36話『アウトサイダーズの仲間入り』
「β-矢内さん?いいかしら」
拳を強く握りしめるβ-矢内に女性が話しかけた。
しかし、自分の新しい身体に見惚れてしまって全く聞いていない。
「聞いてちょうだい」
ハッと我に返って女性の方を向いた。
「私の名前は阪口真紀よ。あなたの身体をアンドロイドに仕立て上げて、もう一度人生をやり直してもらおうと思って生き返らせたの」
つい先日の出来事を単刀直入に話す真紀に首をかしげる。
「俺は一回死んだのか?」
キョトンとしているβ-矢内に真紀はため息をつく。
「まさか生きていたころの記憶が無いのね・・・」
「お前が言っただろう。俺の名前はβ-矢内だって。それで自分の名前を知ったが、昨日までの記憶は全くないのだよ。はははっ!」
大声で笑いだすと真紀はまたため息をつく。
真紀は目の前で飛び降りた人間をしっかりと目に焼き付けていた。
その人間をアンドロイドとして蘇らしたのにも関わらず、当人は全く覚えていない。
「本当に気楽なβ型ね。記憶が飛んでしまった者は初めてよ」
「俺はとりあえずβ-矢内と言うのだな。真紀、よろしく頼んます」
とりあえず挨拶をするが、真紀は呆れかえって返事をしなかった。
「まぁいいわ。あなたは私の部下として働いてもらうの。あなたは今日からアウトサイダーズに加わってほしいの」
「アウトサイダーズ?なんだそれ」
「組織の名前よ。アウトサイダーズに所属する兵士は皆、元は人間だったアンドロイドよ」
「元は人間・・・。俺は人間だったってことか」
「それほど記憶が無くなっているのね。重症じゃないの」
真紀の言葉を聞いて可笑しいと思ったのか、またもやβ-矢内は大笑いをした。
真紀は大笑いをするβ-矢内を見て気味悪く感じた。
「俺はどんな人間だった?」
「あなたは・・・同じ人間を、そしてアンドロイドを恨んでいた。アンドロイドが普及した社会に憤りを感じていた。しかし、自分にふりかかる現実は酷かった。立ち直ることもできない仕打ちを受けたあなたはビルから飛び降りたの。それを私が助けたのよ」
真剣なまなざしで事の現実を説明する真紀にβ-矢内は関心をもって聞いていた。
「人間だった時の俺は情けなかったのか。真紀ちゃんは俺の事を醜い奴と思えただろう」
「そんなことないわ」
β-矢内は握りこぶしで胸を強く叩いた。
心臓に響くほどに叩いた胸だが、彼にはもう心臓が無い。
人間では無くなった自分を後悔することなく、ただ過去の自分を
振り返れない感覚が許せなく思った。
「過去を辿るのもやめにしよう・・・。真紀ちゃん、俺はこれからどうすれば良い」
真紀がそっと笑みを浮かべて髪をかき上げた。
「あなたはアウトサイダーズとして戦うの」
「誰と?」
「今、世間で騒がれているマリオネットよ。それと・・・サファイア=ファミリアっていう偽善的な組織とね」
当然、β-矢内は知らない組織だった。
しかし、アウトサイダーズとして戦う決心をしていた。
「俺は自分のことをまるで知らない空箱のような存在だ。真紀ちゃんがそう言うなら協力してやるよ。アウトサイダーズの一員としてマリオネットとサファイア=ファミリアを殲滅してやる」
「その意気よ。マリオネット、そしてサファイア=ファミリアは社会の歪みを作る組織にほかならない。あってはならない存在なの。この世に存在してはいけないの。しかしその組織に賛同する人間がいるのも事実よ。私たちが社会を軌道修正してあげましょう」
真紀はそう言ってソファーにかかっていた白衣を身にまとった。
「真紀ちゃんは博士か何かかい?」
「そう。アンドロイドを研究する博士よ。人間をアンドロイドにすることができるの。世界一の博士はこの私なの。他は名ばかりのバカ博士に過ぎない」
高笑いをしながら真紀は部屋を後にした。
取り残されたβ-矢内はシャドウボクシングをするように右手、左手を交互に伸ばしては縮めた。
すると、その手の風圧で姿見のガラスが破裂した。
あまりの力に驚いたβ-矢内は腰を抜かして床に倒れこんだ。
「俺ってば最強じゃねーか」
ニヤリと笑って小刻みに震えるβ-矢内であった。
その頃、右近博士の研究所ではサファイア=ファミリアが束の間の休息をとっていた。
マリオネットとの交戦を終えて疲れ切った表情をしてテレビ画面を皆で眺めていた。
「そういえば・・・ユミエの身柄をこれからどうする予定だ?」
思い出したように菅原が言葉を全員に投げかけた。
「とりあえず、どこかでマリオネットの連中と交渉があるかもしれない。その時にユミエの身柄を引き換えにできるだろう」
思いついたことを口にする鈴音に麗奈が杭をさす。
「交渉?マリオネットなぞユミエを取り返しにこないわよ。それほどあの女は重要なのか?」
「マリオネットの指揮命令をとる一人だ。必ず来る」
その時、鈴音の脳裏には田邊の姿が思い浮かんでいた。
(あいつ・・・俺と直接会って話しに来るはずだ。その時に争いの終止符を打とう)
誰も血を流さずに争いを終わりにしたい鈴音は、
田邊と話をつける思いでいっぱいとなっていた。




