7.学園の騒動 はじまり 1
春の茶会は学園の春休みの期間に行われる。ちょうど大人たちの社交期間にも重なっているので都合が良いのだ。茶会が終わると学園の三学期目が始まるのだが、登校初日、グローリアは学園の雰囲気が少し違うことに気づいた。
「ごきげんよう、グローリア様」
いつもならば長期休暇の後はどこへ行ったのか何をしたのかとしつこい令嬢たちがひと言ふた言言葉を交わすと皆何だかんだと理由をつけてグローリアから離れていく。常と同じように視線は感じるが、その眼差しにあるのはいつもの羨望や憧れではなく、腫れ物に触るような…何とも言えず居心地の悪い視線だった。
「グローリア様、ご機嫌よろしゅう」
「おはようございます、グローリア様」
違和感を感じながらもひとり、何事も無いように微笑を湛えて教室へと向かっていると、いつもの場所、グローリアたちの教室がある一学年棟の入り口に良く見知った馴染みの顔が立っていた。
「おはよう、ドロシア、サリー」
グローリアが挨拶を返すとサリーが嬉しそうに相好を崩した。
「グローリア様、今日の髪飾りはもしやローゼンマリーの新作でいらっしゃいますか?」
「ええ、そうよ。今年のモチーフはアマリリスだそうよ」
「歌劇の影響ですね!」
にこにこと嬉しそうに「とてもお似合いです!!」と朗らかに笑うサリーの後ろで、ドロシアも静かに微笑んでいる。常ならばここで他の女生徒たちもここぞとばかりに間に入ってくるのだが、その日はその様子もない。ちらりちらりと、伺う視線は煩いほどに感じるが。
そのまま三人で休暇について他愛のない話をしつつ教室へ向かう。AからEまである学園のクラス分けは完全な成績順で定期試験がある度に顔触れが変わる。定期試験は各学期末に実施されるため、学年が上がる時も含めて最大で年に三回入れ替わりが起こる。ギリギリの成績の者たちは上へ行ったり下へ行ったりと中々に過酷な世界なのだ。
幸いグローリアは学年でも一、二を争う成績のため入学からAクラスを維持しており、入学前からグローリアの友として過ごしているドロシアも、入学後に加わったサリーもAクラスの中堅として無事にこの三学期を迎えることができた。
学費さえ納めることができれば身分に関わりなく入学することは可能であり、成績優秀者であれば学費は免除される。ゆえに生徒には裕福な者、優秀な者含め平民も少なくないのだが、高位貴族や裕福な貴族家は幼いころから英才教育を施されるため自然と上のクラスにはそういった者が集まりやすい。
公爵令嬢のグローリアはもちろん、有力な商家としての顔も持つ裕福な伯爵家の令嬢であるドロシアがAクラスに居るのはある意味では当然なのだが、ごくごく普通の子爵家令嬢であるサリーがAクラスを維持し続けるのは決して簡単なことではないとグローリアは知っている。そうして、それがグローリアのためであることも。
がらりとAクラスの扉を開けると、一気に視線が集まった。
「ごきげんよう」
グローリアが微笑を浮かべたまま教室へ入ると「ごきげんよう」「おはようございます」と方々から声が上がるが、それ以上は誰も近寄っては来ない。いくらか新しい顔は見えるが大差ない顔ぶれをグローリアは視線だけで見回した。男女関わりなくグローリアを伺うような視線は変わらない。
ちらり、とドロシアを見ると、ドロシアが淡く微笑んだまま表情を変えずに小さく頷いた。グローリアたちのいつもの席に陣取ると、グローリアの右側に座ったドロシアが小さく囁いた。
「春のお茶会の件、少々誇張された噂が流れているようです」
お耳に入れるのも不愉快ですが、とドロシアがほんの少し眉根にしわを寄せた。
いわく、グローリアは春の茶会で王弟殿下に冷たくあしらわれたことを恨みに思い王弟殿下に暴言を吐き、目の前で王弟殿下と仲睦まじく過ごしていたティンバーレイク公爵令嬢に嫉妬して睨みつけ威圧したことになっているらしい。
公爵家のテーブル近くに座っていた高位貴族家からはそのような声は上がっていないようだが、参加していなかった家や離れたテーブルに座っていた家の者たちがまことしやかにそのような噂を吹聴して回っているらしい。
「あら、ずいぶんね」
グローリアは思わず笑ってしまった。なるほど、確かにやり取りが聞こえなかった者たちからはそのように見えたのかもしれない。
それにしても解釈にはあまりにも悪意を感じるし、国に五つしかない公爵家の一角であるイーグルトン公爵家相手にそのような嘘の噂を流すなど破滅したいとしか思えない。
「王弟殿下が大いにお怒りになり、グローリア様に重い処罰を与える予定だとも囁かれております」
なるほど、それで皆遠巻きにグローリアを伺うのみで近づいては来ないのだろう。もしもグローリアに重い処罰が下った場合、仲良くしていればそのあおりを受けてしまうかもしれない。真偽も分からず公女が相手では無礼な態度も取れないが、当たらず触らず、日和見に徹しているということだろう。
「あなたたちはわたくしの側に居て良いのかしら?」
グローリアは小さく笑うと、筆記具を準備しながらふたりにしか聞こえぬ程度の小さな声で言った。




