未知なる力
「いったいいつから?」
問いに対しエイミーは顔を引きつらせた。
「多分さっきの毒蛇の匂いが呼び寄せたのかも。 それにしても、こんなデカいのなんて作り話でしか聞いたことないわよっ?」
「その作り話みたいなのがなんでこんなとこに?」
「わかんない。けど、コイツをどうにかしないとあたしらはこいつの餌ってのだけは間違いないわね」
私達は舌を舐めずる大蛇を眼前に迎撃の態勢を取った。 なんかどっちから食べるか選んでない?
「もぉーっ、なんでこうなっちゃうの? これなら街道を選んだ方が」
「それ言わない、あたしが1番気にしてるんだからっ」
なんとなく逆ギレしてる感じに見えなくもないけどそんなことにツッコんでる場合ではない。
大蛇はその長さト大きさに比例した速さで私達を追いかけ回す。
「それにしてもまずいわね、どの茂みに隠れたってあたしら見つかるわよ」
嗅覚と熱探知に優れた蛇の前で姿形を隠すのは無意味。 仮に隠れることができたとしても木々をなぎ倒して潜伏先まで突っ込まれる。
「エイミー、ちょっと冷えるけど我慢してねっ」
空気中の水分と霊素が反応したそれは広範囲のしぶきとなりエイミーに降りかかった。
「冷たっ、ちょっとノエルなにすんのよーっ」
「隠れて、弓は任せたよ」
熱が下がれば探知されない。 なら私が囮にっ。
「……ヤバいと思ったら逃げてよね」
私の意図に気付いたエイミーはすぐ近くの茂みに身を潜めた。 今の内に意識をこっちに向けさせないと……。
「解放、熱素」
予想はしてたけど間違いない、より高い熱に誘導されてる。
「それならっ」
手に熱を収束させておびき寄せる、必ず私目掛けて飛び掛かってくるはずだ。
「ノエル、そっち行ったよっ」
「はい、いらっしゃいませー」
予想通り大蛇が私目掛けて突っ込んできた。 両足から全身に霊素が流れてくることを意識して私は地面に左手を置き、体内の霊素を一気に放出した。
「撃ち抜け、大地の力」
槍状に隆起した地面はその巨体を貫き、エイミーの放った矢が大蛇の顎から頭にかけて深く突き刺さった。
「……倒した?」
「そうみたいだね、大きくてヒヤヒヤしたけど思ったよりあっさり倒せて拍子抜けなくらいだよ」
倒せたと思いロカムへ足を戻そうとした時だった。
——バキッ——
「ウソ、圧壊した……?」
音の方に振り返ると大蛇は己の腹部の力だけで貫通した地槍を粉砕した。
蛇は獲物を締め上げる力が強いことは知ってるけど、こんなの想定の範疇を過ぎてる。
「ど、どどどどうしようエイミー」
「慌てない慌てない。 いい? こういう時は……」
「こういう時は?」
なにか考えがあるかと思って一瞬頼もしく思ったんだけど、踵を返すあたりそこはやっぱりエイミーだった……。
「逃げるわよっ」
「やっぱ、やっぱそうなるーー?」
「こんなデカくて硬いやついくら命があっても足んないわ、なんとか逃げ切って村まで……」
そうは言っても、徐々にだけど確実に私達と大蛇の差は縮まってる。
距離は人2人分程の長さ、このままじゃ……それよりも逃げる先にはロカムが、このまま逃げたところで村も巻き添えを食らいかねない。
「エイミー、二手に隠れるよ」
「え、マジ?……」
「マジっ」
促すと同時にエイミーは左、私は右方向の茂みにダイブした。
木々や葉の匂いに紛れて少しは気配を隠せてるが気休めでしかない。
「なんとかしないと、ヒャッ」
幸いにも大蛇はエイミーではなく私のいる茂みを探し始めた。 身を潜めるも、1メートルの太さの尾の前では並の木々じゃ簡単にへし折られる。
「ノエルーっ、すごい音したけど大丈夫ー?」
「大丈夫っ、なんとかするっ」
本当は手詰まりからの強がり。 なんとかするって言ったけどこのままじゃ満足に動けやしない、どうにか解こうと肩に絡まったツタを掴んで下に引っ張った時それは起きた。
「え、これは?」
ツタに、違う。 この森の樹木全てに対しペンダントが反応してる? もしかしたら……。
僅かな可能性に賭け一繋がりのツタを手に私は道の真ん中へ飛び出す。 そしてその巨体から目を逸らさず対峙していると叫ぶように制止するエイミーの声が聞こえてきた。
「バカッ、なにやってんのよっ。 こんなの自殺行為でしかないわっ。 早く戻ってっ」
大蛇は私に向かって飛びかかって来たが不思議と大丈夫という確信があった。
「平気、森が味方してる? みたい」
「味方っていったい……な、弓が?」
さっきの紐状のツタをペンダントにかざすと、周囲の樹木が、それだけでなくエイミーの弓も、木に関するあらゆるものが私の霊素に同調し始めた……いける。
「お願い、力を貸してっ」
葉の揺れる音が微かに鳴り響いた直後、無数のツタが大蛇の腹部の穴に絡まるとまるで楔のように地に根を張り付けた。
「ノエル、一体何を……」
「そんなことより、今の内に早くっ」
「もぉ、後でちゃんと説明しなさいよね?」
霊素を足に集中させたエイミーは高く跳躍した。 矢への霊素の付与こそはないが、この一矢は間違いなく大蛇への致命傷となることを私は確信した。
「散々追いかけまわしてきたツケ、お返しするわ。 喰らいなさいっ」
エイミーの矢からは無数の眩い光が放たれ、雨のように大蛇を撃ち貫いた。
「やった? これで……なに、これ」
止めを刺したかに思えた巨体の額からは紫の色彩が怪しく輝いていた。
「エイミー、これは?」
「いわゆるコアってやつね。 あれがある限りあらゆる致命傷は即座に回復される」
「それは厄介だね。 それで、仕留める方法は?」
そう探るように聞くも、エイミーから返ってきた答えは至極単純なものだった。
「コアと心臓をほぼ同時に仕留めること、それに尽きるわね」
額と心臓は直線的に繋がってる。 確実に撃つなら大蛇の体が平らになった瞬間を狙うしかない。
地を擦る音が聞こえた時私の身は既に風素を纏いながら剣先を大蛇の額に突き立てていた。
「なら、やるしかないよね。 ハァァァッ」
これでおしまい……直線的な衝撃波は額から尾を駆け抜けたのと同時に大蛇のコアから光が溢れたのと同時にその巨体は霧散した。
体ごと消えた? これはいったい……。
「死んだ魔物が消える事ってあるの?……」
「いや、そんなことは……。 コアのある変異種とはいえ生物である以上形は残るはずよ。
それより……」
エイミーは自身の弓を見つめながら私のペンダントを見つめながら問いかけてきた。
「いったいなにをしたの? あたしの弓矢、霊素の付与とかそんなものじゃ説明できない力が溢れていたわ」
やっぱり、森だけじゃなくてエイミーの弓にも?
「私にもわからない。 けど弓と森の木に起こった反応は同じだと思う」
「どっちも木だから、なのは間違いないわけよね。 でもどうして……」
「それはおいおい考えればいいよ。 今は憶測する時間も惜しい」
「そうね、急ぎましょう」
大蛇を討ち倒した私達は安堵する暇もなくロカムへの道を急いだ。
モタモタしてると間に合わない。 みんな、どうか無事でいて。