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ボーイ・ミーツ・ガール! -4-

「ああ……。今日は疲れた……」

 散々な日だった。男子の視線は依然として鋭い。勘弁して欲しい。

 ぶすりぶすりと刺さる視線で、げんなりとしてしまいそうだ。放課後になってもこの調子だから、どうにかなってしまいそうだ。

「ハヤトさん、その、……大丈夫ですか?」

 エリゼが再び、心配そうに俺に声をかける。おう、と生返事をしながら立ち上がる。

「――恵は?」

 エリゼが一人で立っていたので、思わず周りを見渡す。恵の姿はない。

「先に帰る、って言ってました」

「そうか」

 メシの用意もあるんだろうな。今日は唐揚げを作る、と言っていた気がする。

 鞄を持ち上げ、大きくため息をつく。

「じゃあ俺たちも帰るか」

「あ、はい」

 俺が先立って歩くと、エリゼもとことこと後を付いてくる。既に噂が学校中に広まっているのか、あらゆる所から視線を感じる。

 そう言えば、恵の時もそんな感じだった。幼稚園児だった頃から、恵と共に受けていた好奇の視線。それを恵がいない時にも受けるとは思っていなかった――。

「ハヤトさん? ハヤトさん?」

 考え事をしていたせいか、エリゼが声をかけていた事に気付いていなかった。

「おっと、悪い。少し考え事をしててな」

 俺はエリゼの方を振り向き、申し訳なく笑う。それにつられたように、エリゼは小さく微笑む。

「ケイさんの事を考えてたんですか?」

 図星。一瞬、笑顔のまま固まってしまう。今日はやけに図星を突かれる日だ。

「幼馴染みって言ってましたけど、付き合いは長いんですか?」

「まあ、な。かれこれ十年以上は縁がある」

 エリゼはあまり釈然としていないようで、きょとんとした表情を見せる。

「あー……。えっと、俺と恵が今十六で、ほとんど生まれた頃からって言った方がよかったか」

 俺の言葉の意味が分かったらしく、納得したように首を縦に振る。

「そ、そうでした。ここは魔界じゃないんですよね」

 やっぱりな。魔界というからには、この世界の寿命なんて本当に短いものだろう。やっぱり、五百とか千とか、魔界でないと考えられないような数字が常識なのだろう。

 ん、待て。俺は一瞬考えを巡らせる。つまりエリゼは、俺たちの何十倍も生きている可能性が――。

「でも驚きました! ハヤトさんってボクと同い年なのに、何だか大人っぽくて!」

 え? そうなの? 俺は目を丸くしてエリゼを見る。

「……どうしました?」

「いや、魔界とかいうから、てっきり何倍も歳を取ってるものかと」

 正直に答える。隠していても意味がない。俺の返答に、エリゼはますますきょとんとした顔を向ける。

「そういうものなんですか?」

「いやまあ、この世界ではそういうイメージを持たれているというか」

 むう、と不服そうにエリゼは頬を膨らませる。

「変なの」

「俺に言われてもな」

 もっと昔の人にいってくれそれは。

 校舎の外に出てもなお、嫉妬と興味の混じった視線がまとわりついている。ような、気がする。俺の思い込みだろうか。

 俺とエリゼの他には誰もいないので、実際には思い込みなのだろう。だが、何か違和感がある。強烈に、突き刺さるような気配。

 隠しているつもりなのだろうか。それとも――。

「エリゼ」

 俺はエリゼに近付き、耳元でぼそりと呟く。

「んひゃあ!? なっ、何ですか!!??」

 真面目な話をしようとしたのに、飛び上がって顔を赤くしないで欲しい。こちらとしても反応に困る。

「真面目に聞いてくれ。さっきからどうも追尾けられている」

 俺はエリゼに耳元で小さく呟きながらも、周りを素早く見渡す。姿は見えない。だが、強烈だ。

 殺気が今まで経験したものの比ではない。鍛えられ、確実に相手を殺める事に手馴れた、「プロ」の殺気だろうか。

 ただ、その強烈な殺気を抑えていないのには少し疑問が湧く。エリゼは俺の言葉に息を呑み、俺をじっと見ている。

「この世界には、魔法で来たんだよな。で、天界……だっけか、その追っ手が何らかの手段を使ってここに来る可能性は」

「――あり、ます」

 エリゼは苦虫をかみ潰したような顔になる。

「ごめんなさい、ハヤトさん。危険な目に合わせてしまいそうです」

 俺に必死に謝罪するエリゼは、今にも泣き出しそうだ。俺はエリゼの頭を手の平で軽く叩くと、頬を緩める。

「構わないさ。どうせ来るとは思ってたし」

 少し早すぎるぐらいか。エリゼの手首を握ると、俺は駆け出す。

「は、ハヤトさん!」

 エリゼは俺に釣られて走りながらも、腕をぶんぶんと振り回して俺の手を振りほどこうとする。

「面倒見るって言い出したのは俺だ」

 そう言い放つ。何だか、あの時みたいだ。思わず感慨に更けながら、俺は目的地に向かう。

――――――

 近所の子供たちが「お化け公園」と呼ぶ公園がある。鬱蒼と生い茂る木々は、快晴の真昼であったとしても、遊具も何もない公園に影を落とす。

 それを子供たちが「お化けを見た」だの「幽霊を見た」だのと騒ぎ、誰も寄り付かないような公園になったのだ。

 俺とエリゼが公園の中に入ると、風に木々が揺れて、乾いた葉音を鳴らす。未だに殺気は俺たちをねっとりと絡みとり、突き刺さる。

「来いよ」

 俺はエリゼの手首を掴んだまま、虚空に向かって言う。殺気も葉音も、変わらずに俺たち二人を包んでいる。

「テメエの狙いはコイツだろ。まず俺をのしてからにしな」

 木々が一層ざわめいたかと思うと、殺気の正体が俺の目の前に現れる。

 白いマントに、これまた真っ白な仮面。仮面は顔を隠すように作られてはいるが、頭部全体を隠すようには出来ていないようで、滑らかな金髪のショートがなびく。

 マントは全身を覆い隠すような作りで、腕を出すための細いスリットが両脇にある。そのスリットから伸びた、ゆったりとした長袖の右手には鉄パイプ――。

「ハヤトさん!」

 エリゼが横で叫ぶ間もなく、相手は躊躇ない様子で鉄パイプを俺に向かって突き出す。左手で無理やり受け流す。

「言っただろ! 俺をのしてからにしな!」

 真っ白な仮面は視界を確保する細い穴以外は何の加工もされていない、のっぺらぼうの様なものだ。だが、その奥で微かに舌打ちが聞こえた。

 白マントは素早く数回、後ろに跳ぶ。

「エリゼ、お前はさっさと帰れ」

「ですが」

「いいから」

 エリゼは俺の顔を覗き込み、覚悟をしかねた表情のまま下を向く。白マントは身体を斜め前に向け、鉄パイプを真っ直ぐに突き出している。

 まるでフェンシングの構えのようだ。ただ、細身のレイピアではなく、無骨な鉄パイプであるが。

「ボクは、逃げられません」

 エリゼは下を向いたまま、捻り出すように呟く。

「だったら、隠れてろ」

 白マントを凝視したまま、俺はエリゼの手首を握っていた右手を離す。エリゼは観念したように俺のそばを離れる。

 逃げられない、とはどういう事だろうか。俺が考えあぐねる隙を逃さまいと、白マントは俺を鉄パイプで串刺しにしようと猛然と駆けてくる。

 刃先はぶれる事がなく、俺のはらわたを抉り取ろうとしているようだ。そこら辺のチンピラとは違う、洗練された熟練の動き。

 どうやら、本当にエリゼのいう「天界の軍人」らしい。咄嗟に横に避け、相手の突きを逃れる。

 白マントは俺が横に避けるのを見計らっていたかのように、鉄パイプを大きく横に振る。だが俺もそれは予期していた。

 右手で鉄パイプの端を受け止めて思い切り引っ張り込む。これなら相手はバランスを崩すはずだ。

 しかし、俺の予想に反し、鉄パイプがいとも簡単に白マントの手からすっぽり抜けた。意図せず握った鉄パイプの冷たい感触に驚きながらも、俺は相手から奪った得物を構える。

 得物を掴んだ両手を腰の高さまで下ろし、真っ直ぐ斜め前に鉄パイプを突き出した、青眼の構え。白マントはゆっくりと距離を保ちながら、俺の周りを回る。

 両手を下ろさずに、まるでボクシングのように構えている。得物を取られた所で、諦めた訳ではないらしい。

 先ほどまでは得物の有無があったが、今では立場が逆だ。白マントは俺の背後から再び駆けてくる。だが今度は拳だろう、ぎりぎりまで引き付けて――。

 硬い音が響く。鉄パイプと鉄パイプが、ぶつかり合う音。もう一本隠し持っていた事に気付くのに、さほど時間はかからなかった。

 俺と白マントは互いに後ろに跳ぶ。白マントは依然として、切っ先を俺に向けている。ぴりぴりとした、痺れるような空気。ただの喧嘩とは違う、比喩なしの殺し合い。

 その雰囲気に先に呑まれたかのように、相手は飽きる事なく俺との距離を詰める。焦りだろうか。切羽詰まったようにも感じる。

 考えなしに突っ込んできた刃先を、同じく刃先で右に弾く。咄嗟に白マントは鉄パイプを左手に持ち替え、バランスを崩しながらも振り上げる。

 振り上げられた鉄パイプを自身が持った鉄パイプで押し退ける。白マントはよろめきながらも後ずさり、向かってくる俺の剣戟を受け止める。

 鉄パイプ同士の鍔迫り合い。俺と白マントはほぼ同時に相手の得物を上に押し上げ、互いに自らの得物をぶつけ合う。

 左右に鋭く振り回される二本の鉄パイプは、玉鋼を鍛え延ばした刀の如く、相手を切り裂かんばかりにぶつかり合い続ける。

 白マントは斬撃の不意を突くように、切っ先を俺のみぞおちに滑り込ませようとした。突き出された鉄パイプを掴み、再び引っ張り込む。

 今度は離さないようにしていたのか、しっかり握っていたようで、相手の体はそのまま俺の元につんのめる。もらった。

 俺は得物を後ろに放り投げ、拳を白マントの腹部に目掛けて撃ち込む。拳は思い切り相手の腹部にぶつかる。

「――ってえ!」

 鎧が何かを着込んでいたのだろうか。俺の拳には鈍い衝撃が走る。

 思わず白マントの鉄パイプを掴んでいた左手の力を緩めてしまうが、震える腕をそのまま振り抜く。

 白マントは後ろに吹き飛び、二三回ほど地面に転がる。ゆっくりとよろめきながら立ち上がると、再び舌打ちをする。

 肩が大きく上下に動いているのがはっきりとわかった。

「エリゼ! 今だ! 逃げるぞ!」

 俺はエリゼの元に駆け寄り、再び手首を掴む。

「ハヤトさん!」

「細かい話は後だ!」

 エリゼの返事を聞かずに、俺はアパートに向かって駆けていく。殺気がどんどんと遠ざかっていくのを感じながら。

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