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ボーイ・ミーツ・ガール! -3-

 昼休み、俺は机に突っ伏していた。未だに男子からは白い目で見られているし、女子からは好奇の目で見られているしで散々だ。

「はーちゃん大丈夫?」

 恵が俺の顔を覗き込む。元はと言えばお前が蒔いた種なんじゃないか。

 しかし俺も俺で面倒を見ると言ったのだ。今更その約束をふいにするわけにもいかない。

「あの、ボク、何か悪い事でもしたんでしょうか?」

 エリゼが肩を落としながら俺に訊いてくる。

「いや、エリゼは何も悪くない。事故だよ事故、そうこれは事故だよ」

 エリゼを元気付けるというよりかは、自らに言い聞かせるようにぼやく。

 好奇の目で見られるのはまだ慣れているからいいのだが、敵意むき出しの視線はほとんど受けたことがない分、慣れていなくて辛い。

「嘘ついている訳じゃねえしな」

 ゆっくりと顔を上げ、力なくエリゼに向かって微笑む。エリゼはひとまず安堵したのか、小さくため息をつく。

 しかしまあ、改めて見ても花の女子高生だ。袖の長さが若干合っておらず、袖口からは白く細い指しか見えていないのだが、それも込みで制服を着こなしている。

 女子として見ても小さめの体型だったので、サイズが合う制服があるかどうか気にはなっていたが、特にサイズ面での心配はしなくてもいいみたいだ。

「んー? はーちゃんもしかして見とれちゃってるー?」

 恵がにたりと笑いながら俺に訊いてくる。

「うっせ」

 図星だったので、気恥しさで顔が熱くなる。赤く染まった顔を見せまいとそっぽを向く。

「ねえねえ、あたしは? あたしは似合ってる?」

「はいはい似合ってる似合ってる」

 そのやり取りは一年ほど前にしただろうが。

「ちゃんと顔見て言ってくれないと分からないよー?」

 恵は俺が向いた方向にわざわざ移動してくる。俺が別の方向を向くと、再び場所を移す。更に別の方向を向くと、またまた移動。

 そんな俺と恵のいたちごっこを眺めていたエリゼが、恐る恐る声をかける。

「ハヤトさんとケイさんって、恋人同士なんですか?」

 昼休みの春の教室が、凍りついたように静まり返る。なんなんだお前ら! あとエリゼ!

「い、いや、んなこたぁねえよ。なっ、な、恵」

 俺は無理やり取り繕った笑顔で恵を見る。だが恵は俺の顔を見るなり、びくんと動揺したように跳ね上がる。その反応はなんですか。

「あたしは、えっと、小さい頃から一緒だったから、その、よく分からない、というか」

 堪えきれてない堪えきれてない! 笑い堪えきれてないから!

「おい花房! てめえ、高梨さんがいながらエリゼちゃんにも手を出すつもりじゃねえだろうな!?」

 細川がずいと身を乗り出してくる。

「ああもう、話をめんどくさくするな!」

「もしかしてもう手を出したのか!?」

「んなわけあるか!」

「恋の三角関係!?」

「恵は少し黙っててくれ! 余計こじれるから!」

 あとエリゼにも悪いだろ、勝手に巻き込むな!

「あの、あの、ボクどうすれば!」

 エリゼがあわあわと狼狽えながら、俺に訊いてくる。

「誤解! 誤解だって言ってくれ!」

 半ば懇願する様な形で俺は叫ぶ。このままじゃ収拾がつかない。

「えっと、ハヤトさんは特に何も考えてないですから!」

 そうじゃない! そうだけどそうじゃない!

「花房ぁ、お前後先考えずに手を出したってことか……?」

 細川の後ろから、男子の群れがぬっと現れてくる。誇大解釈しすぎ! 俺の社会的信用が落ちていく一方だ。

 てかそもそも男だけの三角関係ってなんだ! どうしてそれでこんな事になってんの!?

「恵! 恵も誤解だって言ってくれ!」

 藁にもすがる思いで、俺は恵に向かってわめく。

「……その、あたしたちの間に、何もやましい事はない、よ」

 今演技する必要ないからね!? 誤解すごい事になっちゃうからね!?

 男子の視線がより鋭利なものになっていく。

「花房、テメエ!!」

「誤解! 誤解だ! それよりも、メシ、メシだ! エリゼ、食堂に行くぞ! 恵は?」

 半ば強引に話題を切り替え、恵を見る。

「あたしはいいかな」

 いつものあっけらかんとした対応に戻った恵は、俺とエリゼに向かって手を振る。

 エリゼを引っ張っていくようにして、俺は食堂へと向かう事にした。

「そういや、エリゼは向こうじゃ何食ってたんだ?」

 昨日の晩に出された焼き魚の切り身も、今朝の食パンも、何の疑いもなく食べていたが、魔界だとそもそも食べているものが違う可能性もある。

 やっぱり魔界だから、すんごいゲテモノとか食べるのかな?

「普通ですよ? 鶏肉とか、お魚とか」

 意外と普通だ。あくまでそこまでは。

「鳥が三本足だったりするのか?」

「え? 何言ってるんですか?」

 あれれ? 本当に普通だ?

「ただ、火炎袋を取り出さないといけないんですけどね。そこが珍味だっていう人もいたりしますけど」

「……そうきたか」

 やっぱり魔界だ。最後まで油断が出来ない。

「少なくとも、ここの鳥は炎を吐いたりしない、と言う事ですか」

 俺の雰囲気を察してか、エリゼがぼそりと呟く。

「いや、エリゼ、炎吐く動物はこの世界にいないからな?」

 いたらいたで大発見になるじゃないか。

「じゃあ昨日のお魚も、鱗を飛ばしてきたりはしないんですね」

「えっ、向こうじゃ飛ばすのか……」

 向こうの料理人はそれこそ、生半可な実力じゃ料理も出来ないのか。それこそ、一人でギャングを壊滅させるほどの。

 エリゼよりもむしろ、こっちが驚き通しだ。

「ん、着いた。ここだ」

 食堂は基本的にいつも生徒がいる印象だ。流石に昼の混雑には見劣りしてしまうが、放課後にも購買で買ったパンをかじっている生徒がちらほらいたりする。

「んー、今日はカレーって気分だな」

「カレー、ですか?」

 エリゼは俺の顔を見ながら不思議そうな目をする。向こうじゃカレーはなかったのか。

「エリゼもカレーにするか? ここの使い方を覚えるがてら」

「はい!」

 エリゼは目を輝かせながら、俺の提案に乗る。俺は山積みにされているトレイを二つ手に取り、エリゼに一つ渡す。

「並ぶ時はこいつを持っておけよ」

 トレイを手にしたエリゼは、それこそ理解出来ないように俺の顔とトレイを見比べる。

「並ぶ……? 座ったら注文を取ってくれるのではないんですか?」

「うーん、それはなあ」

 レストランだよなそれじゃ。まがりなりにも魔王だから、こういうタイプは初めてなのか?

「ここじゃそういうルールなんだよ。ほら、決まった時間にたくさん来るから、決まったものをある程度作り置きしておいて、すぐに渡す方がいいんだ」

「……そういうもの、なんでしょうか?」

 エリゼはいまいち腑に落ちないといった表情で俺とトレイを交互に見比べる。

「いいから、ほら、並ぶぞ。メシにありつけなくなる」

 俺が列に並ぶと、エリゼはとことこと後ろをついてくる。

 小柄な事も相まってか、なんだか小動物みたいだ。

「俺と、あとこの子もカレーで」

 食堂のおばちゃんに、カレーの代金を二人分出す。食堂のおばちゃんはいそいそと小銭をかき寄せ、カレーを俺とエリゼのトレイに乗せる。

 ぬるくなっているのか、湯気を立てずに鎮座するカレーをエリゼは興味津々とばかりに見つめる。

「エリゼ、早く移動するぞ。眺めるなら座ってからでもいいだろ」

 エリゼは我に返ったように後ろを振り向くと、自分が列の邪魔になっている事に気付いたらしく、俺をゆっくりと追う。

 丁度、二人分並んで座れる席を見つける。よかったよかった。下手すると座れないんだよな。

「これが、カレー、ですか」

 エリゼは椅子に座るや否や、カレーをまじまじと見つめる。

「向こうには流石にないか」

 俺はスプーンでカレーをすくい、口の中にルーとご飯を放り込む。うん、可もなく不可もなく。

 筆舌するほどの味わいはないが、不味いわけではない。ルーは辛いものが苦手な生徒に配慮しているのか、どちらかというと甘めだ。

 煮込まれたような深みはなく、チープなルーの風味はまさに学生向け、といったところか。値段の割にそこそこの量なのがこのカレーの長所だし。

 エリゼは俺に倣ってカレーを一口頬張る。ゆっくりと確かめるように咀嚼すると、静かに嚥下する。

「なんか、普通ですね」

 反応はいまいちだった。まあ色んなラノベやマンガで見かける、ファストフードで感激、みたいなリアクションをされても困るだけだし、それほどにこのカレーが美味いわけでもない。

「恵が作ってくれたやつはもう少し美味いから安心してくれ」

「そうなんですか?」

「別物だからな、アレは」

 恵の作るカレーは、何処で作り方を覚えたんだろうか分からない程に美味い。

 使っている食材は普通のカレーとあまり変わっていないはずなのに、ルーの深みがまるでレストランで出るような奥行きを持っている、と思う。

 レストランのカレーなんぞ食ったことないが。へえー、とエリゼは俺の顔を見る。

「何だか、食べたくなってきました」

「また今度な。二食続けてカレーはちょっとな」

 嫌いなわけじゃないけど、飽きてしまいそうだ。大体、カレーって次の日にも残った分を食べなきゃいけないし。

「……そうですか、残念です」

 エリゼはしゅんとした様子でカレーをすくう。カレー大好きっ子じゃないだろ、エリゼ。

――――――

 五限が終わった段階で、エリゼの様子がおかしいことに気付いた。何かを堪らえるようにうずくまり、その体は小さく震えている。

 まさか、別の世界に来たから、何か体に異常でも起きたのだろうか。

「エリゼ、おい、大丈夫か」

 俺が声をかけると、エリゼはゆっくりとこちらを振り向く。額には冷や汗が浮かんでおり、尋常ではない様子が伺える。

「は、はい、大丈夫、です」

 いや、大丈夫じゃないだろ。明らかに普通じゃない。顔色も悪いし。

「何かあったら言ってくれ」

「はい、あ、ありがとう、ございます」

 絞り出すような声だ。やはり何か体の調子が悪いのだろう。エリゼは依然としてうずくまったまま、小刻みに震えている。

「恵、エリゼの様子がおかしい。何か心当たりはないか?」

 恵に耳打ちする。どうやら恵もたった今気付いたようで、エリゼの様子を見て眉をひそめる。

「うーん……。わからない……」

「そう、か」

 まいったな、エリゼ本人に訊いてみる他ないだろうか。

「エリゼ、やっぱり何か問題があるんじゃないか? その……この世界に来てから具合が悪くなったとか」

 向こうでは魔法を使えたが、この世界では初歩的な魔法でさえ放つ事が出来ない。その事が何らかの弊害を起こしている可能性もある。

 もしそうならば、早めに対策を考えておかないといけない。いつまでこの世界に留まるのか分からないから尚更だ。

「……」

 エリゼは観念したような表情でぼそぼそと口を動かす。しかし、休み時間である事もあり、聞き取る事が出来ない。

「ごめん、聞こえなかった。もう一回言ってくれ」

 俺が言うやいなや、エリゼは顔を真っ赤にし、俺を睨みつける。あれ? 俺、別に何も怒らせるような事言ってないよね?

「……イレ」

「いれ?」

「――トイレ……」

「トイレ、――あっ!?」

 そうだよ!? そういえばトイレどうすんの? 恵がどっちに入ってるのか俺知らねえ! 我慢してたんだね、気付かなくてごめん!

「恵、恵!」

 ぐるん、と自分でも驚きそうな程に勢いよく恵の方を振り向く。

「お前、トイレどっちに入ってんの!?」

 恵は困惑したように顔を赤らめる。

「……はーちゃん、サイテー」

 うっ、恵の視線が物凄く冷たい。そりゃ、いきなりデリカシーのない質問をされたら、そうなるだろうな。

「違うんだよ! エリゼだよ! エリゼが我慢してるみたいで、というか朝に案内しなかったのかよ!」

 恵は数刻考えるように天井を眺めると、申し訳なさそうに笑う。

「教えるの忘れてた、えへへ」

「えへへ、じゃない! 早く連れてってやれ!」

 エリゼは相変わらずうずくまっている。何だか、色々と深刻に考えてしまった自分が馬鹿らしく思えてきた。

 いや、ある意味では深刻な問題だ。登校初日で恥ずかしい思いはしたくないだろう。

「エリゼ、立てるか? まだ何とかもつか?」

「も、もう限界、です」

「今、恵がトイレに連れてってくれるから、頑張ってくれ」

「はい……」

 エリゼは力なく返事する。ゆっくりと立ち上がったエリゼは、慎重に恵の後をついていこうとする。

「どったのさ花房、高梨さん? 何か賑やかだけど」

 そこにタイミングが悪く、細川がやってくる。何でこう、無茶苦茶なタイミングで来るかな君は。

「今お取り込み中だから」

 俺が素っ気なく答えると、細川は恵の後ろで股を抑えて震えているエリゼと、俺を交互に見る。

「恵、構わず連れてけ」

「う、うん」

 ゆっくりと歩くエリゼの姿を眺め、細川は途端に顔を険しくする。

「てめえ、授業中に手を出したってのか……?」

「はあ?」

 どういう発想だよ。いつどうやって手を出すっていうんだよ。

「顔が赤かったし、それに股を抑えてたじゃねえか! 流石に言い逃れさせねえからな!」

「相変わらずめでたい頭してるなお前は!」

「くそう……殺してやる、殺してやる!」

「あークソっ、話を聞け!」

 全く、二人がすぐに戻ってこなかったら、俺は授業中隣の席の生徒に手を出す鬼畜だと、根拠のない噂を流される所だった。

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