狩りガールとアーティストギャル
縁は生い茂る木々の中、足場は傾斜のゴロゴロした無舗装の地面、鳥の鳴き声と葉っぱが擦れる音しかしない山の中に居た。見事なまでの山の中にお姉さんと二人で居る。
お姉さんのスズメは慣れた手付きで火を起こし宣言する。
「ここをベースキャンプとします」
良い笑顔だ、これからするのは狩りなのだが。
「始めに注意があります〜」
バスガイドみたいな明るい感じで手を伸ばしている。
「まずぴったり私の側から離れない事、足元に気を付ける事、大声は厳禁、以上です〜守れないと最悪死んじゃうのでご注意を」
明るく言われても困る事をサラッと最後に付け加え振り向いた。
「じゃ!行きましょうか!」
「…はい」
どこまでも明るく軽い、何者なんだこの人は。
獣道と言うのか、間違いなく人の道では無い道無き道を進んでいく。慣れない環境と平坦では無い足場に身体が悲鳴を上げるのがよくわかる。
「全身使うでしょ?きっと来月には良い身体になりますよ〜」
スズメは楽しそうに言うが、そもそも身体を追い込むのが無理矢理に決まったヘビメのモデルの為であり縁の意思は無かった。
「どうしてこうなった…」
ボソッと呟いた時、手を当てられた。
「シッ…」
スズメの顔が真剣な表情となり目が鋭くなっている。狩人とはこんな感じなんだろうか。
スズメの目線を追うと離れた所で何か動いている。
息を呑んで見ているとスズメは逆に息を吐いた。
「ふぅ、あれは大丈夫ですね」
大丈夫の意味がわからない、ただ動くモノを見ていたら…
ガサガサっと姿を見せたのは鹿だった。とは言え間近で見る機会の無い都会育ちであり、結構デカい。
しばらく見ていると餌場を探してか山の奥へ消えていった。
(そういえば幽荘来る時の看板に熊とか書いてたような…)
最悪の事態を考えてしまい青ざめる縁を察したスズメは明るく言う。
「熊は滅多に出ないですから大丈夫ですよ」
その言葉信じて良いのか…
少し間を置いてまた進行を開始する。気になるのはスズメが持つ道具が何か長細い物だ。
「あの、スズメさんどうやって狩りするんですか?」
「うふふ、勿論これですわ」
グッと見せつけてきた革袋に入れられた長細い物、予想通りではあったが鉄砲が入っている。本物を見るのは初めてだ。
「私、猟銃の許可持ってますので」
うふふと笑う綺麗なお姉さん、アンバランスな事この上無い。山ガールならまだわかるが狩りガールは聞かない。
ただ、スズメとの出会いは猪を仕留めて捌こうとしてる時だった為なんでも有りかもしれないと受け入れていた。
その時、さっき見せたスズメの真剣な表情が戻る。
今度は猟銃を取り出して構えに入った。
縁にはどこに何が居るのかわからなく、ただただ身を屈め見るしか出来なかった。
静寂の時が訪れている、何があるのかわからないからこそ緊張感が高まり心音が大きい。
ドクンドクンと響く心音がピークに達した時…
ダァン!!
鼓膜を震わす一発の銃声が静寂を突き破る。
想像以上の音圧に驚き座り込む、同時に重さのある物がドサッと落ちた音がした。
「…命に感謝します」
スズメが呟いた、そして視線の先には大きな猪が横たわっている。
「…し、仕留めた」
思わず言葉が漏れる。
スズメはゆっくり近付き獲物の様子を確認してから合図をした。
「大丈夫ですよ、縁さんこちらにどうぞ」
たった今猟銃構えながら真剣な表情してたとは思えない笑顔だ、本当に同一人物か?
恐る恐る近くに行って見ると、これまたデカい。何キロあるのか…
スズメを見ると猪の側で跪き何やら祈りを捧げている、おそらく命に対しての感謝なのだろう。
スズメに倣って跪き黙祷をした。
しばらくしてスズメが立ち上がり微笑みかけられた。
「ありがとうございます、命を頂く事を理解して下さって」
この時のスズメの顔はとても凛々しくカッコよく思った。
「さあ!家まで運びましょう!」
どこから出したのか厚い布?を地面に敷き出し猪に近づいたと思った時だった。
「ふん!」
ブワッドン!
…猪が敷いていた布に乗せられた、そこは問題では無い。スズメが軽やかに脚を掴んで投げ動かしたように見えた。いや、見えたのではなく実際に猪は移動している。
「あの、スズメさん…?今のって?」
「ふふ、単純な力も必要ですのよ」
凄い笑顔で怖い事言ってる、どうなってんのこの人。
ともあれ獲物は敷いた布に乗せて引いていくらしい。試しに動かそうとしてみたが…単純に持ち歩きよりは動く、動くが引くのも相当な力を要する。これを家まで獣道を戻るのか…
「ほらほら腰に力を入れて行きますよ〜」
ズザザザ!コツとかじゃなく本当に引いてるよこの人…
とにかく持って帰らねば野宿だ、気合いを入れて運ぶ。
「やっぱり二人だと楽ですね〜」
いつも一人でコレやってるとかゾッとする。見た目普通のお姉さんなんだがギャップが凄い。
ニコニコしながら引く女性のスズメと対照的に限界間近の顔で引く男、縁。完敗である。
二時間は掛けただろうか、ようやく幽荘の調理場に辿り着き仰向けに倒れた。
「さて、すぐに解体もしなきゃですが…縁さんはまだ解体は早いので温泉へどうぞ〜」
疲れを見せないスズメが怖くなってくる、まだ流れで解体するらしく準備をしている。
「野生動物なんでダニやノミが居ますので流して来てくださいね」
お言葉に甘えて温泉へ、今日二回目入ると思わなかった…
湯船に浸かり疲れが溶けていく…身体がバキバキになってるし、これは確かに鍛えられるだろう。
でも鍛える理由がモデルをさせられる為ってどうなのか…
「ふむ、これから期待出来そう」
いきなり横から声が掛かり湯船に転げ落ちる、今日はこんな日なのか!
湯船から顔を上げたらほっそりスレンダーな身体が目に入る、カラフルな髪色から間違いなくヘビメだ。
「へ、ヘビメさん!」
「別に気にしないよ、君のも見るんだしお互い様だ」
そう言う問題なのか?とりあえず後ろを向く。
「うん、君は背筋は良さそうだけどやはり胸筋が足りない」
冷静に観察されるのがまた恥ずかしい、とにかく早く出なければ朝の二の舞だ。
「し、失礼します!」
縁は逃げるように出ていった。
「…ふむ、尻は良い形してるな」
ヘビメは呟いたが縁にはもう聞こえていなかった。
「まさか一日に二回も混浴するとは…」
縁は呟きながら自室へ向かう、その時声が掛かり見て見ると…
「縁さーん、今晩は牡丹鍋ご馳走しますよ〜」
スズメが達成感のある爽やかな笑顔で手を振っている。
真っ赤に血濡れのホラー映画のような姿で…
今日獲った猪の処理が終わったのか温泉に向かうようだ、やっぱりあの人よくわからない。
乾いた笑いをしながら手を振り返す。
自室に入り横になる、成り行きで連れてかれた狩りであったが貴重な経験ではあった。
身体がバキバキで筋肉痛に悩まされそうだが、こんなに身体を動かしたのも久しぶりだ。
「勉強もしなきゃな…」
本来、縁は浪人であり今年こそはと意気込んでたハズ。
なのに親からこの幽荘に派遣され管理人と言う名ばかりの事をやっていて良いのだろうか?
僅かな不安を抱きながら、疲れから睡魔が襲ってくる。抗えず縁の意識は奥底に沈んでいった。
「縁さーん、起きてくださいーご飯ですよー」
女性の声が聞こえてくる。
ハッと目を覚まし身体を起き上がらせる、ギギギと痛みが走る。
「あらあらストレッチしないと、立てますか?」
声の主はスズメだった。良い笑顔で縁を覗き込む。
「スズメさん、すいません寝ちゃってた」
「初めてでしたからね〜ほら用意出来てますよ」
用意と聞いて牡丹鍋のご馳走と言ってた事を思い出す。
フラフラと立ち上がり、スズメに手を引いてもらいながら調理場へ向かう。
なんだかガヤガヤしてる。
調理場周りの柵を抜け内部に入った時ガヤガヤの理由が分かった。
狐音、ネコメ、ヘビメの三人が話しながら食卓の用意をしていたのだ。
「ユウメさんはお仕事で居ないですが、皆で頂きましょう〜」
スズメはそう言って牡丹鍋の仕上げを行い、テーブルにドンと乗せた。
「おぉ、これが牡丹鍋」
牛より色濃い肉の色に、どこか香りが独特の鍋だ。
「臭みは抜けるよう料理しましたが、お口に合うかしら?」
分けられた小皿を渡されて、頂きますと口にする。
皆も一斉に食べ始める。
猪肉、初めての体験だが…
一口噛んでみる、予想以上に噛み応えがある!
ムグムグと味わってると、確かにクセはあるが美味い。野生味のある肉とはこんな感じなのか。
「美味しい」
考えもなく口にしたら皆が止まってこちらを見る。
「お主もこの味がわかるか!酒もあるぞ!」
「良かったですわ〜お口に合ったようで」
「お兄ちゃん良かったね」
「もっと食べろ、筋肉作る」
四人ともホッとしたように見えた、人を選ぶところはあるが自分には美味しく感じたのだ。
「今日はユウメさん居ないから正式な歓迎会は後日にしましょう」
「そうじゃな、まあ今日はこの四人で勘弁してくれ」
「お兄ちゃん、これからもよろしくです」
「ほらもっと食え、筋肉育てる」
皆、歓迎会のつもりで開いてくれたのか、嬉しい。
少し距離が縮まったかな?
「食べ終わったら皆で温泉行きましょうか〜」
スズメがのほほんと言い出す、流石に皆に囲まれたら鼻血で済まない気がするので丁重にお断りしとく。
(変もあるけど皆良い人だなぁ)
縁はじんわり暖かさを感じていた。




