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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第三章 王妃付き侍女と国王付き侍従の恋文とその顛末について

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15.四日目 ~ レオミンスター寺院

 レオミンスター寺院の歴史は大変古い。この地が陶磁器で有名になる前、フォード伯爵家がこの地を治める更に前から存在している。そもそもレオミンスターという地名がこの寺院からとられたものだ。


「ようこそお越しくださいました」


 その歴史を過ぎるほどに感じさせてくれる総石造りの重厚な神殿。その正面で静かに凪いだ微笑みをたたえ出迎えてくれたのはレオミンスター寺院の長を務める神官長だった。

 神官長はすでにかなりのご高齢なのだが、背筋はしっかりと伸び淡いグレーの瞳は柔らかな光をたたえ、清廉な空気を纏うまさしく聖者と言う風体の女性だ。


 この国の国教は一柱の女神を主神とする一神教だ。一神教ではあるが他宗教にも大変寛容であり、信ずるものが違えど人道に悖らぬ限り全てを受け入れる度量がある。女神の最も尊ぶものが『慈愛』であり、過去に神託を受けたとされる者たちによる女神からのお言葉をまとめた経典の一番最初の頁にはただひとつ、『違いをこそ愛せ』という一文が記されている。


「ご無沙汰をしております、神官長」


 セシリアが微笑み手を伸ばすと、神官長がそっとその手を包み込んだ。


「十年ぶりでございましょうか?まぁまぁ、御立派になられて…」

「気が付けば二児の母となっておりましたわ」


 おどけて笑うセシリアに、「おやおや」と神官長が目尻に沢山の皴を寄せて笑った。

 約十年前、セシリアが二十二歳の頃、セシリアは一時期ごの寺院に身を寄せていたことがあった。今回の訪問は慰問と銘打ってはいるが、実はセシリアからすれば懐かしい方にお会いできる数少ない機会でもあったのだ。


 神官長に導かれて神殿の中へと進む。高く吹き抜けになった祈りの間、ステンドグラスの下でまずは女神に祈りを捧げると、そのまま穏やかに寄り添いながらセシリアと神官長が裏の建物へと歩いていく。

 少し奥まったところにある扉を抜け寺院の横を通る小道を抜けると、きゃー!!という叫び声が聞こえた。


「こらあああ!みんな、今日は王妃殿下がいらっしゃるからちゃんと並びなさいって言ってるでしょー!!!」


 ぷりぷりと怒りながら年長の少女がきゃーきゃーと逃げ回る子供たちを追い掛けている。他にも数人の神官がわたわたと子供たちを追い掛けているが多勢に無勢、子供たちはするりと逃げてはけらけらと楽しそうな声を上げている。


「相変わらず、ここは素敵ね」


 セシリアが救護院の庭を眺め目尻を下げて懐かしそうに笑う。長い時間では無かったが、セシリアもあの神官たちと同じように子供たちを追い掛けていたのだ。ハリエットも。

 ハリエットがちらりとセシリアと神官長を見ると、ふたりともに大変良い顔で()()()と笑って頷いたのでハリエットも淑女から程遠く()()()と笑って子供たちの方へ向かった。そうして。



「はあああい、みんな、せいれええええつ!!!!」



 ハリエットのあまりの大声に瞬時に辺りはしん、となりその場の誰もが固まった。しばらくしてハッと気づいたように年長の少女と神官たちが子供たちを集め出した。満足げにひとつ頷くとハリエットはすっとセシリアの元へ戻る。


「相変わらずお見事ね」

「本当に、変わっていなくて嬉しいわ」


 くすくすと笑いながらセシリアと神官長がハリエットを褒めた。初めて見たルイザはあまりのことに叱ることも忘れて呆然とし、他の三人も目を丸くしてハリエットを見ていた。約十年…いや、もう十一年前か、セシリアと共にこの寺院へ来たのはハリエットひとりだったのだ。


 すっかりと綺麗に並んだ子供たちに神官長が合図をすると、子供たちが一斉に「ようこそお越しくださいました!」と声を揃えた。セシリアが「今日はよろしくね」と微笑むと、子供たちは「本物のお姫様だわ」と目を輝かせてセシリアを見つめていた。

 その後は自由時間となり、子供たちはまた銘々に駆けていく。最初は見慣れぬ大人に緊張していた子供たちも、侍女や騎士が遊んでくれると気が付くと、たちまち大人たちを巻き込んでの大騒ぎとなった。


「王妃殿下、ハリエット」


 呼ばれて振り向くと、神官長の隣に先ほど子供たちを追い掛けていた年長の少女がいた。少女はなぜ自分がここにいるのか分からないといった風でお行儀よく立ちながらも目を泳がせている。神官長が少女を見て目を細めると、セシリアの目を見て言った。


「ラーラよ」

「!!!」


 名を聞いた瞬間、セシリアの若草色の目が見開かれた。


「ラーラ…本当に…?なんて…なんて大きくなって…っ」


 震える声で名を呼ぶと、セシリアがラーラに手を伸ばした。そっとその頬に触れ「ラーラ…」とまた呟く。セシリアの顔は泣き笑いになっていた。


「はい、あの、はい!ラーラです!!」


 美しい王妃様が涙を浮かべて自分の名を呼んでいる事態に頭が追い付いていないのだろう。ラーラも目をまん丸にして頬を染めて硬直している。


 あの頃、ラーラは一歳になったばかりの小さな、そして弱々しい赤子だった。よく熱を出していたのだが、明日の朝息をしていなかったらどうしようとセシリアとふたり、ハリエットは朝まで交代で側についていたものだった。ハリエットの青灰の瞳にも薄い膜が張る。


 ハンカチをお渡ししなくては…そう思って隠しポケットに手をやったところ、ハリエットのスカートがぐいっと引っ張られた。何事かと思って引っ張られた方を見ると、ドレスのスカートに埋もれるように小さな赤い頭が見えた。


「…どうしたの?」


 ハリエットのスカートを握りしめる小さな少女に声を掛けると、ぱっと少女が顔を上げた。期待できらきら光る緑の瞳がハリエットの心を射抜いた。


「おねえちゃん!ミミよ!!」

「ミミちゃん?」


 五、六歳くらいの小さな少女におねえちゃんと呼ばれたことに喜びを感じながらハリエットはかがんで目を合わせ、スカートを握りしめていた手をそっと包んだ。すると、ミミが嬉しそうに破顔した。


「こっちよ!!」

「へ?」


 そばかすがいっぱいの元気で愛らしい顔に満面の笑みを浮かべ、赤いおさげを揺らしミミがハリエットの手をぐいぐいと引っ張っている。


「え、えっと、あ、待って!」


 慌ててセシリアを振り返ると、目元を拭いながら「行っていらっしゃい」と笑顔で頷いてくれる。ハリエットは頷き返すと「待って、もう少しゆっくり!」と言いながらミミに着いて行った。


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