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篠崎には花蓮さんが隣にいない未来なんて想像できない

虚ろに呟く花蓮さん「…いいな、ずけ…」


 唐突に篠崎の口から発せられた「許婚」という言葉に、

花蓮さんは一人悩まされていた。


頭が混乱する花蓮さん「良い名付け?…いや、いいな、漬け…?

ひょっとして、良い菜漬け…?…いやいや、許婚だから…」


 そして、それについて尋ねることが怖くて、ぼんやりしながら

1ヵ月ほど経つと、小さな不安は雪だるま式に巨大化して、

花蓮さんは次第に、篠崎と距離をとるようになっていった。

ランチも各自デスクで食べるし、週末に篠崎の部屋に泊まることも、

何かと理由をつけて避けていた。


仕事中の篠崎「花蓮さん、この書類も見てもらえますか?」


顔を上げずに答える花蓮さん「分かった、そこに置いておいて」


もどかしそうな表情の篠崎「…はい…」


 どこかギスギスとした2人の様子に、周りの男性社員達は

冷や汗をかいていた。だが、何があったのかも分からないので、

彼女達に尋ねることもできなかった。そうして定時になり、

業務終了のチャイムが鳴る。


急いでLINEを送る篠崎「今日は遊びに来てくれるよね?」


LINEを返せない花蓮さん「…」


 花蓮さんは自分の中で気持ちの整理がつかず、篠崎と会えなく

なっていた。悪いとは思いながらも既読スルーをして帰ろうとすると、

会社の出口で、篠崎に呼び止められた。


真剣な表情の篠崎「花蓮さん、話したいことがあるの」


目を合わせようとしない花蓮さん

「…ごめん、ちょっと独りになりたいから」


強い口調の篠崎「今日は、これから許婚と会う予定なの!

だから花蓮さんにも、一緒に来てほしい!」


 その言葉に花蓮さんはハッと顔を上げると、いつになく

真剣な眼差しの篠崎と目が合う。それを見て、花蓮さんは

逃げることを諦めて、ため息混じりに顔を伏せ「分かった」と頷いた。


 そして、お互いに何も言葉を交わさずに、待ち合わせ場所の、

街中にある有名なホテルに着いた。


戸惑う花蓮さん

「…このホテルってすごく良い所だよね…服、恥ずかしいな…」


微笑む篠崎

「大丈夫だよ。これから会う人が、ここのオーナーだから」


 花蓮さんはそれを聞いて、余計に気分がガクッと落ち込んだが、

篠崎は全く気にしていない様子だった。そして最上階にある

レストランに着くと、ウエイターに案内された個室で、

一人の男性が待っていた。花蓮さんはその男性を一目見た瞬間、

彼が照れながら微笑んだその様子に、(あ、なんか良い人そう…)

と直感する。


花蓮さんに男性のことを紹介する篠崎

「花蓮さん、この人が私の『元』許婚の栗原さんだよ」


 そう篠崎が口にした言葉の表現に、花蓮さんは驚いて、

ジロリと問いただすように目を向けた。


花蓮さんの厳しい視線に気づいていないフリをする篠崎

「えーっと!そしてこの可愛い人が、花蓮さんです」


ぺこりと頭を下げる栗原さん「お会いできて、嬉しいです!」


一人で慌てる花蓮さん「ちょ、ちょっと待ってください。

その前に、『元』許嫁って、どういうことですか?」


ドン引きする栗原さん「えっ、篠ちゃん…まさか花蓮さんと

お付き合いしてるのに、まだ説明してなかったの?!」


肩をすくめる篠崎

「えっとね、栗原さん、これには深い訳があって…」


 訳が分からず、花蓮さんが2人の顔を交互に見比べていると、

「遅れてごめんなさ~い」と明るい声がした。

すると美しい女性が現れて、ささっと栗原さんの隣に並んだ。


笑顔になる栗原さん「こちら、僕の妻です」


気取らない雰囲気の美しい奥さん「こんばんは、

初めまして花蓮さん!やっと篠ちゃんの大切な人に会えた~」


 花蓮さんが明らかに取り残されていると、栗原さんが奥さんに、

「篠ちゃんは僕達のことを、花蓮さんに話してくれて

いなかったみたいなんだ」と説明し、それを聞いた奥さんは

「あらま~恋人同士なら話して当然なのに、篠ちゃんったら

ひどいのね~」と笑った。


 そうして4人はレストランの美味しい料理を食べながら、

非難の的となった篠崎による事情の説明、もとい、言い訳に耳を傾ける。


 それは、篠崎と栗原さんは幼馴染で、親同士仲が良く、

小さい頃から許嫁の話が出ていたこと。だが、他に好きな人ができたら、

無理強いはしないという話になっていたこと。


 篠崎は、自分が女性しか好きにならないことを、前々から栗原さん

だけには相談していたこと。そして、栗原さんもそれを理解してくれて、

目の前にいる奥さんと出会い、先週、入籍したことを説明してくれた。


 そして実は、コシヒカリ建設は、篠崎の実家が経営する会社の一つだ

ということ。篠崎は将来、実家の跡を継いで、いくつかの会社を経営する

必要があることなどを初めて聞いたのだった。


肩身が狭そうな篠崎「…ざっとこういう感じです。黙っていて、

ごめんなさい。でも、本当はもっと早く言おうと思っていたんだよ?

でも花蓮さんが、私のこと避けるから…電話も出てくれないし、

ややこしいからLINEでも言えなくて…」


花蓮さん「それは、ごめん。でも許婚って聞いて、驚いちゃって…」


小食らしく、食べきれないデザートのケーキをそっと栗原さんに

渡す奥さん「当然よね。も~篠ちゃん、あなた分かってないわね。

許嫁のこと、花蓮ちゃんから聞けないわ。話題に出すなら、

篠ちゃんからきちんと話すべきだったわね」


奥さんからケーキを受け取って嬉しそうに食べる栗原さん

「そうだね、うんうん」


珍しく食べるスピードが遅い篠崎

「ごめんね、本当にごめんなさい!反省してます…」


 そうして色々と問題が解決し、愉快な食事はあっという間に

終わって、栗原さんと奥さんとは、「また一緒にご飯食べようね」と

手を振って別れた。花蓮さんは1ヵ月近く悩んでいたことも、

今日の食事会で許せたことも、全部、自分が本当に篠崎のことを

好きだからなのだと気づき、小さく笑った。


帰り道、ぽつりと呟く花蓮さん

「…オシャレなケーキは、溶けてるんだね」


嬉しそうな篠崎

「うん、なんか溶けてて、美味しかったね」


 そしてそっと、どちらかが自然と手を取り、

2人は手を繋いでゆっくりと篠崎の部屋に帰る。



挿絵(By みてみん)



 篠崎の部屋に着くと花蓮さんは、篠崎に壁ドンして問い詰めた。


強気な花蓮さん「なんであの日、許嫁のことを、『元』許嫁って

言わなかったの?」


 花蓮さんは篠崎のことを怒ってはいない。そしてもう許していたが、

何か、仕返しがしたかった。すると、心配そうにガブルスが

「ニャッ?(ケンカかっ?)」と近づいて来る。


顔を赤らめてしどろもどろになって答える篠崎

「ごめんなさい。花蓮さんが、嫉妬してくれるかなって…」


 ただならぬ2人の様子に、ガブルスが「ニャニャッ?(怒ってる?)」と

心配そうに足元をウロウロするが、花蓮さんはじっと篠崎を見つめる。


ますます強気な花蓮さん

「ラーメン屋さんは、栗原さんと2人で行ったの?」


プルプル震える篠崎「…実は、栗原さんと、奥さんの3人でした。

私達、よく一緒にご飯に行ってて、それに今夜は、前々から、

花蓮さんも一緒にって話をしていたの…」


確認する花蓮さん「そう。私とは、遊びじゃないってこと」


 ふと、その言葉に、2人は目を見合わせた。

そして花蓮さんも、自分の口から出た発言に、首を傾げる。


よく分からなくなる花蓮さん(あれ?遊びって何だ?

篠崎と私は女同士だけど、遊びじゃないってことは、

結婚するってこと?)


目がキラキラと輝く篠崎「もちろんだよ!遊びじゃないから、

私に責任取らせて!」


頭の中に?が量産されている花蓮さん

「あの、そういう訳じゃなくて…遊びっていうのは、えっと…」


 そして壁ドンしていた花蓮さんは、逆に篠崎に押し倒されて、

ソファーに2人は寝転ぶ。


花蓮さんを抱きしめる篠崎「結婚しよっ!」


 花蓮さんは何かを言いかけたが、篠崎の耳が真っ赤になっていることや、

つられてテンションが上がったガブルスが、ソファーの上で「ニー!」と

ぴょんぴょん飛び跳ねて騒ぐのを見て、なんだかおかしくて、笑ってしまう。


交換条件を出す花蓮さん「じゃあ1年後、

まだ篠崎と一緒にいたいと思ったら、結婚するよ」


テンションが上がる篠崎

「じゃあ今日は、結婚1年前記念日だね!!!」


呆れて笑う花蓮さん「ふふっ、何それ」


 それなら仲直りのお祝いをしようと、彼女達は

ケーキの代わりに、冷蔵庫に入っていたサンドイッチ用の

パンと生クリーム、そしてイチゴでフルーツサンドを作った。


 それとシャンパンを夜食にして、2人と1匹は朝が明けるまで

ゲームをして、これからのことを、たくさん話した。


挿絵(By みてみん)


 その約束どおり、1年後の今日この日、花蓮さんと篠崎は

市役所に婚姻届を提出した。かつての日本は同性婚が認められて

いなかったこともあり、実際に行動するのは、まだまだ少数派だった。

それでも2人は、法律上もパートナーであると証明することで、

対外的にも、愛し合う存在だということを認められたかった。


 そして無事に手続きが終わり、2人は篠崎のマンションに帰ってくると、

いつしか料理が上手くなった花蓮さんが作ったご飯を食べる。


挿絵(By みてみん)


 特別な日なので、篠崎の好物ばかりが並ぶ。

鶏のから揚げにエビフライ、ポテトサラダにアスパラガスのフライ、

ナポリタンにチーズハンバーグ。2人は幸せそうに手を合わせ、

「いただきます」と食事を始める。


思い出してクスクス笑う篠崎「私が風邪を引いて寝込んでから、

花蓮さんは料理に目覚めたんだよね」


同じく思い出して微笑む花蓮さん「あの時は大変だったよ。

卵がゆがレンジで爆発するし、篠崎は土鍋いっぱい食べるんだもん」


 そう言いながら花蓮さんは、薬指にはめた、美しいプラチナの

指輪を眺めた。


キラキラ輝く結婚指輪を見つめる花蓮さん「…ちゃんと指輪もあるし、

私は別に、入籍も挙式も、特にこだわりはなかったんだけど」


お揃いの指輪をしている篠崎「私がやりたかったの。

花蓮さんを他の誰かに取られたくないし、これで堂々と

一緒に過ごせるから。それに結婚式も、花蓮さんの花嫁姿、

私が見たかったの!」


 そう言いいつつ、どこか申し訳なさそうに微笑んだ篠崎に、

花蓮さんはそっとキスする。


微笑む花蓮さん「篠崎がやりたいことなら、私も付き合うよ」


心から嬉しそうな篠崎「…花蓮さん…大好き!!!」


 そうして2人はあっさりとコシヒカリ建設を寿退社した。

絶望するコシヒカリ建設の男性社員達も、2人がハワイで盛大な

結婚式を挙げると、彼女達の神々しいほど美しいウエディングドレス

姿に涙し、「百合最高!」と、笑顔で新たな門出を祝った。


 そして、篠崎達はハネムーンで、モルディブ、タヒチ、ニューカレドニア、

フィジーを半年ほど満喫した。帰ってくると篠崎は、実家の家業を継いで、

女社長として世界中を飛び回り、花蓮さんはそれに付き添いながら、

ゲームが上手いYouTuberとして人気になった。時々、篠崎の大食いも

動画化して、再生回数は1000万回を超えた。


 それからも彼女達は、「後悔」とか「変わってる」という言葉も

置き去りにするほど軽やかに生きて、「今が一番楽しい」と

笑い合えるような、幸福な人生を送っていくことになる。

愛があればメシマズも治る、多分。


GWは小説、料理、youtubeの3つを楽しみました。

楽しかったけれど、あっという間に終わるのは嫌ですね。

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