊長」と士官生からは呼ばれていたが、それも実技訓練上の呼び名であり、実際に隊長格に命じられた者で無いことを将軍や少女は知っている。

 最も、これ以上彼に恥をかかせる必要はないだろうと彼らは勿論、士官生にも口止めをしている為、町の人々が知らない事実であり、今後も知られることはないだろう。

 だが、彼のプライドは少女や将軍が思うよりも高い所にあったらしく、王からの処分書を読み上げた時も、彼だけは了承をしなかった。

 曰く「誇り高い兵士である我らが、ただの民と一緒に作業など出来るか」というのが彼の言い分なのだが「その民がいなければ、兵士も国も存在出来ない」という少女の発言に黙り込み、ぶつくさと文句を言いながらも作業に参加したのだ。

 当然、町の人々も兵士達も気を使うしか無く、その距離が埋まるはずは無い。

 こんなギクシャクした空間で作業し続けるのは嫌だと人々に泣きつかれた鋼斗も、おにぎりと汁物を二人分持って様子を見に来たのだが、その荒れた様子にどう言葉を掛けるか少しの間考え込んだほどだ。


「……ここは田舎なので、良くも悪くも噂話はあまり入ってきません。ですから、私は隊長殿達が言う『紅姫の脅威』はわからないのですが……やはり、恐ろしいものなのでしょうか? 見たところ、彼女達に害があるようには見えませんでしたが」


 何とかおにぎりと汁物を渡し、少し離れてはいるが同じ場所に座ることに成功した鋼斗は、のんびりとした口調で隊長に尋ねた。

 ガツガツとおにぎりを食べていた彼は、その手を止めると「どうなのだろうな」と呟き、空を見上げると眩しそうに目を細めた。


「特に、被害めいた報告は王都にはないらしい。危険、と王達が判断したとも聞いてはいない。これでも、王都の騎士に知り合いが多いのでな、確かだろう」


そう告げた彼は「此処は、良いところだな」と呟いた。


「王都に住む方に、それも隊長殿に言って頂けると嬉しいですね。此処は何もないように見えて、沢山のモノがあるのですよ。衣食住を賄えるモノ、人の縁、温かさ……そのおにぎりは、この町の皆で育てた米を使っているのです。少し離れた場所に水田を作って……泥まみれになりながら皆で稲を植えて、虫や鳥と出来た米を分け合って……今日はそれを子供達と一緒に町の女の人が集まって握ったのです。だからほら、大きさや形がバラバラでしょう? でも、私はどんな豪華な食事よりも美味しいと思うのです」

「そう、だな……」

「彼女を捕らえること、それが出世に繋がるとしたら、私達はそれを邪魔してしまいました。それは、隊長殿に悪いことをしたと思います。でも……」

「もう良い。此処でこうして日を浴びて、お主と話をして……飯を食ったら、少し気が晴れた。王の関大なお心を無下にすることもできん……この塩辛い握り飯を食ったら、先よりはマシな態度で仕事に当たるとしよう」


 ハラハラと落ちる雫に気づかないフリをして、鋼斗は少しだけ丸くなった隊長の背を優しく撫でた。


「……姫さん」

「邪魔をする程無粋じゃないよ。後にしよう」

「おう」


 建物の影に隠れ、声を掛けるタイミングを見計らっていた少女達は、鋼斗達に気づかれないよう再び宿屋に戻った。


「……姫君」


 宿屋に戻ると、将軍が困った顔で少女に声を掛けてきた。

 その両脇には清華と雪華が控え、後ろには様子を見守る飛馬を連れた兵士が立っている。


「急ぎの任務、ですか?」

「どうやらそのようです……申し訳ありません。王都までの旅路同道させて頂くこと、叶わなくなりました」

「そうですか。分かりました」


 あっさりと頷く少女。

 あまりにも淡白なその様子に驚くこともなく、将軍は部下と共に飛馬に乗り、空を駆けていく。

 その姿を見送った彼女は、ゆっくりとこちらに戻ってくる鋼斗に一礼した。


「……出発ですか?」

「ええ。将軍が先に王都へ向かったので、早めに出ようかと。護衛の人数が減ってしまいましたから」


 小さく笑う少女に「成る程」と頷く鋼斗。

 将軍に会った際には自分が礼を言っていたと伝えてください。と話す鋼斗に頷き、話す犬と鳥、そして龍だと子供達に追い掛け回されていた清華達に出発することを告げた。


*****


 町を出てから三日。

 徐々に険しさを増す山道を歩いていると、清華の背に乗った瑠璃が「そう言えばさ」と口を開いた。

 旅を始めてすぐの頃、「敬語も様付けも不要です」という少女の発言から、普段と変わらない口調で話すことにした鋼夜と瑠璃。

 清華達とも同じように話すことにした為か、その距離はだいぶ近い。

 瑠璃の呟きに気づいた清華が「どうしましたか?」と彼女に先を話すように促した。


「やっぱり、呼び名が無いと不便だなと思って」

「ああ、姫様ですか」

「うん」


 先を歩く少女の背を見つめながら頷く瑠璃に、清華は確かにそうかもしれないと小さく頷いた。

 今迄、旅には自分達以外が同道することは無く、人目があれば自分達は彼女を呼ばない。

 名乗る必要がある時は、その時浮かんだ言葉を名として使うこともあるが、これから最低でも四日は共にいる瑠璃達にその対応は失礼だろうと清華は考える。

「一宿一飯の恩義はきちんと返すべきだ」と少女も言っていたのだから、礼儀正しくあるべきだろう。

 其処まで考えて、清華は少女の足が止まっていることに気づいた。

 肩に止まっている雪華とローブの中にいる疾風の纏う雰囲気から、何者かが近づいているということだけは分かる。

 鼻や耳を動かすが、危険な匂いも音もしない。

 何事かと瑠璃を乗せたまま少女の隣に立つと、少し離れた場所の地面がボコボコと不規則に隆起し始めていた。


「これは……」

「清華が何も言わないってことは、危険な音は無いのよね」

「はい」

「ということは、土竜犬つちいぬか?」

 雪華の呟きに合わせるように、ボコリと頭に土を乗せたまま顔を出したのは、鼻の部分が白い犬だった。

 耳や他の部分が黒い為か、距離があるからか、その犬の目にあたる部分がなにもないように見える。

 瑠璃と鋼夜は初めて土竜犬を見たのか、目を探すように視線をしきりに動かしていた。

 その様子に「土竜犬は土の中で暮らしているから、あいつらの目は毛に埋もれていて見えないぞ」と雪華が教える。

「へ~」と納得している兄妹を他所に、どうして土竜犬が姿を見せたのか首を傾げる少女。

 その時、土竜犬が来たであろう方向から、大きな爆発音が聞こえた。

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