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夢を見たその後で 6話 「はるかへ......」 その1

あれから1週間が過ぎた。

現実の重さを受け止めきれない俺の心は日に日に摩耗し、そして押し潰されている事が自分でもわかった。



美香の事は、少なくとも はるかやお店のみんなには無関係な事だ。

俺自身それはわかってる。

仕事にプライベートは持ち込んではいけない。

そんな事わかってる。

アルバイトの子にも何度も言ってきた事だ。


ただ、平静を装えば装う程何か違和感がある。

そして、余計に回りに心配を掛けている。

特に井上さんは本当に心配してくれている。

「悩み事があるなら話してください 」

とは言ってくれるが、今は人には言う気にはなれない.........。

 



今、この時ほど店長という役職を鬱陶しいと思った事はない。

しばらくの間、この職場が消滅してくれればいいのにと思ってしまう自分に余計腹が立つ。

悪循環の繰り返し.....。

わかってる。そんな事はわかってる。



そんな絶望の淵にあった俺の心を救ってくれたのは意外にも小野寺さんだった。


「店長。最近、元気がないですよ」


「ああ」


「私に何か出来る事があるのかはわからないんですけど....」


「ああ」


ああ、鬱陶しい.....

小野寺さんが悪くない事はわかっている。

気を使ってくれていることもわかっている。

全てわかっているから.....頼むから一人にさせてくれ

今の俺は、誰とも関わりたくない。

今の俺は、人間を見るのがめんどくさい。

大体「ああ」しか言っていないんだから、怒って俺の前から消えてくれればいいんだ。


負の感情が俺の頭の中を支配していた。

悪いのは全て俺だ.....。

でも、今の俺はこの感情をコントロールする事が出来そうにない。


そんな俺を見て、小野寺さんは何を思ったのか突然歌を歌いだした。


正直、御世辞にも上手いとは言えないその歌声を俺は黙って聞いていた.....。


歌の内容はこんな感じだった。


君と僕は、歩く速さも見てきた景色も、想いを伝える術もまるで違うから

例えば、見ているものも君と僕で違っていて、僕が絶望を感じるような場所でも君はそこに奇麗な花を見つけたりする.......。




「びっくりしました?」


「................」


「これね、私の好きな歌なんですよ。ストリートミュージシャンが路上で歌っていたんですけど、オリジナルなのか誰かのコピーなのかはわからないんですが、この歌を聞いたら元気になるんですよね」


「................」


「店長が何に悩んでるのかは私は聞きません。きっとそれを聞くのは井上さんの役目だと思います。でも、苦しい時は今までと違った視点で見ると何か違う発見があるかもしれません」



俺は、雷に打たれたかのような衝撃を感じた。

美香が以前言っていた事と同じ言葉が小野寺さんの唇から発せられている。

それを、俺は不思議な感情で見つめている。


「店長。苦しい時、味方は意外な所で意外なほど近くにいたりするものですよ。店長の味方は私かもしれないし、井上さんかもしれないし、店長の彼女さんや他にもたくさんいると思います。でも、それは心のアンテナを高く上げていないと受信出来ないと思いますよ」



この言葉を聞いた時、俺は自分の感情を抑える事が出来なかった。


「小野寺さん、ごめん。少しトイレに行ってくる」




そう言って、俺は走った。


「あっ、店長.......」


トイレの中で、俺は声を殺して泣いた......。


人の優しさがこんなにも心に沁み入ってくるのは久しぶりのような気がする。


そうだ、俺はまだ生きている。


俺にはまだ味方がいる。


間違った事をして後悔をする事が出来る。


苦しい時、手を差し伸べてくれる人がいる。


後悔は、後悔が出来なくなってからしたらいい。


小野寺さんの一言は、後ろを振り返って悔む事が出来るなら、前を向いて進む事も出来ると思えるような

そんな力のある魔法の一言だった。


店に戻った時、小野寺さんは、まだそこにいた。

彼女も、間違いなく味方になってくれる人のうちの一人なんだと強く思った。


「小野寺さん.....」


「いい事を言おうとして、すべっちゃったかもしれませんね。」


「俺、なんて言ったらええんかわからへんのやけど」


「何も言わなくてもいいですよ。でも、その赤い眼だけは早く何とかしないと、もうすぐ井上さんが来ますよー。その目を井上さんに見られたら、私が何かしたって思われちゃうじゃないですかー」


「生意気な事言いやがって」


「キャッ」


俺は、小野寺さんの頭をくしゃくしゃっ、てして厨房へ向かった。

もちろん照れ隠しだ。


小野寺さんもその辺はわかっているから、それ以上は何も言ってこなかった。彼女のその優しさが今の俺にはとても心地よかった。

小野寺さん、ありがとう。



大丈夫。俺は、まだ生きている


大丈夫。俺は、まだ頑張れる。



「そろそろ気持ちを切り替えないと....な」


そんな事できるわけない事は自分自身が一番わかっているが

あえて、口に出してみた。


高校生の子にまで心配をかけている.....。

これ以上みんなに心配をかけるわけにはいかない。


彼女の分まで強く生きるという事が

奇麗事だとわかっていても

それでも......

前を向かなければ何も変わらない。


奇麗事ばかりでは生きていけない。

それぐらいわかっているつもりだ。


正しい事ばかりでは生きていけない。

それくらいわかっているつもりだ。


そう、それくらいわかってる.....


だから頑張ってみよう。


そして、はるかには話をしないといけないと思う。

俺の今、思っている事全てを話さないと。

もしかしたら、これからの2人のあり方まで変えてしまうかもしれない........。


それでも、全てを話そう。

俺自身のけじめの為にも....


第6話 その2へ続く.....

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