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三國志の天才軍師、賈詡は寿命をまっとうしたい! ~終わらない死に戻りループ~  作者: ころにゃん


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第9章:天子脱出

賈詡が作り出した脆い和平は、長くは続かなかった。李傕と郭汜の猜疑心は病のように再燃し、長安は再び戦火と飢餓に包まれた。もはや、この地獄に未来はない。

やがて、献帝と朝臣たちは、長安からの脱出を決行する。賈詡もまた、その一行に加わっていた。もはや李傕と郭汜という主君に見切りをつけた彼にとって、皇帝の一行についていくことだけが、唯一の活路だったからだ。


だが、その道行きは、筆舌に尽くしがたい苦難の連続だった。

背後からは李傕と郭汜の追撃軍が迫り、一行は常に死の恐怖に怯えていた。食糧はとうの昔に尽き、公卿や役人たちが、道端の草を食み、飢えを凌ぐ有様だった。かつて威光を誇った漢王朝の役人たちが、今はみすぼらしい難民の群れと何ら変わりはなかった。

ある夜、賈詡は、寒さに震えながら枯れ木の下で火にあたっていた。その傍らで、天子である献帝が、兵士が差し出した、カビの生えた粟の粥を涙ながらに口にしている。

その光景を見た瞬間、賈詡は肌で感じた。

(……漢は、終わったのだ)

天子の権威は完全に失墜し、もはや誰の心にも響かない。この国を支配しているのは、ただ力のみ。ならば、自分もまた、新たな力を求めねばならない。生き残るために。


この時、賈詡は漢王朝の臣であるという、最後の矜持を静かに捨てた。彼は皇帝の一行から離れ、新たな道を歩むことを決意する。



李傕らの元を離れた賈詡が、次なる身の寄せ先として選んだのは、同郷の将軍・段煨だんわいであった 。彼は賈詡の名声を聞き及んでおり、満面の笑みで彼を迎え入れた。



「おお、賈詡殿!よくぞ来てくださった。貴殿のような智者がいれば、百人力だ。さあ、まずは長旅の疲れを癒してくだされ」

段煨は盛大な宴会を開き、賈詡を手厚く歓待した 。その丁重な扱いに、長安の地獄を抜けてきた賈詡の心も、つい緩んでしまった。


(この男なら、信用できるかもしれぬ)

段煨は李傕や郭汜のような暴君ではなく、理性的で温厚な人物に見えた。賈詡は、ようやく安住の地を見つけたと安堵し、彼の幕下にとどまることにした。


賈詡は、段煨のためにその知恵を振るった。軍の編成、兵糧の管理、近隣勢力との交渉。彼が助言することはことごとく成功し、段煨軍の力は日増しに強まっていった。それに伴い、「段煨軍に賈詡あり」という名声が、周囲に轟き始めた。

最初は、それでよかった。段煨も賈詡の功績を喜び、彼を称賛した。

だが、いつしか空気が変わり始めた。賈詡の名声が、主君である段煨自身のそれを上回り始めたのだ。兵士たちは、段煨の命令よりも、賈詡の言葉に耳を傾けるようになった。

段煨の賈詡を見る目が、尊敬から警戒へ、そして嫉妬と恐怖へと変わっていくのを、賈詡は気づかないふりをしていた。認めたくなかったのだ。この安住の地が、またしても危険な場所へと変わりつつあることを。

彼は自らの才を抑え、できる限り目立たぬよう振る舞ったが、一度灯った名声の火は、彼の意思とは無関係にじわじわと燃え広がっていった。


賈詡が書簡を整理していると、段煨からの急な呼び出しを受けた。幕舎に赴くと、そこには酒宴の跡が残っており、段煨が一人、不機嫌そうな顔で酒を飲んでいた。

「おお、来たか賈詡殿」

その声には、以前のような親密さのかけらもなかった。段煨は、ぎらつく目で賈詡を値踏みするように見つめると、一つの竹簡を投げつけた。

「近隣の砦を一つ、小勢で落としたそうだな。見事な手際だったと、皆が貴殿を褒めそやしていたぞ」

「……いえ、全ては将軍の威光あってのこと。私の力など微々たるものです」

賈詡は即座に頭を下げた。だが、段煨は鼻で笑う。

「謙遜はよせ。貴殿の才が、わしのそれを上回ることは、誰の目にも明らかだ。……もはや、この軍に将軍は二人もいらぬな」

その言葉は、凍てつく刃のように賈詡の胸を刺した。段煨の目には、殺意に似た暗い光が宿っていた。



その日は、敵対勢力との小競り合いが起きた日だった。段煨は賈詡の手を取り、こう言った。

「賈詡殿、此度の戦の指揮は、貴殿にお任せしたい。貴殿の才を、存分に示してくだされ」

それは、最大の信頼の証のように聞こえた。賈詡もその言葉に奮い立ち、初めて軍の全権を預かって戦場へと向かった。

しかし、それが罠だった。

戦の最中、味方のはずの別動隊が、なぜか動かなかった。約束の刻限を過ぎても、援軍は現れない。賈詡の部隊は敵軍の真ん中で孤立し、瞬く間に包囲された。

四方から殺到する敵兵の槍を受けながら、賈詡は遠い本陣を見つめた。そこには、段煨の旗が、まるで何もかも知っているかのように、静かにはためいていた。

(……そうか。私の才が、私を殺すのか)

人の好意は嫉妬に変わり、己の名声ですら命取りになる。その冷たい真理を、賈詡は死の苦痛の中で学んだ。



―――ハッと目を開くと、そこは段煨の陣営で、賈詡が書簡を整理しているところだった。

「おお、来たか賈詡殿」


一度目の死の記憶が、脳内で鮮明に蘇る。この呼び出しこそが、死への序曲だった。これから段煨の元へ行けば、あの不機嫌な顔で酒を煽る男に会い、そして殺意のこもった言葉を投げつけられるのだ。

『……もはや、この軍に将軍は二人もいらぬな』

以前の人生では、その言葉を聞いてから死地に送られた。


(逃げるには今、この瞬間しかない)

賈詡の思考は、氷のように冴えわたっていた。彼は呼びに来た兵士に、穏やかな声で答える。

「承知した。すぐに参上すると将軍にお伝えくれ」


兵士が立ち去るのを見届けると、賈詡は書簡を整理するふりをしながら、幕舎の中を見渡した。ここにあるものは、全て捨てていく。彼の頭の中には、すでに逃走経路が描き出されていた。


彼はゆっくりと立ち上がると、まるでこれから主君に会うかのように、身なりを整えた。そして、ごく自然な足取りで幕舎を出る。しかし、彼が向かったのは段煨がいる本営ではなかった。

彼は、兵士たちの視線を巧みにかわしながら、馬小屋の裏手へと向かった。そこは陣営の隅にあり、夜間の警備が最も手薄になる場所だと、彼は日頃の観察から把握していた。


幕舎を出てから、わずか一刻にも満たない時間。

真の闇が訪れた頃、賈詡は動いた。彼は荷物をまとめることすらしなかった。地図も、金も、着替えも、全てを捨てた。この状況で生き残るために必要なのは、余計な荷物ではなく、ただ速さだけだった。

彼は、闇に溶け込むように陣営の柵を乗り越えると、故郷とは逆の、南の方角へ向かってひたすら走り出した。


背後で、段煨の軍が見せた偽りの安寧が遠ざかっていく。

賈詡は一度も振り返らなかった。彼はこの経験で、乱世を生き抜くための、さらに重要な処世術を学んでいた。

人の嫉妬は、理屈では決して消せない。危険の兆候を察知したならば、相手の殺意が形を成す前に動け。弁明や交渉に時間を費やすな。ただ、逃げろ。プライドも、財産も、過去も全て捨てて、生き残ることだけを考えろ、と。


彼の終わりのない旅は、新たな目的地――荊州の張繡のもとへと続いていた。


天子(皇帝)の脱出を手伝いつつ、さっと天子から距離を置くとか、未来をよくしようという意思を賈詡からは感じます。そして保身に関してはそれ以上に大事にしているな、とも。


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