96.白い影
光ある場所へ
空洞を迷いなく突き進むレオたちをエリカはランタンの微かな明かりだけを頼りに必死付いていく。
レオたちは日の道を歩くかのように手探りも足取りすら変わらない。
「(皆さんこの暗闇で見えてるんですか・・・?)」
エリカの心の声を知ってか知らずか、先を歩いていたクレイが輪郭がハッキリする位置まで下がってくる。
「主様が何かを見つけたそうです。
少しスピードをあげるとのことです」
「わかりました」
わかったと言ったものの、今のエリカは警戒しながら歩いている。
そのため普段と比べ確かに遅い速度ではあったが、決してゆっくり歩いていたわけではない。
「皆さんどうしてそんな速いんですか、こんな暗いのに・・・」
「私はここでも外と変わらず見えますが?」
「・・・」
今のクレイの状況を簡単にいうなら常時暗視スコープをつけている状態に近い。
そんなことを露とも知らぬエリカは「なにそれ、初耳」と顔だけで訴えていた。
「主様が作り出したこの体は、元は形なき姿。
加えて魔石の個体情報を抽出されて産み出されたこともあるのか、魔石を食らう度にその情報が体に浸透するのです」
つまり魔石の魔力を吸い出すごとにその魔物の特徴を得ることができ、さらにその姿になれるわけである。
「それで夜目が聞くんですね」
「そうです。この目はアサシンキャットの能力を利用しています」
アサシンキャットは中位冒険者や騎士などが相手にする魔物である。
実際の能力は正面から戦えば初心者冒険者でも勝てる可能性のある低能魔物であるが、ここに茂みや木々、夜など潜伏可能条件が加わると話が変わるのだ。
その場合、下手すれば30人以上の騎士団ですら数頭のアサシンキャットに壊滅しかねないのである。
「ですが万能ではありません。
肉体の未熟さゆえに今はまだ二種類ほどしか同時に使えませんから」
現在クレイの中には数十種類にもなる魔物の個体情報が存在している。これだけ多くの情報を持ち得ている要因はレオが魔石を他(主にギルド)から買い取っているからだ。
ただ今のクレイにとって有用な物は10あるかどうかだったりする。
「二人とも!」
急に声をかけられたエリカとクレイはブルッと身を震わせる。
叱られた子供が恐る恐る親の顔を除きこむように声の主に顔を向ける。
そこには手のひらサイズの小さな妖精が二人を見ていた。
「急ぎますよ。レオ様がこの奥で三つの生命反応を見つけました」
それだけを伝えると未だに一人先を歩くレオの元へと戻っていく。
二人はその後を追った。
「この先に空洞があるな。それもかなり広い」
「火の属精霊たちがかなり騒いでいますからおそらく火河か溶岩溜まりのようなものがあるのだと思います」
顔や目線を動かすことなくレイが戻ったのを感じたレオは現状を伝えると、レイからも同様に追加の情報が上がる。
「三つの生命反応、俺たちから近い順に言うぞ。一つ目は5、6m以上ありそうな奴。二つ目は4mほどか? 残りは1、2mぐらい。
どれも魔物か?」
「レオ様、奥から光が見えます」
「間違いなくそこだな」
レイから少し遅れてクレイやエリカも光に気づく。
「かなり光源は強いみたいですね。
それに火河とかでは、ない?」
空洞から漏れ出す光は、残り十数mはある距離にも関わらず足元が見えるぐらいの光源の強さを放っている。
加えて、火やマグマを連想させるようなオレンジや赤のような光色ではなく白や薄い水色のような色の光が漏れているのだ。
「とりあえず行ってみるk―――」
「〔ゥウウウウ、グ、グルゥゥゥグ・・・〕」
今度は先ほど聞いた咆哮とは違うものが響く。
力強さは感じられず、どこか痩せ我慢していると理解できてしまう獣の声だ。
最後には小さくドサリッという音が伝わってきた。
「一体反応が消えた・・・」
レオの一言に何が起きたか皆が理解した。
「行こう」
今の状況に声色一つ変えずレオが言う。
レイを含め、今後の予想される事態に対し再度気持ちを入れ直し音の出所へと歩みを始める。
「予想通り、かぁ」
光空洞に真っ先に着いたレオは一人呟く。
その空洞には天井や壁から幾つもの結晶体が浮き出ていた。
大きいものでは人間大から小さなものなら小石程度まで大小さまざまな結晶体の部屋である。
それと同時に、寄り添うように淡い青色を放つキノコや苔のようなものが壁に繁殖しており、そこから生まれた光を結晶体が反射し増幅させることで一層明るい部屋を作り出していた。
そんな空洞の中、レオの目の前に居たのは真っ白な鱗に赤い小さな両翼を持つ龍だった。
レオの呟きに対し反応したのか、デカイ体を捻るように龍はレオの方へ体を向ける。
全長は10mないほどで、手足はない。翼がなければ白蛇である。
だがその肝心な翼でさえ、地下に生息するためか己の体を支えるだけの力があるかどうか分からない。
「殺るか」
低く感情を消した声に合わせ、いつものナイフではなく腰の剣を抜く。
そこから現れたのは濃く深い蒼を持つ刀身であった。
「あんなものいつの間に!」
レイが別の意味で驚きつつも、初っぱなからオリハルコン製剣を出したレオの行動に理解を示す。
それはつまり、ドラゴンとはレオやレイにとっても油断ならぬ存在だということの証明でもあった。
殺るか殺られるか