夏休み
投稿頻度が低くなります。
記念すべき夏休み一日目の朝。
ただ、夏休みでも夏休みではなくても俺にとってはあまり関係がない。
バイトのせいで起きる時間も変わらないし、日中ほとんどバイトだからだ。
でも、制服に袖を通さなくていいというだけでだいぶ心の持ちようが変わる。
庭に置いてある自転車に股を掛け、ペダルに足を乗っける。
この自転車はもともと親父のものだったが、ずっと家に引きこもりっぱなしの親父は使うことはなく、ほとんど私物化している。
今日のバイト先は書店だ。
今日初めてバイトする場所なので少し早めに行くことにする。
早くペダルを漕ぐと、熱風が顔へと直撃する。
昔はこんなことはなかったのに。
毎年毎年、最高気温を更新していく。
「うぉおおおお」
両足をペダルから離して、急な下り坂をヒューと進む。
熱風とはいえど、風は風なので幾分か気持ちがいい。
バイト帰りにこの坂を上らないといけないと考えると憂鬱になるがそんなことは気にしない。
自転車を止めて書店に入る。
今はまだ営業が開始していないので、ドアは自動では開かず手動で開ける。
すると、そこにはバイトの先輩だと思われる人がいた。
「初めまして。今日からアルバイトでお世話になる桑田 孝来 です。」
相手の目を見て一礼をする。こんなことは、何個ものバイト先を行き来している俺にとっては朝飯前だ。
「僕は一ノ瀬 蓮。よろしくー」
大学生ぐらいの年齢と思われる先輩はニコッと笑い一礼をする。
さすがバイトをしているだけあって愛想がいい。
「浅野さんを訪ねたいのですがいらっしゃいますか?」
浅野さんとはここの書店の責任者だ。
「それならこっちに。」
丁度お腹にあたる高さの扉を引いて、招き入れてくれる。
「このドアの向こうにいるから。頑張ってねー」
「ありがとうございます!」
小さく手を振り忠告をしてくれる先輩に感謝を伝えドアの奥のほうへと足を踏み入れる。
「初めまして。今日からアルバイトでお世話になる桑田 孝来 です。」
先ほどと同様の挨拶をする。
「はっはっは。そんな畏まらなくていいから。」
40代くらいのひげを生やした見た目とは相反して案外優しい人のようだ。
「あ、はい!」
「バイト経験がたくさんあるらしいね。じゃあ、今日からバンバン働いてもらうよ。」
浅野さんは面接のときに送った履歴書を見ながらご機嫌にものをいう。
「はい!分かりました。」
「あそこに茶髪の男がいるだろう。あれがお前の先輩だ。今日はあいつに教えてもらえ。」
俺が入ってきた扉を半開きにしてさっきの先輩のことを指で指す。
会話が聞こえているのか、その先輩はげっそりとした表情を浮かべていた。
そんな顔をされるとなんだか申し訳なくなってくる。
「さあ、がんばれ。」
俺の肩をポンと叩き背中を押して部屋から追い出される。
「大変だったね。」
先輩と顔が合わさった。
「そうですね。」
両者の顔が同時にひきつる。
こんな人のもとで働くのは初めてだ。
最初に持ち合わせていた自信も今はどこにもない。
この先うまくやっていけるだろうか。
「さあ、こっちに来て。」
「はい!」
「これをこうすると・・・・・・・
・・・・・・・・・・・分かった?」
機械をポチポチと押し実践しながら淡々と説明してくれた。
その説明はすらすらと頭の中に入ってきてとても分かりやすい。
きっとこの人はバイトリーダー的な存在で新人に教える係を担っているのだろう。
時刻が9:00になった時、先輩は自動ドアのセンサーを起動させ客様が入ってこれるようにした。
そして俺も新品の制服を着用する。
大人っぽい制服は自分にはあまり似合わなかった。
開店してからすぐにはお客さんは入ってこなかったので、先輩と会話をする。
「なんでさ、孝来くんはここのバイト選んだの?ぶっちゃけ時給低いでしょ。」
カウンターで正面を向きながら、店長にバレないように小声で質問をしてくる。
最初にここで先輩に会った時には本の量の多さに目を奪われて気づかなかったが、爽やかな青少年のイメージを連想させる顔なのに、フローラル系の匂いを纏っている。
意外にも大人っぽい人なのかもしれない。
「僕は本が好きなんですよ。実際に読めなくても本を見るだけで満足なんです。」
もちろん一番の理由は学校から遠いからだが、本を好きなのは本当だ。
「へー本好きなんだ。珍しいね。」
「なんでバイトしてるの?何か欲しいものでもあるの?」
興味がなかったのか、本のことは深く掘り下げず別の話題を振ってくる。
「スマホが欲しいんです。そのために、バイトを。」
俺はスマホを買うために必要以上のシフトを入れている。
俺の見立てではたった一週間で貯金と合わせてスマホを買えるところまでいける予定だ。
「えー!?まだスマホ買ってもらってないんだ。自分で貯めて買うなんて偉いねー」
明らかにさっきの話題とは反応が違う。
「はい。親が厳しいもので。」
「えー!?そうなんだー。」
この話題には先輩もノリノリでその後の会話も少し盛り上がって、距離が縮んだ気がした。
「お疲れさまでした!」
「お疲れ様ー」
書店員がすることは、本の在庫確認と、棚に本を並べるのと、レジをすることらしい。
ただ今日のバイトはあまり人が来なかったので、多くは仕事はしておらずほとんど先輩と話していた。
好奇心旺盛な先輩の怒涛の質問攻めには疲れるものがあったが、静かな空間よりはマシなのでそう窮屈なものではなかった。
それにいい情報も手に入れた。
先輩が言うには本を勝手に読むことができるらしい。
読むことができるとは言っても、バレたら即首になってしまうのだろう。
それでも、今後暇な時の参考にでもしとこう。
自転車を止めてコンビニに寄る。
丁度お昼時ということもあり、バイト終わりの自分に対してのご褒美としてアイスを買う。
俺が買ったのは王道のソフトクリームだ。
夏にはこのフォルムがバチッと合う。
クリームにキスをする様に食べる。
口に含んだ瞬間、クリームは消滅するかの様に溶けて火照った体をひんやりと冷してくれる。
一回で大きくクリームを含んでしまい、そのまま飲み込んで喉が締め付けられるような感覚も覚えた。
その感覚は昔のことを思い出させ俺の心を豊かにさせる。
そんな感じで全身でソフトクリームを味わっていたらいつの間にかコーンだけになっていた。
ソフトクリームの唯一の欠点であるコーンが。
コーンは上にソフトクリームが乗っているせいで、湿っており触感はふにゃっとして、味も質素なものだ。
コーンを無理やり口に放り込み2つ目のバイト先へと向かう。
家の玄関のドアを「ガチャッ」と開け視線を落とすと、いつもあるはずの親父の靴がなかった。
俺は靴を脱ぎ捨て部屋へと向かう。
平日の日よりも帰る時間が早いので、まだ日は高かった。
いつもより余った2時間は課題をする時間に充てる。
金銭面からも俺は必ず地元の国立大学にいかなければならないので、夏休みから勉強に本腰を入れる。
目覚まし時計の長針が9を指したのを確認すると、勉強に区切りをつける。
リビングに行くと、いつの間にか帰ってきた親父が沸騰した水が入った鍋にパスタを入れている。
「おぉ....あつき、勉強していたのか?」
かすれた声で遠慮気味に話しかけてくる。
俺はつばを飲み込んだ。
そして、自然と拳に力が入る。
立ち尽くす俺に背中を向けたまま、口を開く。
「あの時はごめんね。お父さんも強く言い過ぎた。あつきに頼ってばっかだったのに。」
震えた声で親父は続ける。
「最近は体調も良くなってきたし、ちょっとずつでも昔に戻れると思うんだ。」
その言葉を聞いた瞬間、俺はそっと部屋に戻った。




