敵情視察 後編
敵情視察と言う名目でユウは内部に潜入をというよりも、表向きは久遠時財閥の当主、久遠時名花の護衛としてつき添うこととなった。
内部は普通の信託会社で、信託と言ってもいろいろあると思うがこの信託会社は資産保管の会社だった。
つまり、この会社の内部には多くの『cybarz社』の社員の存在も見受けられる。
彼らの財産がここに保管させられており、その財産をここで管理し後に誰かに譲渡する遺産となる。
資産は様々なものがあるようだ。資産の保管庫は厳重に地下の金庫室に保管されてあるという。
廊下を歩きながら案内人、件の男『紫藤正宗』の話を聞きつつ周りの構造をしっかり目に焼き付けていく。
1フロアごとに大きく広々としており、部屋も複数存在している。
ある種のビジネスビルのようなフロアと内装は一緒だ。カーペットが敷かれた壁に囲まれた綺麗な廊下をただひたすらに歩いていく。
「ここがわが社が投資者様と業務提携契約を行う場所です」
広い。とにかく広いデスクワーク用の仕事をするための職場光景が広がっていた。
あちこち書類をもち行き交う人々や電話応対する人、パソコンで書類作業をする人が群がるようにいた。
せわしなく働く光景。それをはたから見る限りでは普通の信託会社。
「わが社では月に2万件もの投資家から資産を任されそれを管理しています。そして、投資者様がご指定なされた方へと遺産を渡す。決して不正な取引などは全くの皆無でして――」
「それは私が見てからぁ決めるわねぇん。地下の金庫室も見せてもらえるかしらぁん?」
「そ、それはお客様のプライベートにかかわることでして」
言い分は正しくあった。しかし、妙に感じる。急に態度に動揺が混じった目ざとくユウはそれを見抜き、名花もそれを見抜いた。
「たしかに、そうねぇん。でもぉ、私は一応政財界の監視者。つまり、あくどい商売をしていないか監督する義務がある。その資産もあくどい方法で手に入れたものでなかったのか見る必要があるのぉん。あなた方が知らないでその資産を相続させたりするのも黙って見てられないのねぇん。わかるかしらぁん」
「は、はい。では、ちょっとお待ちいただけますか。社長にかけあってみますので」
『社長』という言葉に緊張が走った。
元々、この案内人もその社長がよこしたようである。本来は久遠時財閥の当主がお目見えになったのならば社長本人がご挨拶に出向くのがルールと言うものであるがどういうわけか、彼は忙しいということで顔は出せないという。
そうして、任せられたというよりも責任を押し付けられたらしき人物がユウらの目の前にいるこの案内人は『cybarz社』の男である『紫藤正宗』だ。要注意人物であり何かを隠してるのは十分にありうる話。さらに、不思議なことに彼は戸籍上死亡している。なのに、今の彼はこうして生きている。
じっと彼の様子を伺いながらいると茜が気にしてユウの袖を引いた。
「どうしたんだ弟?」
「いや、あの男のことが気になるんだよ。どうも怪しいから」
「なんでだ?」
「事情は今は話せない」
茜は首をかしげて、場所が場所だけにそれ以上の質問は自重した。
社長と電話を終えたらしい紫藤正宗は平伏しながら戻ってくると地下への案内をすると言いだした。
ユウたちは緊張を走らせながら彼に案内されるままにエレベーターホールへ移動を始める。
そして、彼とユウらを含めた計5人でエレベーターへのって地下へ移動する。その地下も階層ボタンが表示されてはおらず案内人の男が電子パネルで何かを操作して地下へ移動したものだった。
地下に到着して息を飲む。
薄暗く寒い空気が立ち込める殺風景な部屋。そこには大きな銀燭の戸棚が数多く並んでいた。
「その棚の一つ中を見せてもらえるかしらぁん」
「……わかりました。ただ、中を見たことはご内密に。いくら、久遠時様でもこれが知られれば大事ですので」
「わかっていますわぁん。でもぉ、私はただの監督業務をするだけぇ」
戸棚の一つが開かれる。
その中には大金や宝石がぎっしりと入っていた。そう、大金だ。現代には見受けられないリアルの紙札。現代では使えないただの紙だが、それでも銀行などへ行けば電子マネーへ返還をしてもらえるようにされている。だが、あくまでそれも限度額と言うものがあるために時折、残りの金をこうして保管する大金持ちもいるのである。
「なるほどねぇん。悪いものは入ってなさそうねぇん。じゃあ、次に『cybarz社』の資産はどこか見せてもらえるかしらぁん?」
「なっ!? なぜ、そのようなことを? いくら久遠時財閥の監査でもそれは――」
「監査よ。監査だからって見せられないなんて取り決めはないでしょぉん?」
戸惑う彼に茜が容赦なく目をぎらつかせながらナイフのような鋭利な瞳で睨みつけた。
それに恐れをなした彼がしぶしぶ奥への案内を始めた。
その時だ。ユウの目にある名義人の書かれた戸棚が目に付いた。
『黒木結愛』
銀燭の戸棚の一つの引き出しに名義文字でそう書かれていた。それはその引き出しの資産の所持者の名前である。
ユウはその引き出しを導かれるようにして開けてしまった。
その途端にアラートが鳴った。慌てたようにして案内人の男が戻ってきた。先に彼について行ってた3人も吃驚した目でこちらを見ていた。
「何をしてるんだ! あなたは! 彼はあなたのボディーガードマンでしたよね! 何か盗んだんじゃないですか!」
「な、なにも盗んじゃいない! いいや、それよりも聞きたいことがあるどうして俺の――」
ユウはそれ以上の言葉を『ハッ』と思いとどまり口にするのをやめる。それを口にすれば『cybarz社』に自分の正体を感づかれるどころか非常にまずい立場になる可能性すら考えられた。なぜならば、彼らは姉を養子にとって殺したとすら考えられる上に黒木夫婦の研究を盗んだ。
「今から身体検査を行わせていただきます。久遠時様、あなた方もです。いいですね」
敵情視察は途中で打ち止めとなりユウも自分のふがいなさにただただ仕事の邪魔をしてしまったことからの申し訳なさで久遠時名花に謝罪の言葉を口にするしかできなかった。
だが、ユウは最後にしっかりとその目で引き出しの中身を見ていた。
引き出しの中には愛すべき姉がいつも大事そうに持っていた幼きユウが上げたお小遣いで買ったペンダント。そして、姉のと思える干からびた小さな右手と小さな本。さらには戸棚にあった名前は姉だけではなく『数馬孤児院』の他の同期たちの名前があった。




