妖精は話を聞かない
「ティナこっち!」
ねぇここ入っても大丈夫?絶対正規の入り口じゃないよね?といった道ばかりを通った先に見えた物は、いくつもの鋭い尖塔を生やした立派な城。なんだか氷の様に透明でいろんな色にぴかぴかしていた。
「あれ割れないのかな」
ティナの独り言にクスクスと笑う狐の妖精は「割れない水晶だよ」と言っていたが『水晶』が分からないティナからすれば「へー」以外言いようがなかった。代わりに後ろでアイリットとディルディロが何か騒いでいたが。
「それで?もうお城の裏っぽい所まで来たんだからいいでしょ。元の場所に帰して」
ティナがそう言うと途端、メヴィの目はうるうると潤み身体がふるふると震えだす。
「そんなっ!ティナ、一緒に来てよぅ。僕1人じゃ心細いじゃないか」
しかし一般的に庇護欲やら母性を唆られるであろうその姿にティナは特に何も思わなかった。
「いやもういいよそういうのは。メヴィがクソ狐って事は分かってるんだから」
「ちぇー」
けろっと目元から涙を撤退させたメヴィはその豊かな尻尾をふぁさりと一振りする
「まあいいや。正直言うとね、僕はティナに手伝って欲しいんだ」
「いや」
「もーせめて内容くらい聞いてよー」
聞いたって碌な事ではないのは分かっている
「手伝う理由が無い」
「そこはほら、困っている人は助けるべきだっていう博愛の精神を………っていうのはティナには無駄そうだね。終わった後の報償金も出ると思うよ?後はそうだねー。妖精の見目麗しい伴侶を得られるかもしれない」
「どれもいらない。必要ない」
「そっかー。なら、ティナは一体誰の為ならその力を使うの?」
突然メヴィは真剣な表情をし、ティナへと問いかけた。何となく、本心を伝える気になった。
「…………私が、家族だと思っている人にだけ」
するとティナの答えを聞いたメヴィはそれまでの鋭い空気を霧散させ、にっこりと笑う
「分かった。それならもう僕から頼んでもしょうがないね」
そしてティナへとくるりと背を向けて歩きだす。数歩進んでからメヴィは首だけティナの方を向く
「とりあえずここまで来てもらったし、呪いから助けて貰ったお礼もしたいしさ。とりあえずついて来てよ。お腹も空いてるでしょ?」
「いらない」そう言いたかったが確かにお腹はかなり空いている。仕方ない、ついていくか。
「あ、ちなみに僕も感謝はしてるけど今回のは多分王様からのお礼になると思うよ!僕そんなに財力ないからね!」
ーー言ってて悲しくないのかな
まあ、お金なんてあっても使う場所に居なければ無いのと変わらないしな。そう思いながら進んでいく。城は真下に来るともう上の方は見上げるのが大変なくらい高さのある建物だった。ポッキリ折れないか心配になる。あと城門も高い。登れる気がしない。そして城門の前に行くと妖精かと思われる男性が立っておりメヴィが何か話すとこくりと頷く。
「ご案内致します。こちらへ」
チラリと私達を一瞥した男の人は簡単な胸当などの防具を着けた耳の長い人だった。
ーー妖精ってみんな小さいのかと思ってたけど人間の男の人よりむしろちょっと大きい………
そして何人か同じ様な防具着用の妖精を見たがその誰もが整った顔をしており驚いた。成る程、昔幻姿のみんなに聞いた物語に出て来る妖精達が皆キラキラと美しいのは人間の願望とだとばかり思っていたが違うらしい。
「ここでお待ちを」
そこは城の中では無く城の門を潜って少しした場所にある小さな小屋の様な場所だった。中は木の温かみが感じられる素朴な物で余計な物が何も無かった。言い方に気を付けずに言うのならば粗末。
パタン
「はぁぁぁぁぁ…………」
案内をしてくれていた妖精が出て行った後に大きなため息をついたのはメヴィだ。
「ごめんねティナ。僕の考えが甘かったせいでちょっと嫌な思いするかもしれない」
「?」
どういう事だろうか。
「詳しい事は今は省くんだけどね。今回権力争いで勝った王様がまだ独身な上に婚約者も居ないんだ」
「うん、それが何?」
しかしメヴィの口が開く直前空気がピリリと震える
「どうしたの?」
振り返ればアイリットが物凄い形相でこちらを睨んでいた
ーーな、なんか怒ってる………?!
しかし特に言葉は発さない様なのでそのままそろりとメヴィの方へ体勢を戻すとアイリットが怖かったのかメヴィの毛も全身けばけばになっていた。
「うっ……その、それでなんだけど。王様はずっと人探しをしててね?その人が女の人でね?それで人間だからもし見付けたらその人を王妃にするんじゃないかって言われててね?」
「うん」
「それで、王様の周りの偉い人達はそんな事されちゃ自分達の娘が王妃になれないかもしれないからね?ちょっと、その………それっぽい人を見かけたら意地悪をしてしまうというかね………?」
ん?それはつまりあれか。私がその探し人と間違われてその『偉い人達』に嫌がらせをされる可能性があると?
「いや、私お腹空いたから来ただけなんだけど。もうなんならパンの1つでもくれればさっさと出て行くんだけど」
しかしメヴィはうぅんと唸りながら器用に頭を抱える
「ごめん。もうこの部屋に連れて来れられた時点で意地悪が始まってるみたいでね………」
なんだと。
「ご、ごめんね?流石の僕もこんな事するつもりじゃなかったんだよ!だから普段あの偉い人達が使わないお城の裏側から入ったんだし!でももうこの道もあの人達の息がかかった兵士がいたから出るのも難しいと……思う…………」
「えー……………」
なんとも言えない沈黙。私が邪魔ならさっさと帰らせて頂きたいのだが帰すのも駄目らしい。嫌がらせを何がなんでもしてやるという意味の分からない意気込みが垣間見え、ティナは思わず「偉い人達って結構暇なのかな」と考えた。しかし逆に考えればもう帰りようがないのならここでゆっくりさせて貰おう。久しぶりに屋根のある場所な訳だから有効に使わなければ。
よし
ティナは部屋を見渡しいい感じの場所を見つけていそいそと荷物から目当ての物を探し、広げる。
「…………ティナ、一応聞いてもいい?何してるの?」
口元をひくつかせながらふわふわと飛んで近づいて来たメヴィが問う。何って、見てわからないのだろうか。
「寝ようとしてる」
薄い布に包まったティナは床に転がり目を瞑ったまま答える
「時間勿体ないから、おやすみ。期待してないけどご飯が食べられるなら教えてね」
そして素早い入眠。ティナの寝息が聞こえる小屋の中では微妙な空気が流れた。
「…………ねぇ、ティナっていつもこうなの?僕の知ってる人間のイメージと違うんだけど」
眠るティナに少し気を使ったメヴィの小さな声が幻姿達に向けられる。そんなに声を潜めなくてもティナは起きない。
「そうだけど、それはこっちだって同じだよ。僕らの妖精のイメージとも違う」
ティナの様子を見ながら1人の若い男の幻姿が答えた。
「あー……じゃあまあお互い様だね。えっと……君名前は?」
メヴィの問い掛けにツンとそっぽを向いた幻姿は「妖精に自分から名は明かさない」と素っ気なく答えた。
「ああなんだ、知ってたの。なら今から来る嫌がらせしてくる奴らにも名乗らないでね」
男の幻姿の発言に気を悪くした様子も見せずにメヴィは満足そうに頷いた。
「ところで」
今度は別の男が口を開く。ティナが「生前は魔法使いだった」と言っていた男だ。
「妖精は幻姿の事が見えるんだな」
メヴィはゆらゆらと尻尾を振りながら答える
「見えるよ、妖精だもの。人間と同じ時の中を生きているだけで人間のソレと存在は大きく違うからね。人間に見えなくたって見えるよ。妖精の国に幻姿は居ないからここから出た事が無い人は多少驚くだろうけどね。『善いもの』と『悪いもの』の区別くらいつく。何でもかんでも過剰に反応するのは人間くらいさ」
そう言って空中でくるりと一回転するメヴィの顔は笑っているのに目が笑っていない。やはり、愛らしいだけの存在ではない様だと幻姿達は眉を顰める。と、その時。小屋の外から何やら数人の話し声が聞こえる。
「あらあら」
老婆姿の幻姿が小屋の窓から外を覗き、その優しげな表情の奥に強い不快感を抱いたままメヴィを振り返る
「妖精の国では命の恩人であるか弱い女性に大勢の男が寄ってたかって虐めるお作法でもあるの?」
老婆の言葉にメヴィは顔を顰める
「ある訳ないでしょそんなもの」
「ふふ、そうなの。でもほら。1人の女性に対してあんなに武装した男は必要かしら」
老婆の柔らかな声とは裏腹の怒りが見え隠れする言葉にメヴィは思わず目を逸らす。
「今ティナは久しぶりに屋根のある場所でゆっくりできているのよ?食事を食べさせてあげられないのならせめてあの男達を追い払っていらっしゃいな」
「む、無茶言わないでよ!あれ貴族だよ?!それも下っ端じゃない、娘を王妃に差し出せるくらいの高位貴族とその遣いだよ?!」
メヴィの悲鳴の様な声にも老婆はにっこりと笑ったままだ。
「いってらっしゃい」
ピシャリと放たれた言葉に思わず硬直するメヴィ。と、その他の幻姿達。死後彷徨っていた所を助けてくれた孫の様な年齢のティナをこの老婆の幻姿はことさら可愛がっている。特に強い力で何かをされる訳でもないのに有無を言わせぬ迫力があり、恐らく怒らせると1番怖い。
「うぅ…………本当、僕ただの森の妖精なのに」
ベソをかきながら小屋を出て行くメヴィは心無しか毛艶が無くなっていた。メヴィが出てすぐに武装させた男達を引き連れた数人の男が小屋前に到着したらしい。メヴィが必死に「今は疲れて休んでいる」「女性だから突然押し掛けない方がいいのでは」など頑張って引き留めようとはするのだが訪れた男達は高圧な態度を崩さないままメヴィに「ならば起こしてこい」「人間の、しかも平民の小娘に払う礼儀など持ち合わせておらんわ」と聞く耳を持たない。ついには「そもそも誰に向かって口を聞いているのだ」とメヴィを押し除けバン!と乱暴な音と共に小屋の扉が開け放たれ男達がゾロゾロと入ってくる。皆ティナの同行者である幻姿に気が付くと一瞬驚いた顔をするがそれ以上の動きは特に無かった。
「ふん、床で寝起きするとは。卑しい者は寝具を使う文化も持たぬのか」
そう言って蔑む目をティナへと向けた壮年の貴族男性の1人はそのまま「おい」と顎で武装させた男の1人に合図する。ティナを起こせと言う事だろう。
「……んぁ?」
小屋の中の物々しい雰囲気で流石に目が覚めたのか、声をかけられる前にゆっくりと身体を起こしたティナは目をこしこしと擦る。そして再び目を開けた視界に沢山の男が居ることに気が付き首を傾げる。
「あーーー……なんだっけ。前に森で教えて貰ったんだけど。ああそうか、集団強姦?」
ーーひっ!!!
恐らくティナと幻姿以外は全員が息をのんだ。
「私そーゆー『売り』?っていうんだっけ。そーゆーのやってないよ。あ、でもあれか。強姦はそういうのも関係なく女の事襲う変態クソ野郎なんだっけ……」
まだやや寝ぼけているのか、少しぽやぽやしながらティナが呟くとどんどん部屋の空気が凍り付いていく。
「どこにでも湧く変態と虫は害にしかならないって………ふぁぁ……誰が言ったんだっけ…………」
そうしてまたパタリと身体を倒して寝息を立て始めるティナ。
ーーこ、ここで寝るなぁぁぁ!!
恐らく小屋の大多数が心の中でそう叫んだ。
ーーお、起きてくれ!!!
そして貴族の男性に連れられた武装集団は心から願った。もう手遅れだろうがお願いだから今すぐに起きて謝ってくれ、と。しかし無情にもティナは起きる様子が無い。それどころか「へー。成る程。この草も食べられるのかぁ」と嬉しそうに口元をもぞもぞとさせている。メヴィがそろりと貴族男性の方を伺うと彼等は皆顔を真っ赤に染め上げて顳顬に青筋を立てていた。
「っ貴様!我等を愚弄するか!!不敬罪で貴様のその首撥ねてくれる!」
1人がそう叫ぶと皆一斉に叫び出す。こんな屈辱を受けたのは初めてだとか、これだから人間は低脳で困る、だとか。そしてそんな男性達の耳に「フン!」という明から様に馬鹿にした声が聞こえる。
「妖精ってもっと華麗で、上品で、知性に溢れる生き物だと思っていましたけど違いましたのね」
真っ赤な髪に真っ赤な瞳、そして真っ赤なドレスを纏ったその女はどこから取り出したのか大きな扇で顔半分を隠すとクスクスと笑った。
「だってそうでしょう?見知らぬ妖精を助け、疲れ切って眠っている乙女の寝所へ大人数の男が不躾にも雪崩れ込み、寝顔を眺め、怒鳴り散らして。全く、紳士がする行いではありませんわ。そしてそれを指摘されれば逆上。妖精が美しいのは心が美しいからだなんて大嘘ですわね。心が美しい者はこんな無体を働く筈ありませんもの」
ああ怖い、と泣き真似まですれば、もう十分だった。貴族男性達の注意は完全に赤髪の女性へと移り、ティナの強姦発言はとりあえず今の所頭から抜けている。
「成る程。人間とは醜く、愚かで、傲慢な生き物だと思っていたがどうやらそれは死して尚治らんらしい。悲しい事だ。そんな悲しい生き物は我々が慈悲を持って本当の眠りにつかせてやろう」
「あらあ、宜しいんですの?妖精は『善いもの』と『悪いもの』の区別くらいつくのでしょう?過剰に反応していてはその醜く、愚かで、傲慢な生き物である人間と一緒になってしまうのではなくて?」
女の扇から出ている目は弓形を描き、言外にやれるものならやってみろと言っている。それを見たメヴィは小さく唸る。確かに、暴走をしている訳でもない幻姿を無闇やたらと消すのは森でか弱く自力で反撃する術を持たない小動物らを甚振る行為と同義。それを力と知性を持った妖精が行う事は大変下品でみっともなく、卑劣な行為だとされている。恐らくこのアイリットと呼ばれていた赤髪の女性とて全てを悟った上で挑発した訳では無いだろうが当たらずとも遠からず理解していたのだろう。そして部屋の空気がこれ以上無く張り詰めた頃、その静寂を破るかの様に1人の男が小屋へと転がり込んできた。
「しししし失礼致します!国王様が、国王様がこちらへ来られます!」
そしてそれらに慌て出すのは貴族男性らとそれらに連れられて来た未だ古屋に入りきれずに溢れている武装集団。
「ま、待て。国王様には知らせるなと伝えていたであろう。何故こちらに来られる?」
「そ……それがどういう訳か分からずとにかく引き留めようとする者達の言葉も聞かず真っ直ぐこの小屋を目指しているそうで………」
ギッとメヴィを睨み付ける男。
「思い上がるなよ卑しい獣めが」
その言葉にメヴィはビクリと肩を揺らし顔を伏せる
「ここに居る者全員覚えておれ。必ず然るべき罰を与えてやるからな」
そう言ってバタバタと出て行った。
「やだ、勝手に押し掛けておいて何の配慮も無く出て行ったわ。本当、妖精って随分とお上品なのね」
パチンと扇を閉じるとアイリットは「換気したいわ。窓を開けて」とメヴィに言い、メヴィは俯いたまま窓を開けて換気をする。
「わたくし、あなたの事を可哀想だとか哀れだなんて思いませんわよ。こちらは完全に巻き込まれただけ。権力争いでも弱い者虐めでも何でもすればよろしいわ。でも無関係なこちらがそれに巻き込まれるのははっきり言って迷惑です」
「うん。ごめんね………」
メヴィの上がらない顔にチッと舌打ちをしたアイリットはそのままぷいと壁に顔を向け、小屋には再びティナの寝息だけが響く。
コンコン
「あの、ここに人間の女性が居ると聞いて来たのだが………」
その声に幻姿達は顔を見合わせ、メヴィを見る。メヴィは勢い良く顔をあげたかと思えばすぐに扉へと文字通り飛んで行った。
「国王様!」
扉の向こう。そこには流石のアイリットも唸るくらいの美形の青年が居た。
お婆ちゃん最強説。