4.三日前 4
25.11.06 一部重複していた文章を削除しました。申し訳ありません。
ご指摘、本当にありがとうございました!!
それまでどこかぼんやりとしていた妖精の目が、はっきりとハリエットへと向けられた。
あまりにも鮮やかな、太陽の光を浴びるブナの若葉よりも鮮やかなその色に、どくん!っとハリエットの心臓が跳ねた。
「そう、メイウェザー…。そうよね、その髪……その赤は当然メイウェザーよね」
「うん!メイウェザーよ!」
どきどきと音を立てる胸元を両のこぶしで抑えながらハリエットが大きく頷くと、妖精の口が小さく「メイウェザー……」と動いた。
「そうよ!あ、あのね、もう見るのも触るのも絶対に無理なものは『せいりてき』に無理だからしょうがないんだって。そうじゃないなら、調べなきゃ、好きか嫌いか分からないのよ!」
ハリエットがうんうん、と首を縦に振ると、妖精はほんの少し視線を落として小さな口元に手を当てた。
「生理的に、ね」
「そうよ!私はかえるを見てもぞわっともしないし、ひやっともしないの。だけど調べたことが無いから知らなくて、だから嫌いかどうか分からないの。だから、嫌いだなんて言えないの!」
「そう、分からない…。知らないのに、嫌いだなんて、言えない………そう、そうなのね…」
妖精が、くるるくるると小さく喉を鳴らす蛙を見ながらゆっくりと、確かめるように呟いた。
妖精の瞳はとても優しくてどこか嬉しそうなのにやっぱり悲しげにも見えて、ハリエットもじっと妖精を見つめた。
「嫌いなの?かえる」
ハリエットがこてん、と首を傾げると、妖精がゆっくりとまたハリエットを振り向いた。
「いいえ、大好きよ」
ふふ、と微笑んだ妖精があまりにも綺麗で、今度の笑みはとても嬉しそうで、ハリエットもとっても嬉しくて、ふわりとドレスのフリルまで浮き上がった気がした。
「あなたは好きなのね!とっても素敵!!好きなものが増えるのはとても幸せなことだって、お父様も言ってたわ!!」
ハリエットはあまりにも嬉しくて、思わず手を叩きその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。ハリエットの高い位置で二つに結んだ真っ赤な髪もつられたように一緒にぴょんぴょんと楽しそうに跳ねた。視界の端で、蛙は驚いたのか、ケロっとひとつだけ鳴くとぴょんぴょんと茂みの奥へ消えてしまった。
「あ!!!」
「あ」
ハリエットが慌てて口元を押さえて体を縮こめると、妖精はふっと笑って蛙が消えてしまった茂みをじっと見つめ、しばらくするとゆっくりと立ちあがった。さらりと光の色のドレスが広がり、きらきらと光の粒がスカートに舞う。
ハリエットはその時やっと、妖精の背中に羽が生えていないことに気が付いた。羽だと思ったのは背で結んでいた薄い青のオーガンジーのリボンだったのだ。
ふわりと、甘い花の香りと共に妖精の背でリボンが揺れた。
「私も、そう思うわ。嫌いよりも好きな方が…好きになれる方が、ずっと幸せね」
軽くドレスの裾を払うと先ほどよりも柔らかな微笑みを浮かべ、妖精がゆっくりとハリエットの方へ歩いてきた。淡く儚いと思った妖精は、ハリエットよりもつやつやの林檎ひとつ分背が大きかった。
「あなた、名前は?」
妖精は小さく首を傾げると、飛び跳ねすぎて乱れてしまったハリエットの真っ赤な髪をそっと撫でて直して微笑んだ。
「ハリエット!」
妖精の細い指がハリエットの頭を撫でる感触がくすぐったくて嬉しくて。ハリエットはまたも飛び跳ねそうになったが、せっかく直してもらった髪がまた乱れるといけないので、両のこぶしをぎゅっと握ってぶんぶん振ることでぐっと我慢した。
ふと、妖精の表情が変わった。ちらりと茂みの向こうを見ると小さくため息を吐いてハリエットに向き直った。
「ハリエット、私はセシリアよ。………覚えていてね。そしていつか分かったら、あなたの答えを教えてちょうだい」
妖精改めセシリアはとても優しく微笑んだ。そうしてハリエットの頭をまたそっと撫でると、「またね」と言ってセシリアは去っていった。
ハリエットはセシリアがいなくなった後もその場でぼんやりと突っ立っていた。まるで妖精のいたずらにあったような、目を開けたまま夢を見ていたような、そんな不思議な気分だった。そうして慌てた父や騎士が探しに来るまでハリエットはひとり、池のほとりに立ち尽くしたのだ。
その後、セシリアとの約束通りハリエットは蛙について調べた。メイウェザーの血を色濃く引く父が「ハリエットは蛙に人生を賭けるのか……?」と首を傾げたほどに調べた。
本を読み、様々な蛙を観察し、一族の両生類の研究者にも話を聞いた。調べて、調べて、調べて………。セシリアと出会ってから三年。十歳の時、ハリエットは、蛙が嫌いではない、と結論付けた。




