夢を見たその後で 3話 「告白」 その5
朝の6時20分
お店に着いた。井上さんは「このまま仕事に行く」と言っていたけど、まだ自分の出勤時間までには間があるので駅で別れて一旦家に帰ってもらった。
「今日は少し遅刻したから早くミキサー回さなあかんな」
話はそれますが少しパンのお勉強をしましょう
製パン方法としては大きく分けて基本的には「ストレート法」「中種法」「ノータイム法」の3種類あります。
一般的な街のパン屋さんではすべての材料をはじめにミキシングする「ストレート法」を採用しています。
まぁ、一般の人が想像している一番普通の作り方だと思いますが、業界ではこの普通の作り方の事を「スクラッチ」と言っています。
余計な事をしないので、素材の味を一番ストレートに感じる事が出来ますが、下手が作るととんでもないパンが出来てしまいます。
ちなみに、大型の工場では材料の一部をあらかじめ軽くミキシングし、ある程度発酵させてそれを種として使用する「中種法」が採用されている事が多いです。
中種を加えるひと手間と時間がかかりますが、生地の伸びがよく機械製パンに適した生地になります。
ノータイム法は主にチェーン展開しているパン屋のセントラル工場などで採用されています。
セントラル工場で一括して生地を作り冷凍し、冷凍生地をお店に運び成型工程以降をお店で行うスタイルは「ベイクオフ」と言われています。
この方法だと、お店にミキサーを持たなくてもいいのでお店の省スペース化が期待できます。
ノータイム法はミキシングに時間をかけミキシング中に生地の熟成を促す方法。通常よりより早い時間でパンが出来るがミキシング中にアルコールなどの風味成分が飛んでしまいます。したがって、若干風味は落ちます。
しかし、冷凍生地にすることで工程の簡略化とバラエティに富んだラインナップが組み立てやすいです。
最近では冷凍生地とスクラッチを織り交ぜた「ミックススクラッチ」が主流となりつつあります。
どの製法も一長一短があるというわけです。
さて、ストレート法での仕込み水温の計算式は、((捏ね上げ温度)ー(ミキサーボールの摩擦上昇温度))×3ー(粉温)ー(室温)=(水温)で計算します。
湿度変化を見ながら仕込みの水の量を0.5%単位で調整し、ホイロ(発酵室)の湿度も調整しないと成型時生地がべたついたり焼成時火ぶくれが出来る事があります。
捏ね上げ温度は27度を目標にして、90分後にパンチ(生地に空気を抱き込ませ表面と中心部分の温度を均一にし、またグルテンの結合を強くする為に生地を折りたたむ行動)をします。
パンチをした後30分後に生地の分割。
分割した時に生地の結合が切れてしまうのでベンチタイム(生地を休ませる時間)を30分
ベンチタイムが終わったら素早く成型。ここで手間取るとその後の商品にダイレクトに響きます。
後はホイロに入れて待つこと1時間。パンが膨らんできたらホイロから出して乾燥させてから焼成前の最後のトッピングをします。
温度を合わせて(菓子パンなら大体のパンは200℃くらいですが商品によってだいぶ変わります)衝撃を加えないように慎重にオーブンの中へ......。
焼き上げ後すぐ、パンに衝撃を与えて冷めた後やっとお店に並びます。
結構、手間ひまかかっているんですよー!!
8時50分
さて......と。
もうそろそろ朝1番のアルバイトの子が来る時間だ。
今日の1番は誰だったかなぁ?
「おはようございます!!!」
「はぁ、はぁ....」
今日の朝一番は小野寺さんみたいだ。
遅刻してきた訳でもないのに何故かものすごい勢いで走ってきた。まだ、息を切らしている。
「小野寺さんおはよう!そんなに急いでどないしたん?」
「どうしたもこうしたも........店長!!今日の朝、見ちゃいましたよー」
「見たって何を??面白いものでも見つけた?」
「面白いというか.....びっくりしましたよ!!」
「びっくりってどないしたん??」
「.......しらばっくれないで下さいよー!」
「えっ??」
「今朝、店長と井上さんが駅の前で話をしていたのを見ちゃったんです!!」
「!!!!」
「昨日は友達とオールしていて、たまたまあの時間に駅にいたんですけど....。井上さんの服装、昨日と同じでしたよね!?」
「.............」
「普通に考えて、一晩一緒だったって思うんですが実際はどうなんですか??」
「いやぁ......そのぉ.....」
「付き合っていないなんて言いながら何をしているのか怪しいなぁ~」
「うっ......」
実際のところ何にも覚えていないのだが一晩一緒にいたのは事実だし、これは苦笑いするしかない。
それにしてもアルバイトの子と朝帰りした事がバレるなんて店長としての威厳丸つぶれだな。
9時45分
そろそろ井上さんも来る頃だ。
今日はなんか顔を合わせ辛いなぁ......。
小野寺さんにも完全に疑われてるしなぁ。
「おはようございます!!」
井上さんが出勤してきた。
それにしても今日はものすごい元気がいい!
今から小野寺さんに質問攻めに遭うのだろうという事はまさか夢にも思っていないだろう。
「................」
「いーのうーえさん ♪」
はぁ~。さっそく始まったよ.........。
「あっ!!すずちゃん、おはよう☆.....ニヤニヤしちゃってどうしたの?」
「今朝、見ちゃいましたよー。店長と朝帰りしていましたねー?」
あちゃー。また小野寺さんもストレートに質問したもんですね。
「................」
井上さんが俺の方を見てきた。
うーん、気まずいなぁ......。
井上さんは何て答えるのだろうか?
「.........ばれちゃったか☆」
うそぉ!?
そんなに簡単に認めちゃいますか!?
「えっっ!?」
今度は逆に小野寺さんがびっくりしたみたいだ。
ってか俺もびっくりだ!
「昨日、仕事が終わった後で店長に相談したい事があって。ほら.....この前店長が私にバイトリーダーをして欲しいって言ってたじゃない?」
「....そう言えばこの前、店長がそんな事言ってましたよね?」
「その事で相談したかったんだけど、お店でそういう話をするのもなんだしどこかでご飯を食べながら話をしようって事になったの」
「........それでどうして朝帰りになるんですか?」
「それで、ご飯を食べながら店長といろいろ話していたんだけど.........昨日は店長の調子が悪かったでしょ?」
「調子が悪いのに私が無理に付き合せちゃったから途中で倒れちゃって.......。それで、店長の家まで送って行ったの」
「えーっ!?店長、大丈夫なんですか?」
「.........う、うん」
「店長って一人暮らしでしょ?だから、一人で歩けないような状態の人を部屋に一人で置いていけないし調子が良くなるまで部屋にいたら朝になったの」
「.....あの時、朝まで倒れたことに気が付かなかったからどうしようかと思いましたよ!!......調子が悪いなら無理をしないでそう言って下さいよね!」
完璧な話術だ.......!
小野寺さんは完全に信じきっている!!
さっきまで疑いの目で俺を見ていたのだが、今では本当に心配そうに俺を見ている。
話をそらすどころか......無理して倒れるまでアルバイトの相談に乗った理想の店長像まで作り上げてしまうとは......!
「店長もそうならそうと言って下さいよ!私、てっきり井上さんと........そういう関係なのかなぁ?って疑っちゃいましたよー」
「ああ....そうやね」
なんとか、話を合わせてみる。
「店長は言い訳しないといけない人には言い訳できない人なんですよね?」
井上さんはドキッとする事を言って仕事に取り掛かった。
「さぁ、すずちゃん!仕事をはじめましょう☆」
一瞬、俺の方に目配せをしてからパンをならべ始めた。
貸し一つって事なんだろうな。
さてと、俺もそろそろ仕事に取り掛かりましょうかね!!
第4話 「10年も前に....」に続く.....




