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空き地、基、テントとテントの隙間から出ると、私達はその足で小川せせらぐ草原の山に向かう。
拠点を出ると、かなりの数のプレイヤーが跡を付けてくる。様子からして私の視聴者では無く、ルナの騎士達だろう。だが、初心者が多いのか、装備は難易度1レベルの物。ルナ自身も難易度1レベルの装備であった事を考えると、彼らはそこまでこのゲームをやり込んでいないのだろう。対してコチラは、皆が難易度2レベルの装備を身に纏い、操作にも慣れた者達の集まり。しかも大半が、対人戦に特化したプレイヤーだ。勿論、私含め。
有象無象が集まった所で、私達を倒す事は出来ない。数を集めた所で、連携が取れなければ意味が無い。纏めて掛かれば同士討ちの可能性もあり、そうで無くとも、攻撃の間が被り動けなくなる事になるだろう。結局、私達相手に1対1でしか襲い掛かれないのだ。
騎士達も馬鹿では無いようで、すぐには襲い掛かってこない。だが、それも時間の問題。数が多ければ、その分足手纏いも混ざる。待ち切れず、手を出す奴が必ず現れる。そして、それを機と見て攻撃を仕掛ける奴も、必ず。
草原を歩き、拠点からもダンジョンからも離れた場所。無関係のプレイヤーの影が薄くなる辺りに差し掛かると、案の定、痺れを切らした騎士の1人がコチラに向かって走り寄り、剣を振り翳した。
「死ねぇ!卑怯者ぉ!」
構えもクソも無い、ただ剣を上げながら走り寄る無様な姿。汚い捨て台詞といい、騎士という言葉……存在を、侮辱しているとしか思えない。騎士を名乗る彼らと、騎士を名乗らせている彼女は、一体何を考えているのか。私なら、恥ずかしくて名乗る事など出来ない。
無防備に突貫する剣の男の顔面に、ミスミーが放った火球が飛来する。視界を塞がれ、慌てふためく男の胸に、ぶぶ漬けの大斧が吸い込まれる。
防御性能が比較的高い虫の甲殻を使用した胸当てとはいえ、所詮は難易度1の装備。難易度2の素材で万全に強化された大斧の一撃は重く、木の剣という緩衝材が間に挟まっていたにも関わらず、剣の男を消滅させた。
「流石の連携だね。それに1人で数撃与えるよりも、安全で効率的、且つ確実だ」
相性もあるのだろうが、2人とも戦闘の才能が単純に高い。恐らく、私の動きに合わせて立ち回る事も、2人なら可能だろう。だが、この程度であれば戦闘慣れしたプレイヤーなら熟せる範囲だ。そう。戦闘慣れしたプレイヤーなら。戦闘慣れどころか、ゲーム自体に慣れていないプレイヤーが、簡単そうだからと見様見真似でもすれば──
「次は俺だぁ!」
「〈水球〉──って、前に出るなよ!」
息が合わず、味方撃ちする羽目になる。
それが唯の味方であれば誤射で済む。だが、彼らは騎士という名目で集まった唯の他人。信用も信頼も絆も無い彼らがそのような事態に陥れば、結果は火を見るより明らかだ。
「俺に撃つなよ!」
「お前が邪魔してんだよ!姫に認知されたいからって出しゃ張るな!」
「それはお前だろ!」
敵を目前として、背を向け言い争いをする姿は、戦闘云々以前に人として、生き物としてどうかしているとしか思えない。そう、無様な背中に哀れみの視線を送っていると、風切り音と共に男の後頭部に矢が生える。
「おぉ、コゴローナイスゥ!弓ってそんな正確に狙える物なの?」
隣で弓を番える彼に声を掛け、疑問を投げ掛ける。
「投擲や射撃の補助円って、構えを取り続けると小さくなっていくんですよ。最終的には、魔法と同じ様に正確な場所を狙えるんです」
「え、そうなんだ。知らなかった」
「使わないと気付きませんよ。自分も初日から使ってて、気付いたのは3日目ですからね」
為になる事を聞けた。近距離投擲では無意味だが、遠投の際には必要になる知識だ。
「それは流石に遅すぎでは?まぁでも、そんなもんかな……」
雑談している間にも、襲い掛かる有象無象をキョンやぶぶ漬けミスミーペアが返り討ちにしている。本来であれば、数の多い彼らが私達を圧倒する筈だったのだろう。だが、結果は私達の一方的な殲滅。室内で飛び回る蚊に対し、くん煙殺虫剤を使用するレベルの無駄な戦力だ。
「あの槍の人レベルの人が数人来るかと思ってたけど、これじゃあ拍子抜けだよ。まぁ、対等以上に戦える人なら、配信を荒らす必要なんて無いもんね。色々と程度が知れたよ」
「戦う価値が無い。と、言いたい所だが、それでは戦ってくれている彼らに失礼だな。ただな……品が無いというか、本当にルナ・マグナ・ローズさんの視聴者なのか?彼女の配信の言動からして、こんな奴らが集まるとは思えないのだが……」
「逆じゃ無い?自分とは正反対の憧れの存在だから、ここまでするんだと思うよ。ルナなんとかさんの事を全然知らないけど、ポロネーゼの考える様な人だったら、貴女は私側に付いてないでしょ。私、卑怯者だし」
そう話している間に、襲い掛かってくる愚か者共は3人の手によって片付けられた。残ったのは、一方的な殲滅に怖気付いた者達数名。無鉄砲に突っ込む輩より賢いのは確かだが、それなら最初から襲い掛かってくるなと言いたい。
「で、残った人達はどうするの?私達に倒されてくれるなら、ありがたく倒すけど」
私の呼び掛けに、その場に残った数人の男女は顔を見合わせる。そして、何も言わずに拠点へと戻っていった。
「ちぃちゃんの迫力に怖気付いて逃げて行きましたね!流石は盗賊団お頭!」
「へぁ!?お頭ぁ!?」
キョンの言葉に思わず変な声が出る。
「俺達盗賊団を仕切るボスですからね!お頭が適当でしょう!」
「適当って……。いや、確かにカッコいいけどさ。盗賊団は比喩だからね?騎士団に対抗する団として、視聴者が提案してくれただけだからね?」
「お頭、死体漁ってきます」
キョンに弁明していると、ぶぶ漬けが横槍を入れてくる。それに便乗するように、コゴローやミスミーもお頭呼びを始め、終いにはコメント欄もお頭の文字で埋め尽くされた。
「嫌だよぉ……お頭確定じゃんか……。ってか、ヘキグラで盗人プレイをしてるだけで、普段は可愛い女の子だよ?私。そんな子をお頭呼びってどうなのさ」
だが、その反論に対して、“だから良い”やら“他ゲーでもだろ”といったコメントが返ってくる。中には、“ファンネームは盗賊団だな”という者も現れる始末だ。
「趣味配信にファンネームとか呼び名とか要らないでしょ。それに、そういうノリを作り始めると初見さんが入り辛いし。固定ファンは増えるかもだけど、趣味配信だから別にねぇ……。自分がプレイしてたり、興味があるゲームの配信を観てくれるだけで良いし」
そもそも、私の配信に固定ファンが居る事自体が謎である。それ以前に、以前から視聴者が常に100人以上居る事も謎だ。それに最近は、視聴者が千人近く集まる事が殆どだが、寧ろ恐怖でしか無い。
「お頭、回収終わりました。山分けしますか?」
「ゔぇ?……いや、良いよ。バッグは持ってなかったから、アイテムは手に入ってないでしょ?」
ここまでお頭呼びを押されて否定するのも逆に白けるので、仕方無く受け入れてぶぶ漬けに返事を返した。
「お察しの通り、アイテムは一切無しです。頭が良いんだか悪いんだか……」
「悪知恵が働くんでしょうね。良い事じゃない」
アイテムをロストしないようにバッグを預ける位なら、先ずは勝てる戦を仕掛けるべきではないか。ぶぶ漬けの言う通り、頭が良いのか悪いのかよく分からない連中だ。だから、ミスミーも悪知恵が働くと評したのだろう。
「この様子だと、小物の追撃は無いでしょうね。残るは……」
「頭の回る手練達による敵討……。ちぃちゃん、ダンジョン潜入後は気を付けた方が良いですよ。出来れば、陣形も考えた方が良いかと!」
キョンの言う通り、ダンジョンを探索するにあたって、今の内に陣形を組んだ方が良いだろう。何も考えずダンジョンに潜入し、手練の騎士達に囲まれでもすれば、幾ら腕が立つ視聴者達とはいえ、討ち取られてしまう可能性が高い。そもそも陣形を取らなければ、今し方馬鹿にした騎士達と大して変わらない。パーティを組む意味が無いのだ。
「とは言っても、どう隊列を組むべきか……。殿はキョンに任せるとして、魁はミスミーと連携が取れるぶぶ漬けになるのかな。そうなると、中央の指揮が私になるんだけど……」
「指揮はちぃさんでないと意味無いですよ。俺が魁なのは、ミスミーの遠距離攻撃と合わせて動けるので納得です」
「俺を殿に指名いただけるとは!不精キョン!何があってもちぃちゃんの命を守り抜く所存!」
キョンの口調とテンションがおかしいのは、いつもの事なので無視する。
「となると、自分は後方ですかね。遠距離を前後どちらかに固める必要は無いでしょう」
「隊列って言っても、長い列じゃ無いから、どっちでも良さそうだけどね。どっちかって言ったら、問題はポロネーゼの位置なんだよね」
「私か?」
私の言葉に、他所を向いていたポロネーゼは体をコチラに向ける。
「そう。ぶぶ漬けと一緒に前を歩いてもらうのもアリだし、キョンと一緒に後ろを歩いてもらうのもアリ。それに、私と一緒に中央を陣取って、前後両方に顔を出せるようにするのもアリ。どの場所も適材適所過ぎて、逆に困るんだよね」
魁を増やし進軍速度を上げるか、殿を増やし奇襲を警戒するか。将又、遊撃として自由に動かせるか。どの択を取っても、彼女は期待以上の成果を出すだろう。だからこそ、彼女の扱いには困るのだ。いっその事、自分で決めてもらった方が良いかも知れない。
「ポロネーゼはどこが良い?希望とかある?」
「希望か……。プレイヤーと戦う為に居るから、プレイヤーと優先して戦える場所が良いな」
「そうなると……殿かな。ただ、こっちの動きが筒抜けって考えると、殿が接敵率が高いとは一概にも言えないんだよね。そもそも、ランダムスポーンのダンジョンで、追われるって概念があんまり無い訳で……」
「であれば、遊撃として中央を陣取ろう。プレイヤーとの戦闘時は、そちらに駆け付ける。それ以外は、基本中央でちぃ……ちゃんを守れば良いか?」
「そうだね。私とコゴローを守る立ち回りで良いと思う。後、私とコゴローが荷物持ちになるから、素材が重くなってきたら言ってね。あ、トラブルを避ける為に先に言うけど、レアドロップ品は討伐者の物ね。それ以外のアイテムは山分けで、端数は……殿と魁の2人に渡す感じになるかな。そこからは、余った人でジャンケン。おーけー?」
私の提案に、皆が頷く。そこに、ポロネーゼが冗談混じりに呟いた。
「……これでは、何方が盗賊で何方が騎士か分からんな。いっそ、私達が騎士団を名乗った方が良いのでは?」
「ちぃちゃん騎士団……!俺は賛成──」
「ダサい。却下」
キョンの恐ろしい提案を即刻拒絶する。ただでさえ、盗賊団というファンネームや、お頭とかいう呼び名が嫌なのに、更に恥ずかしい頭のおかしな名前にされるのは御免だ。
「……じゃあ、ダンジョンに入るよ。カウントするから、0って言ったら入場を押してね。3、2、1──0」
ダンジョンポータルに近付き、入場確認画面が表示されると、私は皆に確認を取り、カウントダウンを始めた。そして、ゼロと口にすると同時に入場ボタンをタッチし、視界を暗転させる。




