報告と記録
誓断輪廻
転生した異世界で課せられたルール。最後の一人が決まるまでにしていけないこと。『人殺し、死、自殺』
カニス 正式名称 カニス・アミークス この世界での犬の獣人種の名称
玩狗 転生者、転移者たちの総称
十の牙 デケンティス
この世界でカニスに与えられている10の種族名
天幕に用意された椅子に腰掛け、頬杖をつくダミアーノの前に、カガチは平伏している。
「仮面をつけたカニスは間違いなく、愛と美の女神に選ばれた玩狗の一人でした」
顔をあげ、真剣な面持ちで報告するカガチは、今は男の姿をしていた。
その報告を聞いても、ダミアーノはまるで反応を示さなかったので、カガチは何があったのかを続けて報告する。
「あと少しで、その女を捕えることができたのですが、寸前のところでアルビオン王国のヴィトリアに阻まれてしまい、奪還は失敗に終わってしまいました」
ダミアーノは目を瞑り、まるで眠っているのかと錯覚するほど静かに聞いている。
その反応はカガチにとって少しだけ予想外だった。
(今まで一度も怒っているところを見たことがないんだけど〜作戦失敗しても怒らないんだ〜?怒ることを無駄だと思ってる〜?)
だが、カガチはこういうタイプの人間に何度か出会ったことがある。
(タイミング見て、ブチギレて、相手にマウントを取るタイプだと見た〜)
カガチが今まで会ってきた男にこういうタイプがいた。
まず相手の話を全て聞く。
そして、矛盾する部分を探し、どこに嘘があるかを判別する。
話の全容を整理できた後、適切なタイミングで怒りをぶつける。
感情をぶつけるタイミングを状況に応じてコントロールするタイプ。
こういう相手は、人の心を操るのに長けていると、カガチは知っている。
だから、カガチもダミアーノがこの後、どういう行動に出るのか興味が湧いたので、自分が見てきたことを全て正直に話すことにした。
「申し訳ありません。作戦を失敗しただけでなく、賊とカニスの子供も置き去りにしてしまいました」
ここで変な言い訳や嘘は得にならない。
信用を失うだけだと判断し、自分が犯した過ちまでも報告する。
「どうやらあの森の中にいるカニスの中には、私たちの匂いを感じ取るほど鋭敏な嗅覚を持つ者か、もしくは看破できる能力を持った者がいるようで…」
失敗した理由はヴィトリアの予想外の行動と、怪しい存在のせいだと実際に起こったことだけを報告する。
本当にそんな奴がいたのか、カガチに確信はない。
だが実際に、自分の匂いを辿ってきた者たちはいた。
あの三人のうちの誰かが玩狗の可能性は確かにある。
だが、誰が玩狗なのかは、カガチにはどうだってよかった。
「おそらくあの森の中にはまだ、陛下が仰る転生者という者が隠れている可能性があります」
どうせ玩狗がこの世界の住人にうまく擬態していようとも、『怪しい奴がいた』という事実が分かった時点で、この皇帝は虱潰しに潰しにかかるだろう。
『誰が』が重要なんじゃない。
どこに玩狗が隠れていたか。その情報だけが重要なのだ。
この皇帝に、カニスを一人ずつ調べようなんて考えは頭にはない。
森の中にある怪しい木を一本切り落とすよりも、森全体を焼かせたほうが早い。
そういう考えの男なのだから…
「そうか…わかった。下がっていいぞ」
怒る気配など微塵も見せず、ダミアーノはカガチを下がらせた。
天幕を出て、カガチはダミアーノの予想外の反応に少しだけ不審に思った。
(今まで一度も出てきていない最後の玩狗の情報を小出しにしても食いつく様子もなかった。それ自体に興味がない?いや、あの皇帝の勝ちへの執着は異常だからな〜?ちょっと拍子抜けだな〜)
カガチとしては、いつも鉄仮面のように全く表情が変わらないあの男が少し焦ったり、怒ったりしている姿が見たかった。
今日の失敗で、その姿を拝めるかと期待したのに、反応は至っていつも通り。
(カガチのことを重宝している?いや、それはないない。ああいう男は、墓穴掘るまで泳がせて証拠を掴み、消すタイプでしょ〜)
カガチはそういうタイプの男に追い詰められた過去がある。
(そういうタイプにはコソコソと裏工作とかやる隙を見せないのが一番いいんだよね〜。本当に忙しくて、こちらに気が回らなくなった時に動くのが一番効果的〜)
そして、そういうタイプの男への対策も心得ている。
(本当なら女の姿で近寄って、籠絡するのが一番手っ取り早いんだけど。あの皇帝…女に対しての警戒心は異常に高いから男の姿でしか近寄れないから面倒〜)
天幕を離れるにつれ、カガチの姿はみるみる変わっていく。
「やっぱりこの格好が一番好きで落ち着く〜」
誰もいない場所で、両手を上にあげ伸びの姿勢をとる。
その後、首をポキポキと鳴らした後、可愛がっている飛竜がいる厩舎に戻る。
「バンちゃん〜♡城下町まで乗せて欲しいな〜♡」
カガチが笑顔で厩舎の中を覗くと、そこにはカガチが最も会いたくない暑苦しい顔の男が待ち構えていた。
「おい」
「うわっ……な〜に〜?ヴァルフラム様〜?」
カガチは一瞬だけ嫌な顔をしてしまったがすぐに笑顔を作り直し、その男に媚びるように体を大きくくねらせ、上目遣いで返事をする。
「気持ち悪い動きをするな。飛竜に無茶させたな?轡が食い込み口を怪我しているし、羽の付け根の筋肉に腫れた部分がある。ワイバーンはこの大国ですら頭数が少ない貴重な飛竜なんだぞ。飛べなくなったらどう責任を取るつもりだ?」
ヴァルフラムはカガチの媚を一蹴し、問い詰めた。
「この国の男って〜ほんとっ頭カチカチか、欲望で腐ってるかの二択しかないよね〜もううんざりなんだけど〜」
飛竜に傷がある以上、言い逃れはできないと悟ったカガチは話を逸らそうとする。
「話を逸らすな」
だが、ヴィオレンティア帝国随一の猛将で飛竜愛好家のヴァルフラムには効果がなかった。
カガチが最も苦手とする相手。
堅物で女が嫌いな軍人タイプ。
「あ〜はいはい!じゃあもうその子には乗りませ〜ん。これでいいでしょ?カガチの任務はもう終わったから、帝国の城下町に戻りま〜す!」
カガチはそう言い残し、背を向けて去っていった。
先ほどまではワイバーンのことを可愛いペットのように声をかけていたはずなのに、面倒が増えたと分かったらすぐに捨てる。
そういう軽薄な態度にヴァルフラムは少しだけ腹を立てたが、今はそれよりも優先しなければならないことがあった。
カガチが愛用していた飛竜。
その飛竜の背中についていた、飛龍用の鞍を外しながら少し考える。
(なぜ陛下はあの蛇のように何かを企み、近づいてきているあの女のことを近くに置き、好き勝手することを許されているのか…ご命令いただければ、我らが四肢を切り落とし本当の蛇のように這いずる様を大衆に晒した後、処すことも可能なのに放置されるのか…。いや、陛下がお考えのことは俺などが理解できるような低い次元ではない。きっとかなり先のことまで考えておられるはずだ)
全て外し終えると鞍を裏返し、縫い付けられた部分をナイフで切り取り、中身を取り出す。
出てきたのは白く濁り、輝いたことがなさそうな汚らしい鉱石。
「よし」
ヴァルフラムはその鉱石に傷一つついていないことを確認し、厩舎を後にする。
そして、向かうは皇帝が待つ天幕。
その鉱石を回収し、皇帝の元まで運ぶことが、ヴァルフラムが与えられた任務だった。
帝国随一の将軍に任せるような仕事ではない。
だが、その手に持つ鉱石の希少性と、ダミアーノから信頼される男というのはこの国では限られる。
だから、まるで雑用なようなことでも、ヴァルフラムは喜んでその任務を請け負った。
「失礼致します陛下」
いつもよりも小声で、天幕の前で挨拶を済ませヴァルフラムは中に入る。
「仰られたものを、回収して参りました」
ヴァルフラムはダミアーノの前で膝をつき、持っていた鉱石を献上する。
その鉱石を手に取り、ダミアーノは「ご苦労」とだけ言い残しヴァルフラムを下がらせる。
なんの変哲もないように見えるその鉱石。
だが、この世界で最も希少な鉱石の一つ。
昔この世界にいた大型の飛龍、その飛竜が音を感知し、脳に伝える小さな骨コルメラと呼ばれた部分が結晶化したのがこの鉱石。
その能力は周囲の音を記録する鉱石。
ダミアーノはカガチの報告などには最初から興味はなかった。
『お願い…ザ…シアンも…ザー………、こっち見ないで…』
『殺すなら、俺を…してくれ』
『ザザ…ザ、カガチがやったほうが早かっ…にザザ……めちゃ…ちゃだよ』
ダミアーノは何度も記録された鉱石を聞き返す。
そのほとんどに、ダミアーノは興味がなかった。だが、ただ一つだけ……
『殺すなら、俺を殺してくれ』
その言葉だけを、ダミアーノは何度も聞き返していた。
【大切なお知らせ】
ここまで三章を読んでいただき、本当にありがとうございます。
以前より改稿作業を進めているとお伝えしていましたが、作業を続ける中で内容の変更点が予想以上に増えたため、改稿というよりも「リビルド版」と呼べるものになりそうです。
そのため、リビルド版を第一話から改めて投稿することにいたしました。
今後の予定は以下の通りです。
・リビルド版を第一話から毎日22:30に投稿
・リビルド版が現在の七十三話(第三章完結時点)に追いつくまで、本編最新話の更新は停止
・リビルド版が七十四話相当(四章開始)まで到達した時点で、現在公開中の旧版は削除予定
・その後は従来通り、毎週日曜日22:30更新へ戻る予定
物語の大筋は変わりませんが、序盤から三章前半にかけては展開や描写、設定などにかなり手を加えています。
すでに読んでくださった方にも、より読みやすくなった形で楽しんでいただけるよう頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします。




