3.三日前 3
25.11.06 一部重複していた文章を削除しました。申し訳ありません。
ご指摘、本当にありがとうございました!!
蛙が消えてしまった茂みをじっと見つめ、しばらくすると妖精はゆっくりと立ちあがった。ハリエットはその時、やっと妖精の背中に羽が生えていないことに気が付いた。羽だと思ったのは背で結んでいた薄い青のオーガンジーのリボンだった。
「私もそう思うわ。嫌いよりも好きな方が…好きになれる方が、ずっと幸せね」
ゆっくりと妖精がハリエットの方へ歩いてきた。近くで見た妖精はハリエットよりつやつやの林檎ひとつ分背が大きかった。
「あなた、名前は?」
妖精は乱れてしまったハリエットの真っ赤な髪をそっと撫でて直すと微笑んだ。
「ハリエット!」
妖精に撫でられたのが嬉しくてハリエットはまた飛び跳ねそうになったが、せっかく直してもらった髪がまた乱れるといけないのでぐっと我慢した。
「ハリエット、私はセシリアよ。………覚えていてね。そしていつか分かったら、あなたの答えを教えてちょうだい」
そう言って妖精改めセシリアはとても優しく微笑んだ。ハリエットの頭をまたそっと撫でると、「またね」と言ってセシリアは去っていった。
ハリエットはセシリアがいなくなった後もその場でぼんやりと突っ立っていた。まるで妖精のいたずらにあったような、目を開けたまま夢を見ていたような、不思議な気分だった。そうして慌てた父や騎士が探しに来るまでハリエットはひとり、池のほとりに立ち尽くしたのだ。
その後、ハリエットは蛙について調べた。本を読み、様々な蛙を観察し、一族の両生類の研究者にも話を聞いた。調べて、調べて、調べて…そしてハリエットは、蛙が嫌いではない、と結論付けた。人生を掛けるほどには好きになれなかったけれど。
そうして初めてセシリアに会った茶会から八年後、十五歳で学園へ入学したハリエットは蛙の妖精、セシリアと再会した。公爵令嬢であったセシリアは相変わらず美しく優しく儚げで、そして、王太子殿下の婚約者となっていた。
入学式の後、新入生歓迎パーティーの席でセシリアは迷わずハリエットのところへやって来てこう言った。
「あなたの答えを教えてくれる?」
セシリアはハリエットを覚えていてくれたのだ。ハリエットは嬉しさに飛び跳ねそうになる自分を押さえつけ、満面の笑みで研究成果をセシリアに報告した。セシリアは楽しそうにハリエットの話を聞き、時に頷いたり質問をしたりした。
気が付けばハリエットはパーティー会場の一角にあるテーブル席に案内されていた。当時すでにセシリアに侍っていた現在の先輩侍女たちが飲み物や食べ物をまなじりを下げて運んでくれ、一緒になって聞いてくれた。
すでに最終学年であったセシリアと学園で共にあれた期間はたったの一年だったが、ハリエットはいつもセシリアの側に居た。
セシリアはあの幼い茶会の日、婚約の話が出るのが嫌で茶会から逃げていたのだという。ハリエットに「知らないのに嫌うことはできない」と言われ、自分も王太子を知らないのに嫌がるのは止めようと心に決めたのだとセシリアは言った。
「今はあの時、ちゃんと向き合おうって決めてよかったと思っているわ」
そう言って目のふちを赤く染めてはにかむセシリアは本当に美しくて、それでいて力強くしなやかで柔らかくて。ハリエットはますますセシリアが大好きになったのだ。
「卒業したら追いかけていらっしゃい」
そう笑って、セシリアと先輩方は卒業していった。ハリエットはこの一年で…いや、すでにあの七歳のお茶会で決めていたのかもしれない。ハリエットにとってセシリアこそが『人生を掛けるに値するもの』であると。
二年後、ハリエットは学園を卒業した。それとほぼ同時にセシリアが王家に輿入れし、もちろんハリエットも侍女としてそれに着いて行った。そうして、今に至るのだ。
「それで、今回は何でしょう?」
ダレルが落ち着いたところでハリエットは声をかけた。まずは先に進めなければいけない。実はハリエットにはあまり時間が残されていないのだ。
「まずは詳しいことを教えてくださいませ」
ハリエットが微笑むと、ダレルが膝に両腕をついて肩を丸め、組んだ手に額を当てて言った。
「第二騎士団所属のポール卿と、王弟付き秘書官のアンソニーの婚姻の件なのですが…」
そもそもの発端は、王宮主催の夜会で当時オブライエン侯爵令息だった現在のスタンリー子爵、アンソニーが深く酔った某令息に襲われかけたところを警備にあたっていた騎士ポーリーンに助けられたことだった。
救い出されたアンソニーがポーリーンに一目惚れし、アンソニーのたっての希望でほぼ権力に物を言わせた形で婚約を結んだ、と言われている。
結果として、アンソニーを婿にと望んでいた一部の令嬢と家族(それと一部の令息)が納得がいかないと暴走。
ポーリーンと所属する第二騎士団及び第三隊に嫌がらせを繰り返し、ポーリーンとアンソニーの婚約は解消、ポーリーンも騎士を辞し剣を置く…ところだったはずが、気が付けばポーリーンとアンソニーの婚姻が成立していた。しかも王命で。
「夜会の警備責任者は第一騎士団の元副団長だったと聞き及んでおりますが」
現在その元副団長は北の辺境伯領にいる。何でも、アンソニーの事件に関わったのとは別の令息から、とある令嬢を手に入れたいから…というとんでもない理由で休憩室周辺の警備を手薄にするよう頼まれ、金品で買収されていたのだ。
幸い、アンソニーの事件が先に起こったことで令嬢の貞操は守られた。
「違う!俺が頼まれたのはオブライエン侯爵令息じゃなくてフローラ嬢のことだ!俺は悪くない!!」
などと元副団長が愚かにも証言したために発覚した。騎士が金品で買収されるなどもってのほかだが、元々大変評判の悪い男であったため誰も庇う者はおらず、一兵卒として辺境でやり直すこととなった。
侯爵位を継いでいたが一族の満場一致で爵位をはく奪、夫人とは離婚の上、元副団長を除籍することで侯爵家への処罰は免れた。現在は元夫人が侯爵家の養子となり侯爵代理として立ち、御年十五歳の令息が成人次第、令息に爵位が移るらしい。
またこの件では「あのような男をことが起こる前に排除できなかった自分の力不足だ」と責任を感じた第一騎士団団長が辞職を願い出たが、そちらは王族並びに臣民総出で止めたため現在は保留でいったん決着を見ている。当然、ポーリーンの辞職願も取り下げられた。
「はい。元副団長と加害者の令息、並びに元副団長に不正を依頼した令息も全員すでに処罰が決定し、一部執行されています。そちらの方は滞りなく進んでいるのですが…」
はぁ…とダレルがため息を吐いた。




