匂いが教える最悪の結末
誓断輪廻 転生した異世界で課せられたルール。最後の一人が決まるまでにしていけないこと。『人殺し、死、自殺』
カニス 正式名称 カニス・アミークス この世界での犬の獣人種の名称
玩狗 転生者、転移者たちの総称
十の牙 デケンティス
この世界でカニスに与えられている10の種族名
「ああ!もう!クソクソクソクソ!」
影はアンナから手を離し、おそらく頭の部分であろう場所をかきむしるような仕草をしている。
「もおおう!なんでカガチの邪魔するかなああああああああああ!普通こっちじゃねえだろうがお姫様よおお!!お前の役目はあの皇帝の足止めだろ!何やってんだよもおおお!」
影にも何か思惑があったのかひたすら地面に向け叫び続けた。
散々気持ちを吐露した後、影はピタリと止まり動かなくなった。
そして、またスイッチが入ったように顔をあげた時、今まで見えなかった目の部分を初めて見る。
マコト「赤い目…?」
マコトにも俺と同じものが見えていたようだった。
俺とマコトはあの目の色に見覚えがある。
それは三年前、森の中で再会したリオンと同じ瞳の色。
香水の匂い、それに同じ瞳の色。
普通に考えればリオンと同一人物の特徴を持っている。
だが、どう考えてもあの男とこの影が同一人物とは思えない。
リオンはこんな回りくどいやり方はしない。
それにアンナを俺たちに託したのは他の誰でもない、リオン本人だ。
わざわざ攫いにくる理由がない。
何か関係があるのか探りたい。
だが俺が動くよりも前に影は
「めんどくさ…もういいや。し〜らない」
と言い、指をパチっと鳴らす。
その音に反応し、飛龍がその巨体には似つかぬ軽い跳躍を見せ、影の元に退がる。
「カガチがやったほうが早かったのに、お前らのせいでめちゃくちゃだよ。これから長く辛い戦いが続くだろうけど。それを選んだのお前らだ。たくさんの人間と種族が死んでも、もうカガチ知らないから。じゃね〜」
と飛龍の背に乗り、捨て台詞を吐きながら飛び去っていった。
その捨て台詞が意味する言葉はわからない。
だが、とりあえず一難は去ったことだけはわかる。
いや…待て。
去ったのはあの影だけで、村を襲いにいったカニスの子供達や、人間はどうするつもりだ?
明らかに、退却の命令なんて出していない。
今の去り方は、ただ一人だけ逃げるように去ったようにしか見えなかった。
シアン「マコト…ごめん。アンナを頼む」
本来ならアンナに寄り添ったほうがいいのかもしれない。
だが、仮面が外れ、魅了の魔眼?のようなものが発動しているような状況で近寄られてもアンナが困るだけだろう。
今の俺にこの状況で役立つ場面はない。
それよりも一刻も早く、マットと村の安否を確認したい。
アンナ「あ、シア…」
駆け出した時、アンナに呼ばれたような気がした。
だけど、振り返らずに急ぎ村に戻ることを優先した。
どれだけ走ってもあまり痛くならないカニスの強心臓が、痛いほど音を立てている。
先ほどの死の覚悟をした時よりも、今の嫌な予感の方が俺に恐怖心を植え付ける。
誰かが死んでいたらどうしよう。
村が壊滅的に荒らされていたらどうしよう。
一度思い込んだ不安は俺の中でどんどん膨張し、汗と息切れで溢れてくる。
ようやく見えた、村の入り口に繋がる大穴。
その崖口には大層な鎧を着た兵士が二人だげが塞ぐように立っていた。
明らかに盗賊の類のいでたちではない。
「なんだお前は?」
「ここのものか?」
片方は人間。片方は尾が見えるからカニスなのだろう。
今はそんなことはどうでもいい。
シアン「どいてください。この先にある、村の住人です」
そう答えても、兵士二人は道を譲ってくれなかった。
「待て、今はまだ通すわけにはいかない」
「下では…「退けって言ってんだろ!」」
生まれて初めて、人に向かって怒鳴り声をあげてしまったかもしれない。
それに気づき、ふといたたまれない気持ちにはなった。
でも一刻も早く、先に進み確認しなければ焦燥で頭がおかしくなりそうだった。
「”#$%&’」
二人の兵士は何か言っている。
だが何を言っているのかわからず、埒が開かないと判断し、螺旋道に繋がる崖から飛び降り、ショートカットする。
「〜〜〜〜!!」
上からまた何か聞こえたような気がした。
だが正直どうでもいい。
そんなことよりも下へ。
一刻も早く村へ行かなくちゃ…。
だが、俺の焦燥をさらに掻き立てるものが、下から立ち込めている。
カニスの嗅覚、その鋭敏な機能が嫌でもその正体がなんなのか答えを導き出してしまう。
べっとりと、ヘドロのように鼻につき、離れることがない死の匂い。
鉱物ではなく、生物の中に流れる鉄分が凝縮され、吹き出たであろうその赤い匂いの中に、嗅ぎ慣れた匂いが混ざっていた。
「待って…待って待って待って待って…」
不安というどうしようもない衝動が、心臓だけではなく脳まで叩き始める。
今口にした言葉は本当に自分の言葉なのかもわからないくらい、嫌な予感に思考が塗りつぶされていく。
坑道の入り口、またしてもたくさんの兵士たちが道を塞いでいる。
また何か声をかけてきているような気がするが、耳を傾けることも忘れ、人混みをかき分け先に進む。
壁際、足元。
たくさんの首のない死体が横たわっている中に、目にしたくないものが横たわっていた。
「あ、あ…」
散々見てきたその背中。
漆黒の後ろ髪と、先だけ白が混ざった黒い尾。
赤の他人とは言い逃れができない、自分と同じ特徴を持ったカニスがこの村には一人しかいない現実。
「#$%&’」
また周りの人間どもが、何か語りかけているような気もしたが、振り払い、その背中を必死に揺する。
どれだけ必死に揺すっても反応がない。
安否を確認するなら、顔を覗くしかないのに、その確認がとても怖い。
だが揺り方が大きすぎたのか、力無いその背中はゴロンと重心を崩し、顔が空を向ける。
「ぁああ…」
言葉が形を帯びて出てこない。
口から出ているこの声は、きっと心が壊れた崩壊の音。
手にした瞬間わかっていた。
この人の温かく重厚な背中をいつも間近で見てきたからこそ、ただ重いだけの肉の塊になった背中が命の儚さを物語っていた。
涙が溢れ、視界がぼやける。
頭が痛くて、地面に叩きつけたくなる。
心が壊れたんだ。この入れ物も壊してしまえと衝動に駆られる。
だが、そんなことしてももうこの人は止めてくれない。
そんな自分を傷つけるような真似したら、怒ってくれる人が、もう動かない。
この人といつか別れる日が来るのは覚悟していた。
人間よりも歳を取るのが早いカニスにとって、生涯は短く、別れは早いから。
だけどその別れが来る時には、何か言葉をもらえるものだと思っていた。
だが、現実は違う。
劇的な別れなんて与えてもらえない。
託してもらうことはおろか、最後の別れの言葉も言えないまま終わる。
別の世界に行けば、劇的な展開が待っているのは主役の話で、俺のようなモブにはそのようなイベントすら与えられない。
そしてその瞬間、影が言っていた『がんぐ』という言葉がなんなのか意味がわかる。
俺はこの世界に呼ばれたただのおもちゃ。
主役級の配役だけじゃつまらないからと、添え物として呼ばれた、いつ壊れてもいいただのおもちゃだと。
別にそれはそれで構わない。
元々俺は前の世界でもガラクタのような存在。負け犬だったのだから…。
ただ自分の周りの仲間にまで被害が及ぶのがとても苦しくて…辛い。
不幸に巻き込んでしまうぐらいなら、二度目の生、転生なんてしたくなくてよかった。
女神から見たら、この人もただのモブ扱いなのだろうか…?
こんなにも優しくて頼りになる人が?
いや、そもそも…生きとし生けるものをモブなんて扱いしていいのだろうか…?
泣き崩れる俺の横を何人かの人影が通り過ぎるのを感じた。
それはまだ小さいカニスの少年少女たち。
手を縛られ、連行されるような形で通り過ぎる少年たちの中に、ふと父の体臭の匂いを纏った一人通り過ぎるのを感じた。
父の心臓は誰かに突かれていた。
どういう経緯で亡くなったのかわからないが、父の匂いを纏うということは、その者が父を近距離で殺した可能性は高い。
頭は酷く痛いのに、その時だけやけにクリアで『きっとそうだ』と決めつけるように答えを叩き出していた。
身体が沸騰しそうなほど熱くなるのを感じ、その者の匂いの先にいたものにこの熱を叩き込んでやろうと思い振り返った先を見て、また絶望した。
「シノン…?」
白と黒。半分で分けた二階調の髪の毛。
この村で生まれた、新しい家族と全く同じ特徴を持つ少女がそこにいた。
だが…違う。
そのカニスの少女は末妹のシノンとは髪の色が付き方が真逆だった。
冷静にならなければ見間違う、
だがそのカニスの少女からは父の匂いだけでなく、父の血の匂いまで混じっているのを感じた。
さっきまでの熱はどこに行ったのだろうか?
身体が酷く冷たくなる感覚を覚えた。
きっと父も今の俺と同じ感覚に襲われたんじゃないかと思う。
思考だけじゃない。身体全体のスイッチが切れたかのような嫌な感覚…。
さっきまでの怒りという熱は蒸発してしまったかの如く、空っぽになってしまった。
父の最後は、想像することしかできない。
どんな思いをしたのかわからないが、おそらくきっと同じ思いを味わったのであろう。
それは俺たちにとってのアキレス腱。
優しさや愛情を逆手に取られると俺たちは…どうしようもないくらい無力なんだと知った。
なんの別れの言葉も告げられず、今日…
父、マットは死んでしまった。




