4.三日前 4
25.11.06 一部重複していた文章を削除しました。申し訳ありません。
ご指摘、本当にありがとうございました!!
蛙が消えてしまった茂みをじっと見つめ、しばらくすると妖精はゆっくりと立ちあがった。ハリエットはその時、やっと妖精の背中に羽が生えていないことに気が付いた。羽だと思ったのは背で結んでいた薄い青のオーガンジーのリボンだったのだ。
ふわりと、妖精のリボンが揺れた。
「私もそう思うわ。嫌いよりも好きな方が…好きになれる方が、ずっと幸せね」
先ほどよりも柔らかな微笑みを浮かべ、妖精がゆっくりとハリエットの方へ歩いてきた。淡く儚いと思った妖精は、ハリエットよりもつやつやの林檎ひとつ分背が大きかった。
「あなた、名前は?」
妖精は小さく首を傾げると、飛び跳ねすぎて乱れてしまったハリエットの真っ赤な髪をそっと撫でて直して微笑んだ。
「ハリエット!」
妖精の細い指がハリエットの頭を撫でる感触がくすぐったくて嬉しくて。ハリエットはまたも飛び跳ねそうになったが、せっかく直してもらった髪がまた乱れるといけないので、両のこぶしをぎゅっと握ってぶんぶん振ることでぐっと我慢した。
ふと、妖精の表情が変わった。ちらりと茂みの向こうを見ると小さくため息を吐いてハリエットに向き直った。
「ハリエット、私はセシリアよ。………覚えていてね。そしていつか分かったら、あなたの答えを教えてちょうだい」
妖精改めセシリアはとても優しく微笑んだ。そうしてハリエットの頭をまたそっと撫でると、「またね」と言ってセシリアは去っていった。
ハリエットはセシリアがいなくなった後もその場でぼんやりと突っ立っていた。まるで妖精のいたずらにあったような、目を開けたまま夢を見ていたような、そんな不思議な気分だった。そうして慌てた父や騎士が探しに来るまでハリエットはひとり、池のほとりに立ち尽くしたのだ。
その後、セシリアとの約束通りハリエットは蛙について調べた。メイウェザーの血を色濃く引く父が「ハリエットは蛙に人生を賭けるのか……?」と首を傾げたほどに調べた。
本を読み、様々な蛙を観察し、一族の両生類の研究者にも話を聞いた。調べて、調べて、調べて………。セシリアと出会ってから三年。十歳の時、ハリエットは、蛙が嫌いではない、と結論付けた。
初めてセシリアに会った茶会から七年、ハリエットはセシリアと顔を合わせることは無かった。社交を好まない母を説得して何度か茶会にも連れて行ってもらったが、『セシリア』という名しか知らない少女を、ハリエットが見つけることはできなかった。それでも不思議と、ひと時たりともハリエットの脳裏からセシリアの淡い微笑みが消えたことはなかった。
そうして八年後。十五歳で入学した学園でハリエットはようやく蛙の妖精セシリアと再会したのだが、何のことは無い。公爵令嬢であり王都に長く滞在していたセシリアと、王都へ出ないメイウェザーのハリエットとでは社交の場が被ることがなかったのだ。
それに気づいたハリエットは、メイウェザーとしては珍しく中央の学園を目指した。領地からほど近い学園とは違い中央の学園は競争率も高く入試もかなり難しかったが、セシリアの面影さえ思い出せば、ハリエットはいつだって頑張ることができた。
そうして何とか巡り合えたセシリアは、八年前と変わらず美しく優しく儚げで、王太子殿下の婚約者となっていた。
「公爵令嬢で、王太子殿下の婚約者だなんて……」
あまりにも違う身分に、ハリエットは眩暈がした。簡単にはもう話しかけられないのだと絶望しかけていたところ、新入生歓迎パーティーで柱のシミと化していたハリエットの元へ、セシリアは迷わずやって来て淡く微笑んだ。
「見つけたわ」
ぱっと、世界が明るく色づいた気がしてハリエットは目を瞠った。
目の前には光の色の髪をゆるく結い上げたセシリア。若草色の瞳がハリエットを見つめている。光の色のドレスには、あの日よりも小ぶりな青のオーガンジーのリボンが揺れていた。
「あ……妖精さん………」
思わずつぶやいてしまいハリエットはぱっと口元を覆った。その様子を見たセシリアもまた「今日はおさげでは無いのね?」とにっこりと微笑んだ。
「ねえ、ハリエット。あなたの答えを教えてくれる?」
ハリエットがひと時も忘れることのできなかったセシリアは、同じようにハリエットを覚えていてくれたのだ。そのあまりにも衝撃的な事実に、嬉しさのあまり飛び跳ねてしまいそうになる自分を何とか押さえつけ、ハリエットは満面の笑みで「はい!」と頷いた。
ハリエットが研究成果を報告する間、セシリアは楽しそうにハリエットの話を聞き、時に頷いたり質問をしたりした。
気が付けばハリエットはパーティー会場の一角にあるテーブル席に案内されていた。当時すでにセシリアに侍っていた現在の先輩侍女たちが飲み物や食べ物をまなじりを下げて運んでくれ、一緒になって聞いてくれた。
すでに最終学年であったセシリアと学園で共にあれた期間はたったの一年だったが、ハリエットはいつもセシリアの側に居た。セシリアも先輩たちも、いつでも面白そうに笑ってハリエットの色々な研究の話を聞いてくれたし、時折、セシリア自身の話もしてくれた。




