112.1000年前
何を語る
“君たちはこの絵を見て何を思っただろうか?”
ゆっくりと口を開きだしたシズイが全員に問いかける。
“二体の魔物の被害地として蹂躙される島の絵かな?
それともこの地のために戦う魔物を見守る絵かな?”
その語り口調は、子供へお伽噺を語る大人のような、または英雄譚でも語るバードのようである。
だが、そこにはどこか真実を見てきたかのような重みを感じられる。
“答えを言おう”
勿体つけるように言葉をためながら、両手を広げる。
“この絵は、どちらにも成りうることを示した云わば警告絵”
シズイの言葉を聞き、一同が改めて絵を凝視する。
“どちらの結果を選ぶかは君たち次第、いや彼ら二人次第かな?”
シズイが言葉と共に指し示した先にいたのはジンチュとハイズーである。
「ぼ、僕ら次第・・・?」
「ガルゥ?」
ジンチュとハイズーは互いに顔を見合わせるようにして頭を傾げる。
“そう、これはドワーフの国が抱えた【問題】であり、それを解決できるのは君たちなんだ”
ドワーフの【問題】であると口にした途端、申し訳なさそうな口調へと変わる。
“説明はする。だが、願わくば君たちには【彼】を救ってほしいんだ”
「救う? とは誰のことを指しているんですか?」
“絵に描かれたもう片方の異形。彼のことだ”
シズイが言う異形とは間違いなく赤岩人のことである。
たが、この場にいる全員がその意味を理解できなかった。
そもそも先ほどいきなり襲ってきた相手を助けるなどという心優しい、もとい偽善者は居ない。
これにはさすがのエリカも困惑していた。
“君たちの反応でわかった。会ったんだね、彼に。
そして襲われたんだね・・・”
悲しみを顕にするシズイに皆が黙って見守る。
“彼の名は【――――】。”
シズイが赤岩人の名を口にした瞬間、レオたちにノイズのようなものが走りうまく聞き取ることが出来なかった。
ほぼ全員が耳を軽く押さえるような素振りを見せた時、シズイは再び悲しそうに目を見せる。
“そうか。彼はまだ僕らを怒っているんだね。
そして再び過ちを繰り返そうと・・・”
一人事情を理解するシズイは赤岩人の目的に変更がないのだと理解する。
「聞かせてくれ。あの岩野郎は何者なんだ?
ただの魔物じゃないんだろ?」
レオが一人前にたち質問する。
シズイはレオの言い回しから何かに気づき始めているのだろうと予想していた。
“君が仕掛けを抉じ開けたんだったね。名前を聞かせてほしい”
「レオ。レオ・スフィアだ」
“っ!!”
レオが名を名乗ると同時にシズイの顔が驚愕のものへと変わる。たが、それは一瞬だけであった。
“レオだと・・・ ならもしかして”
一番近くにいるはずのレオにすら聞こえない声で呟くと、シズイは一人一人を素早く観察するように目を通す。
そして目的の何かを見つけると、今度は顔には出さないまま内心で笑みを浮かべた。
“レオ、もしかすると君の力も加われば結末は変わるかもしれない”
すぅーと大きく息を吸い、ゆっくりと吐きながら気持ちを落ち着かせるように深呼吸をしたシズイは再度語り部の口調へと変わる。
“今からお話しするのはざっと1000年前に起きた真実の話である”
物語の始まりを告げる冒頭の語りを紡ぐ。
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今から1000年前、今と同じくボルバック諸島にてドワーフは鍛治を生業に生活をしていた。
当時のドワーフたちは好奇心と探求心が強く、多くの者たちが武者修行と名乗り世界各地に己の技術を広めるため、また高めるために出ていたんだ。
そんなドワーフに於いて、旅の安全と成功祈願として祈る神が二体いた。それが火神と風神だ。
これら二体の神は鍛治を生業にしている我らドワーフにとってはまさに最高信仰になる。
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「火神と、風神?」
シズイの話にジンチュが首を捻る。
自分が生まれてこの方、そんな信仰を聞いたことはない。
そもそも語り継がれてきた偉人たちを信仰するドワーフたちが、架空の神を信仰していたなどジンチュには到底思えなかった。
だが、その答えをシズイが教えてくれた。
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そしてこれら神は実際にこのボルバック諸島にいたんだ。
火山の最深部にね。そしてこの場所はまさにそんな神たちを祀る場所だったんだ。
この場では実際に神とドワーフたちの交流もされていたよ。
そしてその司祭に当たるのが部族長、つまり総長だった。
僕もその一人に選ばれたこともある。
僕らは平和に暮らしていた。
この平和が続くと信じ続けていた。
だが、ある日最悪の日が訪れる。
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シズイの言葉に合わせるように祭壇の近くに備え付けられていた灯りが消え、暗闇の世界が生まれる。
全員からどよめきが起きるが、それは次に放たれたシズイの言葉ですぐさま静寂に変わった。
“火神が死んだんだ”
言葉と共に再び祭壇場に光が戻る。
そこで皆が見たのは悔しさと悲しみに震えるシズイの姿であった。
今こそ知る時