三話 ライラ・ライブラ、十五歳です
「ライラ・ライブラ、十五歳です」
十二歳くらいの見た目だが、別に小柄ならこれくらいの子は珍しくない。
とは言え、私の年齢が十五歳に設定されたのはアリアの年齢を鑑みてのことだった。
アリアは十六歳で学園では二年生。
そうなると私の選択肢は一年生と言うのもあるが、中等部と言うものもあった。
しかしながら、中等部だとアリアとの接触が減ってしまうため同じ高等部へ入ることになったのだ。
何故、アリアと離れると都合が悪いかと言えば、私の正体を知るものがいないと不測の事態に対応しにくいからだ。
何かあるとは思ってないが、万が一が起きた時にはアリアに連携を取ってライブラの家の力を使う必要があるかもしれない。
そう言うときに備えての提案だった。
ただ、アリアから最初に申し入れられたのは意外だったが。
「凄いです叔母様。どこからどう見ても十二歳です。二十七歳には見えません」
「十五に見せたいんだけど」
入学の準備をしつつ自己紹介の練習をしてみる。
この歳で「二十七歳です!」なんて名乗りはしていないので間違えてしまうこともないだろうが念のためだ。
ライブラ性をもらっていて良かった。
こういう時に、本名を使えないと少し苦戦していたかもしれない。
国王陛下万歳!
「それにしても叔母様と学校に通えるとは思っていませんでした。昨日は嬉しすぎて枕を濡らしてしまいました」
「それ悲しんでない?」
「それよりも、叔母様。礼儀作法は大丈夫なのですか?」
私の言葉を無視して返された言葉に私は頷いた。
仮にも『至高の七十七』。
表に出なくとも多少の礼儀作法は学んできたつもりだ。
「でも、なんで礼儀作法?」
「何でも何もライブラ家の令嬢として学園にご入学なされるのですよ。礼儀がなくては家名にどろを塗ることになってしまいます」
「ん?あっ」
そこで一つの間違いに気付いた。
私が当時通っていたのは、『魔術学校』、対してアリアが今通っているのは貴族の通う学校だ。
てっきり、無意識下で自分の経験をもとに考えてしまっていた。
「貴族として通うんだった……。ってことは、魔術の腕でちやほやされたりはない!?」
「魔術の授業はありますが、実技はないに等しいですね。それに一年次でも履修出来ますが、実技が行われるのは二年次からです」
アリアが枕を濡らしていた時間、私は学園生活に胸を躍らせていたがすべての計画が無に帰した。
確かに少し考えてみればそうだ。
魔術を実践的に使うのは魔術師団にでも入る人間くらいだ。
貴族でも魔術を使う者はいるが学園で本格的な教育が行われることはないだろう。
「まあ、いいや。伊達に年を食ってるわけじゃないのだから勉強で良い成績を取れば」
◆
「…………」
わかんない。
学園には、いくつかの講義室が存在していて必修科目では大きな講義室が使われることが多い。
魔術学校よりも豪華で大きな講義室では教員がツラツラと黒板に書かれた内容を喋っていた。
それは私の耳に届き……そのまま通過していった。
二十七歳、ライラ・ライブラ。
学園の勉強が全く分からなかった。
一回目の学生時代、大して成績が悪かった覚えはない。
平均ギリギリであった記憶はあるが、全くのからっきしではなかったはずだった。
「レベル高くない!?」
「貴族ですからね」
講義を終えて合流したアリアにそんなことを言われた。
貴族だからと言われても、納得は出来ない。
魔術師だって多少は頭を使う。……多分。
「将来、国を背負う貴族たちの集まりですから、それ相応のレベルではありますよ」
アリアがそう言えばそうかもしれないと納得する。
確かに国を背負うと言われれば相当な知識と学びが必要になるだろうと。
しかし、私にだって希望はある。
「でも、魔術の授業は行けるわよ。現役の『至高』の前では学園の『魔術基礎』の授業何て取るに足らないわ!」
アリアとメイドのリサ以外の居ない部屋で断言する。
腐っても『至高の七十七』。
得意分野で出来ないはずはないのだ。
「…………」
分からなかった。
仮にも私は魔術学校に通っていた。
そこではある程度勉強していたし、魔術理論だって学んでいた。
だが、なぜ貴族の学園で同じ水準の授業をしているのだろうか。
「仮にも貴族の学園です。実技は殆どなくとも、学ぶ内容は魔術学校に引けをおとりませんよ」
またもアリアに泣きついてみればそんな言葉が帰って来た。
聞いてないよ。
確かに、今まで生きてきて貴族のくせに物知りな人がやたらいるなってイメージはあったけれど。
「とは言っても、魔術学校の専門的な講義内容には及びません。『至高』であられる叔母様であれば余裕なのでは?」
「いや、それが……。私、魔術理論とか凄く苦手で、魔術使うときも結構適当なのよね」
「国家防衛の要である『至高』がこれでは王国滅亡の日も近いですね」
「私以外の『至高』が頑張ってくれるよ」
他力本願と言われても仕方ないが、魔術理論は最後まで分からなかった。
と言うか、よく『至高』の審査を通ったな。当時の私。
「まあ、実際魔術学校も中退してるしなぁ。あーでも、魔術理論分からないっていう魔術師の人って結構いるよ」
「楽譜読めない音楽家じゃないんですから」
魔術師を名乗りながらも、魔術理論がさっぱりと言う人間もいる。
仕事でそんな人たちにもあったことはあった。
「魔術理論が分からないと言ったって限度がありますし。そのお知り合いと言うのも『至高』の方ではないのでしょう?」
「まあ、大半が『白羊』の魔術師だったけれど……」
「魔術師の最低ランクではないですか」
魔術師には十三のランクがあって彼らは基本的に最下位の『白羊』の位の人間たちだった。
それによく思い返してみれば、魔術理論が分からないと言っていたのはその中でも大分少数であった。
そんなアリアとの会話があって私は自分の認識を正すことになったのだが、認識が正されたところで学力が上がるわけではなく……。
「儂が現役だったころは現在の紙の製法がなく羊皮紙じゃった。識字率は高くなくてのう。講義は口頭で説明されてそれを蝋板に書き写してそれも限られていたから暗記してのう。今はそれがない。だから、学生のレベルが落ちている」
私の心の安寧は教師の逸れた講義と関係のない話くらいだった。
「儂も文字を覚えるために入信し苦労した。当時は文字は聖職者が独占していての……そうそう宗教と言えば、黒星教は魔術に深く関係している」
話が魔術に戻って来た。
私の平穏は消滅。
そんなこんなで広義には大苦戦。
絶賛、講義内容が分からずに頭を抱えていたのだった。
どうしたものかと頭を悩ませる日々は続いた居た。
しかし、そんな私にも光がさした。
「大丈夫?あなた」
「へ?」
講義が終わり机に突っ伏した私に声が掛けられた。
声をかけて来たのは私と同じ制服を着た学園の女子生徒だった。
よく見れば端正な顔立ちをしている。
「いつもこの席で講義受けてるわよね。困っているようだったから、力になれればと思って」
「いいの?」
「もちろん。困ったときは助け合い、でしょ?」
つい涙があふれて来た。
うれし涙だ。
「私、リラ・クルス。貴方は?」
「ら、ライラ・ライブラ、十五歳です」
「……ぷっ、ふふ、何で年齢まで?」
リラは面白そうに噴き出した。
一瞬練習が裏目に出たと悔やんだが、彼女が笑ってくれたので良しとしておこう。
◆
「わかりやすい!」
「あの先生、ツラツラと喋るだけだから内容が入ってこないけど、そこまで難しいことをしているわけでもないの」
リラ先生の指導を受けて、新生ライラ・ライブラが誕生する。
あの惨状は何であったのか。
過去の自分にそう問いかけたいほど、彼女に教えてもらった後は容易に理解することが出来た。
「ありがとう!リラさん!」
「リラで良いわよ。私もライラと呼ぶから」
「わかったわ。リラ」
私がそう呼ぶと嬉しそうに彼女は微笑んだ。
友達第一号が出来たところで、私はアリアに部屋に呼ばれていた。
学園は全寮制を取っていて、貴族の令嬢と言えど寮生活を強いられることになる。
よって、彼女にも部屋があり、大抵私が彼女に泣きつくのも人目の無いそこなのだが。
しかし、何か用がないのに呼ばれるのは珍しい。
アリアとは学年が違うと言っても、一日に一回会うことになっている。
だから態々呼び出すことなどないのだが……。
「叔母様、今日が期限です」
まさか、学校入学数日目にして、審査の終了か。
そんなアホなことを考えつつも、私がそれが何を指すのか分かっていた。
「審査官を見極めることの出来る最終期限ね」
「そうです」
『至高』の審査には段階がある。
その一段階目に設定されているのが、審査をする審査官を見つけること。
それが簡単な篩として機能していた。
ここでの審査官を見極めることが出来なければ、三流も良いところだ。
そして当然私も、その検討はついていた。
「無論、すでに検討はついているわよ」
「腐っても『至高』と言う事ですか」
「ええ。随分と分かりやすいアプローチだったもの」
その人物とは、ずばり、リラ・クルスだ。
私に唯一話しかけ、そして勉強を教えてくれた少女。
ここまで簡単なことはない。
前回の審査では魔術を行使し、審査官を割り出したものだが今回はそんな必要はなかった。
魔術技能を見る一環でのものだから、本来なら魔術を使うのが正攻法だけど、私にかかればそんなものなくともパスできる課題だった。
「なるほど。流石です、叔母様。審査官殿、出てきてよろしいですよ」
「ふう。どうせバレていると知りながら、こそこそとするのは疲れましたわ」
部屋の仕切りの奥からそんな声が聞こえた。
そう言えば、リラと別れてそのままここに来たから彼女の方が先に到着しているのは違和感がある。
そんな矛盾を無意識に感じて、予想が外れたことに気付いた。
物陰から出てきたのは、この学園の制服を身に纏った同年代くらいの少女。
そんな彼女は、とてもリラとは似つかなかった。
「噂に聞いていた通りの腕ですわ。『至高の七十七』ライラ・ライブラ様」
「ハハ、ま、まあね」
動揺を悟られぬように何とか、笑って見せる。
おごらないで魔術を使っておけばよかった。
私の実力を信じて疑わない審査官殿の目が眩しい。
「おっと、遅ればせましたが名乗らせていただきますわ。私、この度の『至高』の再審査における審査官を承らせております。イルゼ・オルティスと申します」
「ら、ライラ・ライブラです。よろしくお願いするわね」
「光栄です」
私の手をイルゼは握った。
そして依然キラキラとして目で語る。
「私、実は『至高』の魔術師の皆さんのファンでして、本当に光栄ですわ」
「そ、そう」
「ですが、安心してください。審査に私情は決して挟みませんわ」
そんな彼女に「手加減を」などとは消して言えなかった。




