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フローラル  作者: SATO


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11/11

11.花のような人

 二ヶ月ほど過ぎた十二月初旬のある日。

 今日は穏やかな小春日和だった。

「こうやって、手で押さえながらビニールポットを逆さにして苗を抜きます。次に、根っこがプランターの土に馴染むように下の方についている土を少し取り除いてあげてください。あとはプランターに植えていきます」

 わたしはデイサービスセンターに来ていた。

 誕生日会のときに花を届け忘れてしまい、悲しい思いをさせてしまった。そのことを冴島さんに相談したら、「謝って許してもらうことばかり考えちゃだめだよ」という答え。それはわたしも思っていたことだった。

 だけどなにをすればいいのか思いつかない。すると冴島さんが、「楽しんでもらえる内容を考えてみたら?」とヒントをくれた。

 そこで思いついたのが、パンジーのプランターをプレゼントすることだった。蕾がふくらみ、花が咲いていく楽しさを味わえ、切り花とはまた違う愛着もわくはず。

 しかもパンジーは初心者でも育てやすい植物。花の咲く時期は種をまくタイミングで変わるが、十月にまいたものは春から初夏にかけて咲く。そのことを職員の方に話したら、プログラムの一環として、苗をプランターに植えつける作業をみんなでやってはどうかと提案してくださった。

 そこでわたしが十月に種をまき、店内で苗を育てた。二ヶ月ほど経ち、だいぶ緑の葉が出てきたところ。

 パンジーに思い入れがあり、謝罪をしても最後まで傷ついたままだったおばあちゃんも喜んで参加してくれて、その笑顔にわたしのほうが癒やされた。

 無事にプランターへの植えつけが終わると、おやつの時間となり、施設の方のご厚意で一緒に頂くことになった。

 今日のおやつは抹茶味のロールケーキ。

「はい、お茶が入ったよ。熱いから気をつけるんだよ」

「ありがとうございます。頂きます」

「ロールケーキはお口に合います?」

「ええ、すごくおいしいです」

「あんた、見れば見るほどいい男だねえ。亡くなった主人にそっくりだわ。なんて名前だい?」

「冴島と申します」

 冴島さんは大人気だった。あちこちから……おもに女性の方から話しかけられ、律儀に返しながらロールケーキを口に入れている。

 わたしはその様子を隣のテーブルからずっと見ていたのだけれど。本当にモテる男性というのは、こういう人のことをいうのだと、女性陣のキラキラした笑顔を見て思った。

 ところで、どうしてここに冴島さんがいるのかというと──。

 デイサービスセンターから逆に今回の件を提案されたことを話したら、冴島さんが「僕も参加しようかな」と言うので、「どうぞ」と気軽に答えたら、本当にやって来た。

 平日にもかかわらずカジュアルな服装だったので、わざわざこのために着替えたのかなと思っていたら、午後は休暇を取ったとのこと。

 デート……とは違う、なんとも不思議な時間だ。

「うちの孫娘を嫁にもらってくれないかい? 保育士なんだけど、子ども好きでいい子なんだよ」

「いやあ、それはさすがに……。すみません、お断りさせていただきます……」

 冴島さんはすっかりたじたじだった。あんなに困っている冴島さんを見るのは初めてだ。

 だけど、大丈夫かなあと心配しながらも、あのなかに入っていく勇気はわたしにはなく。時折救いを求めるようにわたしを見る目に、心のなかでがんばれとエールを送った。


 そして、その日の夜。

 わたしは冴島さんのマンションに泊まりに来ていた。

 シャワーを浴び終えて寝室のドアを開けると、冴島さんはベッドの上でヘッドボードに背中を預け、本を読んでいた。わたしが部屋に入ると、本を閉じ、サイドテーブルに置く。

 電球色のダウンライトと間接照明の灯る部屋はやさしい雰囲気で、ほっと心が落ち着く。

「おいで」と言われ、わたしもベッドに入り、冴島さんの隣に座る。甘えるように寄りかかると、冴島さんが静かに語りはじめた。

「花には不思議な力があるよね。すごく繊細なのに、凛としていて可愛らしくて、あったかい。だから手もとに置いて、その花をもっと大事にしたくなる。自分がこんなふうに変わるとは思わなかったよ。咲都が僕を変えてくれた」

「わたしはなにも──」

「してるよ。僕の生き方そのものを変えてくれた。未来を想像するとき、今まではそこにいるのは自分ひとりだったんだけど、今は咲都がいる。仕事しか考えられなかった僕に安らぎを教えてくれて、そういう時間をもっと増やしたいって思うようになったんだ」

 冴島さんがわたしの頭に手を置いて、そっと髪を撫でる。心地いい感触に心も身体も解きほぐされ、彼の純粋な想いが今日もわたしのなかに浸透していく。

「わたしも同じことを考えていました」

「咲都も?」

「はい、それまでは好きな人との安らぎまで求めるのは欲張りだって自分で思っていました。だけど仕事のとき、その分はりきりすぎて、自分のなかでちょっとギスギスしてたんです。今は気負いすぎずに仕事をがんばれるようになって、前よりも充実感を味わえるようになりました」

「そっか。つまり、ふたりとも成長できたってことだね」

「そう……だといいですね」

 思わず、見つめ合って笑い合う。

 自分の人生が誰かによってこんなにも影響を与えられるとは思ってもみなかった。そして冴島さんも同じように思ってくれていたなんて。

 こんな幸せなことはない。お互いがお互いのかけがえのない存在になって、この先も一緒にいられるんだから。

「今日はみんな、いい笑顔だったね。パンジーの花が咲くの、待ち遠しそうだった」

「みなさんが楽しんでくれていたみたいで、ほっとしました」

「定期的にやるのもいいんじゃない?」

「もしかするとそうなるかもしれないんです。今回好評だったので、またお願いすることになるかもしれないと職員の方に言われたんです」

「そうなるといいね」

 応援してるよ、と頭をコツンとぶつけてくる。だけど、そのあとなぜか突然笑い出した。

「どうしたんですか?」

「女性のパワーってすごいなあと思って。とてもじゃないけど敵わないよ」

 おやつの時間のときのことだ。モテモテでたじたじだった冴島さん。珍しい姿を見られて、わたしはちょっとラッキーなんて思っていたのだけれど、本人に言ったら仕返しされそうなので言わないでおく。

「お年寄りにまでモテるなんて最強じゃないですか」

「嫌われるよりはいいだろう?」

「……好かれすぎです」

 利用者のお年寄りにもてはやされるのはいいのだけれど、問題は職員の若い女の子で……。

 わたしがほかの職員の方と話をしていたとき、なにげに移した視線の先に冴島さんが見えて、その女の子と楽しそうに話しているのが見えたのだ。

 少し前まではそれくらいどうってことないと余裕があったのに、最近はちょっと気になるようになった。

「ゆるふわボブの女の子、可愛いらしかったですね。ちょっとデレてませんでした?」

「そんなことないよ」

「まだ十九歳だそうです」

「やきもち焼いてくれるんだ? うれしいな」

「やきもちとは違います」

 認めるのが悔しい。

「違うんだ、なんだ残念。でもどっちにしてもあの子は僕に特別な感情はないよ」

「なんでわかるんですか?」

 しかも自信満々な言い方だ。

「あの子、榎本くんのファンみたいだよ」

「ええっー!? そっちですか!?」

 榎本くんにも配達に行ってもらっているから、それで顔見知りになったんだ。

「どんな人なのかって聞かれたから、明るくて花が大好きな好青年だって答えたけど。年配の女性職員の人たちの間でも人気があるらしいね」

「榎本くんのファンの女の子って、けっこう多いんです。今年のバレンタインデーのときも下は十歳、上は七十代の方たちからチョコをもらってました」

「それこそ最強だな。実際、僕はぜんぜんモテないよ」

「謙遜しても無駄ですよ。コタさんと野上さんから証言を得てますから。それに誕生日パーティーのときもモテモテでしたよね」

「コタたちがなにを言ったの?」

「それはご自身の胸に手を置いて考えてください」

 冴島さんはどんな顔をするのだろうと興味がわいて、ちょっと意地悪を言ってみた。それなのに、「昔のことだよ」と言って、まったく動じない。

 なんとなく負けた気がして、口を尖らせて、ちょっときつめに冴島さんを見据えた。

「つまり、あっさり認めちゃうんですね」

 だけどそれでもいい。わたしを見つめるその瞳は一点の曇りもなく輝いているから。わたしはあなたを信じて歩いていける。

「僕は以前の僕とは違うよ」

「わかってます。今のは単なるやきもちです」

「やっぱり可愛いな」

 冴島さんが熱っぽい眼差しで、わたしに覆いかぶさるように、ゆっくりと顔を近づけてきた。息もままならないほどのキスはだいぶ慣れたけれど、この瞬間はいまだにドキドキする。

 目の前で「愛してる」と本気モードでささやかれ、わたしはそれに応えるように目を閉じた。

 唇が重なり合うと、そのまま身体を倒された。

 それからは抱きしめ合って、素肌をさらして……。そしてわたしは今夜もあたたかな幸せに包まれるはず。



〈完〉


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