拾弐 翡翠を探す者達
俺を狙っている妖達は、俺が教室から出るとくっついてきた。
何もないのに崩れていく壁や床に人々は悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。妖達は俺を探して学校中を走り回る。
運動なんて体育の授業くらいしかやらない俺には、小一時間学校をうろうろしたところで限界が訪れた。先程痛めた左膝がもう無理だと音を上げる。
「はやくたべよ」「オレカラ」「私だ」「ねえねえ」「コッチムイテ」「お腹すいた」
背後から声が聞こえる。もうかなり近くまで妖達が迫ってきているらしい。鉄骨がむき出しになり、照明の消えた校舎。迫りくる妖。まるで学校の怪談だな。廃校舎に現れる怪異。男子生徒を喰らう何か、か。
足を引き摺って、歩き出す。ぼろぼろの俺を見るのが楽しいのか、妖達もゆっくりとついてくる。
「……朝日君」
呼ばれた。もうみんな逃げたと思っていたが……。
声のする方に視線を遣ると、日和がいた。クラスのマドンナよろしく大きく綺麗な目に、涙を一杯溜めて、へたり込んでいる。崩れた学校に残されたのは妖に追われる男子生徒と、クラスのマドンナと言われる女子生徒の二人か。
「おまえ、逃げなかったのか」
日和は俺を潤んだ目で見上げる。
「ねえ、朝日君……何が起こってるの……。突然床とか壁とかが壊れて……みんなパニックで……。あたし……怖くて……動けなくて……」
このまま俺といるとやはり巻き込んでしまう。日和に何かあったら栄斗と美幸に殺されるし、きっとまた何か言われるに決まっている。二人きりでいたなんて栄斗に知れた時にはもう……。
俺は日和の手を取り、立ち上がらせる。
「日和、走れ」
「朝日君は……?」
俺が校舎の外に出れば、きっとこいつらは俺を追って外に出る。そうなれば、みんなが外に逃げた意味がない。俺はここで、こいつらを食い止めなくては。
でも、いつまで?
「俺は大丈夫だから、おまえは先に行け」
話している時間なんてない、もう妖達はすぐそばまで来ているんだ。
手を強く握られた。
「そんな死亡フラグみたいなこと言う人を置いてなんか行けないよ。このままじゃ校舎が崩れちゃう。一緒に逃げよう、朝日君」
日和は俺の手を自分の方へ引き寄せる。きりっとした、頼りがいのありそうな顔だ。クラスのやつらにマドンナマドンナと言われている綺麗めないつもの顔とは違う。汚れていたけれど、ちょっとかっこいいと思った。
日和と一緒に、逃げてもいいのかな……。
視界の端で妖が動いたのが見えた。
握り返そうとしていた手を止め、振り払う。日和は目を丸くして、驚いた顔で俺を見る。
「朝日君……?」
「駄目だ、俺は……」
妖の集団の中から、両前足の爪が鎌のように鋭い獣がこちらへ飛び掛かってきた。鎌鼬だ。
「その女も喰ってやる」
鋭い鎌がぎらりと光った。
今から日和を逃がす時間はない。こめかみから伝う汗が首筋へ流れていく。
「朝日君」
「許せ日和!」
俺は鎌鼬に背を向け、日和を抱きしめる。
「わっ、何!?」
後頭部と腰に腕を回し、覆い被さるように抱きすくめる。シャンプーだろうか、いい匂いがした。状況が理解できず、狼狽える日和の声が細く聞こえてくる。引き剥がそうとするのを強引に押さえつけるようにして、俺は日和を抱きしめていた。
俺が、日和を守ってやらなきゃ……。
けれど、これで守り抜けるのか?
相手は鎌鼬だ、二人纏めて切り捨てられるかもしれない。
ここまでだっていうのか……。
結局友達のことを巻き込んで、二人共喰われるのか……。
助けて……神様……。




