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拾参 翡翠の覡

「晃一さん!」



 聞き覚えのある男の声。



「その人の子に手を出すな!」



 突風が吹いて、反射的に目を瞑る。強い風に押されて吹き飛ばされそうになったが、日和を抱きしめたまま何とか踏ん張る。


 瞼の向こうの暗闇で妖達の呻き声がした。鎌鼬の鎌は俺に届いていない。


 風が止み、俺は目を開ける。


 目の前にロングジャケットを纏う黒ずくめの男が立っていた。


「……紫苑様!」


 俺の横を過ぎて、妖達との間に立つ。俺もそちらに向き直る。


 風に押された妖達が頭や腰を押さえていた。大きな獣型の者が人型の者や小物達が吹き飛んでしまうのをせき止めたらしい。鎌鼬が気合を入れ直すように首を振る。


「旧鼠が知らせに来ました。卵焼きの恩があると言っていましたよ」


 俺に背を向けたまま紫苑が言った。


 卵焼き……。ああ、あの時の旧鼠か。


「朝日君……今の何? ねえ、何が起きてるの」

「今なら大丈夫だ。日和、逃げるんだ。校舎の外に」

「え、だから、朝日君も」


 俺は日和を引き離してくるりと後ろを向かせ、そっと背中を押す。


「俺もすぐ行くから」

「ん……」


 振り向こうとした日和が踏みとどまる。


「分かった……。……朝日君」

「何だよ」

「必ずすぐ来いよ! 待ってるからな!」

「ああ」


 日和が駆け出す。


「晃一さんも逃げてよろしいのですよ」

「こんなことになったのは俺の力の所為だからな。最後まで見届ける責任がある」

「そうですか」


 体勢を立て直した妖達が紫苑の姿を確認する。


「なんだこいつ」「ジャマスルナ」「神だ」「チカラのナイ神ダ」「恐れるに足らん」「オマエも食べるゾ」


 土蜘蛛は追い払うことができたが、こんなに大勢いるのを相手にできるのだろうか。


「紫苑様」


 崩れつつある校舎を風が吹き抜けていく。


「晃一さんのことは、私が守って見せま……」


 妖の群れに駆け出した紫苑だったが、あっけなく弾き飛ばされて戻ってきた。床に転がった紫苑が夕立の姿に変わる。


 な、何だと……。


 妖達の中からゆらりと一体が立ち上がる。エビのようなザリガニのような姿で、細長い鋏を振り上げている。蚊帳などを斬って回るという網剪あみきりだ。


「口ほどにもない。神といっても、そのカラスには力がないのだろう?」


 今の紫苑には、風を起こして牽制するのが精一杯なのか。


 黒い羽根を飛び散らせて床に落ちている夕立がわずかに翼を動かす、が、そのまま横たわってしまう。


 妖達がじりじりと迫って来る。


 助けに来たくせにこれじゃあ駄目じゃないか。今まで襲って来た妖がみんな弱かっただけなのか。


「食ってやる」「そのちから」「ヨコセ」


 駄目だ。このままじゃ駄目だ。どうにかしなきゃ。嫌だ、このまま食われて終わるのは。


 紫苑に、神の力が戻れば……。


 自分の中で何かが爆ぜた。


 できる。そう感じた。俺ならできる。俺には、その力がある。強い意志を持てって、紫苑も言ってただろ。でも、どうやって使えばいいんだ。いいや、信じろ、自分に与えられた力を。信じろ、俺を頼ってくれた神様を。



 信じろ――。



「紫苑! 飛べ! 翔けろ! 羽撃け! 翼を広げろ! ……飛べええぇぇぇ!」



 光が駆け抜けた。



 ものすごい突風に煽られて、俺は床を転がる。


「いってぇ……」


 強風吹き荒れる中、目を開けると夜空が広がっていた。


 星が散りばめられた夜空のように美しい漆黒の翼が、俺の視界一杯に広がる。それは紛れもなく、紫苑の背から生える大きなカラスの翼だった。漆黒が、神々しい光を放つ。そして、月明かりに似た青白い光が紫苑の周囲に散った。


「おまえ翼が……」


 黒いロングジャケットが真っ白な着物に変わっていく。古典の教科書で見た狩衣かりぎぬだ。沢山の石や玉が、狩衣を豪奢に装飾していく。そうして、きらきらした飾りを散らした白い狩衣姿の神が姿を現した。白い装束が、より一層漆黒の輝きを際立たせる。


 おそらく、これが紫苑の昔の姿。翼を失う前の、力があった頃の姿なのだろう。


 圧倒されて、俺は尻餅をつく。妖達も退く。


 無言で紫苑は歩を進める。眩い光が足跡のように現れては、消えていく。壊れた校舎の廊下に、浅沓あさぐつの音だけが響いていた。






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