閑話 レイナ
カラーン、カラーン
塔で夜を知らせる鐘が鳴っている、それなのにお姉ちゃんがまだ帰ってこない。いつもはとっくに帰って来ている時間なのに……。
「ジーナさんどうしよう?もう門も閉まっちゃう。私がお姉ちゃんにお店で足りない薬草をお願いなんてしたから」
「落ち着きな、一日二日帰ってこないだけでオロオロしてたら冒険者の妹なんて務まらないよ」
ジーナさんはそう言うけれど、この二年お姉ちゃんは必ず夕方の鐘が鳴る前に帰ってきてくれた。
夜を越した事なんて一度も無かった。もしお姉ちゃんに何かあったのなら、お姉ちゃんまでいなくなってしまったら私は一人ぼっちになってしまう……。
鐘が鳴って暫くたった、もう門はとっくに閉まっているだろう。
お姉ちゃんはいつも一人で採取をしている。いつもは森の浅い所で採取をして、日が暮れる前には必ず帰ってくる。だけど、私がお願いした薬草が見つからなかったのなら、それで森の奥に行ってしまったのならゴブリンやオークに連れ去られた可能性もある。
門が閉まった今となっては特別な理由がなければ町の外には出る事が出来ない。昔は門番にお願いして開ける事も出来たみたいだけれど、それを魔族に利用されて町が滅ぼされた事もあるから、今は町長や領主の許可が無ければ無理だ。
今更だけれど、門が閉まる前にセラさんにお願いして冒険者に依頼を出して、それからお姉ちゃんを探しに行けばよかった。
「ほら、取り合えずこれでも食べて落ち着きな。あんたが焦っても仕方ないじゃないか、冒険者の家族なら待つ事も覚えないと」
そう言ってジーナさんがスープとパンを持ってきてくれた。
私、お姉ちゃんが心配で夕飯を食べる事も忘れていたんだ。
そんな事にも気付かないくらい動揺してる。
でも、ジーナさんもさっきから同じテーブルを拭いたり厨房に行ったりと落ち着きが無い。
折角ジーナさんが出してくれたんだから食べなきゃと思ってスープでパンを流し込む、だけど味がしない。
一人ぼっちの食事は寂しいよお姉ちゃん。
私が味の無いスープを眺めながら暫く俯いていると、誰かが走ってくる音がして、大きな音をたてて宿のドアが開いた。
「レイナちゃん!リズちゃんは無事だ!門の外で夜を過ごして朝には帰るそうだ。夜警の仲間にお願いして壁の上から外の様子も気にかけるから安心していいぞ。俺も今日は徹夜だな」
大声で門番のタインさんが飛び込んで来た。
良かった。お姉ちゃん、無事だった。
「タインさんありがとうございます」
私が涙目でお礼を言うと、タインさんはギルドにも報告に行くからと笑顔で手をあげて走って行った。セラさんも心配しているだろうしね。
「ほらね、冒険者なんてこんなもんさ。待ってる人に心配かけてなんぼの商売だ」
ジーナさんが私の頭に手を乗せながら、先程よりも弾んだ声で言ってくる。
「レイナ、リズは無事だったんだ。だからちゃんと食べろ」
そう言って料理人のノーデンさんが、すっかり冷めてしまったスープを新しいスープに変えてくれた。
「ありがとうございます。お姉ちゃんが無事って聞いたらお腹空いちゃいました」
ノーデンさんとジーナさんに頭を下げてお礼を言う。
無事で良かったけれど、皆に心配をかけたお姉ちゃん、明日帰ってきたら説教しなきゃ。
そう思って食べたスープは一人の食事なのに美味しかった。
翌朝、鐘が鳴る前から起きて宿の外で待っていたら、鐘が鳴って直ぐにお姉ちゃんが帰ってきた。
「レイナ!ごめん、ごめんね」
お姉ちゃんは走ってくると潤んだ瞳で抱き付いて来た。そうだよね、お姉ちゃんも一人で怖かったんだよね。
部屋に戻り、落ち着いたお姉ちゃんから話を聞くと、お姉ちゃんは心配したようにゴブリンに連れ去られていたらしい。もう少しで本当にお姉ちゃんがいなくなっちゃう所だったんだ。
でもお姉ちゃんは黒髪黒目、右目だけ少し赤みがかった瞳のトーマさんという世間知らずの男の人に助けられたらしい。
その人は一人で旅をしていて、喉が渇いたから湖で休憩している所に、気絶したお姉ちゃんを連れたゴブリンが偶然休憩しに来たから助けたんだって。
それから報酬も何も取らずに町までも護衛してくれたって、帰りもナイトローソンの群に襲われたけれど、それもそのトーマさんが一人で蹴散らしたと、お姉ちゃんがまるで森人の事を語る時みたいに凄い凄いと話している。
そんな優しくて強い人が本当にいるの?今日の昼に一緒に食事をしようねってお姉ちゃんが言っているから少し期待しちゃう。
でも何よりもまず、お姉ちゃんが無事でよかった。お姉ちゃんの話が長くて碌に説教も出来ずに薬屋さんに行く時間になったけれど、今日のお昼が楽しみだ。でもその前に。
「お姉ちゃん、タインさんにお礼は言った?皆に心配かけたんだからちゃんとジーナさんとノーデンさん、それからセラさんにも謝るんだよ?」
私がそう言うと、お姉ちゃんはわかっているよと苦笑いしてた。
じゃあお手伝いしてくるからお昼にねと言ってお姉ちゃんと別れた。まだ少しだけ眠いけれどいつもより体が軽い。
「レイナいる〜」
「今行くから少し待ってて〜」
私がいつもよりも楽しみにしていたお昼がやっと来た。お姉ちゃんに返事をしてから店長に断りを入れてお昼休みに入る。
お姉ちゃんを魔物から颯爽と助け、町まで無償で連れてきてくれた、まるで物語に出てくる様な黒髪の騎士様、一体どんな人だろうとドキドキしながら店の前で待つお姉ちゃんの所に行く。
いたっ、きっとあの人だ。身長は百六十五くらいかな?少し赤みがかった黒髪に赤みがかった右の瞳、スラッとした体に幼い顔立ち。う〜ん、少し弱気そうで大人しそうな顔だけれど本当に強いのかな?でもお姉ちゃんを助けた恩人だからちゃんと挨拶しなきゃ。
「トーマさんですね。お姉ちゃんが危ない所を助けてもらったみたいで、本当にありがとうございます」
「レイナさん初めまして、リズには俺も沢山助けられてるしお互い様だから気にしないでね」
私はトーマさんより年下なのに、さん付けで頭を下げて挨拶をしてきた。礼儀正しい人だな。
お姉ちゃんは助けてくれた報酬としてこの辺の事を教える約束をしたらしい、それでお互い様だからって言ってるけれど全然釣り合いが取れていないと思う。
なので私が、トーマさんはお姉ちゃんの命の恩人だから本当に感謝している事を伝えようとしたのにお姉ちゃんに遮られて強引に宿に向かって歩かされた。
お姉ちゃん本当に理解してるの?拐われそうな所をゴブリン五匹から助けてくれたんだよ?これだからお姉ちゃんは。
それから宿について食堂に行くと、ジーナさんが来てトーマさんと挨拶をする。お姉ちゃんを助けた事にお礼を言って今日は奢りだと言っていた。やっぱりジーナさんもお姉ちゃんを心配してくれて、お姉ちゃんを助けたトーマさんに感謝してるんだ。
席について料理が来るまで少し話をする。トーマさんは今日ギルドで冒険者登録をして、それからお姉ちゃんと組むようだ。少し頼りないけれど、魔物を倒せるトーマさんと一緒なら私の心配が減りそうだ、良かった。
色々と話を聞いていると料理が来たので食べる。トーマさんのスープは私達のスープより肉や野菜が多かった、寡黙なノーデンさんの感謝の気持ちだと思う。
トーマさんはそのスープを二回もお代わりしていた、お姉ちゃんとフラムディアの串焼きも食べたって言っていたのによく食べるな、やっぱり男の人なんだ。
お姉ちゃんはまだ疲れているから今日は休むらしい、トーマさんも夜は火の番を一人でしてくれたみたいだから少し眠るのかな。
二人に見送られて私はお昼の手伝いに戻った。
手伝いが終わったので宿に戻る、部屋にお姉ちゃんがいないからトーマさんの部屋かと思ってトーマさんの部屋に行きノックをする。返事があって、少ししてドアが開いた。
「お帰りなさい。リズは疲れてるのかすぐに寝ちゃったよ」
トーマさんが私を見て、そう言ったので部屋の中を見る。
ん?お姉ちゃん、トーマさんのベッドで寝てる?
え?なんでトーマさんのベッドでお姉ちゃんが寝ているの?
トーマさんを見ると凄い汗だくだ。え?え?
「あ、あの、昨日お姉ちゃんと出会ったばかりですよね?ふ、普通、なんですか?」
私は恐る恐るトーマさんに聞いてみる、するとトーマさんは恥ずかしそうな顔で答える。
「あぁ、実は俺って今まで経験無くてさ。早く覚えようと思ってレイナさんが仕事に戻った後に、やり方をリズに教えてもらってずっと熱中してたんだけどね、ちょっとやり過ぎたかな」
そ、そんな。ひ、昼からずっと?四時間も?私が薬屋さんのお手伝いをしている間ずっと?しかもお姉ちゃんが教えて……。
私が呆然としていると、トーマさんがリズを起こそうかと言ってきた。
そういえば、年下の私にもさんを付けて呼ぶトーマさんがお姉ちゃんは呼び捨てだ!私は夕飯の準備が出来たら呼びに来ると言って急いでジーナさんの所に向かう。
「ジッ、ジーナさん!」
急いで食堂に行きジーナさんに冒険者の事を聞く。
「どうしたんだいそんなに慌てて」
「あっあのっ、私が部屋に行ったらお姉ちゃんが居なくて、トーマさんの部屋に行ったらトーマさんのベッドでお姉ちゃんが寝てて、トーマさん凄い汗だくで、私がお手伝いに戻ってからずっとって言ってて、お姉ちゃんは疲れたから寝ちゃったってトーマさんが言ってて、冒険者だと、ふっ普通なんですか?」
「ほら、水だよ。レイナの言いたい事はわかったから少し落ち着きな。それにしても昼からずっとかい?まぁ、二人共若いし冒険者ならそういう事もあるかもね。リズも十四だし成人だからトーマを気に入ったのならいいんじゃないかい?でも、そんな感じはしなかったんだけどね」
この宿はそういう宿じゃないから壁も薄いし、昼食後は静かだったんだけどね。ジーナさんがそう言っているけれど耳に入って来ない。
それよりも冒険者だと普通の事なんだ。お姉ちゃんが教えたってトーマさん言ってた、お姉ちゃん、いつの間に。
そのまま考え込んでいると、ノーデンさんが夕食の準備が出来たぞと言ったので二人を呼びに行く。なんだか二人と顔を合わせるのが恥ずかしいな。
二人を呼んで来る。二人の顔がまともに見れないので食堂に向かう間、二人の会話を聞くだけだ。
トーマさんが色々と話しかけてくれるけれど生返事になってしまう。
食堂についてもまだ二人の顔を見れないので大人しく話を聞く。すると食事を待つ間に二人が生活魔法の事を話していた。トーマさん、生活魔法が使えないのかな?
「私が寝ている間、ずっと魔力操作の練習をしてたみたいだけど魔力は大丈夫なの?」
「自分でもどのくらい魔力があるかわからないけど俺は人より多いのかな、汗だくになるまで練習したけどまだまだ大丈夫そうだよ」
え?どういう事?トーマさん、魔力操作の練習で汗だくになっていたの?お姉ちゃんはそれをトーマさんに教えてて、疲れからトーマさんの部屋でそのまま寝ちゃったって事?
「そんな事だろうと思ったよ」
私が呆然としているとジーナさんが料理を持ってきて、テーブルに並べながらそう言った。でっ、でもトーマさん魔力操作の練習って言わなかったし!恥ずかしそうな顔してたし!
ジーナさんと私のやり取りを、お姉ちゃんになんの事かと聞かれたがなんでも無いと答える。
「トーマさん!人に物事は伝える時はシッカリと伝えて下さい!」
トーマさんがおどおどしながら謝る。
「ご、ごめんなさいレイナさん」
「なんで敬語なんですか!トーマさん十四歳ですよね、もっとビシッとして下さい!それにお姉ちゃんは呼び捨てで、なんで私にはさん付けなんですか!」
お姉ちゃんに宥められて、水を飲んで少し気持ちが落ち着いてきた。私は勘違いをした事が恥ずかしくて、思わずトーマさんにキツく言ってしまった、私の勝手な勘違いなのに。
「生意気言ってごめんなさい。あの、少しだけ行き違いがあっただけですので気にしないで下さい」
私が謝るとトーマさんは笑顔で首を振りながら、優しく答える。
「いや、大丈夫だよ。多分原因は俺にあると思うし、俺って凄く世間知らずでリズと会うまで人とあんまり関わって来なかったから、それで、何か失礼をしてレイナ…ちゃんに嫌われたのかもと思ってたから」
私の勘違いなのに笑って許してくれた。それに私の態度で嫌われたと思ったみたい。
トーマさんはお姉ちゃんの恩人だから私の恩人でもある、そんな人を嫌ったりなんてしないのに。
だからその事を慌てて伝える。
「嫌ってなんかないです、トーマさんにはお姉ちゃんを助けてもらった感謝しかありません。それにお姉ちゃんも信頼してるみたいだし、喋ってても優しい人だってわかります。さっきのは全部私の早とちりが原因なんです、だからトーマさんを嫌うなんて事は絶対無いです」
そこまで言って、私はトーマさんの事が自分で思っていたよりも気になっている事に気付く。初めは頼り無さそうだと思っていたけれど、トーマさんと仲良くなりたいと思っている。だから……。
「そ、それと、出来たら私も呼び捨てに、して欲しいです」
するとトーマさんはホッとした顔を見せて、私に右手を差し出してきた。
私が嫌ってないってちゃんと伝わったのかな?
「うん、わかった。まだまだ世間知らずで、レイナにもこれから沢山迷惑をかけるかもしれないけどよろしくね」
久し振りの男の人の手。少し、あの人を思い出すな。
年下にキツく言われても困った感じで、謝ると笑って許してくれた。
この人は本当に優しいんだ、少しお人好しっぽい気もするけれど。
トーマさんに返事をして右手を握る。
「はい!よろしくお願いします」
私達のやり取りを見ていたお姉ちゃんは、なんだかよくわからないけど仲良くなれそうで良かったと呟くと、一人さっさと料理を食べ始めた。
「はいはい、二人とも早く食べないと折角の料理が冷めちゃうよ。仲直りしたのなら早く食べな」
隣のテーブルを片付けていたジーナさんがそう言って、私に向かってからかうようにウィンクをする。
私はそれが恥ずかしくて、早く食べましょうと言って自分の料理を食べ始めた。
部屋に戻ってお姉ちゃんと話をした、私の勘違いを話したら言い合いになった。お姉ちゃんが冒険者になるって言った時以来の言い合いだ。
でも、この日の言い合いはあの時の様に喧嘩じゃない。
お姉ちゃんと言い合いをしながら思う、なんだか明日からの毎日は楽しくなりそうな気がすると。




