「タバコとクロワッサン」
ついに出揃った好きなこと。
本当にこんなことで戻れるのだろうか……?
※最終話です!
※2,700字程度でございます。
2013年7月16日……
片桐組 「例の部屋」
菅野
藤堂が言うにはそれで戻れるらしいで。
でも俺は全然信じられんかった。
ただ単にタバコを吸ってみたいだけやし、本当のことを言えばバイクの方が好き。
じゃあ何でこんなことを言ったんかって?
それは……吸ってる姿が格好良いからや。
という訳で今、ソファに2人で並んで座って裾野のタバコを一本貰ったところ。
そんでいきなりは吸えへんって言われたんやけど。
「菅野。火を付ける時に少しだけ息を吸え。それで、付いたら少しずつ吸い込んで肺に入れていく……これの繰り返しだ。わかったな?」
裾野は俺の口にタバコを、本人曰く良い感じの位置に咥えさせ、両肩を何度も叩いてくる。
なんや? そないな難しいことなん?
とか戸惑っている間にライターの火が近づいてきたから、ほんの少しだけ息を吸うと偶然か知らんけど上手く付いて、そのまま少し……と思いながらも、まどろっこしいのは嫌やから一気に吸ったんやけど……突然肺からの拒絶反応? みたいなのが迫り上がってきて、俺は何度も咳を繰り返してん。
「ゲホッゲホッ…………ゴホッ」
すると裾野はすぐにタバコを取り上げて、自分の口に咥えながら俺の背中をさすってくれてはる。
それってたしか……まぁええか。今はとにかく煙を吐くのが限界でかなり苦しい。
「裾野さ~ん。いきなり8mmなんて強いもの吸わせて危ないね~」
藤堂は机に置いてあるタバコの箱の数字を見て、溜息をついてはる。
え?その数字って、ラッキーナンバーかなんかとちゃうん?
「悪い、菅野」
裾野はいつもよりも強めに吸って言ってるけど、やっぱり……もう考えない方がええなこれ。
「ええよ。でも、これじゃずっと……」
と、目を伏せて言う俺の頭をわしゃわしゃと撫でる裾野の顔は、いつも通りの安心させてくれはる笑顔。
「辛気臭い顔をするな。タバコは俺が知っている限り210種類ある」
そう言い残すと、裾野はそっと部屋を出て行った。
それを見た藤堂は、「クールだね~」と嬉しそうに何度も頷いている。
「バカん野。よかったね!」
ほんで、眩しい笑顔の恋のこの一言がこの真面目な空気を粉々にしてん。
「ま、せやな。ありがとう、恋」
「ううん、いいの。あ、るろちゃんは準備大丈夫?」
「うん、大丈夫。部屋から持ってきた」
というベッドの上に座る黒河の膝上には、バスケットがあってそん中に多分、3つくらいは入っとるんとちゃう? 知らんけど。
しばらくして裾野が戻ってきたんやけど、袋には自分が吸ってるタバコのカートンと、1と書かれた白い箱のタバコを買ってきてくれた。
「とりあえず1番吸いやすいメビアスの1mm。これなら多少の副作用くらいだ」
裾野は箱を丁寧に開けトントンと叩いて1本だけ出すと、さっきみたいに咥えさせて火を近づける。
俺は覚悟を決めて息を吸う。今度こそ……!
黒河も横目で俺を見てクロワッサンを手に持っている。
恋はタバコの匂いが苦手らしく部屋を出てったけど、藤堂は「見届けるよ~」と頬を緩める。
息を吸う。するとさっきと同じ感じに火が付いて、煙が口の中に充満する。
もう吐きたい。せやけど、これを肺に送らへんとなるともっと辛いんやろ……?
……殺人と一緒。思い切りやったらええやんな。
裾野は初めて人を殺すとき、ずっとそう教えてくれた。
…………煙の侵入をだんだんと許していく。気道を通って肺へと到達する。
こっからどないしたら……?
黒河はクロワッサンをむしゃむしゃ食べている。
そしたらな、裾野が耳元でこう言ってきてん。
「肺に来たなら、思い切り煙を吐け」
珍しくいやらしくない声でな。
ほんで言われた通りに吐いて、タバコを口から遠ざけたら……
――プツと意識が切れたんよ。
せやけど、夢の中に行った感じもせんの。
ただ一瞬だけ、もしかしたら結構経ってたかもしれへんけど、すぐに目が覚めた。
ゆっくり目を覚ましていくと、誰かの膝の上に頭を乗せているのか、すっごく温かくて……めっちゃ枕みたいで……え? てか、枕やん!
と、思い切り起き上がるとそこはベッドの上だった。
ほんで辺りを見回せば、ソファに寝転がる黒河が見え……黒河が!?
俺は慌てて自分の手や脚に目線を移す。この浅黒い肌ということは……!!
せやけど、まだわからん。
近くに置いてある槍を軽々と持ち上げ立ち上がると、目の前に安心しきった顔の裾野が居て、わしゃわしゃと髪を撫で付けられた。
「菅野、よかったな!」
「わっ! せやからそのわしゃわしゃ嫌やって言うてんやんかぁ!」
と、裾野に向かって槍を振り下ろすと、後少しのところで避けられて背後に回られ、右手を測定器を壊した手で血が止まるくらい握られ、主を失った槍はベッドの上に投げられた。
「隙だらけだ」
「……裾野が強すぎんねん」
そのままぎゅっと後ろから抱きしめてくる裾野に、今はぐうの音も出えへん。
「仲良いねぇ~。あ、後醍醐詠飛さんから通信。スピーカーモードにするね~」
と、藤堂はようやく起き上がった黒河にも聞こえるように言うと、机の上にスマフォを置いた。
「もしもし、後醍醐詠飛だ。たった今、弟の純司から連絡があったのだが、菅野と黒河月道が入れ替わったそうだが?」
「せやで。でも、もう戻ったから安心やで~」
「なんと! ……純司が言うには、パーティー会場で実験をしたそうだ」
「あ~あのピンクの飲み物~?」
「左様。同様に何組かにやったらしいのだが、成功したのがその2人だけだったらしい」
「なるほど。今は戻ったから良いけど、俺の菅野を実験体に使うな、後醍醐家。漏れ無く”BLACK”で潰すぞ?」
「それは歓迎だ、裾野。黒河も歓迎する」
「……あっそ。じゃ、すぐにでも潰しに行く」
「まぁ黒河エースはまず相棒探しからだけどね~」
「忘れてた。見つけといて」
「はいは~い。あ、後醍醐さん。もう言いたいことってない~?」
「強いて言うなら、純司が謝罪をしたいそうだ」
という後醍醐詠飛の一言に、その部屋に居た全員が声を合わせ、
「結構です!」
と、それぞれの口調で言っていた。
その圧に電話越しでも押されたのか、後醍醐詠飛はぎこちなく笑った。
「”BLACK”で戦う機会があれば、全力で戦わせていただきたい」
「望むところやぁ!」
「勿論だ」
「すぐにでも潰す」
「烏に見えるところでね~」
と、それぞれに言い終えると、藤堂は通話を切った。
”BLACK”が始まってもう何ヶ月か経つんやけど、結構人数減ったやんなぁ。
始めは1,000人とか言われてたのに、今はもう300も居ないらしいやんか。
その中で生き残る自信があるかって?
「当然あるに決まってるやん。ま、裾野と一緒ならやけど」
と、ぼそっと呟くと裾野は口の端を少し緩ませた。
最後まで読了いただきまして、誠にありがとうございます!
スピンオフはお遊びの予定でしたが、……おっと失礼。筆が滑りそうになりました。
これを読んだあとに、番外編(試験の都合から7月23日(土)スタート予定)を読んでいただくと、尚一層この世界への理解が深まるのではないかと、作者自身は考えております。
それではまた、今月の下旬まで!