ボーイ・ミーツ・ガール! -9-
続きのシナリオの全面的見直し、世界樹5の体験版で遅れました。
俺が自宅に戻ってくる頃には既に薄暗く、街灯がちらほらと灯り始めていた。家の扉を開けるや否や、恵とエリゼが駆け込んでくる。
「はーちゃん! 戻ってきた!」
「ハヤトさん! 怪我は!? 怪我はないですか!」
うーん、騒がしい。
「何処も怪我してねえよ。問題ない」
恵は俺をまじまじと見渡すと、安堵したようにため息を漏らす。俺に怪我がないか見ていたらしい。
「はーちゃんはいっつも無理するんだから」
「悪い悪い。それで、今晩は何だ?」
俺の質問に、エリゼが答える。
「カレーです! ハヤトさん、本当にケイさんの作るカレーは別物ですね!」
まるで犬が喜んでいるかのように、エリゼは目を輝かせる。
エリゼに尻尾は付いていないはずなのだが、ぶんぶんと激しく尻尾を振っているように見えるぞ、俺には。恵が苦笑しながら続ける。
「何だか、エリゼちゃんが食べたいって言うから作る事にしたんだ」
そういや、昨日のうちから食べたいって言ってたもんな。というよりか、ここ数日でカレー大好きっ子になってきているよな、エリゼ。
「よし、じゃあ食うか」
靴を脱ぎ、家の中に上がり込んだ。食堂の物とは別物のカレーを心底楽しみにして。
やはり、恵の作るカレーは段違いの逸品だ。とろりとしたルーが白飯と絡み合い、複雑で芳醇なスパイスの香りが口中に広がる。
食堂のものとは大違いだ。あまり手間をかけているようには見えなかったが、レトルトを使っている様子もないし。
エリゼの方を見ると、まるで別人のようにがっついている。だから君、カレー大好きっ子キャラじゃないでしょ?
「はーちゃん、何か隠してる事あるでしょ?」
恵は変わらぬ様子でカレーをすくいながら、俺に訊く。やけに勘がいい。
「……まあな」
俺は、向こうが直剣を使ってきた事、木刀の中に刀の刃が仕込まれていた事を話した。
「武器を持ってる事がそんなに珍しいんですか?」
ひとしきり話を聞き終えたエリゼが、不思議そうに首をかしげる。話を聞く度に感じるけど、マジで魔界って物騒な場所だな。
「ああ、まあ、この世界では普通じゃないんだ」
そりゃ、魔界には銃刀法自体がなさそうだし、変な反応ではない。
「木刀持ってるってだけで、警戒される事もざらにあるからな」
「やっぱり全然、魔界とは別なんですね」
エリゼはカレーを食べている手を止め、不意に手を叩く。
「だったら、魔界もそれを真似れば――」
「無理だろうな」
実際、武器を持つ連中なんて、この世界にもざらにいるし、何らかの戦いなんてのも、俺達が今カレーを食べているこの瞬間にも起きている。
そもそも、今まで持っていたものをいきなり取り上げるとなったら、それこそ魔界内での紛争に成りかねない。
しゅん、とエリゼは肩を落とす。
「ですよね」
エリゼもエリゼで、甘い夢だとは承知していたのだろう。俺は思わず頭をかく。
その様子を見ていた恵が、思い出したように声を上げる。
「はーちゃん、そういえば右手はどう?」
「へ? あ……」
包帯をしている右手をしげしげと眺める。戦っている最中も、特段何らかの違和感を覚える事はなかった。
それどころか、丁寧に巻かれた包帯が少し邪魔に感じてしまう程だ。
「そうか、怪我してるんだった」
自分でもそう言ってしまう程には、すっかり右手の事を忘れていた。恵は呆れたようにため息をつく。
「体大切にしないとダメだよ」
「まあそうなんだけどさ」
俺はゆっくりと包帯を解いていく。
「ハヤトさん!? まだ怪我してるんじゃないですか!?」
「ダメだよ、はーちゃん!」
二人の声を無視して右手の包帯を解き切る。少し蒸れて、独特の臭いがついているが、さして変わったところはない。
――いや、それこそがおかしい。
「……もう治ってる」
俺は二人に右手を見せる。昨日の夜、あれ程にだらだらと血を垂らしていた手の甲は、完全に元通りだ。
え、あ、あれ? と恵は身を乗り出し、俺の右手を掴んでぐるぐると見回す。エリゼも立ち上がり、俺の右手をじっと見ている。
「ホントに……治ってる?」
「でも、凄い血が出てましたよね?」
うーん、と恵は唸る。
「かさぶたもないもんね」
恵の言う通り、右手の甲には傷跡どころかかさぶたもない。解いた包帯には若干血のあとが残っているが、固まった血がへばりついているような様子もない。
まるで、元からなかったかのようだ。
「まあ、問題なく動かせるし、大丈夫だろ」
俺は右手を握ったり開いたりして、支障なく動くことを確認する。確かに怪我がすぐ治った事は奇妙だが、それ以上にあの白マントが問題だ。
恵やエリゼには話しそびれてしまったが、あらぬ心配をかけてしまうのも問題だろうか。いや、やはり。
そうこう考えているうちに、結局話しそびれてしまい、夜が更けてしまっていった。
――――――
今朝も、早い時間に起きた。白マントとの決闘の事で、頭がいっぱいだ。ろくに寝れる気がしない。
昨日と同じく、お化け公園に繰り出そうとバットケースを持つ。ずしりとした重量感は、刀の刃が仕込まれた木刀のものだ。
ふと、気になってバットケースから木刀を取り出す。浅い切り傷が入った木刀の刃を持つ。昨日、お化け公園でやったように、刃を引き抜き――。
「あれ?」
引き抜けない。以前までと同じく、少し重い木刀に戻ったかのようだ。んん? 昨日、普通に居合い斬りとかしてたよね? あれ?
もう一度、木刀の刃と柄をしっかりと持って、引き抜――。
「――けない!?」
おかしい。見る限りでは真っ直ぐ納刀されているはずだ。どうして引き抜けないんだ?
「……」
取り敢えず、素振りでもしに行こう。中途半端に起きてしまった頭を起こすには丁度いいだろう。
―――――
しかしその判断こそが誤りだった。普段なら誰もいないはずのお化け公園に、先客がいた。というか、白マントだった。
「……こんな時間からいるのか」
他に行くところないのかよ。俺が来た事に気付いた白マントは、ゆっくりとこちらを振り向く。
「来たか。魔王の犬」
昨日と同じく、白マントは直剣を鞘から引き抜く。早朝からやる気満々のようだ。
「……えーと、マジですか」
起き抜けで戦う覚悟なんかしてませんよこちらは。
「私は時間を定めていない」
どうやら本気のようだ。白銀の刃は真っ直ぐに俺を狙いすましている。もしかしなくてもコイツ、馬鹿か!? やばい!
こちとら、また鞘から刃が出せなくなっているのに!
白マントはこちらの事など意に介さず、切っ先を突きつけてくる。いちかばちかだ。
木刀の刃で凌ぎ、家から出る前のようにいぶし銀の刃を引き抜――。
「うおっと!?」
今度はすんなりと刃が抜き出てくる。勢いをつけ過ぎたせいで、バランスを崩しそうになる。
がら空きになった俺の体を切りつけようと、白マントは大きく直剣を振りかぶる。俺は咄嗟に、左手に持っていた鞘を思い切り相手の顔にぶつける。
うめき声と共に、白マントは後ろによろめく。からん、と薄い板状の物が落ちる音が響く。
「――へ?」
白マントの仮面が落ちていた。無表情な仮面には大きな亀裂が一筋走り、今にも真っ二つに割れそうだ。
ただ、白マントの素顔に素っ頓狂な声を上げてしまった。一目では、男か女か分からない。
中性的過ぎるのだ。美少年とも美少女ともとれそうだが、どっちなのだろうか。って、今はそんな事気にしている場合じゃねえ!
「やるじゃないか、魔王の犬」
額に当てた手をゆっくりと離し、白マントは再び直剣を構える。今まで無愛想な仮面を相手していたのだ、
切りそろえられ、さらさらとしたブロンドの髪がなびく美人を相手するのには少々違和感を覚えてしまう。
「魔王の犬じゃねえ。俺は隼人。花房隼人だ、白マント」
「ほう」
白マントは直剣を構えたまま、じっと俺の方を見据える。
「白マント、と呼ばれるのはいい心地がしない。クリスティ・オルテンシアだ」
俺は仕込み刀を両手でしっかりと持ち、相手と相対して構える。
「それならこれからよろしく頼む、クリス」
「今から殺し合うのだがな」
やっぱり意気込みが怖い。まあ、ふつふつと溢れ出る殺気が強くなってきているからある程度の予測はしていたが。
「本当に、魔界と天界は分かり合えないのか?」
俺は念のため、クリスに訊く。クリスは聞き飽きたかのように首を横に振る。
「愚問だ。何故、長年の敵と今更、手を取り合わないといかんのだ」
「それがあいつの願いだからだ」
クリスは突如、距離を詰めて俺に切りかかる。俺の体に直剣が届く寸前、俺はクリスの首筋近くに刀の刃を滑らせていた。
動きを止めたクリスの目は、まるでつまらないものを見るようだに無感情だった。
「二言目には魔王の野望のため、とは見上げた忠義だ」
「野望?」
クリスは、直剣の切っ先をゆっくりと俺の喉仏へと動かす。今にも触れそうな程に近い。
「所詮、魔界は天界を呑み込もうとしているだけだ。和平の交渉など」
「あいつは」
俺はクリスの目をじっと見、クリスの言葉を遮るように口を開く。青い、海のような瞳は、エリゼの深い色合いの瞳とはまるで違い、透き通っている。
「あいつは、そういうやつじゃない」
例え時間が短かったとしても、こそこそ襲ってきたお前よりも、側にいた俺の方が、それを一番分かっているつもりだ。
「全く」
クリスはゆっくりと直剣を下ろすと、俺を憐れむような目で見る。これはもしかしたら、話し合いで解決したパターンかな?
「死んでもらうしかない」
「そっすか……」
やっぱり世の中、そんなに甘くはないよね! うん、分かってたよ! ちくしょう!
「せめて、静かに逝け」
「死ぬわけにはいかねえんだよ!」
振り下ろされた白銀の刃を、刀で受け流す。直剣は軌道を逸らされ、地面に刺さる。
クリスが直剣を引き抜く僅かな隙を狙い、刀の峰をクリスの腹にぶつけようと素早く振る。だが間一髪で間に合ったクリスは、直剣の刃で刀の峰を受け止める。
弾き出されたように跳ねた刀を構え直し、クリスと距離を取る。
「どうした? 本気でかかってこい」
クリスが半ばにやつくように俺に言う。俺も俺で負けじと笑い返す。
「本気出したら、すぐに決着がついちゃうだろ?」
「戯言を」
クリスは切っ先を俺に向けて突進してくる。何度も見てきた動作だ。すぐ様、横に相手をいなす。
「こちらも本気を出せない。早く本気を出せ」
「テメーを殺すことが目的じゃないからな」
「いい心がけだ」
俺の答えを聞くやいなや、クリスは素早く後ろに跳ぶ。
「だが私は、貴様を殺す」
物騒なやつだ。怖い。
「これだけは使いたくなかったが」
クリスはゆっくりと意識を集中させるように目をつぶると、直剣を頭上に上げる。白銀の刃は日光の光を浴び、ぎらりと激しく光る。
一方のクリスは、小声で何かを呟いている。口の動きから見る限り、とてつもなく早口だ。
「次元斬」
早口で何かを唱えたクリスは、最後にそう、聞き取れるほどにゆっくりとそう言った。
しかし、何も起きない。相変わらず直剣は日光を浴び続け、公園の木々はざわめいている。鳥の鳴き声も聞こえてくる。
まるでもって平和な朝だ。いや、お互いに剣と刀を持っているから物騒だけど。
クリスも不審に思ったらしく、目を開いて自らの剣を見る。しばらく動きを止めた後、俺の方を素早く向く。
その顔には焦りが浮き出ていた。
「……待つぞ?」
このパターン、つい最近もあった気がする。クリスは俺が動き出さないのを確認すると、再び直剣を上に掲げ、早口で何かを唱え始める。
さっきよりも早口な気がするが、気のせいだろうか。
「次元斬」
二度目の締めくくり。やはり、何かが起こりそうな気配は何一つない。このままじゃ、ただの恥ずかしい人だ。
見ていてこっちがかゆくなってくる。「次元斬」とかいう技の名前で恥ずかしさ倍増だ。
「……貴様、何をした?」
クリスは俺を睨みつけ、恨めしそうに言う。
「いや、何も」
俺も俺で戸惑いを隠せずに、呆気にとられたような声で答えてしまう。
「嘘をつくな!」
いやいやいやいや。何も嘘はついてないんだけど。
「加護が使えないなど、普通ではない!」
クリスはまるで、狂乱したかのように俺にわめき散らす。どうやら、加護とかいう力が使えず、混乱しているのだろう。
「……いや、ここじゃそれが普通だ」
完全に同じパターンじゃないか。肩の力が抜けてしまい、刀を鞘にしまう。一方のクリスは、顔色をみるみる蒼くしていく。
「ここは……ここは、魔界じゃないのか?」
「ええっ!? 今まで魔界だと思ってたの!?」
ここに来てまさかの天然発言!? 俺の想像してる魔界とはまるっきり違うと思うんですけど!?
「そ、そうだった、のか……」
クリスは膝から崩れ落ちるように倒れ込み、脱力する。直剣が地面に転がり、虚しく金属音が公園に響く。
「道理で鎧が重いわけだ……」
あ、やっぱ重いんだ。そもそも、あんなの付けてあれほど早く動くから、全然重くないのかと思ってた。
クリスは思い出したように何かを口走る。
「時空転移」
さっきの「次元斬」の時と同じように、最後だけはしっかりと聞き取れる。だが、当然何かが起こる気配はない。
技名から考えると、なんかテレポーテーション的なものなんだろう。クリスは虚ろな目で自虐するように笑い出す。
「まさか、な。まさか、この世界に閉じ込められるとはな」
クリスは天を仰ぎ見たかと思うと、肩を落としてため息をつく。
「しかも、魔法も加護もなしの一般人と剣の腕が互角だった……。これじゃ一生笑い者だ」
もうまるで、うずくまっているような体勢になってしまっている。余程ショックだったのだろう。
「一般人で悪かったな」
まあ確かに善良な一般市民ですが。俺より強い一般人なんざザラにいるけど。