四話 魔術基礎Ⅰ
「では、今日から同室と言う事で、審査官の身ではありますが学友としてお願いいたしますわ」
「こちらこそ」
入学以来私の部屋には、私以外の人がいなかった。
本来二人部屋であるはずのそこが開いているのは審査官の正体を暴いた後にその本人が移動してくるからである。
審査官の見つけ方の一つに、私と同じ同室の者がいない人物を探ると言った方法が定石であるほどだ。
前回の、審査では堂々と審査官が近づいてきたので、楽観的にリラを審査官と決めつけてしまっていた。
『至高』でありながら、失敗続き、王国が私を切らないと言うおごりから来ているのかもしれない。
「それにしても、入学してから同室の方がいらっしゃらなくて少し寂しかったのでやっとライラ様のご一緒出来て嬉しいですわ」
「そう言ってくれて何よりよ」
こちらとしては、出来るだけ一人の時間を取りたいと期限ぎりぎりまで引き延ばしていたことへの罪悪感が生まれる。
一回目の審査は早々に見つけてしまったせいで、少し賑やかな同室の者が来るのが早まったのだ。
イルゼは、彼女のように騒ぐタイプではないだろうが、その時の反省を生かした結果であった。
そんな風に思っている不意にイルゼは、首元から何かを取り出した。
ネックレスのようで、先端には見慣れた黒い何かが付いていた。
「その、私事で申し訳ないのですが、そのサインをここにいただけませんか?」
「良いけど……。やっぱりそれって貴族の女の子の間でも流行ってるの?」
「もちろんですわ!」
私が指を指したのは彼女のネックレスだ。
そして、チェーンの先についているのは黒い杖のレプリカ。
つまり『至高』の杖だ。
元は、黒星教のアミュレットが『至高』の杖をあしらったものであったようだが、いつしか市井で流行り、今ではただのファッションの一部と化していた。
正直私には何が良いのか分からないが……。
「わぁ、ありがとうございます!家宝にします」
「……それより、黒色に黒でっていいのホントに?」
「それなら問題ありません。こうして……ほら」
「凄い、光った!」
僅かな魔力を通して、私のサインがうっすらと光った。
どうやら貴族の女子の間で流行っていたものらしい。
やろうと思えばだれでもできる。ただ、これを商品にすると言うのは流石商人と言うべきか。
そんな風に関心しながら、嬉しそうにサインを見るイルゼになんだか昔のアリアを思い出した。
今でこそああだけど、昔はなついてくれていた。
◆
「見て、これ」
「……本当に流行っているのね」
つい薄目になってそれを見る。
魔術基礎の講義室で、リラが見せてきたのは昨晩、イルぜが見せてきたものと同様の『至高』の杖のレプリカだった。
同じように首からかけていて、チェーンがついているのを見ると出どころはおなじらしい。
「知り合いが似た様なのをもっていたけれど、リラも『至高』の杖のレプリカ、好きなの?」
イルゼはファンと公言していた。
そう考えれば、一般生徒の間で流行るほどの人気かはわからない。
少し気になってきいてみた。
「レプリカっていうか、私はそもそも『至高』の魔術師が好きなのよ。昔は、私も『至高』に選ばれたら、なんてよく考えていたわ」
「へえ」
イルゼ同様ミーハー味を感じないファンのようで少し慄く。
私自身の身元がバレることはないだろう。
しかし、当の本人であるという自覚はなんとも言えない感情を生んでいた。
「もしかして、ライラも好きなの?」
「いや、私は別に」
「ふぅん。じゃあライラも『至高』について知ればきっと興味が湧くわよ」
そんな彼女の一言で始まったのはリラ・クルス流『魔術基礎I』。
なぜ落とせない講義の前にこんな話を聞かなくてはならないのか。
そんなことを思いながらも彼女には多大な恩があることを思い出して黙って聞くことにした。
ただ、もちろんその内容は知っていた。
しかし話し出した彼女に今更「知っている」とは言い出せなかった。
彼女が語ったのは『至高』の杖の成り立ちだった。
1000年前、大陸北部に巨大な六面体が現れた。
全ての面が、正四角形である漆黒のそれは天高くに浮遊していた。
人々はそれを見ていた。
中には祈るものもいたと言う。
そんな中、異変は訪れる。
黒い天体の一部がかけたのだ。
そしてそれが後に『至高』の杖と呼ばれるものの始まりだった。
黒い天体の一部は、魔術を行使する際の杖に酷似した姿であった。
そしてそれは、ある一人の人物へと渡ることとなる。
その人物こそ後に『至高の一』と呼ばれるに至る魔術師だった。
彼は強大な力を誇り、同時に黒い天体がかけるたびに新たな『至高』が生まれることとなった。
そうして今日に至るまで『至高』は生まれ続け、私ことライラ・ライブラも例外ではない。
そしてそんな『至高』の魔術師の限界が百人までと言うのは宙に浮かぶ黒い天体の残りから予想されたものだった。
私が見てもよく分からないが、偉い学者先生とかだと一つの杖に必要となる残りの体積と、杖の形からの規則性が分かるらしい。
と、そんな話をリラは語り、終わったと思えば『魔術基礎』の授業が始まってしまった。
ただ、リラ先生の特別講義を受けただけあっていつもより呑み込みが良く、講義の内容の理解も早かった。
リラ先生様様だ。
とは言え、場所は違えど……と言うか寧ろ本家本元とも言える魔法学校での講義を受けておいて二度目の内容で苦戦するとは我ながら不甲斐ないばかりだ。
まあ、学生らしい生活を送れていることを良しとしとこう。
うんうんと一人で頷き、廊下を歩く。
魔術学校時代は犬のように付きまとう審査官の少女がいつでも隣にいたが今回の学園生活ではそれがない。
故に、一人で行動するのは新鮮にも感じる部分があった。
思い返せば、国家の犬……いや、犬のように付きまとう試験官の彼女も同様に試験官であるイルゼも仕事で私と居るのか。
学園での知り合いは少ないし、魔術学校でも試験官の少女意外とはほぼ交流がなかった気がする。
あれ、そうなるとリラは試験官でなかったわけだし、そう言うのなしで仲良くしてくれようとしているってこと?
なんか、あれ?顔が熱くなって来た。
まさか、二十七歳にもなって純粋に仲良くなってくれる友人が出来て照れてるのか?
「い、いや、そんなわけ」
不意に口から飛び出た声は明らかに動揺の色を隠せていない。
いや、自分にすら素直になれないのはよそう。
認めよう。内心私は、本当の意味での友人を手に入れて嬉しいのだと。
いや、そうか。
私にもついに何のしがらみもない友人が出来たのか……。
「ふふ」
リラが『至高』について好きというのなら、勉強してきたふうを装って談義でもしてやろうではないか。
彼女が喜んでくれるか分からないけど、少し楽しみだ。
年甲斐もなくそんな風に考えていれば、少しステップが軽くなる。
廊下には他の生徒はいない。
これ幸いとルンルン気分で足を進める。
「って、あれは」
そんな時、前方にリラを見つけた。
今まで『魔術基礎』の講義室でしか話していない。
廊下で見るのは初めてだ。
声でも掛けてびっくりさせよう。
そう思って、口を開いた時、彼女に私以外の声が掛けられた。
「リラさん。私言ったわよね?」
「だから、ごめんって」
「謝ってとは言ってませんわよ」
甲高く、それでも美しいと思ったその声の怒気は強く。
そして、私の目には三人の女子生徒に囲まれるように立つ、リラが映っていた。
明らかに談笑と言った雰囲気ではない。
リラの腕は女子生徒に掴まれていて振り払えない状況。
明らかに、不穏な雰囲気だ。
学園生活にはいざこざはつきもの。
家同士の確執によるトラブルは特に貴族においてはよくあることだ。
どうするべきか。
壁を背にして物陰に隠れて考える。
リラは私と仲良くしてくれている子だ。
そうであれば、私は彼女の力になりたい。
ただ、今ここで飛び出すのは考え無しが過ぎるだろう。
表面だけ見て感情的に叫んだところで解決はしない。
逆にここで私が出て言っても、リラにとって良くない事態に発展することもあるだろう。
とにかく今は観察だ。
私が取れる方法で、最善の手を打つために!……と思っていたのだが。
「どうしてわかってくれないの?私はただ、お勉強を教えていただきたいだけなのに。成績優秀なリラさんに教えてもらえればきっと理解も深まるわ」
「いや、でも忙しくて……」
「もう!どうしてなの?私は貴方と仲良くしたいだけなのに!」
これはいじめやトラブルではなく、ラブコールの類だったようだ。
彼女たちとリラは知った仲のようだし、なんだか寂しいが私が割って入ることも出来ないだろう。
そんな風に思っていると、私の耳はピクリと動いた。
「そうだ!あなたが仲良くしている『魔術基礎』の講義を一緒に受けている方も誘いましょう。確かライラさんと言ったわよね」
「勝手に話を──」
「嫌でしたら、彼女だけを誘おうかしら」
「……はあ、わかったわよ。私も参加するわ」
「ええ、それがいいわ。ライラさんも初対面の私たちだけでは緊張してしまうでしょうし」
リラの承諾を聞く前に話を進める女子生徒の言葉に折れたのか、リラは承諾の言葉を吐いた。
どさくさ紛れで私も誘われていたことに驚きながらも、話を切り上げてこちらに迫ってくる女子生徒から逃げるように私はその場を退散した。
◆
「そ、そうなんだ。び、ビックリぃ……」
暫くして私に勉強会の誘いがあったことを伝えに来たリラの言葉に名演技で対応して見せた私は、アリアと対面していた。
「叔母様、進捗はどうですか」
「まあ、ボチボチね。そう言えば、勉強会に誘われたわ」
「ほう。珍しいですね」
アリアが私の言葉を聞いてそう呟く。
私がそんなものに誘われると思っていなかったのだろうか。
「ところで、叔母様。私から一つお話があるのですが……」
「なに?」
話を変えるように切り出した来た彼女からは真面目な印象を受けた。
普段から感情などないかのような表情をしている彼女がより一層真面目そうな顔をしている。
余程の事だと身構えて話を聞くことにした。
「実は、生徒会長が叔母様にお会いしたいと」
「せいとかいちょう?」
そう言われてもピンとこない。
いや、確か講義室で隣のグループが生徒会長がどうだとか噂話をしていたっけ。
けれど、その内容までは分からない。
頭に疑問符がひしめく中そんな様子から察したであろうアリアは説明してくれた。
「叔母様、今の生徒会長がどなたであるか、ご存じですか?」
「いや……」
「今代生徒会長は、第二王子であらせられるルーファス様です」
「るーふぁすさま……王子!?」
やっと言葉の意味を理解して私は驚いて見せた。
王子か。確かに今のご年齢は学園に通えるほどであった記憶はある。
しかし、この学園に通っておられたのか。
「ルーファス様は少々噂がお好きな方でどこかで叔母様のことを知ってようでして、ルーファス様直々に、『至高の七十七』ライラ・ライブラにお会いしたいと言うはお話を私にされたのです」
「噂好きの第二王子」そう言ったのは誰だったか。
『至高』として王宮を出入りした時にどこかの貴族から聞いた記憶がある。
曰く、第二王子は諜報に長けていると。
今回のライラ・ライブラと『理の象徴』の件は極秘だ。
それは国王陛下以外の王族の耳には入っていないはず。
第二王子は少なくともその情報を知り得る術を持っていると言う事か。
そうでなければ、『至高の七十七』である私と現在の身体の縮んだライラ・ライブラを同一視してアリアに声をかけはしないはずだ。
「もちろん、ルーファス様は、叔母様が御嫌でなければと付け加えておられましたが……」
「断れるようなものではないわよね」
断ることは出来ないとわかっていての誘いだと言うのはありありとわかっていた。




