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黒川との出会い

「出でいけこのバカ息子!」

幾度となく放たれるそのセリフを聞き俺は家を出る。

今日の親父はいつもより不機嫌だ。反論をしたからだろう。


「このクソ親父。」

そう吐き捨てはするものの、俺は親父のことが嫌いなわけではない。幾分か親父に同情できるからだ。


 俺は物心がつく前に母親を亡くし、親父一人で俺をここまで育ててくれた。しかし、ここ3年間疫病の流行によって親父はリストラされて職を失い家に引きこもりっぱなしだ。その代わりに俺がバイトでお金稼いで生活費を賄うというギリギリの生活を送っている。


「公園行くか。」

親父に家を追い出された時にいつも行く公園に向かう。家から徒歩30分と距離は遠いものの、その公園は滅多に人が来ることがなく、親父の機嫌が治るのにかかる時間を潰すのにはうってつけだった。

親父へのいらいらを地面へと踏みつけていると、だんだん郊外へとなっていき公園は目の前に迫っていた。


公園のゲートを通りベンチに座ろうとベンチに焦点を合わせた時、同じ学校の黒川 望が腰を掛けているのが目に映る。

学校の時のかわいらしい感じとは正反対に、髪をおろし大人っぽい服を身に纏っていた。

その瞬間俺は慌てて進行方向を逆にし公園から出ようとした。


「桑田くん、だよね??」

しまった。声を掛けられてしまった。

「う、うん。そうだよ。」

俺は背を向けたまま会話をする。

「何しにこんなとこに来たの?ここ結構遠いよ?」

その質問をそっくりそのまま返してやりたいところだがそうすることもできず、返答に困る。


「あぁごめんごめん。話したくなかったら話さなくていいよ。」

返答に困った俺を見かけたのか黒川が謝る。

「暇だったら何か話そう?あぁ、邪魔だったら私今から帰るよ。」

黒川は何かを思ってベンチから立ち上がった。

こんな事を言われてじゃ帰ってください、と言えるほど神経は図太くなく、行く宛もないので仕方なく話すことに決めた。


「わかった。」

俺と黒川は、三人用のベンチの真ん中の席を開けて両側に座る。


話すって言っても何を話すんだ。俺と黒川は一年の頃に同じクラスになっただけでそれ以外面識がない。だから、特段積もる話もない。

この公園にある唯一の遊具であるブランコが、軽風によってゆらゆらと揺れている。

それを見つめている内に黒川が口を開く。


「桑田くんって、バイトしてるでしょ。」


呑気にブランコを見ていた俺の心に釘がささる。

俺の通っている高校はバイト禁止だ。

だから、俺は高校からなるべく遠い場所で働いていた。そう簡単にバレる訳がない。


「なんでそれを?」

「店外からカフェで働いてるとこ見ちゃった。一週間前に。」

黒川は少し気まずそうにしている。


「はぁあ。」


「落ち着いて!誰にも言わないから!」

ため息をつく俺を励ますように両手を上下に動かしている。


「別いいさ。言っても言わなくても。俺にとって高校はそこまで大切じゃない。」


「ふーん。そーなんだ。でも言わないから!」


「そうかい。」

バレたもんは仕方がない。学校に言われたって、退学でもして工場で働くさ。

高校に思い入れなどない。悲しむ友達もいない。

第一学校の生徒と話すのは一ヶ月ぶりだ。


「なんでバイトしてるの?何か欲しいものでもあるの?」

両手で頭を支えている俺に間髪入れずに質問してくる。

「言わない。」


「えぇ。なんでよぉ。教えてぇー。」

黒川はしつこく聞いてくる。


「言わない。」


「もういいもんねぇ。言わないとバイトのことちくっちゃうぞぉー。」

わざとらしく頬を膨らませ脅してくる。

ついさっき収まった怒りが少しずつ現れる。

めんどくさい。

こいつはきっと誰に対してもこんな感じなんだろう。


「生活費。」

このことを親父以外の人に話すのが初めてで言葉を紡ぐのに少し緊張したせいか、怒りがすっと引いた。


「んん。あ、えーと。ごめん。」

俺の回答を聞くや否やすぐ謝る。


「えーと、私帰るね。また学校で、いや、うんうん。バイバイ。」

黒川は足をパタパタとさせ視線をあちらこちらに飛ばしながら、足早に公園を後にした。



「はぁあ」

あんなに動揺していた黒川を見て、なんだか悪いことをした気分になった。

「いや待てよ。」

黒川がこの公園に来た理由を聞いてない。

俺だけ秘密を明かしている。損した気分だ。


「ずるいなぁ」

もう黒川のことを考えても仕方がないので月をボーっと眺めることにした。


数十分が経ち、まん丸と太った月が真上に来たのを確認して俺は公園を出て家への帰路にたった。


家に帰ると親父は机の上に頭を乗っけて寝ていて、何本もの缶ビールが床に散らかっている。

顔を赤らめていて、吐き出す息はアルコールが混じっていて臭い。

酔っぱらいの匂いはなんどかこのようにして経験してきたが、全く慣れない。

俺はアルコールの匂いが服に染み付いてしまうんじゃないかと思い、早急に缶ビールを処分し、明日の準備を終わらせ寝ることにした。

と思ってはいたが寝ている親父を見て、寝室から毛布を取ってきて親父の背中にかける。

「このクソ親父。」

そして、俺は寝室に向かった。



「んんん」

俺はベットから体を起こして床に立ち、着替えてリビングへと向かう。


今日は今までで30番を争う最悪な目覚めだ。

きっと昨日のせいだろう。

セミも自分勝手に音をならし散らかしている。

リビングに行き、自分の分と親父の分の料理を作り、親父の分は冷蔵庫に入れ自分の分を食べる。

いつも昼食を食べないので、朝食は多めに摂る。昼食を食べない理由は、お弁当を作るのがめんどくさいのもあるが、それ以上にお金がもったいないからである。



「ごちそうさまでした」

朝食を食べ終わるとまだ7時だったが支度を済ませ家を出る。

家を早く出るのは何か用がある訳ではなく、単に親父のいる家に長居したくないだけだ。朝から親父の顔を見るのには困憊する。

ここから歩いて学校は約10分くらいだ。

平坦な道ではなく上り下りが多いので疲れやすい厄介な登下校道だ。



学校に着き校門をくぐり三階にある教室へと向かう。階段はワックスが塗られていて光沢をピカピカと出している。

教室の目の前へと着きドアを開けようとするがドアはかぎが締まっているようで開かない。

今日はアンラッキーな日なのか俺がこの学年のなかで一番乗りらしい。

教室の前でボケッと立っていてもしょうがないので、鍵をもらいに職員室へと向かう。

俺の通っている高校は、校門が開くと同時に教室も先生が開けてくれるのではなく、学年で一番早く来た人が、職員室へと鍵をもらいに行き全てのクラスのドアを開けるという決まりがある。

「失礼します。3年3組桑田 孝来です。教室の鍵をもらいに来ました。」

何年通ってもこの職員室の厳かな雰囲気には慣れない。

「お、桑田君。今日はあなたが一番なのね。はい。これ。」

俺の担任の先生がぶらぶらとさせる三つのカギをすくうように両手で受け取り、職員室から出る。

「失礼しました。」

俺の担任は30代くらいの若い女性で、整った顔立ちをしている。

そのせいなのか、学校内にその先生のファンクラブがあるとかないとか、そんな噂が立っている。

俺にまで回ってくる噂なのだから、先生自身も耳にしているのかもしれない。


三年一組の教室に着き、鍵を開ける。

同様にして三年二組の教室も開け、自分の教室三年三組の教室へと入り自分の席へと座る。

当然その教室内には誰もおらず俺一人だ。窓際から見えるグランドには朝練をしている野球部がいた。

こんな暑いのによくやるなと感心しつつ蝉が鳴り響く教室内で俺は淡々と課題を終わらせていく。


約1時間経ち教室も人が多くなりざわつき始める。

俺に話しかける人は誰もおらず、教室の隅っこにポツンと座っていた。

周りはグループを作って話し始めていて、居心地が悪い。

だから、勉強に一区切りつけてトイレに行くことにする。

教室から出て右へ曲がり廊下を歩こうとした時、目の前に黒川の姿があった。

ちょうど今学校に来たところなのかスクールバックを背負っている。

黒川と顔を合わせないように俺はすかさず視線を床に落とし早歩きでトイレに向かう。


視界の端に黒川のローファーを視認してから数秒後、黒川が足を止める。


「昨日はごめん。」


その声を聞き俺も足を止め背中を向け合いながら立ち止まる。

なにをそんなに気にするんだ。調子が狂う。

「・・・・・・・」


「のぞみー。何してんのよー。早くこっち来て。」

黒川の友達だと思われる女子に黒川が呼ばれる。

俺はその音を背中で捉え、また歩み始めた。


「ごめん。ごめん。」

黒川は小走りに友達の方へと行った。

「でしょでしょ、やばくなぁーい?」



朝の黒川の出来事を気にしていたらいつの間にか4時間目の授業が終わりお昼の時間になった。

「あーあ、お腹すいたぉー。やっと食べれるー!」

授業が終わり辺りが騒つく。

俺はそんなことを気にすることもなく、屋上へと向かった。俺にはこれと言った友達もいないので、周りの目線を気にせずにいれる屋上が俺のお昼のルーティーンとなっていた。


屋上に着き、床へとねっ転がり空を見上げる。

「くわぁー」

背伸びしてあくびをかいてる最中にドアの開く音がし、視界の片隅にスカートが映り、咄嗟に俺は起き上がった。

そして、なんの気ないそぶりで手すりに肘を掛けて、校庭を見るふりをする。

屋上になんてめったに人は来ないのに。今日は不運だ。


「桑田くん。」

この声は、

俺は薄っすら頭によぎることを確認するためにゆっくりと体を回転する。

「あー。おはよう。」

やはり、その声の主は黒川だった。


「ぷっふふふ。もう、[こんにちは]だけどね?」


「そんなことはどうでもいいんだよ。そんなことより、なんでここに来てるの?」


「なんでって、桑田くんの後ろをつけてきたからだよ。」

黒川は悪気がないのかサラッと話す。

やっぱりこいつは変だ。


「昨日のことならもういいよ。気にしてないから。」

俺はめんどくさくなって後二、三個の会話のラリーを飛ばして、黒川を一蹴する。


「なんでさ、そうやって一人で抱え込もうとするの?せめて私と対話してよ。」


「・・・・・・」


こいつはお節介なのか。

クソめんどくさい。


「あーもう。こんな暗い話はやめ。一緒にご飯食べましょ。」

「って、昼ご飯ないの??もしかしていつも食べてないの??ダメだよ食べなきゃ。」

黒川は俺の空っぽの両手を見て、目玉が飛び出そうになっていた。


「うん。節約しないといけないし。」


「あーもう。その話はやめ。明日から私作るから。あなたの昼ご飯。」

黒川から母性が溢れ出ている。

きっと責任を感じているのだろう。厄介だ。


「いや、悪いよ。それに俺この生活に慣れてるし。」

学校で有名な黒川にお弁当を作ってもらったら、もう穏便に生活できないだろう。

それはなるべく避けたい。


「なに。そんなに私の手作り弁当食べたくないの?」

黒川は目を細くして俺のことを睨んでくる。

目を細めても顔は整っている。


「いや、そんなことはー」

「なら決定ね。明日から楽しみにするのよ。」

俺の必死の抵抗も見ず知らず、半ば強引に決められた。今日は本当に不運だ。




放課後になると運動部の人達は一斉に教室から飛び出していく。

いつもなら俺もその波に遅れて入り家へと帰るのだが今日は掃除当番がある。

掃除当番は二人一組の日替わり制なのだが、今日は俺一人だ。

もう一人の掃除当番の人は夏にサッカーの試合があって練習したいから一人でお願いしてもいいか、と聞いてきた。

選択肢もないこんな無意味な質問に腹を立てるも、その人自身に問題があるわけではないので了承する。

それに、仲良くない人と教室で二人っきりで掃除するよりも一人のほうが気楽でいい。

会話に困って適当に好きなものとか聞く下りが本当に嫌いだ。

そして、本当は好きでもないのに相手が気に入りそうな物を選び、偽りの会話が膨らむ。これは更に嫌いだ。

先のほうが少し曲がったほうきでごみを集めチリトリでゴミ箱へと捨てる。

掃除を終わらせるともう時刻は4:25となっていて、急いで職員室へと向かった。


「これ、遅れてすいませんでした。」

朝終わらせた課題を謝罪の言葉を添えて先生へと渡す。

「ギリギリじゃないか、後3分遅れていたら受け取らなかったぞ。今度から、期日までに出すように。」

「先生あの、これもついでにお返しします。」


忠告を受けた直後に鍵を渡すのは少し気まずい。


「はい」

先生の手へと教室のカギを置き職員室を後にする。

「失礼しました。」

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