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敵情視察 前編

 交渉後、部屋から出ると香苗が出迎えてくれた。

 先ほどのような覇気のない沈んだ表情を浮かべてユウの様子をうかがっていた。

 それを感じとってユウは香苗の頭に手を伸ばして優しくなでた。


「香苗お嬢様、明日の夜はよろしくお願いします」

「え? どういうことですの?」


 しばらくして、源内議員の仕事部屋からその議員本人が娘を呼ぶ。

 彼女はユウの顔をもう一度見て不安そうにする。にこやかな笑顔で応じて優しく囁いた。


「大丈夫ですよ。何も心配はいりません。では、明日にまた会いましょう」


 催促する実の父に香苗は従い早々と部屋の中には言って行った。ユウは彼女が部屋の中に消えたところで帰宅をするように屋敷の廊下を歩いていく。その後ろからなぜか、例の老執事が同行していく。


「なにか?」

「送り迎えをしようと思いましてね」

「結構ですけど」

「そうはまいりませんよ。あなた様はお客様ですからね」

「……」


 ユウは手首に伸ばした手をひっこめた。

 屋敷の内部の構造を把握しとくために構造内の写真を取ろうとしていたが背後の執事がいてはかなわない。

 こういう状況でも写真は撮る方法はあるが写真を撮るのにも何かと理由はいる。

 その理由を考えても思いつかずあきらめた。


「さぁ、お車へ」

「は? いやいや」


 玄関扉を出てすぐに庭先でリムジンが一台止まって待機していた。

 車で家まで送り届けるつもりのようだったがユウとしては余計なおせっかいだ。


「用事があるので車での送り届けは結構ですよ」

「そうはまいりませんよ。香苗お嬢様の頼みですのでねぇ。でしたら、その用事先にでも車を出しますよ」


 ユウは言葉に詰まった。

 さすがに用事先を口に出すわけにもいかない。

 それはまた例の裏道への徘徊ととある会社の視察調査の兼ねての散歩。さらには隔離区にまで足を延ばす予定でありそのどの場所も一般的には立ち入り禁止された場所だ。


「いや、結構です。香苗お嬢様にも心遣いだけをいただくとお伝えください」

「あ、ちょっと」


 急いでユウは走り出して星宮家の敷地から出て行った。


 *****


 しばらく走りやっと多くの人が行き交う商業施設などやデパートなどが隣接して集まる『表』の歓楽街にやってきた。

 基本的に行きかう市民はどの人もお金には困っていない裕福な富裕層市民ばかりである。

 なぜなら、ココは隔離区外の表街。裏町や隔離区に移住してる貧困民やあくどい商売をしてる富裕層者とは生活の基盤などが大本に違うのだ。

 さらに言えば、時代の流れで貧民と富裕民の大きな差が出て住宅街すら分け隔てられている。

 時代は格差社会の発展形に等しい。

 街のあちこちでは現代の技術をふんだんにあしらったデジタルマッピングの空間映写技法の看板の数々。

 眼がちかちかするかのような感覚を味わう。さらに現代の売りのAIによる客商売。AIだけが店を経営してるところも多くあった。特にそう言うのは大抵レジャー施設が基本主体となっている。ゲームセンターや遊園地、映画館などである。そういう機械技術がいる場所はなにより機械である彼らの方がわかるだろうという理屈である。

 ユウはその歓楽街の中にある駅前の広場で人を待つ。

 しばらくして、かわいらしい清楚なコーデにあしらった服装で着飾った愛瑠レナがやってきた。


「レナ、遅いぞ」

「あふぅ、ユウに怒られて私幸せ」


 反応が逆に困ってユウは怒るのも馬鹿らしくなった。


「……家の鍵はしめたのか?」


 レナにはユウと行動を一緒にすることが多くあるために常にスペアの鍵を渡していた。


「うん、安心して。しっかり閉めた。私たち夫婦の家に誰か入ったりしたら困るからね」

「夫婦じゃないからな」

「ああん、ユウはあいからわず冷たい。だけど、そこがいい!」

「…………いいから、今日もパトロール行くぞ」


 ユウは呆れながらにその手を引いて北東奥へと進んでいく。

 道を進んでく旅にどんどんと私服を着た人の数が減っていく。やがてビジネスマン風の人物しか見当たらなくなった。

 街の外観も煌びやかなマッピング投影のあれではなく質素な感じで会社のロゴが表示された変わり映えしないものばかりに変わる。

 なぜならば、そこはビジネス街である。レジャー施設など遊ぶものなどまったく皆無の場所であった。ユウとレナがそこに来た理由はただ一つだった。


「ここか」


 ベンチに腰掛けてある一つのビルを見た。

 ロゴには真新しい感じで『cybarzグループ 株式会社フィジアーク』と書かれている。

 ここに来た理由は敵情視察である。 


「ここが新しく出来たっていう『cybarz社』の子会社か。ぱっと見はただのビジネス系のIT会社って感じだな」

「だけど、ユウここは実際はITじゃなくって資産保管業務を扱う会社だよ」

「わぁーってるさ。昨晩の発表で驚いて知ってるんだ」


 昨晩はカードの騒ぎや『妖獣』を『cybarz社』のAI搭載機ドローンが『妖獣』を観測していたのを見ただけではなくもう一つあった。それがニュースにもなったこの新規子会社として『株式会社フィジアーク』という信託会社を『cybarz社』が出迎えるという発表である。

 それは何を意味するのかと思った。

 今まで『cybarz社』は個人で資産の管理をしていたところにこの信託会社の子会社を出迎え発表である。

 なにか、問題が生じたのかと大騒ぎになっているほどだ。

 おかげでマスコミ記者が多数周囲にいる。

 だけれど、妙なことに警備の数は少なかった。

 それを見てユウはほくそ笑んだ。

 うまく『彼女』が事を運んでくれたおかげである。

 しかし、そうだとしてもマスコミがいるのでは敵情視察どころではない。


「マスコミの記者が多い――っユウ、あれ!」


 突然、レナが会社の方を指差した。一台のリムジンが大通りの車道から入ってくる。マスコミがこぞって群がりだす。車から降りてきたのは妖艶なドレス衣装に身を包んだ30代の美女と、それにつき従うようにして同行する学校の制服を着た茜の姿。


「――久遠時さんっ!?」


 茜が付き従えている女性、それは現在の政治界隈を陰で牛耳る久遠時財閥の当主、久遠時くおんじ名花めいかである。

 いわば、彼女は影の街の政治的支配者であり裏を観測してる女性。隔離区のこともそうである。あの隔離区で行われる取引や裏町ではびこる悪人たちの騒ぎを解決する。

 それは別に悪い意味ではない。たとえば貧困者にボランティアと言う形で毎度定期的に食料を与えたりしていたり、月1で隔離区の監査を行ったりしてる。この監査もつまりは死体の確認である。その死体者が出れば遺族と引き合わせ少々の遺族金を付与したりなどを行う。

 他には、裏取引をしてる富裕民に圧をかけて堕落させたりといわば貧民の女王である存在。

 ひと昔前ではそのようなことは警察の機関などが行っていたことだったが時代の流れで人材不足や力量不足を鑑みて彼女と言う女性は独自に動きだして現在の政治界隈を観測する立場にある。

 しかし、表立って彼女が活躍できた場面はなく、政治家もうまく裏稼業を運ぶので彼女は常日頃頭を悩ませている。

 その為に彼女はある人物を探していた経緯がある。

 それが黒木勇と彼女の出会いにあった。


「cybarz社が何かをしでかした証拠を見つけたのか? いや、あの感じはどうにも――」

「あ、ユウ」


 ユウは動きだして彼女に近づいていく。

 マスコミの中を強引にかき分けて近づくとマスコミも何事かとこちらを見ていた。

 近づいていくユウに気付いた護衛の人たちがユウに止まるように銃口を向けた。

 だが――


「銃をおろしなさぁい。アタシの友人よ」

「久遠時さん、お久しぶりです。ここには何をしに来たんですか? ついに何か証拠でも?」


 一瞬にして場が凍結化した。

 マスコミも一介の学生が親しげに彼女と話してるのを見てネタだとばかりにカメラに指をかけフラッシュをする。

 久遠時名花は顔を顰めてとりあえず、中へ入れてもらうことになる運びへ。

 『株式会社フィジアーク』の中とは言っても二重の出入り口ドアの合間の空間に避難しただけに過ぎない。

 ユウやレナが見たいのはさらにその奥だった。


「突然、顔を出すとは驚いたわ」

「こちらこそ、すみません。突然でしたね。久遠時さん、今日は監査で来たんですか?」

「ええ、監査目的よぉん。『cybarz社』が不正な投資取引をしていないかってね」


 久遠時名花とはユウが成城ロイヤルガーディアンスクールに入る前からの中でありユウは親しげに彼女と話す。そもそも、レナと知り合えたのも彼女の援助があってからだ。さらに成城ロイヤルガーディアンスクールの件にしてもそうであった。彼女がユウの援助者なのだ。その彼女に護衛兼メイドとして従える茜は無言でこちらをうかがっていた。

 窺ってるのは別に敵と言う感じで睨むという感じではなくただの傍観者としてであるのは見るからにわかった。

 彼女はそっと『株式会社フィジアーク』の担当者の顔を伺いながら、そっとユウへ顔を近づけて耳打ちした。


「あなたはどうしてここに? 昨晩の発表で敵情視察ってところかしら?」

「っ!」

「隠さなくたっていいわよぉん。私も常々彼らの尻尾を捕まえたいと思ってるしねぇん。なんなら、一緒に入るぅ?」

「え? いいんですか!?」

「かまわないわよぉ、私の今だけの護衛になってくれればねぇん」


 ユウは生唾を飲み込んでビルの自動ドアの先を伺う。スモークドアで中が見えずらい。

 たしかに入りたくないと言えばうそになる。


「な、なら提案いいですか?」

「なぁにぃ?」

「その、俺の仲間も一緒にいいですか?」

「なかまぁん?」


 ユウはレナの手を引いた。

 レナが顔を赤らめて「あ、こんなところでぇ」なんていう言葉を無視で彼女を自分の仲間だと彼女に主張した。


「あらぁ、かわいらしい子ねぇ? 彼女?」

「いやいや! 仲間だって言いましたよね?」

「ふふっ、わかってるわよぉん。彼女だったら私が悲しいわぁん」

「はい?」

「なんでもないわぁん。いいわぁん、その子もいっしょで」


 軽くユウは愛瑠レナという名前を紹介し同行を許可してもらう。

 さっそく、久遠時名花が担当者と話を通し始め、彼が顔を顰めてこちらを伺うとすぐに大きく息を吐いた姿を目にする。

 しかし、許可がもらえたらしく「どうぞ」の一言で中へ入れることになった。

 思わぬ運びで内部の敵情視察が叶う。

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