後編
6月
偶然、校舎の裏庭で腕を組んで歩く亜里沙とテニス部の松ヶ崎を見た。
楽しげに見つめあって笑いあう2人。窓の閉まった3階の廊下まで、2人の笑い声が聞こえてきそうな満面の笑み。
亜里沙のあんな笑顔、久しぶりに見た。
・・・・・・最近、亜里沙と上手くいっていない。僕にだってその自覚はあった。
あんなにもキラキラと眩かった亜里沙。
絢埜と別れてまでも彼女を選んだのに、最近の亜里沙は妙に不機嫌だった。
僕を苛立たせるような言動ばかりで。
以前の可愛く健気でいじらしい彼女はどこに行ってしまったんだろう?
不機嫌の理由は分かっていた。
彼女をパーティには連れて行かなくなったからだ。
もともと公のものには、父の許しがなかったため彼女を連れていったことはなかった。
でも、桐澤の家や仕事が絡まないプライベートなパーティには、亜里沙と一緒に出席していた。
そういう気軽で賑やかなパーティを亜里沙はかなり気に入ったようで、最初のうちこそ遠慮深かったが、あっという間に積極的に楽しむようになった。
それが、先月のあのパーティからそういうのにも一度も連れて行かなくなった。
正確には、彼女を連れて行けなくなったのだ。
そのことを彼女は知らない。
「英語も少しだけど話せるようになったのよ。マナーだってもう一度イチから勉強したし。今度は和真先輩に恥ずかしい思いはさせないわ。ね、次のパーティはいつ?」
と無邪気に問う亜里沙に、理由なんてとても話せなかった。
彼女を侮辱するようなあの父の言葉!
そんなものとても話せない。
「しばらく僕が出るようなパーティはないんだ」とごまかすのが精一杯だった。
*******
あのパーティの数日後、呼び出された父の書斎で、2度とあれを連れてくるな、とはっきり言われた。
つまり、桐澤の嫁としては絶対に認めない、ということだ。
そしてプライベートなパーティであろうなかろうと、どんな社交の場にも桐澤の名を持つ僕のパートナーとして伴うことを許さない、とも言われた。
抗弁する僕に、父は冷ややかな表情で「どうしてもあの女を連れて行きたいなら、桐澤の名を捨てろ」と告げた。
一人息子の僕に、桐澤を捨てろと?!
呆然とする僕を睨みながら「一族には優秀な男は他にもいる。お前だけだと思い上がるな」と言った後、恐ろしい一言を口にした。
「もう私でもどうにもならん。あのパーティの件で止めを刺された。お前が私の後継者と言う話は、近いうちに白紙に戻る」
はぁ?!
何を言ってるんだ?
父の子は僕だけなのに?
戸惑いながら問うた僕に、父は疲れたような溜息をついた。
「やはり気づいてもいなかったのか」
そして、ある資料を取り出して広げながら、国内での最近の売上の推移について丁寧に教えてくれた。
なんてことだ。
これは・・・・・・これが僕の選んだ結果なのか?!
さぁっと血の気が引いていくのが分かった。
桐澤の関連会社は、どこも藤原関係からばっさり切られ、そのため売上が大きく減っていた。
藤原家は、財力という点ではグローバル展開している三大財閥には劣るものの、その祖は平安時代にまで遡る由緒ある古い名家だ。
家柄という点では、国内随一の家格の高さを誇る。
そして、地方にある多くの不動産・建築関係の会社を傘下におさめる藤原家は、こと国内においては非常に強い影響力を有している。もちろん政界にも。
グローバル展開しているが故に、国内には一部地域を除きさほど強固な地盤を持たない桐澤にとって、地方の隅々にまで根を張る藤原との縁組は足場を固めるにこれ以上ないものだった。
きっかけは祖母同士の乙女ちっくな微笑ましい約束だとしても、双方に利のある良縁だったのだ。
それを桐澤(僕)が一方的に破棄した。
大切な本家の姫を無残に傷つけられ、怒った藤原一族の正当な報復が始まっていた。
「これほどのダメージの原因を作ったお前に、後継者としての自覚と資質を疑う声が上がるのは当然のことだろう? しかもあの夜のあの失態。絢埜さんを捨ててまで選んだ女があれでは、誰も納得できんに決まっているだろう! そもそもなんなんだ、あれは? よりにもよってどうしてあんな女を連れてきたんだ?」
苦々しげにそう言う父に、僕は答える言葉をもたなかった。
亜里沙はいい子だ。それに可愛い。
心からそう思う。
けれど、桐澤に相応しいかと言われれば、残念ながら愛しいと思う僕ですら、今の時点では否と言うしかない。
あのパーティの振舞いでは、そう言わざる得ない。
英語すら話せなくて、どうして桐澤家の嫁が務まるだろう?
「これから英語は身につけさせます。父さん、もう一度だけでいいんです、亜里沙にチャンスを与えてもらえませんか?」
「まだそんなことを! バカを言うなっ、問題外だ。検討するにも値せん。お前はどこまで愚かなんだ・・・・・・そんなにあれがいいというなら、もういい、桐澤から抜けろ」
「父さんっ?!」
「なんだ? それはイヤなのか?」
「・・・・・・」
「桐澤を名乗る義務は果たさないのに、桐澤の名がもたらすものは手放したくないとでも?」
「・・・・・・」
睨みつけても、父は揺らぎもしなかった。
沈黙の中、視線だけが交わる。
やがて父は一つ息を吐くと、心底疲れたという表情で目を閉じた。
「そこまであの女に篭絡されたか・・・・・・和真、どうしても離れられないというなら、日陰の愛人にしろ。あれを一切、表に出すな。それが許せる最低ラインだ」
愛人?!
亜里沙を日陰の愛人にしろと?!!
驚きまくって絶句する僕に、父は「お前は本当に女を見る目がないな」と顔を歪めた。
あまりの衝撃に呆然としていた僕の耳には、さらに父が口にした「骨抜きにされおって・・・・・・簡単に騙されてこの節穴め」という言葉は、幸か不幸か聞こえてはこなかった。
*******
最近、亜里沙と会う時間が減っていた。
それは確かだ。
5月末の体育祭を機に代替わりする金城の生徒会。
補佐から役職に昇格した新しい生徒会メンバーの最初のイベントと言われているのが、6月下旬の予算会議だ。
少しイレギュラーだが、金城での予算は7月始まりの6月終わりとなっていた。
これは、予算の権限を学院ではなく生徒会が握ってからの伝統だ。
というのも、生徒会が金城学院から与えられる予算が明確になるのが4月の下旬だからだ。前期の決算が出て、今期の予算案を理事会が了承した後になると、どうしてもそれくらいになる。
それから生徒会がそれぞれに予算(案)を割り振り、それを元に各部や各委員会が予算請求を出すとなると、どうしても6月になってしまうのだ。
いつの間にか予算会議は、予算ぶんどり合戦と呼ばれるようになっていた。
パイが決まっている以上、自分のところを増やしたいなら他所からとるしかないためだ。
各部の新部長や各委員会の新委員長にとって、これが最初の試練となる。
彼らによる激しい予算ぶんどり合戦を前にして、1年生役員5人と彼らの補佐に回った僕と雅と優奈はその準備に忙殺されていた。
余裕なんて、全くなかった。
本来なら新役員5人と補佐5人でやる仕事量なのだ。しかも今年の役員は1年で、去年の経験すらない。
そんな多忙な中なんとか時間を捻出して会っても、不機嫌な亜里沙は僕に不満を言い、パーティに行きたいとねだり、プレゼントを欲しがる。
そんな亜里沙に、疲れた僕の神経はささくれ立つ。
・・・・・・絢埜なら、そんなわがまま絶対に言わないのに。
思わず出てくる愚痴を飲み込む。
いくら忙しいとはいえ大切な亜里沙をうっとうしいなどと思う自分が嫌で、なんとなく亜里沙に会うのを避けるようになってしまっていた。
だから、亜里沙といる時間が減っていたのは、事実だ。
だが、しかし。
なぜ松ヶ崎と腕を組んでいるんだ?
3階の廊下から硝子の窓越しに彼らを見下ろす僕の目に、2人はとても仲睦まじく見えた。
いったいいつ知り合ったんだ?
いつのまにあんなに仲良くなっていたんだ?
胸の底から黒い感情が湧き出す。
もやもやするそれをどうしても断ち切れず、愚かなことだと自嘲しつつも僕は顧問弁護士に連絡をとった。
7月
つい先ほど届いた調査報告書を桐澤の自室で一読した僕は、絶望の溜息を吐き出し、天を仰いだ。
先月、どうしても我慢できなくて、亜里沙の身辺調査を桐澤の顧問弁護士に依頼した。
亜里沙が潔白であることを確認したかったのだ。
自分で選んだ恋人(亜里沙)を信じられないなんて最低な男だ、嫉妬なんて醜いと思いながらも、そんな自分をどうしても止められなかった。
その調査報告書は、とても詳細に亜里沙のことを調べ上げていた。
そう、現在のことだけでなく過去についてまでも、その報告書は詳細に調べ上げていた。
僕の現実(恋人)がガラガラと音を立てて崩れていった。
亜里沙には僕だけじゃなかったのだ!!
そう亜里沙には複数の男がいた。
僕とつきあいながら、竹宮先輩とも、松ヶ崎とも、後輩の梅郷ともつきあっていた!
嘘だ!!
僕の心は絶叫した。
でも、しばらくすると麻痺した心の一部が、妙に冷静にこの内容を受け入れた。
プロムの時に感じた亜里沙への違和感。
あの時、何かがおかしいと確かに感じた。なぜそれを無視したのだろう?
去年のクリスマスの頃、竹宮先輩も婚約解消していたなんて、知らなかった。
その理由が亜里沙であるなど、知るよしもなかった!
先輩が催す毎年恒例の年末コンサート。
去年は、婚約者の代わりに亜里沙を特別招待客として招いていた。しかもアンコールは「俺の大切な人に贈る」って・・・・・・。
え、2人でニューイヤーコンサート? オペラにも行ったんだ。
僕には音楽なんて興味が無いって言っていたのに。
1つのパンフレットを左右から2人で覗き込んで、まるで仲の良い恋人同士みたいじゃないか。
そりゃ先輩がプロムに亜里沙を伴うはずだよ。
へぇー、松ヶ崎の試合に何度も応援に行っていたんだ。
そう言えば、この週末、旅行に行くって言ってなかったか? まさか松ヶ崎の試合のための応援旅行だったなんて。
勝手に家族旅行と勘違いして、ささやかな土産に頬を緩めていた僕のなんと愚かなことか!
しかも遊園地デートに年越しライブデート?!
・・・・・・僕には人込みは苦手だなんて言っていたのに。
梅郷とは図書館デート?
――――あぁ、そう言えばよく図書館で勉強していると言っていたな。
図書館の方が集中できるし、夏は涼しく冬は暖かいから節約になるしねと笑む亜里沙に、何て勉強熱心ないい子だろうと感動したのに。
まさか梅郷と一緒だったとは!
しかも初詣デート?
へぇー、僕以外の男とは人込みも平気なんだな。
確かにこれじゃあ年末年始、亜里沙は忙しかっただろう。
ははは、無様だ。実に無様だ、こんなにコケにされて!
なんて滑稽なんだ。
こんなあばずれに見事に騙されて・・・・・・!!
声のない自嘲の笑みが浮かぶ。
そうか、そういうことか。
父の言葉がリフレインする――――お前は女を見る目がないな。
父は、亜里沙が僕以外とつきあっていることを知っていたのだ。
この報告書が過去のことにこれほど詳しいのは、その当時から調べていたからに違いない。
ならば誰がそれを命じたのか?
父しかいない。
確かに、以前なら父が調べさせた報告書を見せられたところで、僕は決してそれを信じなかっただろう。
それどころか亜里沙を貶めるために捏造したと責め、亜里沙にのぼせあがっていた僕は父に強く反発しただろう。
当主に逆らう愚かな息子の姿を一族に晒すことを、父は憂いたのだ。
だから、この報告書を伏せた。
そればかりか、父は僕の目を覚まそうとまでしてくれたんだ。
亜里沙をパーティに伴うことを許し、僕が亜里沙の正体に自ら気づくようにと!
あぁ!!!
なんて僕は愚かだったんだ。
亜里沙のために絢埜を捨てた僕。
平気で四股する女にのめり込み藤原の報復を招いた僕。
最低だ・・・!!
報告書は、ご丁寧にも金城で流れている噂まで書いてあった。
生徒会長であったのに、愚かにも僕は、そんな噂すら知らなかった。
誰も僕に教えてはくれなかった。
いつからだろう?
いつから友人たちが離れていったのだろう?
いつから耳に痛い言葉を聞かなくなったのだろう?
いつの間に――――――――僕は友まで失っていたのだろう?
今まで、僕は亜里沙の何を見ていたんだろうか?
4月の花のない薔薇園で、初めてで会った時「和真先輩」と名を呼んでくれた。
誰もが僕に“桐澤”を見る中で、亜里沙だけが和真(僕)を見てくれた。
そう思っていたのに。
亜里沙は“桐澤”だけでなく“和真”すら見ていなかったんだ。
僕などどうでもいいから、他の男たちとも平気でつきあえたんだろう。
今さらだが、妊娠したかもと言ったあの時、あれは本当に僕の子だったのだろうか?
絢埜は、知っていたんだろうか?
亜里沙のために別れを告げた僕をどう思ったのだろう?
僕を恨んでいるだろうか?
憎んでいるだろうか?
少なくとも、顔を合わせるのを厭うほど、嫌われたのは間違いない。
でなければ、金城を捨て海外留学などしないだろう。
いくら後悔しても、し足りない。
コップから零れ落ちた水は、もう元には戻らない。
失った人は、戻ってはこないのだ。
恋人(亜里沙)は偽者だった。
一族からの信用は地に落ち、桐澤の後継者ですらなくなった。
家族の信頼も失った。
婚約者(絢埜)も、友も――――もう誰も僕の傍にはいない。
僕は一人ぼっちだ。
僕には、もう誰もいない。
それが恋という名の幻に溺れた僕の愚かさの代償なんだろか・・・・・・。
お読みいただいてありがとうございました^^
私が書くとこんな感じ・・・・あぁ、あんまりざまぁな感じじゃないなぁ・・・。
お気づきだと思いますが、亜里沙の色々な行動はイベントというヤツです。
気に入った攻略キャラのイベントは落とすために積極的に消化していました。
それがいろいろな目撃談となって金城で噂が駆け巡ることになったという。
ゲーム通りでなかったプロムで、何かおかしいと気づいた亜里沙。
そして、ゲーム期間が終わっても、現実(お話)は続く・・・・。
ちょっと混乱したもののしたたかな亜里沙は、4人のうちから一番お金と権力のある和真を選びました。
プロム後、海外留学させられた(春香の報告書もあり家族が亜里沙と別れさせるために物理的に引き離した)竹宮とはあっさり切れています。
勉強が好きでないので、実は苦痛だった図書館デートはプロム(ゲーム期間終了)を機に止めました。つまり、梅郷ともサヨウナラ。傷心の彼は成績急落中です。
でも、一緒にいて一番楽しくバカ話もできる松ヶ崎とは別れられませんでした。
しかし松ヶ崎は常勝だった頃と違って、戦略面を支えてくれたパートナーがいなくなり、優勝から遠のくようになりました。春香の報告書もあり、松ヶ崎の家族も亜里沙と別れさせるために海外留学を企み中・・・・・・本人の知らないところで。
和真ルート:パーティ同伴、生徒会お仕事サポート(←これは実現せず)
ヴァイオリニスト先輩(竹宮)ルート:練習応援、コンサート同伴
テニスプレーヤー(松ヶ崎)先輩ルート:試合応援、遊園地や年越しライブデート
梅郷くんルート:図書館デート、初詣デート、公園手作りお弁当デート(←本文記載ないけど)