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氏子の吉岡さん

日曜日。


私たち四人は、以前にも訪ねた、悠真のおじいちゃんの家に来ていた。


以前、来た時と同じ和室。


低いテーブル。


壁に掛けられた古い写真。


でも。


前に来た時とは、少しだけ空気が違っている気がした。


紅菜は正座をしながら、いつになく真剣な顔をしている。


そして。


深く息を吸った。


紅菜「おじいちゃん!」

「私たち、天嶽神社のお祭りを復活させるために、氏子さんたちに会いたいんです!」


悠真のおじいちゃんは、湯呑みを置いた。


私たち一人一人の顔を、ゆっくりと見る。


それから、静かに頷いた。


おじいちゃん「そうかそうか。前に来た時は、正直子どもの遊びだと思っていたよ」


紅菜の表情が少し固くなる。


おじいちゃん「でも、どうやら本気のようだね」


紅菜の目が大きくなる。


次の瞬間。


紅菜は勢いよく立ち上がった。


紅菜「はい!私たちは本気です!」


大きな声が、和室に響く。


紅菜「天嶽神社のお祭りを絶対に復活させたいんです!」

「だから、氏子さんたちにも、ちゃんと私たちの話を聞いてもらって、協力してもらいたいんです!」


紅菜「どうか、お願いします!」


深く頭を下げる。


私たちも立ち上がった。


三人で、紅菜に続いて頭を下げる。


琉々「お願いします」

麗「お願いします」

姫心「お願いします」


しばらく静かな時間が流れた。


畳の匂い。


時計の音。


自分の心臓の音まで聞こえそうだった。


やがて、おじいちゃんが口を開いた。


おじいちゃん「分かった」


悠真のおじいちゃんは、穏やかに笑っていた。


おじいちゃん「まずは吉岡さんのところへ行きなさい」


紅菜「吉岡さん?」


紅菜が首を傾げる。


おじいちゃん「天嶽神社の氏子さんの一人だよ」


おじいちゃんは立ち上がり、机の引き出しから小さな紙を取り出した。


さらさらと何かを書いて、私たちに差し出す。


そこには、簡単な地図が描かれていた。


おじいちゃん「吉岡さんには、私から連絡を入れておく」

「きっと話を聞いてくれるはずだ」


紅菜の顔が、一気に明るくなる。


紅菜「ありがとうございます!」


おじいちゃん「元気なのはいいことだ。でも――」

「氏子の人がみんな、君たちと同じように考えているとは限らないよ」


紅菜の笑顔が少し止まる。


おじいちゃん「昔の祭りを復活させたい人もいる」

「もう今さらって、思う人もいる」

「それぞれ事情がある」


紅菜「はい、分かってます」


紅菜は真剣な表情で静かに頷いた。



* * *


悠真のおじいちゃんの家を出て、私たちは吉岡さんの家へ向かった。


紅菜はいつになく足取りが軽い。


というか、スキップしている。


紅菜「なんか!」

「動き出しそうな予感がする!」


姫心「そういうこと言ってると」

「また肩を落とすことが起きるかもよ」


紅菜「姫心は心配性すぎるんだよ」

「私たちには神様がついてるんだよ?」

「絶対うまくいくに決まってるじゃん!」


そして、突然こちらを見た。


紅菜「ね〜、琉々!」


琉々「え?」


紅菜の目が、きらきらしている。


期待。


信頼。


その両方が、まっすぐ私に向けられていた。


私は、少しだけ困った。


神様の声が聞こえる。


不思議なことも起きる。


でも。


だから全部うまくいくとは限らない。


私の一言で紅菜の気持ちを曇らせてしまいそうで。


琉々「……うまくいくといいね」


苦笑いするしかなかった。


紅菜「琉々、そこは『絶対大丈夫!』って言うところでしょ!」


麗「まあまあ、とにかく吉岡さんの家に行けば分かるでしょ」


紅菜「それもそうだね!」



* * *


地図を見ながら歩くこと。


十分ほど。


住宅街の中に。


少し古い木造の家を見つけた。


門柱の表札。


『吉岡』


紅菜「ここだ!」


紅菜が指を差す。


玄関の前まで行くと、紅菜は大きな声で呼びかけた。


紅菜「ごめんくださ〜い!」

「吉岡さん、いらっしゃいますか〜?」


すると、玄関の奥から声がした。


「は〜い」


聞き覚えのある声だ。


琉々「あれ?」


玄関の扉が開く。


そこに立っていたのは。


吉岡「あら〜、紅菜ちゃん。どうしたの?」


紅菜が目を丸くする。


紅菜「あれ!?」


そして、思わず指を差した。


紅菜「いつものおばあちゃん!」


天嶽神社を掃除している時、よくお参りに来てくれる、あのおばあちゃんだった。


吉岡さんは、私たち四人を見て笑った。


吉岡「あらあら、今日は、みんなお揃いで」

「寒かったでしょう?」

「さ、入って入って」


私たちは顔を見合わせた。


まさか、あのおばあちゃんが天嶽神社の氏子さんだったなんて。



* * *


吉岡さんに案内され、私たちは居間へ通された。


昔ながらの和室。


低いテーブル。


棚には、古い写真立てがいくつも並んでいる。


吉岡「適当に座ってね」

「今、お茶入れるから」


姫心が恐縮する。


姫心「あ、そんな。大丈夫です」


吉岡「いいのよ〜」

「普段、お客さんなんか来ないから、若い子が来てくれると嬉しいわ」


少しして、温かいお茶と、小さな最中が運ばれてきた。


紅菜「あ」


紅菜の目が最中に吸い寄せられる。


吉岡「ここの最中、美味しいのよ」

「さ、食べて」


紅菜「いただきます!」


紅菜はすぐに一つ取った。


ぱく。


紅菜「おいひい!」


姫心がじっと見る。


姫心「紅菜」


紅菜「何?」


姫心「目的」


紅菜の動きが止まる。


紅菜「あ」


完全に忘れてた顔だ。


紅菜は口いっぱいの最中を、慌ててお茶で流し込む。


紅菜「ごくっ」


そして、改めて姿勢を正した。


紅菜「おばあちゃん!」


吉岡「はいはい」


紅菜「私たち!」


紅菜はテーブルに両手をついた。


紅菜「天嶽神社のお祭りを復活させたいんです!」


吉岡さんは、少し驚いたように目を丸くした。


でも、すぐに優しく微笑んだ。


吉岡「知ってるわよ。いつも紅菜ちゃん言ってるもんね」


紅菜「はい!」

「だから氏子さんたちにも、ちゃんと話を聞いてもらって協力してもらいたいんです」


吉岡さんは、しばらく紅菜の顔を見ていた。


そして、ゆっくり頷く。


吉岡「そうねえ」

「私もお祭りを復活させた気持ちはあるけど」

「私一人で決められることじゃないからね」


麗「氏子さんって、今は何人くらいいるんですか?」


吉岡さんは少し考えながら、部屋の後ろにある棚へ向かった。


引き出しを開ける。


中から古びた一冊の手帳を取り出した。


手書きの名前が何ページにも並んでいる。


吉岡さんはそれを見ながら、少し寂しそうに言った。


吉岡「昔はね、三十人くらいいたのよ」


琉々「三十人……」


吉岡「そう、でもね」


吉岡さんは、ゆっくりページをめくった。


吉岡「みんな歳を取って――」

「亡くなった人もいるし」

「子どもたちのところへ引っ越した人もいるし」

「今は」


少し間を置く。


吉岡「私を入れて、七人だけ」


姫心「七人……」


姫心が小さく言った。


三十人。


それが、たったの七人。


天嶽神社の境内が、少しずつ寂しくなっていった理由。


祭りがなくなった理由。


その一つが、目の前に見えた気がした。


吉岡さんが、古い連絡帳をそっと閉じる。


吉岡「昔は祭りの時になると、みんな忙しかったのよ」

「朝から準備して、子どもたちは走り回って」

「神輿の声が町に響いて」


吉岡さんの目が、少し遠くを見る。


吉岡「大変だったけど、楽しかったわ〜」


紅菜は黙って話を聞いていた。


吉岡「だからね」

「紅菜ちゃんたちが、お祭りを復活させたいって言ってくれるの」

「私は嬉しいのよ」


紅菜「本当ですか!?」


紅菜の顔が明るくなる。


吉岡「そうよ、私は応援したいわ」


その一言で、紅菜は今にも飛び上がりそうだった。


吉岡「ただね〜、ほかの人が、どう思っているかは分からないわ」


紅菜の動きが止まる。


吉岡「昔のお祭りを懐かしんでいる人もいるし」

「もう年だから、今さら大変なことはしたくないって人もいる」

「お金のことを心配する人もいるでしょう」

「事故でもあったらどうするんだって言う人もいるかもしれない」


さっき、悠真のおじいちゃんにも言われた。


全員が同じ気持ちではない。


当たり前のことなのに、紅菜は少しだけ現実を突きつけられたような顔をしていた。


それでも、すぐに前を向いた。


紅菜「それでも、ちゃんと話したいです」

「どうしてもお祭りを復活させたいんです!」

「私たちが、どんなお祭りにしたいのか、聞いて欲しいんです!」


吉岡さんはそんな紅菜を見て、嬉しそうに笑った。


吉岡「そう、だったら」

「私から、皆さんに連絡してみるわ」


紅菜「え?」


紅菜が目を丸くする。


吉岡「来週の日曜日」

「この家に集まってもらえるか聞いてみるわ」


紅菜「ここに?」


吉岡「そう、一軒一軒訪ねていくより、一度みんなで話した方がいいでしょう?」


紅菜「ありがとうございます!」


紅菜が勢いよく立ち上がる。


紅菜「本当に!」

「本当にありがとうございます!」


私たちも。


続いて頭を下げた。


琉々「ありがとうございます」

麗「ありがとうございます」

姫心「ありがとうございます」


吉岡さんは少し照れたように笑う。


吉岡「まだ、みんなが来てくれるか分からないけどね」

「私からも、紅菜ちゃんたちが本気で頑張ってるって」

「ちゃんと伝えておくわ」


紅菜は何度も何度も頷いた。


紅菜「はい!お願いします!」


* * *


吉岡さんの家を出ると、外は少し夕方の色になり始めていた。


紅菜は玄関を出た瞬間、大きく両手を上げた。


紅菜「やったー!これでお祭り復活できるかも!」


麗が笑う。


麗「いや、紅菜だいぶ気が早い」


紅菜「それでも前進してる!」


姫心「それは…確かに…」


紅菜「絶対うまくいくよ!」


姫心がじっと見る。


姫心「だから、そういうこと言うと……」


紅菜「大丈夫だって!」

「今までだって、なんとかなってきたじゃん!」

「神様もいるし!」


麗が苦笑する。


私は、少しだけ空を見上げた。


本当に、全部うまくいくかは分からない。


でも、一つだけ分かることがある。


祭りを復活させるために必要なのは、神様の力だけじゃない。


ずっとこの神社を守ってきた人たちの気持ち。


その気持ちと、私たちの気持ちをちゃんと一つにしないといけない。


来週。


七人の氏子さんと、初めて向き合う。


それが、もしかしたら今までで一番大きな試練になるのかもしれない。

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