表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/25

第10話・神前武闘開幕




第10話・神前武闘開幕




真と稔の二人に会った大和がより強くなり、また、水葉のように練想空間に来れるようになる者まででた。

かつての退魔師の一団は集団として形成されていたものの、彼らが壊滅してからは少数が散見する程度だった。

神々は人の望み無くして好き勝手にその力を行使し世を操作するような事はしないよう制限がある。

だが、少なくとも人は仲間や出会いを探すものであり、少数とは言え練想空間に到るものが出始めた昨今、当然『他にはいないのだろうか』と思う者が多くあった。

そんな彼らの望みに沿い、かつ無闇に力を貸すわけでもない、イベントと情報の提供という形で準備された会場に…主催であるアマテラスを祭る神社に、祭事に会わせて紛れ込むように彼らは集まっていた。



神前武闘。



国内に県の数もいない、練想空間に到った者達の集う武闘大会。

それが…


「今から開催じゃああぁぁっ!!盛り上げろよ者共!!!」

「おっしゃああぁ!!」

「うっす!!」


神々しさなどまるでないアマテラスの開会宣言と、それに乗った格闘家と関取の声だけが響いた。

少しの沈黙の後、大げさに腕を横に振りぬいた体勢で固まっていたアマテラスが、癇癪を起こしたように叫ぶ。


「こらぁ!神職がこれだけ揃って妾に恥かかせるとは何事じゃ!!!」

「宴会の幹事にしか見えねぇ仕切りで尊敬しろってのが無理あるだろ。」


武闘大会に出ない見学も含めて揃った一同は神職者が半数以上にも関わらず、自分の先導に続いて声を上げるものが余りに少なかった事に拗ねるアマテラス。

そんな彼女の傍らでスサノオは呆れたように呟きを漏らした。


神社の本堂を前に神々が立ち並び、間を空けて向かい合うように並ぶ人々。

その中から、他人事のように様子を見ている二人を見つけたアマテラスは指差して怒鳴る。


「そこ!涼しい顔して見ておるがお前等も乗らんか!!」

「あはは…すみません。」

「馬鹿騒ぎするタイプじゃないもので、試合を盛り上げるのは約束します。」


真と稔は、当然の如く緩い笑みと冷めた対応で返す。


「拗ねんなよ馬鹿姉。うし、それじゃ宣言通りに盛り上げてもらおうか。」

「はい?」

「責任取れっつってんだよ、稔。お前と…」


名指しで稔を指差したスサノオは、ざっとメンバーを見渡し…


「彩乃山、彩乃山獅子朗。」

「うす!」


殆ど全裸の状態でまわしをつけた関取を指差すスサノオ。

2メートル近い体躯でずんずんと前に歩いて出る獅子朗。

観衆を挟んだ間、適当に空けてあるスペースで立ち会う事になっている。

稔も獅子朗と向かい合う形で進み出る。


「お噂はかねがね…全力で行かせて頂きます。」


稔を前に獅子朗が四股を踏み、地鳴りのような音が響く。

そんな彼を前に、稔は静かに一礼して剣に手を沿え…放した。

稔の奇妙な動作に顔をしかめる獅子朗。


「む?」

「必要なら抜きます。」


静かに真っ直ぐ立つ稔。

その体躯は、四股を踏んだ低姿勢の獅子朗と大差ない身長に、横幅に到っては半分すらない様子だった。

剣士として蛟と戦った噂は知れている稔。だが、剣を抜かないとまで言われるにはあまりにも…


「ははっ!それでいいんならいいんじゃね?そんなちびっ子捻り倒してやれ!」

「貴方が言いますか…まぁそう言う事です。」


笑いながら弟子を倒す許可を出すスサノオの言葉を聞いて肩を落とす稔。

それを聞いた獅子朗は、逆に真剣な顔つきをして稔を見据えた。


スサノオの縁者である事も周知の事実。

当のスサノオが笑いながら許可を出したという事はつまり…


それで問題ない実力と判断されているという事。


「それでは…始めい!!!」


楽しげに宣言したアマテラスの掛け声と共に、獅子朗は地を蹴った。

巨体に似合わぬ速さで迫った獅子朗が、突進そのままに体当たりのように抱きつきにかかる。


半裸の大男による抱きつき、とだけ言うと危険な絵面だが、彼のそれは普通に危険だった。

全力で締められればそれで、並大抵の者なら潰れて二つに分かれることになるだろう。


稔は、そんな彼の指先を掠めるように左に跳んだ。

数歩通りすぎた獅子朗は、止まるなり腰から全身を回し…


「むんっ!!!」


左の踏み込みから、張り手を突き出した。

深々と放たれたその一撃を、稔は右腕の手甲を翳して受け止める。


鈍い金属音。


見た目には到底堪えられる一撃ではないのだが…稔は、その一撃を止めて立っていた。


「重い。が、さすがに人の代物だな。」

「む…うっ!」


左腕を止められた獅子朗が右手で張り手を繰り出すが、今度は稔の左の掌によって止められた。

そのまま、右手でとめていた手を外した稔は、右も同じように掌同士を合わせ、そのままつかみ合う。


「真威はそのまんまパワーみてーなもんだからな、巨体のほうが力出やすいにしてもよく稔と掴み合ってら。」


指を絡めあう事すらままならないほどのサイズ差にも拘らず、獅子朗『が』稔と組み合えていることを賞賛するスサノオ。

彼女の事を知っている面々にとってはさほど驚く事ではなかったが…


「おいおい…マジかよあの女…」


フィジカル関連に特に詳しい格闘家である桜並焔は不条理の塊のような光景に頬を引きつらせていた。

無論彼とて練想空間が真威が物言う空間である事は把握しているが、その上でも驚くほど非常識な光景だった。

今回が二人と初めての邂逅である一同が皆揃って驚く中、水葉が首を傾げる。


「稔さん…倒せなかったんですか?」


よく分からないままに水葉が放つ軽い疑問。

だが、それを聞いて感心したように大和が頷いた。


「よく気づきましたね水葉さん。」

「あのサイズ差でパワーが互角なんだから、稔ならスピードまで加味すれば多分初めによけなくてもつかまれる前に倒せたと思う。」


なんとなくでも気づいた水葉を褒める大和に続いて、その詳細を語る真。

そもそも、まともに渡り合うのならこれだけ傾向が分かれているのに力比べをする必要など何処にも無いのだ。


「おそらくは、神前武闘を盛り上げる意味での演出みたいなものでしょう。元々祭りや演目などは魅せるためにあるのですから、スサノオ様に振られた通りに、そして参加して何もしないまま終わらないように彼らしい事をさせてあげているのでしょう。」

「あはは…僕はそこまで細かくは分からなかったや。」


神事としてやるものは本来神々に捧ぐ演目。

独り相撲のように、神様の前でワザと負けを演じるようなものもあるほどなのだ、何もみる間もなく終わらせるのは礼を欠くと言えなくもない。

神職ではないが、理解はある稔は倒せるから問答無用などと無粋な真似をする気はなかったのだ。


「それにしてもよく疑問を持てましたね、さすがに参加を決めただけの事はあります。」

「え!?水葉今回参加するの!?」

「あ、え、えっと…その…」


ここに来て初めて知った真が思いっきり驚き、訓練関係で真に負い目しかない水葉がどう口を開いたものかと戸惑う。


そんな中、試合が動いた。


両手で組み合っていた稔と獅子朗。

だが、いきなり稔は力を抜くと宙返りしたのだ。


「うお…低空所か無空のサマーソルトかよっ…」

(低空旋月は合宿中に散々食らったからなぁ…)


焔が声を上げて引く中、真はそっと鳩尾を押さえた。

腰の位置が殆ど変わらない…所か、終わりには低くすらなっているほど、跳躍するのではなく回転だけで放つ宙返り攻撃。頭、足への攻撃を回避しながら強攻撃を可能な、高所攻撃以外のもう一つの旋月の使い道。

無手の為今は蹴りだったが、それでも前傾姿勢で組み合った状態から顎を跳ね上げられた獅子朗は上を向いたまま前のめりに倒れた。


「う…む…」


ゆっくりと立ち上がる獅子朗を前に、右手を引いて深く構える稔。

その姿を見て、同じく右手を引いた獅子朗は、踏み込みと共に張り手を放つ。

が、振り切る前に踏み込んだ稔の右の平手が、獅子朗の腹部にめり込んでいた。


「轟…剣なら蛟に刺さるんだ、平手だからって並大抵の力で耐えられるものじゃない。」


淡々と告げた真の言葉通り、稔が手を引くと再び倒れた獅子朗は、そのまま空間にとける様に青い光となる。

安全を考慮した、強制離脱。

かつて真が蛟相手に限界度外視で真威を使い切った時にも保険としてあったそれを、今回は戦闘域一帯を範囲として加護を授けられている。


「勝者白兎稔!まぁ順当じゃのぉ…」

「みたいですね。」


面白くなさそうなアマテラスの評価に自分できっぱりと同意を告げる稔。

確かなのだが、さすがに神経を逆撫でするような台詞に、観戦していた何人かが眉を顰める。

だが、稔は静かに続けた。


「私が剣を抜く必要があるのは、一人だけだ。」


他の全てを無視するように、真を見据えて言い切る稔。

真以外の全員を侮っているようにも聞こえる稔の発言。けれど、その本当の所を真は感じ取っていた。


神前武闘で揃った一同。一般人の守雄だって馬鹿にしているわけじゃない稔が、ここまで到った彼らを侮辱などするわけが無い。

にも拘らず、真を見据えてこれをわざわざ告げたのは…


(稔にとって、僕だけが稔の剣を…宝物を晒すに値する相手だって言ってくれたと言う事。)

「なら…僕もそうする。」


稔から感じ取った評に応えるように、笑顔で告げる真。

それを聞いて、少しだけ驚いたように目を見開いた稔は…


「下手を打つなよ。」

「うん。」


笑顔で約束を交わす二人。

ニヤニヤしながらそれを聞いたアマテラスは、わざとらしい咳払いをする。


「ふふん、皆の衆!これだけおおっぴらに舐められとるのじゃ!鼻っ柱の一つもへし折ってやれ!!」

「応っ!!!」


神職や静かな大人の多い中で一人焔だけが高らかに叫び拳を打ち合わせた。


「あ、や、別にそういう」

「今更だ。発言には責任持っておけ。」

「うぅ…」


堂々言い切った稔に対して、単純に稔に応え様としただけの真は、『こいつぶっ倒す』的な空気を作られて一人恐縮そうに縮こまった。





「所で船祈、お前参加するとか聞こえたが…正気か?」


観戦側に戻って来るなり、稔は水葉を真っ直ぐ見て問いを投げかけた。

少しだけ怒りを孕んでいるようにも見える稔の口調に、若干の怯えと多大な申し訳なさを感じた水葉は一歩引いて俯いた。


「稔さんにそう言われれば…返す言葉なんてない身だって分かってます。一つも怒らないけれど、真さんには本当はどれだけ怒られるほどの失敗をしたか…」


痛みに逃げて、真に縋って、挙句隙を突かれて天邪鬼のいい様にされ。

責任、と言う観点から言えば当に関われる段階ではない。


「い、いや僕の事はいいんだけど…痛いじゃない。本当、無理する事ないと思うけど…」

「分かってます。けれど…」


水葉は俯いたままで、掌を見て大事そうに握りこむ。


「弱さから逃げて、真さんを巻き込んで、何も出来ずに傷ついている人を見て、本当に後悔したんです。それに、ミズハノメ様に願いを叶えて頂く身で、人の為に何もせずになんて絶対にいられません。」

「そっか…」


人々を救う神様や真や稔を見て敬意のようなものを抱いていた水葉が、願うだけ頑張ると決めた形がやっぱり惑意との戦いが避けられないと言う結論に繋がるのなら、大会参加も経験として納得できた。


「も、勿論、いきなり全部一人で出来きるなんて思っては無いです。でも、自分の出来るだけから逃げないなら、やっぱり痛いこと苦しい事は出てくるから…」


恐る恐る話す水葉に更に近づいた稔は、彼女の髪をつかんで持ち上げる。

乱暴に引っ張られて顔が上がる水葉は、少し恐怖を感じながらも稔と目を合わせる。


「それでいい。」

「え?」


目が合った所で髪から手を離した稔。

訳がわからず目を瞬かせる水葉に対して、稔は続けた。


「引け目に俯いてても仕方ない。やると決めたんだろ?」

「あ、は、はい。」


あげさせられた顔のまま、俯かずに素直に答える水葉。

稔はそれ以上は何も言わなかった。


「僕だって半月ぐらいは痛くてのた打ち回ってたから。痛いのも怖いのも挑んで逃げてを繰り返したら徐々に慣れるよ。格好つけた稔だって竜種は嫌だっていったあっ!!!!」

「フォローなら自分の話だけでしろ。」


脅迫気味の稔の言葉の緊張をほぐそうとしていた真が言葉の途中で、稔に思いっきり平手打ちを放り込まれて悲鳴を上げた。


「真さんじゃないですが、誰だって恐怖も苦痛も嫌なものですからね。」

「は、はい。頑張ってみます。」


大和の言葉に答えるように頷く水葉。

と、丁度大きな音が響いた。


「勝者、天野清白!面白い奴もおるのぉ。」

「って話し込んでて見てなあえ!?」


アマテラスの勝利宣言を受けて視線を試合場へ向けた真は思わず『ソレ』を二度見した。


輝く剣を手に、白銀の盾と鎧を身につけ、白い翼を生やした、頭上に白い光の輪を着けた金髪の女性。


軽く宙に浮いている『ソレ』は、どう見ても人ではなく、どちらかと言うと天使だった。

それどころか、勝者と呼ばれたのは参加者の男性である。

天使はふわふわと男性の下へ向かうと、そのまま輝いて一枚の紙のようになる。


「人形が動くとか、生きた絵とか、『魂を込めた作品』と言うものを聞いた事はありませんか?」

「あ、ミズハノメ様…」


司会側にはアマテラスとスサノオが立っているためかゆらりと顔を出したミズハノメ。

真は少し考えて、目を見開いた。


「げ、芸術家さんなんですかあの人!?アレ自力で作れるって…」

「下手したらあの人の作品集めるだけでホラースポット同様の生きた美術館でも出来かねませんね。」


一瞬だが確かに見た、まるで生きた天使のような姿。

ソレが絵から現れたものだと言うのなら、どれだけの真威を以って編み上げたのか、想像して真と稔は心底驚き、感心した。

技法が上手い事は必須ではない。

事実、真の魔法剣の絵や、練想空間で取り出した魔法剣も、何処か非現実感が否めない見た目ではある。

だが、だからこそまるで人一人生み出すかのようなあの天使の創りは凄まじい出来に思えた。単に絵に動いて欲しいと思った、程度の話じゃなく、生きた天使を本気で絵という媒体の中で創り出そうとした結果なのだと感じるほどに、強く、事細かに想って描かなければああはならない。


「感心していて大丈夫ですか?とおなめんと制と聞き及んでいますから、次の稔さんのお相手ですよ?」

「少しだけ予想外ですから、楽しみです。」


ミズハノメの問いかけに笑みを返す稔。

動揺の全くない様子に、一同は稔らしいと思う。


「それじゃ次行くぞー。船祈水葉と神凪柊香。」


水葉が呼ばれて進み出る。

もう一人、薙刀を手にした長身の女性が進み出た。


「…心配?怒ってる?」


水葉を険しい表情で見つめる稔に、出来れば自分の怪我絡みで喧嘩になって欲しくない真は様子を伺うように問いかける。

稔は視線を動かさずに応えた。


「私や真を回復させるほど消耗に耐えるんだ、痛くても辛くても覚悟できていれば耐えられるとは思う。」

「うん?じゃあ何で」

「悪くない人を、殴って痛めつけて傷つけて消しきれるのか?」

「あー…」


大会参加者は惑意と違い、要は力比べ、競い合いの祭り。

刃を、力を、意思をぶつけあい、笑えるタイプならいいのだろうが、そもそも人の苦悩だから惑意を掃いたいと言うだけの水葉が参加するには趣向違いではないのかという懸念。

そこまで聞いた真も緊張しているように感じる水葉を見る。


「きっと大丈夫でしょう。」


大和が一人、静かに微笑んだまま告げる。

理由が分からず二人は涼しげにしている大和を見る。


「彼女にとっての戦うという事が、二人のようになると言う事でしょうから。」

「へ?」

「なるほど。」


訳が分からないまま首を傾げる真に対して、そんな真を見て納得する稔。


稔が我慢してるから、涼しい顔をしているから、なら僕もそうしよう、そうできないと。

そんな形で自身の度を越える形で頑張ってきた真をずっと見て来た稔。

だから、優しくても戦っている真や大和の姿を大事そうに見て来た水葉なら大丈夫だろうと、稔はそう感じたのだが、真は自分が高評されている状態に気づく感性が無く、一人きょとんとしていた。


「それでは…始め!!」


二人の納得を他所に真だけが首を傾げる中、試合が始まった。








「はっ!!」


踏み込みから薙刀を深く振り下ろす柊香。

水葉はその一閃を下がってかわす。


腰辺りまで振り切った所で、突きにつなげる柊香。

水葉はそれを横に跳んでかわす。


「…落ち着いて見てはいるみたいですね、ですが!」


踏み込みから思いっきり横一閃に薙刀を振るう柊香。

広域を薙ぎ払うその一閃は、到底回避しきれるものでなく…


何かに阻まれ、薙刀は止まった。


「それは…」

「双馬の御串…私の家の神具です。」


静かに答えた水葉。

だが、それを聞いた柊香の眉が少し上がる。


「神具で直接戦うなど…っ!!」


練想空間に到る神職。

その形態はさまざまながら、それぞれに強い想いの塊と言っていいこの場で、柊香は水葉の姿に感じた怒りをそのままに、全霊を以って薙刀を振りまわす。

だが…


「私にはっ!!!」


強く踏ん張って思いっきり横薙ぎに串を振りぬいた水葉。

武芸としては拙いそれは、それでも尚薙刀の一撃と相殺した。


五分の衝撃に互いに止まる。特に、成人している上に女子としては長身のほうである柊香からしてみれば、中学生の中でも小柄に見える水葉のそんな一撃でとめられるとは思っても見なかった為、驚きも相まって完全に固まっていた。


「私には…これだけが理由ですから。」


青い輝きを…強い神威を纏う串。

それは、代々祈りに使われ継がれてきたものであることを、そんな代物を学生の身分で受け取るほど水葉が神職として頑張ってきた事を…

何より、水葉が見た、神様の優しさと、想いの塊のような真と稔の姿に感じたものを…

それらがどれほどなのかを、串一つ見ただけで分からせるほど、強く尊い輝きだった。


気圧され、次どう出るかに迷う柊香を前に、水葉は一枚の札を袖口から取りだし、串に添える。

それがどういう意味を持つのかを柊香が気づいたときにはもう遅かった。


「穿水流!!」


突き出された串から放たれた水の矢。

咄嗟に薙刀を盾にした柊香だったが…


「あ…ぐっ…」


盾になっていた薙刀を打ち貫いて柊香の脇腹に風穴が開いた。

薙刀が青い光になってとけるように散っていき、柊香自身も膝をつく。

立とうとすら出来ない状態を少し眺めていたアマテラスだったが、やがて肩をすくめて水葉を指した。


「勝者、船祈水葉!…何じゃ何じゃ、主の愛巫女もやりおるのぉ。」

「それはもう、水葉ですから。」


武芸所か運動レベルの話にすら疎かった水葉が勝利すると思っていなかったアマテラスが楽しげに告げると、さも当然と言わんばかりににこやかに返すミズハノメ。


勝利だけならともかく、賞賛する実力とは程遠いと思っていた水葉はおっかなびっくり試合場から下がっていった。





次の試合を古武術家の老人が勝利し、一回戦の後半が開始される。


早々に呼ばれたのは三笠剣人という青年と、大和だった。


それぞれの間合いで構える二人。

剣人は鞘に収めた刀に手をかけ、大和は右手で槍の中程を握り、互いに構える。


剣人の方がじりじりと間合いをつめていき…


一瞬で踏み込みから刀を抜き放った。

完全に先手を取った剣人。鏡合わせのように構えていた大和は…


一歩下がった。


右足を踏み込んでも、左足を引いても、腰の回転方向は同じ。

大和は下がって剣閃を回避しながら、腰の回転を利用して突き出し…槍を放した。


「な、ぐっ!?」


突きと言うより投擲のように放たれた槍が、剣人の脇腹に刺さる。

が、大和は槍を掴んでいた。


初め中程を持っていた大和だが、放した槍の端ぎりぎりを突き出した右手で掴んでいた。

抜かれる前に横に力を込めて、刺さった槍の傷を広げる大和。


広がった傷口を押さえるも、立て直す前に槍を持ち直した大和が眼前で再度構えなおすのを目にした剣人は、静かに首を横に振った。


「勝者氷野大和!!!おぉおぉ!大物っぽく静かに一瞬で決めたのぉ!」

「槍の長さ使って遠間から指しただけじゃねぇか。」


大和が余裕を見せて勝利した事ではしゃぐアマテラスの傍でスサノオが馬鹿にしたように呟く。

テンションの上がっていたアマテラスだったが、水を刺されて横目でスサノオを睨んだ。


「居合い相手に完全に見切ってましたね。」

「一撃目だけなら確実に避けれると思ったので、少々小賢しい真似でしたが。」


観戦側に戻ってきた大和に声をかける稔。

相手が刀と言うことで槍の特性を利用しようと真っ先に浮かんだ大和だったが、スサノオの指摘通りだとは思っていたため苦笑いを浮かべる。


「武器の特性を使うのは変じゃないですよ。それを言うなら僕何種類あるやら。」

「まったくだ。」


魔法剣の多様性から語る真の言葉に、魔法剣対策に四大精霊相手の戦闘訓練なんてものをしてきた稔はしみじみと頷く。


「あ、でもアレには槍でも有利にならなそうですね…」

「あれ?あれって…あれぇ!?」


戸惑うような水葉の声につられて視線を移した真は、宙に浮く刀を見て目を丸くした。


「…今度は剣に魂を…か、芸術家といい、中々異色な方が揃っているようだな。」


宙に浮いて迫ってくる刀相手に武器すら持っていなかった神職の人が取り押さえようとするも腕を落とされてのた打ち回る。


「あれは…折ればいいんでしょうか?」

「大変そうですね。」


順番では次に大和が相手にしなければならない生きた刀。

それを見ながら、大和は戦法が浮かばず頭を悩ませる。


「あんなものが今もあるとなると、妖刀なんてものも存在してたみたいだな。」

「練想空間とは言え刀単体で動いてるくらいだもんね。」


真以外の珍事をいくつも見ることが出来、落ち着いているようには見える稔ですら、現状を楽しんでいた。

真威を扱う者達の交流の場という事も考えられた今回の大会、それぞれに思い思いの感想に目を瞬かせている姿を見て、満足げに頷くアマテラス。


「よし!では桜並焔と」

「おっしゃああぁっ!!!」


景気よく呼び出そうとしたアマテラスを超える大声で駆け出す焔と呼ばれた少年。


「彼らしいですね。」


真紅の胴着に鉢巻と言う目立つ出で立ちに違わぬ行動に微笑む大和。

既知の者を見るような大和のコメントに、稔が大和を見る。


「知ってるんですか?」

「無差別格闘大会の優勝者ですよ。打蹴投、全部出来るオールラウンダーです。」

「開始当初からずっと目立ってましたからね。そういう所の人なんですね。」


棒術団体としてルール無用の試合を挑めそうな強者を探してもいる大和はその一環で彼の存在を知っていた。

派手に騒ぐ彼の姿を思い返して笑う真。


試合場では、踏み込んだ焔が左右のワンツーから回し蹴りへ繋ぐ三連撃を綺麗に顔面に叩き込んで相手を倒す所だった。


「ああいうのは私よく分からないままで…」

「そのままだと大した事ない惑意でも危険だぞ。」

「はい…」


事実何とかなるはずの強さの惑意相手に格闘術知らずの為好き放題された水葉は、稔に容赦なく片付けられて反省するように肩を落とす。


「さすがじゃの、勝者桜並」

「うし!大勝利っ!!!」

「だあぁさっきから割り込むな!!!もうさっさと戻れぇ!!」


再三言いかけた所を潰され続けて堪忍袋の緒が切れたアマテラスが半泣きで叫ぶ。

神様の司会に散々割り込んでおきながら怒られた事に驚いたらしい焔は、アマテラスを見た後に静かに忍ぶように元の場所へ戻っていく。


「…あんなのでも修得出来るんだから、少なくとも難しい話じゃない。理解するだけなら船祈でも大丈夫だろう。」

「は、はは…」


稔の励ましにどう言っていいやら複雑な気分を感じながら、水葉は引きつった笑みを浮かべた。










「ええいもういい!締めは姫野真と琴代!!」


半泣きだったアマテラスが落ち着いたところで、自棄になったかのように一回戦最終試合を宣言する。


「稔に釣られた大言の責任は取れよ真!!」

「あう…は、はい。」


アマテラスに大言と言われ縮こまったまま進み出る真。

同じく歩み出た琴代と呼ばれた人は、全身を黒装束で覆った小柄な人だった。


(顔まで布で覆われてて何にも分からないや。)


音もさせずに歩く琴代に、恐る恐る手を上げる真。


「あのー…」

「なんじゃ?」

「琴代さんって…男の子?」


静かに問いを投げかける真。

それを聴いた瞬間、琴代はピクリと肩を跳ねさせた。


「…どうでもいい。」

「え、えぇっと…」

「姫なんて苗字の上男子みたいに飢えてもおらん癖に女子の事も分からんのかお主?人間から男女両方の感性抜け取ったら後なにが残るんじゃ。」


言葉の割に怒りを抱えている琴代に、女子だと察した真。

挙句、アマテラスからの三段罵倒に落ち込んで思いっきりうなだれた。


「もういいな?口説きたければ後にしておけ。」

「え、いや、そんなんじゃ」

「始め!!!」


まったく締まらない空気の中、いきなり開戦を宣言するアマテラス。

ただでさえ戸惑う真の前で、いきなり駆け出した琴代は…


「散!!!」

「は?えっ?」


叫びつつ『左右に同時に』跳んだ。

そして、そのまま…二人のままで真に接近する。


「ええぇ!?分身!?出来ないんじゃないの!?」


事前に知識としてできないと言われた分身を前に戸惑う真。

戸惑いながら、それでも日夜の死に物狂いの鍛練は根付いていて、先に迫ってきていた右側の琴代が刀を振り下ろそうとする腕を掴む真。



が、空を切った。



「もらった!」

「わっ!!」


と、ほとんど同時に反対から飛びかかってきた琴代が真の左脇腹を目掛けて刀を振り抜いた。


咄嗟にその刀の先端を叩く真。

だが、琴代はそれで刀を取り落とした。


真が向き直るまでに距離を取った琴代が腕を引くと、落ちた刀が琴代の手元へ飛んでいく。


「さすが蛟を倒したと言う出力。まさかはたかれただけで手が痺れるとは…」

「あ、ごめん。大丈夫?」


刀を握り直す琴代の心配をする真。

そんな気の抜ける様子に、観客一同が肩を落とした。


「あ、アホかお前は!!追撃しろよ!!」

「はやや!落ち着いてスサノオ様!えこひーき!えこひーきですっ!!」


そんな中、焦ったように怒鳴るスサノオ。

まるで保護者参観ではしゃぐ家族を見るかのように、稔は項垂れて目を閉じた。


(ありがたい心配ではあるんだがな…)


スサノオが騒ぐほど心配している理由を、自分ほど素手が得意じゃない真が途中敗退したときに、決勝の約束がフイになる事だと察した稔は、そうは思いつつも神様っぽさの無い振る舞いに呆れて苦笑する。

振りきるために軽く頭を振った稔は、試合に目を戻す。


(この程度の条件でコケるようなら時期尚早…さっさと勝ち上がって来い。)


一人、大した心配はしていないとばかりに落ち着き払っている稔。


『私が剣を抜く必要があるのは、一人だけだ。』


堂々と公言した剣を抜く一人、真。

自分と対と認めている彼を、稔は確信に近い形で信じていた。






今度は真の周囲を囲むように三人になってぐるぐると回り始める琴代。

本体は一人。だが、真に区別はつかなかった。


(しかし速いなぁ…)


速さだけなら自分や稔と並ぶ…あるいは上回るかもしれない琴代の動きを眺めながら、真は内心で感心する。


(けど…分からないなら!!)


真は覚悟を決め、琴代の一人に掴みかかった。

間合いに入っても攻撃してこなかったその一人は、真が触れた瞬間霞がかったように消える。


消えきるのを見切らずに振り返った真に向かって、一人から手裏剣が投げられ、一人が斬りかかっていた。


手裏剣の軌道に腕をおいたまま接近する方を見据える真。


「いつ!!っ…」

「もらった!!」


手裏剣の刺さった右側から本体が迫ってくると同時に分身が散り、琴代の姿を覆い隠す。


だが…


「な…」


体当たり…と言うにはあまりに柔らかく身体から接近した真は、琴代とピッタリと密着した。


「逆手持ちじゃ突きはないからね。斬りかかってきたら詰めようと思ってたんだ。」

「っ…学生風情が…あっ!!」


離れようとした琴代。だが、時すでに遅く、空いていた左手を真によってしっかりとつかまれていた。


「く…外れな」

「受け身気を付けてね!!」

「は…あぁあ!?」


ぶん。

そんな音がして、まるで腕から足までが剣のように空で真っ直ぐになった琴代は…

同じく剣さながらに振り下ろされて石畳に衝突した。


「それまでじゃな。勝者姫野真!!」


動かない…否、動けない琴代を見て、真の勝利を宣言するアマテラス。


直後…


真は、稔達を向き、肩幅に足を開き…


「僕の勝ち!!」


笑顔で言い切って真っ直ぐにピースサインを作った右手を突き出した。




硬直。




あまりにも作った感のある真のモーションに、呆然とする水葉と大和。


「…格好いいからか?」

「大会勝利なら決めポーズは必須かなって…派手にダンスみたいに動いたら時間かかるしワンアクションで似合うのってことで守雄にも相談して…」

「腕に手裏剣刺さったままなの忘れる位だから大真面目なのはわかるがな。」

「へ?あ、いたたたた!!」


指摘されてようやく手裏剣が刺さった腕を突きだしていた事を思い出した真は、慌てて腕の手裏剣を抜き捨てる。


「蛟を倒したサイキョーの二人…のぉ?」

「俺を横目で見るんじゃねえよ!!」


強いは強いのに終始しまらない真の結果に、スサノオも呆れていたのか、アマテラスにジト目を向けられても真のフォローは出来なかった。





戦う絵のほうが何気に凄い気も(苦笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ