黒川先輩58
「お、親分。大丈夫ですって、また今度勝てばいいですから」
「⋯⋯はぁ。私もう無理かも⋯」
顔から色を消し、人形のようにだらんとなった瞳を抱えた杏奈や、トランプ組が帰ってくる。顔色から推察するに半分くらいが負けたようだ。瞳を椅子に置き、杏奈が優しさで飲み物を持ってきたところで交代を告げるアナウンスが響く。それにすでに帰ってきていた前半組が表情を変える。楽しんできたこともあって士気だけは高く、売り上げ一位を目指すと高々に円陣を組んでいた彼らは前半の売り上げ帳簿を見ていなかった。
お客さんがいなかったので力哉やもくずさんはいつでも行けるように準備を済ませていたので、互いに顔を合わせる。
「じゃあ行こっか」
「その服のまま行くんですか?」
制服に着替えた力哉がもくずさんを見てそう言う
「宣伝効果もかねて女子はメイド服を着ていないといけないらしい」
多分考えたのは明美さんだろう。
「どこか行きたいとこありますか?」
「おいしいクレープが200円で売ってるらしいから、そこ行ってみたいな」
もくずさんはさっきまで接客していた時とは違った、自然な笑顔で歩いていく。途中トラブルが起こったけどもくずさんが今こうして楽しそうな顔をして文化祭に参加してくれてよかった。メイド喫茶の運営を
任されているクラス委員長としても、一人の友達としても。
クレープのクラスは評判が良かっただけあって、とても混雑していた。
少しして中に入ると、可愛い服そうをした生徒が目の前クレープを作ってくれる。甘いホイップや新鮮は果物の香りに、食欲がそそられる。力哉達の番になり、メニューが差し出される。
注文しようと顔を上げた時
「あ、え?」
自然と声が漏れた
「私の顔見るなり「あ、え?」って。力哉君もやるようになったねー」
まとまった黒髪のロングで、ぱっちり目を開いて力哉を見つめる彼女は、力哉と同じ剣道部に所属する星山のマドンナ、黒川先輩であった。
同い年であるがなぜか皆が先輩と言っているので力哉も合わせ先輩と呼んでいる。実際年上であった方がしっくりくるような接し方をされる
「彼女と文化祭デート的な?」
「ただの友達ですよ。ってか黒川先輩なんで働いてるんですか?出し物違いましたよね?」
「後輩に呼ばれて手伝い中。んで注文何にするか決まった?」
話ながらも黒川先輩はきつね色に焼けたクレープを隣の台に移す。
怪訝そうな顔で見ていたもくずさんが
「力哉の知り合いの人?」
「同じ部活の人です」
もくずさんは納得した様子で微かに頭を揺らす。後ろにたくさん人が並んでいるのを思い出し、
メニューに人気と書いてあったバナナクレープを互いに注文して席に座った
こんなところで出会うと思っていなかったので、席に座ってからもどこか落ち着かない
「あの人すごい慣れてるみたいだね」
「黒川先輩は覚えるのが早いですから」
ぎこちなく返し、もう一度黒川先輩に視線をやると目があい、黒川先輩はなぜか作業を止める。三角頭巾とエプロンを脱ぎだし、今まさに商品を運ぼうとしていた生徒から笑顔で、クレープをもらい力哉に近づいてきた
「ご注文のバナナクレープになります」
「あ、どうも⋯」
商品を受け取ると黒川先輩は無言でその場で動きを止める。すると今度はわざとらしく目ぱっちり開き、顔を極限まで力哉に近づけウィンクをした。力哉は思わず体が後ろに下がる
それを見た黒川先輩は楽しそうに笑って帰っていた。
椅子から落ちそうになったからだを戻し、ため息が出ると
「楽しそうだね」
見てみればもくずさんがいつもの鋭い目をジト目に変えて力哉をじっと見ている。
「あの人いつもあんな感じなんですよ。なぜか俺だけいつもからかわれて」
「ふーん」
話途中でもくずさんから低い声が漏れる
会話から省かれてしまった感じがいやだったのかもしれない。
どこか不機嫌にもくずさんクレープを食べる。
だが一口食べるともくずさんは顔色を変えた
「⋯おいしい」
力哉もクレープを頬張る。お店の物と大差ないレベルの味だった
食べ終えた頃にはもくずさんの顔はいつも顔に戻っていた。
これ以上黒川先輩に絡まれたらせっかくのもくずさんとの文化祭が、台無しとまではいかないものの、良くなく終わってしまうかもしれない。できるだけ目立たないよう席を立ち、教室を抜ける。
クラスを出る出た直後、後ろから誰かに抱き着かれた感覚があった
「力哉君ー。言い忘れてたけど明日の明日部活先生来ないことになったから」
柔らかい感触が背中に当たる。それが何かはできるだけ考えないようにして振り向く。案の定黒川先輩だった
「わかりましたけど⋯なんで抱き着くんですか?」
「この方が忘れないでしょ」
「絶対忘れないと思いますよ⋯」
「じゃあ今度からもこうしよっかなー」
「今度からはラインでお願いしますね。じゃあ」
力強く抱きしめてくる黒川先輩をほどき、そのもくずさんを連れその場から逃げる。
黒川先輩は相変わらず苦手だ⋯




