97.上位種
気を抜くな
「「――――――」」
5mもない距離でレオと龍は向き合い静止していた。
互いは互いから決して目を離さず睨み続ける。
たとえ小さな動き一つでも起きれば、この先から始まるのは命のやり取りであるとお互いに理解しているからこそ静止しているのだ。
「レオさん!」
「主様!」
静止を始めて数秒にしてその均衡は崩れる。
エリカたちの呼び掛けにレオの意識がコンマ数秒エリカたちに向いたのである。
そしてそんな隙を最上位に位置する魔物がみすみす逃すわけがなかった。
「グガァァァァァ!!」
大口を開けて牙を剥き出しのままレオに噛みつこうと襲いかかる。
体をバネに見立てて蛇のように繰り出されたそれは5mを一瞬にして飲み込みレオの目の前に現れていた。
「――――『四点守柱』!」
レオはガブリッと噛みつきをまともに受け、全員の視界から消え失せる。
あまりにも呆気なく簡単に終わった出来事に誰もが口を開くことすら忘れている。
「主様!!!」
未だ噛みついた時の状態で体を伸ばしたまま床に転がっている龍にクレイは目の色を変えて襲いかかる。
全身から邪気を放ち敵に突撃するその姿は、一つの巨大な魔弾だ。
「クレちゃん、下がりなさい!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ」
レイの制止も聞かず突撃を噛まそうとするクレイは龍の眼を見る。いや、正確には見られたのだ。
その瞬間クレイは体を止める。いや、これも龍により止められたのだ。
まさに蛇に睨まれた蛙である。
「う、ぐっ、う、うぉぉぉぉぉぉぉぉ」
強ばる体を無理やり動かし再び敵へと向かうため雄叫びをあげるのだが、強者の眼はその意思すら砕く。
クレイの体は石化したように完全に動きを止めてしまったのだ。
現状にクレイ自身が意思は死なぬとも命を諦めかけたその時。
――――――ガッ!ガッ!ギチギチギチ――――――
閉じられた龍の口が内側から押されたように跳ね上がる。
龍自身はそれを力で押さえつけようと顎に力を込めているが二度目の衝撃に口が完全に開く。
「あぁ・・・あ、主様!」
そこに居たのは紛れもなくレオであった。
レオの回りにはうっすらと透明な四角柱のようなものが見え、それが強靭な龍の顎力と鋭利な牙を止めているのだ。
だがその代償も大きいようでオリハルコンの刀身が悲鳴をあげるように亀裂が少しずつ走り続けていた。
「くっ、いやぁこれは・・・」
龍が顎に力を込めると同時にレオを守る結界がビシッと悲鳴をあげる。
「久々にヤバイわ、マジで」
耐えてはいるがレオの額には冷や汗が浮かんでいた。
声にすらいつもの余裕がなく本格的に危険を感じているようである。
「ガッ、ガッ、グルゥ」
龍は負けじと噛み砕こうとするがどうにもならないことを悟る。
故に次手を使う。
―――ボウッ―――
龍の喉奥から聞こえた音、そしてそのさらに奥から現れた真っ赤な塊を見てレオは咄嗟に叫ぶ。
「全員離れろ!!」
考えることを放棄してまで全員が龍から離れた。
それはレオの声に反応したからか、それとも本能が龍から死を感じたからなのか。
だがそんなことを考える暇も与えず龍が動く。
「ブワァオオオオオオ」
口元にレオを捕らえたまま灼熱のブレスが放たれる。
またしてもレオを完全に覆い隠す暴力は今度は洞窟にすらその力を刻む。
ブレスを受けた結晶体は抵抗もないままその姿を消滅させた。
そのまま床や天井にまで届いた暴力により地は溶解され真っ赤な雨滴が天井からボタボタと降り注ぐ。
これが10秒未満で起きた出来事であった。
「あ、あぁ、あ・・・」
「・・・うそ・・」
クレイとエリカは唖然とするしかなかった。
目の前で起きたことが幻であってほしいと願うほどに目の前の光景を信じられずにいたのだ。
それも仕方のないことである。
クレイとエリカの目線の先にあったのは先ほどのブレスによって作られた雨滴の先、壁に空いた新たな空洞であった。
最奥に至るまで、360°すべて赤々と染まり、まるで地獄を地上に呼び寄せたかのような光景が広がっていたのだから。
「たった、数秒で? はは・・・」
エリカが心の声を無意識に口にする。
漏れ出した声に込められるのは【人間ではどうにもならない】という絶望に似た何かだ。
これじゃあ一mm足りとも可能性はない、それが理解できるからの諦めだった。
そしてそれはクレイにも同じような傾向が見てとれた。
「諦めますか?」
さらりとした声が二人に届く。
諭すわけでも、慰めるわけでも、ましてや元気付けるわけでもなく、ただただ当たり前のようにレイは問いかけたのだ。
「で、ですけど・・・」
「・・・」
エリカは口を開こうとするが言葉は詰まり、クレイは無言で下を向く。
そんな二人にレイは目線を合わせようとはしない。
レイは未だに一人龍へと視線を送り続けていた。
「どうやらギブアップは無いみたいですね」
レイの言葉に違和感を感じた二人はレイに顔を向ける。
レイは変わらず龍を見続ける。いや、正しくは龍の口先にだ。
噛み合わない言葉、変わらぬ目線、もうそれだけで二人には意味することなど簡単に理解できたのだ。
だからこそ、二人は同時に同じ場所を見つめる、そこにいるはずの人物に向けて。
まだ慌てるような時間じゃない




