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XX【村娘、貴族令息と一戦交える】


 セフィロード王国国立学園、通称「セフィロード学園」。

 各国の貴族、王族、稀に才を見出した平民が同じ時を共有する大陸最大級の学び舎は俗に、羨望の眼差しから「上流階級学園」とも呼ばれている。

 学園の中を行き交う生徒と教諭は既に社交会デビューを果たし、親族の監視の目が無いにも関わらず、皆が洗礼された優雅な振る舞いで学園生活を謳歌していた。

 そんな優游涵泳とした空間を、肩を怒らせながら大股で横断する一人の学生の姿が、辺りにざわめきを生じさせた。

 黒く艶やかな短い髪を靡かせ、きっちり着込んだ学園の制服が多少着崩れる事も物ともしないその人物は、人形の様な精悍な顔を歪ませ、すれ違う者達が軽く恐怖する程に鬼気迫る雰囲気を醸し出していた。

 今年の春にセフィロード学園に首席で入学し、教諭や生徒、男女共に関係無く畏敬の念を一身に浴び続けるその生徒は、自国の国王陛下ルドルフ・ヴァイセム・セフィロードの子息にして、国の第三王子―――ルーク・ジャックス・セフィロードであった。




 ―――クソッ…! ギルの奴ぅ…!




 ルークは激怒した。勿論、静かに。

 



 ―――アリスの入団試験をわざわざ休校明け初日の開校日にするとは…! 生徒会に入会したばかりで業務に追われる俺への嫌がらせか! しかもその事を今朝家臣を経由で報せてくれとはぁあ…!!!




 一ヶ月前のアリスから手紙で返事が来た日から今か今かと待ち望んでいたルークにとって、ギルバートの悪戯(?)は憤りを超えて軽く殺意を覚える程に悪質だった。

 



 ―――今朝から小休止返上で業務をやり切ったお陰で昼休み一時間は自由が利く! 待ってよろアリス!




「あと覚悟しとけよバカバートぉお!!!」

「で、殿…セフィロード君! 廊下を走ってはなりませんよ!」


 怒りの感情任せになって、いつの間にか競歩から駆け足になっていて、すれ違った教師に注意されてしまった。




*** *** *** *** *** *** *** *** ***




「それでは―――試合開始!」


 審判のアッシュの号令と共に、アリスと、彼女の入団に異を唱えた団員、ローグ・ヴィスマンの一騎打ちが開始した。

 しかし、双方開始の合図がかかったにも関わらず、その場から一歩も動こうとしない。

 その異様な光景に、周囲の団員達の中からざわめきが生じる。

 当の本人達は木剣を構え、互いに正面を向いて対峙する姿勢のまま見つめ合ったまま。

 団員達の中から痺れを切らして野次を飛ばす者が現れる。


「どうしたローグ! さっきの威勢どこ行ったんだよ!」

「女相手だからって躊躇してるんじゃないだろうな!」


「騒ぐなよ。これは俺の試験じゃないんだ。この変わり者のお嬢さんの実力を見るための試合だろ? お前が動かねぇと合格出来ないぜ?」

「そっちこそ。私の入団を嫌がってる割にはさっさと終わらせに来ないのね?」

「あぁ。俺はヴィスマン男爵家の嫡男にして、あらゆる社交パーティーで数多の淑女達とのダンスに引っ張り凧の紳士だ。例え田舎出の芋女相手でもレディーファーストは欠かさないぜ?」


 そう言いながら、キザっぽくウィンクも添えてアリスに先攻を譲るローグ・ヴィスマン。

 強面とは言え、ルークとは違った雰囲気の端正な顔立ちでそんな笑みを向けられたら、普通の女性なら、それだけで心が揺れ動いてしまいそうだが…。


「成程ね。そう言う事なら、お言葉に甘えるよ」


 アリスは違う―――


 感情の一端も感じさせない淡白な口調で言葉を発するが、その赤い瞳の奥で、静かに怒りの炎が燃え滾っていた。

 風に吹かれるサテンの生地の様な滑らかな動きで、木剣の刀身に当たる箇所を左手で鷲掴みにして、左の腰の横に添える。

 右手で柄を握り、左足を後方へ引き、両膝を深く曲げ、右肩を前に突き出すような姿勢で静止する。

 その異様な構え方に、対峙するローグ・ヴィスマンは勿論の事、他の団員達も不思議そうな眼差しをアリスに向けた。

 ただ一人、ギルバートだけは至極興味津々な眼差しで見守っていたが…。


「じゃあ遠慮無く」

「あぁ。どこからでも―――」


 ローグ・ヴィスマンが言葉を言い切る前に、アリスは地を蹴った。

 まるで発射された銃弾のような勢いで、アリスがローグ・ヴィスマンの懐に入り込み、相手の右脇腹から左肩へ薙ぎ払う様に木剣が軌道を描く。


「っ―――!」


 しかし、アリスの描いた軌道にローグ・ヴィスマンの体は触れなかった。

 瞬きの間に距離を詰めて来たアリスに一瞬驚愕して、すぐに回避行動を取ったのだ。

 両足に有りっ丈の力を込めて、思いっきり後方へ飛び退いた。


「!」




 ―――まさか初見でこの攻撃を紙一重で交わされるなんて…。

 



素直にアリスは驚き、そしてローグ・ヴィスマンへの関心が高まった。

ただのキザで女タラシの上流貴族主義者令息ではなかったという事か…。




―――攻撃が当たらなかったのは意外だったけど…。




 問題無い(・・・・)。万が一にも回避される事も思案していた。

 故に、大振りな一撃を回避するために後方へ飛び退く事も計算済み。



“『勝敗を決する条件は『相手が降参の意を示した時』と『足の裏以外の部位が地に着いた時』に限る。”


 そう。何も攻撃を当てる必要は無いのだ。

 相手の足の裏以外の部位を地に着けさえすれば良い。

 少しだが、仰向け上に傾いたローグ・ヴィスマンの体。

 そこへ更に大振りな二撃目を空振りさせて、相手の回避行動を利用して、尻もちでも着かせてやるつもりだった。


 しかし。


「―――っそ!」


 ローグ・ヴィスマンは小さく吐き捨て、手にしていた木剣の刀身の先を床に思いきり着きつけた。

 倒れそうになる自身の体の体重を木剣で支え、落下速度を落とし、瞬時に片足を後方へ引いて立て直してしまった。

 体勢を直したローグ・ヴィスマンは木剣を下から掬い上げる様に薙ぎ払い、二撃目を打ち込もうとするアリスの顔面スレスレの位置で空を切る。

 間一髪の所でローグ・ヴィスマンの攻撃を回避したアリスは摺り足で後方へ退く。

 再び向かい合ったまま動きを止めた両者。

 周囲を取り囲んで見守っていた団員達は唖然とし、そして何処からともなく盛大な喚声が上がった。


「凄ぇ何だ今の!?」

「一瞬女の方消えたぞ!」

「瞬間移動!? 俺初めて見た!!」


 


 ―――あの動きが目で追えなかったの? 大丈夫かこの団員達…?




 アリスの中で密かに団員達への不信が募って行く。

 ローグ・ヴィスマンは少し呼吸を乱しながら「っ……危ねぇ」と吐露した。

 さっきまでの余裕の笑みを崩す事が出来た事に微かな優越感も募った。

 その優越感を胸の内に隠しつつ、アリスはローグ・ヴィスマンを見据える。


「レディーファーストしてくれてどうもありがとう。今ので崩せなかったのは残念だったけど、この後も変わらず舐めてかかるつもりなら―――」


 アリスは木剣を持ち上げ、刀身の先をローグ・ヴィスマンに向けて止める。


「今度は当てる」

「~~~こっ、いつぅ…!」


 瞬間、肌を刺すような闘気が訓練場の中心から周囲に広まる。

 闘気を感じ取った団員達は瞬時に顔色を悪くさせるが、向き合うローグ・ヴィスマンは逆に顔を怒りで赤くして、額に青筋が浮かび上がり、八重歯が覗く口元を引きつらせて笑みを浮かべたのだった。


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