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虐げられた少女は今日も唄う  作者: 小望月 白
6/9

偉い人はめんどくさい

ティナです。今王城の人気(ひとけ)の少ない所で何人もの年頃の女の子達に囲まれています。多分全員妖精なんだと思います。うん、多分。顔の造形が整っているから。


ーー囲まれるの(こういうの)久しぶりだなあ


本当、やるならさっさとやって欲しい。殴るでも蹴るでもいいがティナは今空腹なのだ。


ーー何でみんなご飯前にばっかりに来んの?人の食事を邪魔するタイミングじゃないといけない作法でもあんの?


囲うだけ囲ってはキャンキャンと姦しく喚き散らすだけで一向に手を上げない相手にいい加減ティナはイライラしてきた。さっさと終わらせて欲しいのに。


ーーそれもこれも全部ハイジェイドのせいだ


ティナは八つ当たりだとは思いつつもこんな状況になった元凶の1つであるはずのキラキラしい男の顔を思い出しながら顔を顰めた。事の発端は数週間前に遡る。



✳︎✳︎✳︎



ハイジェイドの紹介でマリーと出会い、そのまま暫くお世話になることが決まった。流石にハイジェイドがマリーの家に泊まる事は無かったが顔を見にくると言っていた。そしてそのまま数日。なんの不自由も無く快適に数日。ティナは自分の適応力の高さに関心していた。


「なんか今日、物凄く調子いいんだけど」


部屋で目覚めた後思わず幻姿に話す。


「何だろう、過去最高に身体が軽い!」

「ふふ、よかったわねティナ。きっと栄養のある食事やふかふかのベッドで身体が喜んでいるんでしょう」


そう言って笑う老婆の幻姿。


「あー、だからか」


食事と睡眠って大切なんだなあと感心しているとアイリットにさっさと服を着替えろとせっつかれた。


「んー。あ、これにしよ」

「「!」」


驚くアイリット達を他所目にティナは手に取ったワンピースをさっさと身に付けた。


「おおー……凄い。真っ白だ」


そう、真っ白の純白。これまでのティナなら絶対に選ばない色だ。「こんな真っ白じゃ何の作業もできないし」とかなんとか言って。


「お……お前、本当にそれでいいの?」


しかし思わずと言った風に口を開くアイリットに「いいのいいの」と軽く手を振りながらティナは早く下に降りようと笑って促し、歩いて行った。


「…………」


部屋に残されたアイリット達は唖然としたまま暫く動けなかった。


「まぁっ!まあ、まあ、まあ!」


そうして朝食の席でティナと顔を合わせたマリーはとても喜んだ。どちらかといえば暗い色ばかりを好んでいる様な発言をしていたティナが「もしかしたら着てくれないかしら」というほぼ無理だろうが一応、といった感じで紛れさせておいたワンピースを着てくれているのだ。


「とても似合っているわティナさん!」

「あ…りがとうございます」


朝の抱擁と共に送られる優しい賛辞の言葉にティナはえへへと照れ、そんなティナの様子にマリーは適当な壁にでも頭を打ち付けたいほど身悶えた。勿論、そんな事をしてティナが怯えるといけないのであくまで心の中で。


「あ、今日天気もいいしこの後何も無ければ散歩に行ってもいいですか」


食事の途中、ふと思い付いてマリーに尋ねればにっこりと微笑みながら頷いてくれる。


「勿論よ。お散歩でも本を読むでも。ここでは自分の家だと思って自由に過ごしてね。」


優しいマリーの言葉に心がぽかぽかとして、幸せな気持ちのまま食事を終えて散歩へと繰り出す。なんとマリーはティナが散歩に出掛ける前にわざわざ玄関まで見送ってくれ、いってらっしゃいとまた抱きしめてくれた。やっぱりマリーとの時間は心がぽかぽかする。


「ティナ、今日ご機嫌だね」

「ご機嫌?」


マリーと別れてから暫く歩いていたティナは幻姿のうちの1人の声に振り返る。気付けば随分と歩いていたらしい。


「うん。だってさっきから鼻歌うたってる」

「え!」


他の幻姿を見れば皆頷く。知らず知らずの内に鼻歌を歌うなど随分と久しぶりな気がする。


「そっ………か」


幻姿の後ろには随分と小さくなったマリーのいる建物が見えた。


ーーそっか


それが何だか嬉しかった。


「なんかねー」

「うん」

「ここに来てから凄く心がぽかぽかする。こう………なんか自分の柔らかい所が出てるみたいな?」


そう話すティナに彼は優しく頷いてくれた。


「へへ」


そこからは何だか更に身体が軽くなった気がして、ティナは思わず口を開いた。そして大きく息を吸い込み、目を閉じて即興で歌を歌い出した。それはそれは美しい歌だった。優しく、温かなその歌声は遠くまで届き、沢山の生き物の心を癒した。全てを包み込む様な穏やかなティナの歌声を聞きながら、同行者である幻姿は自分達に紛れてひっそりとティナの歌を聞きに来たメヴィ達に気付いたが何も言わないでおいた。


「……わっ!」  


そして歌い終わって目を開けたティナはとても驚く事になった。


「なんかいっぱいいる…………」


一体どこから来たのだろうか、ティナの周りをぐるりと囲い込む様にして大量の動物達が集まっていた。そして一瞬面くらいはしたがそこからのティナは早かった。体勢を低くし、素早い動きで自分から近い位置にいたほわほわと茶色い毛を揺らす兎の耳を鷲掴みにして持ち上げたのだ。


「「「「?!」」」」


そしてティナ以外の全員が衝撃に目を見張っている中、満面の笑みで言い放つ。


「みんな見て見て!いい感じの兎見つけた!今日の晩ご飯にできるかなぁ」

「「「「…………」」」」


皆、声が出なかった。否、出せなかった。そしてその沈黙をどう受け取ったのかティナは小さく「ああ」というと次はこれまたティナの近くに座っていたキツネも摘み上げるとにっこりと笑う。


「流石に兎一羽じゃ足りないもんね。でも使用人さん全員の分は無理だろうからこれくらいでいいかな」


取りすぎは良くないもんね、と微笑むティナは純白のワンピースの裾を風で揺らしながら穏やかに微笑む。先程の歌の余韻と相まって、彼女がとても神聖なものに見えた。


…………兎とキツネを鷲掴みにしていなければ


「えっと、ティナ………」


誰もが言葉を発せずにいる中、最初に立ち直ったのはメヴィだった。


「あ、メヴィだ。来てたの?」

「う、うん………」


そして獣なのに何故か顔色が悪い(様に見える)メヴィはティナによって鷲掴みにされて涙目になった兎とキツネを怖々と指差す。


「ティナ、彼らを食べるって冗談だよね?」

「え?なんで?森でもいつも食べてたけど」

「「ひっ」」


両手の兎とキツネはガタガタと震えだすがメヴィは何か引っ掛かりを覚えた。


「ね、ねぇティナ。念の為に聞くんだけど」

「なに。メヴィも食べたい?」

「いや絶対いらない………あのね。その子達が『妖精』だっていうのには気付いて………る?」


するとティナを含め、その場にいる全員がポカンと口を開けた。何を言っているのか、と。しかしその意味合いは違った様で、まさかのティナは歌を聞きに集まった動物たちが全員妖精なのだと認識していなかった。


「見たら分かるでしょ?!」


今日初めて会った筈の小鹿の様な妖精は悲鳴の様な声を上げる。しかしそんな事言われても。


「分からないよ。だって森にいる動物と一緒なんだもん。今みたいに喋られたらああ、妖精なんだなって思うくらいで」


兎とキツネを解放したティナはやや拗ねた様子で適当な場所に座り込む。しかしこれには皆首を傾げる。


「羽が……生えてるでしょ?」

「…………誰に?」

「「「????」」」


何と驚いた事にティナ以外は全員妖精の羽という物が見えているらしい。先程「見たら分かるでしょ」と言っていた小鹿の近くに寄ってその身体によく目を凝らしたが全然見えない。なんなら手をブンブン振っても何かに当たる感触もない。


「待って待って、じゃあマリーさんやハイジェイドの背中にも生えて………?」


ティナの疑問は皆の可哀想な子を見るような目で解決した。


ーーえぇ…………みんな生えてたのか


お話で出てくる妖精と違って実際の妖精は羽がないんだなあと思っていた。しかしメヴィに会った時も『なんかイメージと違う』という感想だったので、結局『そんなもんか』くらいにしか考えていなかったのだ。そして詳しく聞けばメヴィは初対面の人間たちが暮らす森では羽を出していなかったらしい。だから幻姿達もメヴィが妖精だと気が付かなかった様だ。成る程。


「ちなみになんだけどね、ティナ」

「ん?」


これだけいれば1人(もしくは一匹)くらい羽が見えるだろうと次々に動物をひっくり返したり背中を摩ったりしているティナにメヴィは不思議そうに尋ねる。


妖精の国(ここ)に暮らしているのはほぼほぼ妖精ではあるんだけど………でも羽が見えてないのならどうやって妖精かどうかを判断してたの?」


「顔の造形」 


「「「「……………………(顔の造形)」」」」


またみんな黙り込んでしまった。ちなみに動物の美醜は全然分からないので妖精かどうかの判断基準は『喋る』か『飛んでる』なら妖精でそれ以外は全員普通の動物だと判断していた。そして夜遊びにきたハイジェイドはティナが今まで妖精の羽を見えていなかったと知ってとても驚いていた。ならこれも見えていないの?と自らの背中を指差していたが全く見えない。見えないものは見えない。




✳︎✳︎✳︎



「なんだこれ………」


次の日、朝起きてクローゼットを見てみればそこには昨日ティナが着ていた純白のワンピースが何故か大繁殖していた。白割合が上がって何だか目がチクチクする。


ーーマリーさんか………


いつの間にこんな事になっていたのかは分からないが、どうやらマリーは昨日のティナの姿がいたくお気に召したらしい。これがもし別の年頃のお嬢さん達なら「こんな同じ色ばっかり嫌よ!」となるのかもしれないがティナはならない。まあマリーさんがそれで喜んでくれるならいいか。くらいだ。昨日も意外と汚れなかったし、どちらにせよ掃除や洗濯等はここで働く使用人の人達の仕事の邪魔になるのでできないし。という訳でティナは今日も昨日と同じ純白のワンピースに着替えた。ちなみにこの純白のワンピース達、実は全て微妙にデザインや生地が異なるのだが服に然程興味もないティナにその違いがわかる筈も無かった。


「今日も散歩に行こうかな」


そうして散歩、からの動物達(に見える妖精)に囲まれながら歌を歌うのがティナの日課になった。しかし歌を歌い出してから一週間程経った頃、まだ昼間なのにも関わらずマリーの家にハイジェイドがやってきた。それもかなり焦った様子で。


「とりあえず、お食事をどうぞ」


そうして急遽ハイジェイドも合わせての昼食会。相変わらず美味しい食事にティナが舌鼓を打っているとハイジェイドは穏やかな表情で笑う。


「顔色がだいぶ良くなったねティナ」

「うん。ご飯も美味しいしベッドもふかふかだから身体もすごく軽い」


それを聞いたマリーは幸せそうに頷く


「ティナさんが気に入ってくれて良かったわ。どんどん食べてね」

「ありがとうございます」


やはりまだ少し恥ずかしくて俯いてしまうがそんな所もマリーには堪らない様子だった。食事の後は部屋を移動してこれまたふわふわのソファーにふわふわのクッションが置かれている、落ち着いた雰囲気の部屋で食後のお茶になった。そして何故かハイジェイドはティナの隣でニコニコとティナの髪先を触っている。一体何が楽しいのだろうか。


「さて。僕が今日ここに来た理由を告げる前にまずはマリー、突然の訪問本当にすまない」


マリーはにこやかな表情で静かに首を振った。


「ありがとう。では手短に話そう。先に確認させて貰ってもいいかな?ティナ、君は僕がここに来られなかったここ数日の間で歌は歌っただろうか。もし歌ったのならそれは『浄化』の歌かな?」


質問をしてはいるがハイジェイドの言い方はどちらかと言えば確認の様だった。特に嘘を言う理由も無いのでティナは素直に頷く。


「うん、歌った。散歩をしながら適当な場所で歌ったよ。浄化………は意識しては無かったけどここ最近身体が軽くて凄く力が漲ってたから今思えば無意識に浄化の力は使ってたかも………強制浄化はしてないからあくまで『鎮魂』の範囲ではあるけど」


すると「成る程」と言ったきりハイジェイドは考え込んでしまった。ハイジェイドの真剣な様子を見ている内にティナはなんだか不安になって来た。


ーーえ、なんかまずかったかな


ティナは思わず視線を彷徨わす。気持ちが乗ったからそのまま歌ってはいたが妖精の国では歌を歌う時には事前申請が必要だったりするのだろうか。


ーーママママリーさんに迷惑が掛かってたらどうしよう!


未だ黙ったままのハイジェイドを見ていると不安の余りガクガクと全力で彼の肩を揺さぶってしまいそうだ。マリーと過ごし始めてからというものティナは自分でも自覚するくらい情緒不安定なのだ。ハイジェイドからすれば知ったこっちゃないかもしれないがこちらは心の成長中なのだ。


ーーおおおお押さえろ私………こんなんでも一応、王様だから。


「ティナ、声にでてるよ」

「え、うそ出てた?」

「出てた出てた」


ティナがヒソヒソと幻姿の青年と話し始めた時、ハイジェイドは顔を上げた。そしてティナの(王様の肩をガクガク揺さぶってはいけないと)思い悩んだ表情を見て慌ててその手を取る。


「不安にさせてごめんねティナ。」

「え、不安っていうか自分を抑えてたっていうか」


しかしティナの声が聞こえなかったのかハイジェイドは一瞬迷う様な素振りを見せ、決心したかの様にティナの顔を正面から見つめる。いや顔面の圧が凄いな。


「ティナ、よく聞いて。僕は決してティナの事を責めるつもりも無ければ無理矢理何かをさせるつもりもない。ただ現状を話すだけ。いい?」

「うん」


こくんと頷いたティナを見て漸く顔を少し離したハイジェイドは話始めた。おい、手を離せ。


「実は今ーーー」


まあ、端的に纏めればハイジェイドの話の内容は『ティナ歌う、マリーの屋敷付近を中心にめちゃくちゃ浄化される、周りの貴族騒ぎ出す、強力な浄化師でも派遣したのかの問い合わせ王城に殺到、何処からか先日入国した人間じゃ無いかとバレる、貴族達「なーんだ、ならその人間かーしーてー」』と、いう事だ。


ーーえええええええ!私のせいだね?!完っ全に私のせいだね?!


そのまま恐る恐るマリーの方を見てみれば何か考え事をしている様だった。


ーー嫌われちゃったらどうしよう………


「それともうひとつ」


まだ有るのかとハイジェイドに視線を戻せば今度はハイジェイドまでもが少し思い悩んだ表情をしている。


「その……本当は言いたくないんだ。でもいずれどこからか話を聞くかもしれないし」

「うん」

「意にそぐわない事ならしなくていい。むしろ僕はティナには安全な場所で待っていて欲しいと思ってるんだよ」


おっと、なんだか物騒な話になってきた様だ。最悪この家を出ないといけなくなるなとティナが考えているとふーっと息を吐いたハイジェイドは話しだす。


「一部の騒ぎ立てている貴族達の主張は主に2つ。まずひとつ目はティナを貸し出して自分達の領地の浄化をさせろというもの。それから2つ目は君を使ってここ数年多発している契約の森の淀を一掃させろというもの。ただ僕個人の意見を言うのならこんな話、どちらも聞き入れる必要はない。ティナを巻き込んだ僕が言うのもおかしな話だけれど、君は本来自由だ。この国の事情に付き合う必要は無い」


しっかりとこちらの目を見て話すハイジェイドの目は真っ直ぐで、彼が本当にそう思って言っているのが分かる。しかし少し考えたティナが「じゃあハイジェイドとしてじゃなく、王様としては?」と聞けば途端に苦しげな表情になる。


ーーまあ、権力争いの後処理で森の浄化に奔走してるってメヴィが言ってたしそうだろうなぁとは思ってたけど。


多分森の浄化作業の状況は芳しく無いのだろう。なのに自他共に認める程浄化力の強いティナに手伝いを頼まないとは水臭い。まあ大方「そんな事をさせる為に探してたんじゃない」とか何とか思っているんだろうが知ってるわという話だ。そもそもティナだって最初からハイジェイドがティナの事を利用しようという魂胆が透けて見える様な奴ならここまで家族待遇にしない。そんな奴なら仮に出会ったとしても、適当な理由を付けて多少強引な手段を使ってでも逃げ出すだろう。ま、こんな事考えておきながらハイジェイドがティナを騙す気満々ならどうしようも無いが。そうなったらもう潔く諦めて死なない程度に手伝ってどうにか逃げ出そう。拘束時間は勉強代だとでも思えば良いだろう。


「あのさ」


ティナの言葉に黙ったままのハイジェイドの手を上からぽんぽんと叩く。森にいた頃より随分と大きさに差が出来た手だ。


「見知らぬ間じゃ無いんだから。困ってるなら一言『手伝って』って言えばいいんだよ。私やりたく無い事はやらないし。そりゃあ命が掛かってればやるかもだけどさ、ハイジェイドはそんな事しないでしょ?」


「あ、あたりまえだよ………!」


焦った声を出すハイジェイドを落ち着かせる様に再び手を軽く叩きながら続ける。


「じゃあ、言って。あ、ごめん先に言っておくわ。貴族の家の浄化は自分でやらせて。放っておいてハイジェイドやマリーさんに不都合が起こるなら多少手伝うけどそうじゃ無いなら嫌。もしやるならがっつり対価取るから。私ただ働きは嫌いなの」


すると一瞬きょとんとしたハイジェイドだがすぐに泣きそうな表情で笑う。


「じゃあ僕がティナに森の浄化を手伝って貰うにはどんな対価を用意すればいいかな」

「んー………じゃあ、ハイジェイドが1番美味しいと思う食べ物でも御馳走して貰おうかな」

「それ、対価になってないよティナ」


小さく笑うハイジェイドの瞳には薄ら涙が見えた気がしたがティナは気付かぬふりをして「私身内にはめちゃくちゃ甘いからいいの!」と胸を張っておいた。結局その後ハイジェイドは「出来る限りの事はするから。ティナの事は守るから」と言って帰って行った。ティナの知ってる人間の国の王様と違って妖精の国の王様は忙しいらしい。


ーーそれにしても


夜、ボスンとベッドにあお向きで倒れ込みながらティナは考える。


ーー浄化するのはいいけど……今考えたら契約の森って大事な場所じゃなかったっけ


妖精全員を知っている訳では無いが、妖精の中には人間を見下し忌み嫌っている者たちが存在する事はもう知っている。


ーー人間()が行って大丈夫か……?


しかし考えた所でティナは自分に分かるはずも無いな、ハイジェイドが大丈夫だと判断したなら大丈夫だろ。と割り切ってさっさと眠る事した。睡眠、大事。



✳︎✳︎✳︎



ーーそう思っていた時期が私にもありました………


ティナは現実逃避気味に空を見上げる。


「ちょっと!そこの薄汚い人間、止まりなさい!」


そんな声から始まったご令嬢のウザ絡み(この時間)。思えばマリーが離れたほんの少しの時間。その短間に王城へ呼び出されていたティナを捕捉し、捉え、こんな人気のない場所に連れ込むとは………ご令嬢方の拉致技術にもはや感服である。


ーー同世代くらいに見えるけど、実際のところ何才くらいなんだろうな


聞いたら余計に発狂しそうだから聞かないけど。と、いうか。「ハイジェイドの馬鹿!クソ野郎!めちゃくちゃ絡まれてるんですけど!連れ去られてるんですけど!お城の警備もっとしっかり!」とか考えてたけど今考えたらこのご令嬢方の言い分を聞いているとあながちハイジェイドだけのせいでもないのかもしれない。なんでも、このご令嬢達はハイジェイドの『お嫁さん候補』らしい。そして何故かティナもその仲間入りしたのだと思われている。その切っ掛けがティナの行ったマリー宅での広範囲浄化。あれが話をややこしくさせた。


ーーでもさ、浄化の力を持った者がハイジェイドの妃候補なんて話知らなかったし……


実際にはそんな決まり事等無く、ただ周りがそう騒いでいただけなのだがティナは絶妙に間が悪かったらしい。加えて、ハイジェイドが人間の女を探していたという事実………ただの人間ならばご令嬢方も捨て置いてくれたかもしれないが候補に挙がったのが国王自ら探し求めていた人間となればそりゃあご令嬢方やその両親は焦るだろう。そんなこんなでティナは今、とってもややこしい立ち位置にいる。


ーーでもやっぱり私を妃云々の噂くらいは消して置いて欲しかった……


はぁぁぁぁぁ…………


盛大な溜息を吐きつつ目の前でキャイキャイ喚く妖精を見て空腹を訴える自分の腹部を軽く摩る。その時だ。


「ちょっと貴女………まさかとは思うけれどそういう事なの………?」


それまで「身分を弁えろ」だとか「陛下に纏わりつくな」だとか「相応しいのはお前の様な汚れた人間ではなく高貴なわたくし!」と騒いでいたのに何故かご令嬢方は信じられない物を見たかの様な顔でワナワナと震えだした。


「は?」


そしてその視線はティナの腹部へと注がれている。


ーーああ、お腹の音が聞こえたのかな


やっとこちらの空腹に気が付いてくれたのかと思いこくんと頷く。すると何故か湧き上がる多数の悲鳴。


ーーちょ、ちょっと何………え、こわ。妖精って情緒不安定な奴多いの…………?


結局、その悲鳴を聞いて駆けつけた城の兵士達によってその場は解散となったが何故かご令嬢達からは射殺さんばかりの殺気を感じた。


「何でお腹鳴らしたくらいであんな睨まれなきゃいけないの………」


城に来てまだ目的のハイジェイドとの謁見も済んでいないがティナは既に帰りたかった。マリーの家に置いてこなければいけなかった幻姿のみんなが恋しい。



✳︎✳︎✳︎


「話は以上だ。下がってよい」


ご令嬢達から予定外にウザ絡みをされはしたが無事にハイジェイドとの謁見(正式な浄化の手伝いの依頼)が終了した。王様をしているハイジェイドは何だかスンとしているというか、感情が無い人形の様な印象だった。


ーー疲れそうだな


結局、その後のお偉いさんっぽい人から詳しく聞いた説明によれば広大な契約の森の中でも比較的(よどみ)がましな場所から取り掛かる事となった。恐らくティナの負担を考えての事だろう。浄化の際にはティナの他にも城から派遣された浄化師が向かうので共に作業をする事になりそうだ。あとちゃんとお給料は出るらしい。くれるっていうのなら有り難く頂いておこう。しかし。


ーー共同作業とか不安しかない。いっそ見ててもいいから一人でやらせてくれないかな……


そう思って聞いてみたが普通に駄目だった。即却下。もう少し考えてくれてもと思いつつ、また厄介なご令嬢(誰か)に絡まれる前にマリーと共にそそくさと帰った。今日を合わせてまだ2回しか行った事のない王城だが、既に面倒臭い場所だと認識したティナはもうこれ以上行かなくて済めばいいのになと、およそ叶いそうにもない事を考えながら眠りについた。


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