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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第五章 捨てられ騎士の失恋未満と赤い花について

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8.『赤い牡牛亭』

「ずいぶん積極的だね?」


 男子寮へと向かう道、ケネスがちらりとジャックを見て口角を上げた。


「うん?リビー嬢か?」

「リビー嬢もだけど、君もだよ」


 珍しいね?とケネスが楽し気に目を細めたのを見て、そう言われてみればそうだとジャックは目を瞬かせた。女性を自分から誘うなど何年ぶりだろう。下手をすれば二桁ぶりだ。女性相手に何の意識もなくするりと言葉が口から出たのは確かにとても珍しいことだった。


「なんだろうな。ハリエット様の話をしているせいか、あまり女性を誘ったっていう意識が無かった」


 頭を掻きながら困った顔をしたジャックに、ケネスは更に笑みを深めた。


「なるほどね。今日は赤い色を目印にしたら意外と楽しく過ごせるかもね?」


 男子寮の入り口に着くと、「また明日話を聞かせてね」とケネスが手を振り去って行った。ケネスの家は正門から出るより男子寮の向こう、裏門から出る方が近いのだ。いつも裏門に馬車を待機させている。馬で帰った方が早いがケネスの住むタウンハウスは厩舎が無いらしい。


「さて、準備して行きますかね」


 ざっとシャワーを浴びて髪を整え、飾り気のない白いシャツとグレーのトラウザーズを選ぶ。ちらりと鏡を見ると、相も変わらず黄色い金髪と垂れた青い目の甘ったるい派手な顔が目に入った。


「……まぁ、そうそう変わるものでは無いか」


 報奨金の袋からいくらか抜き取って財布に移すとポケットにしまい、クローゼットから綺麗な方のブーツを選んでさらりと薄手のジャケットを羽織り、ジャックは軽い伸びと共に部屋を出た。


 約束の時間の十分前。ジャックが男子寮と女子寮の分かれ道に行くと、リビーはすでに待っていた。


「ジャック様!!」

「すいません、お待たせしましたか」


 ジャックが近づくとすぐに気づいたようで、リビーがぱっと笑顔になった。

 職務中に着ていたよりもずっとシンプルな、少し開いた胸元に薄い生地のリボンを結ぶ形の淡い水色のワンピースを着ている。ヘーゼルの髪は就業中と同じく高い位置でまとめたままのようだが、髪留めがワンピースのリボンと同じ薄い生地のリボンに変わっていた。大した店ではない、と言ったジャックの言葉を汲んでくれたのだろう、適度にカジュアルな服装が中々似合っている。


「淡い色のワンピースもとてもお似合いですね」


 ジャックがお約束を口にしてにこりと微笑むと「ジャック様も白いシャツがとてもお似合いです!!」とリビーが口を開けて破顔した。見つかれば侍女長に怒られそうな良い笑顔だが、貴族のお約束はきちんと守れるらしい。


「さあ、ジャック様!行きましょう!!」


 ジャックがエスコートをすべきか悩んでいると、くるりと踵を返してリビーがすたすたと歩きだしてしまった。全くエスコートをされようという意識が無いらしい。伯爵令嬢だった気がするのだが、それで良いのだろうか。


「どこへ連れて行ってくださるのですか!?」


 楽しそうに振り返るリビーにジャックはついにふはっと噴出した。

 本当は、大した店では無いにしろそれなりの店には連れて行こうと思っていたのだが、気が変わった。リビーの隣に並ぶとジャックはにやりと笑って言った。


「そうですね、私とケネスの気に入りの店があるのですが…そこでもいいですか?貴族の御令嬢には少々刺激が強いかもしれませんが…」

「おふたりのお気に入りですか!?ぜひ!!」


 先輩も気に入りますかね!?とまた楽しそうに歩き出したリビーの後ろ姿を見つめながら、ジャックはさて、どうなるかなと少しだけ悪い笑顔になった。


 いっそ馬に乗せて行こうかとも思ったが酒を飲むと帰りが危ない。自分ひとりなら良いが王妃殿下付き侍女の伯爵令嬢を預かるのだ、さすがに危ない目には合わせられない。素直に乗合馬車に乗り、王都の繁華街へ乗り出した。


 王宮からほんの少し乗合馬車に揺られれば、人で溢れかえる目抜き通りに出る。


「うわぁ、こんな時間なのに人がいっぱいですね!!」


 リビーが目を丸くしてきょろきょろと辺りを見回している。放っておくと迷子になりそうなので、ジャックは苦笑しながらリビーに腕を差し出した。


「リビー嬢、はぐれるといけないので申し訳ないのですが掴まっていていただけますか?」


 ぱちくりと瞬きをしてジャックの顔と腕を交互に見て、そうして周りを見ると「あっ」と気づいたらしく「ありがとうございます」とへにゃりと笑ってジャックの腕にそっと手を添えた。まるで小さな子供のようで、ジャックはまたもふはっと噴出した。


「見えますか?あの赤い看板の店です」


 少しリビーの方へ屈んで指をさす。少し高い位置にある看板は真っ赤な板に立派な角のある真っ赤な牡牛の絵が描かれている。


「牛ですか!?」


 リビーがぱっとジャックの方を振り向いた。どう見ても貴族令嬢がいるような場所では無いがリビーは今のところさっぱりと引く気配はない。むしろ楽し気に目をきらきらさせる様子にジャックまでどんどん楽しくなってくる。


「そうです、その名も『赤い牡牛亭』」

「そのままですね!?」


 的確な突込みにジャックは声を上げて笑うと、さあどうぞ、と扉を開けてリビーを中へ促した。


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