XXⅠ【村娘、決意を示す】
アリスはその実力の一端を見せつけた。
その結果、今まで女だからと馬鹿にしていたはずの騎士団員達の表情が一変した。
何が起きたのか分からず困惑する者、女に一本取られかけたローグ・ヴィスマンを嘲笑う者、手の平返しでアリスを応援し始める者。
アリスとローグ・ヴィスマンの試合を最も間近で見ていたアッシュは張り付いた仏頂面を微かに驚愕の色に染め、唯一この一戦に期待を寄せていたギルバートは感心したように「ヒュ~」と口笛を一吹きした。
直接対戦するローグ・ヴィスマンに至っては、アリスの挑発を受けて、さっきまでの余裕な態度を一変させた。
信じられないと言いたげに驚愕に目を見開いているが、同時に憤りで顔が赤く染まり、イケメンと言っても過言ではない顔付きが引きつっている。
ちなみにアリスはそんな彼の姿を見て内心ご満悦であった。
態度にも顔にも出さないが、心の中では声を大にして「ざまぁ~みろ~!」と叫んでいた。
―――とは言え、他校の剣道部員から「初見殺し」とまで言われていた私の初手の攻撃を交わされるなんてね。
言動はともかく、この男が騎士団員として実力があるのは確かだ。
―――ダメだ。もっと集中しろ。初手を交わされたのは、私も心の中でこの人を馬鹿にしていた所為だ。
自分を舐めてかかってるなら、油断してる内に「初見殺し」をお見舞すれば絶対勝てると、彼の事を見透かしていた所為だ。
『初めの相手と剣を交える時は、必ずその相手は自分が出会った中で最も厄介な強敵なのだと思いなさい』
そう日々の稽古の中で、前世の父は口癖のように言っていた。
実際この男は剣技も然る事ながら、実戦経験も豊富なのだろう。
そうでなければ、あの一瞬で木剣を支え代わりにして体勢を立て直すなんて事は出来ない。普通に難しいし。
武器を『損失しても問題無い体の一部』として考え、息をするように臨機応変に使いこなす。
そんな軽業師の様な芸当を、型にはまった流儀で身に着ける事は困難だ。
ならば考えられる事は幾らか絞られる。
だが現状でその事を詮索してもしょうがない。
彼には彼の育った環境があり、それがどんなに困難な道のりであったのか、他人である自分が口を出す所ではない。
ただ少しだけ―――“尊敬”はする。
「ヴィスマン男爵令息さん。これは私の人生を賭けた大事な入団試験なので、出来ればそろそろ本気になってほしいわ」
「な、何を…っ」
「貴方を負かせば私の合格への道は速まるのだろうけど、本気でもない相手に勝てた所で、私自身が自分の合格に不満が残るのよ」
アリスは覚悟を決めて此処に来た。
騎士団員として、自身の命を危険に晒して国民の命を守り抜く事を…。
その為に、後悔無く生きる覚悟を…。
「私はこの国に生きる人達が笑っていられる様に、国民達の“剣”になりに来たんだ。鈍らじゃないとちゃんとこの場で証明させて」
アリスの言葉で訓練場は静寂に包まれる。
彼女の決意に呆れているのか、はたまたその熱意に心打たれたのか、定かではないが、暫くの間誰も言葉を発しなかった。
長い沈黙……居た堪れない沈黙とも言える時間が過ぎ去る。
しかし、不意に正面で対峙するローグ・ヴィスマンが、小さく笑みを零した。
肩を小刻みに震わせ、それに連動するかのように短く区切った笑い声が微かに耳に届き、その笑い声は徐々に大きくなっていった。
仕舞には腹を抱えて泣く程に大爆笑し始めたではないか。
アリスの決意表明より、ローグ・ヴィスマンの方が奇妙に思えたのか、団員達は再び小声でヒソヒソと喋り始めた。
―――やっぱり滑稽と思われたか。無理も無い。
笑われる覚悟はしていた。馬鹿にされる覚悟も同時に…。
だから尚も笑い続けるローグ・ヴィスマンに対して『女だから』と嘲笑された時程の憤りは感じなかった。
一頻り笑ったローグ・ヴィスマンは口元に笑みを浮かべたまま、大きく深呼吸をした。
次に投げかけられる言葉は、自分の覚悟を貶める類の物だろうと予想したのだが…。
「―――やめだ。俺の見立てが外れたぜ」
「は?」
そう気怠そうに首を傾げ、木剣を持っていない右手の手の平をヒラヒラと空中で遊ばせる様に動かした。
さっきまでのお高く留まった態度は何処へやら。
憤って真っ赤になってたはずの精悍な顔は、盛大に笑ったお陰か破顔してしまっており、此方を見下していた冷たい眼差しは、まるで春でも訪れたのかと思わせる程に柔和な視線に変貌していた。
高身長でスタイルも良く、顔も良い……そのお陰で年上っぽく見えていたが、今の彼からは幼さが滲み出ている。
まるで楽しいオモチャを見つけた時の子供みたいだ。
「団長。副団長。申し訳ありません。意向に異を唱えるこれまでの言動をどうかお許し下さい」
そんな謝罪の言葉を口にしつつ、ローグ・ヴィスマンはギルバートとアッシュに頭を下げる。
一体何が起きているのか理解出来ないアリスと他の団員達はポカンと呆気に取られていた。
そんなアリス達の状態を他所に、ローグ・ヴィスマンは更に言葉を続ける。
「そして、どうかこのまま自分を彼女の試験に協力させて下さい。散々な無礼を働いた事は重々承知しておりますので、後程懲罰は甘んじて受けます。何卒、彼女へ働いた無礼への謝罪と名誉挽回の機会を頂きたく存じます」
「………団長」
ローグ・ヴィスマンの申し出を受け、審判のアッシュがギルバートに判断を仰いだ。
ギルバートは無精髭を指でジョリジョリと弄びながらわざとらしく「う~ん」と唸って悩む仕草を見せる。
…………その仕草の合間、視線がずーっとアリスの方を向いていた事は、他の団員達は気付いていなかっただろう。
―――「お前の判断に任せる」って事か。
アリスはすぐにギルバートの意思を見抜き、全員の視線が自分に集まる様、軽く咳払いをした。
「団長。私からもお願いします。このまま彼との手合わせを継続させて下さい」
「ふむふむ。両者同意という事であれば良いだろう。ただしローグ。お前には場を引っ掻き回した罰として、アリスに敗北したら三ヶ月間の馬小屋当番を義務付ける」
「はっ! 自分如きの我儘を聞いて頂きありがとうございます!」
ローグ・ヴィスマンは右手に木剣を持ち替え、柄を逆手で握り、刀身の先が下を向くようにして体の中心に構え、拳を作った左手を背中に回して背筋を正した。騎士団の敬礼だ。
敬礼をした後、ローグ・ヴィスマンは再度アリスを見据え、今度は自身も木剣を構えた。
両手で柄を握り、刀身を体の右斜め下に下ろし、右足を後方へ引く。
その構えを見てアリスは思った。
―――やっぱり。彼の剣術はどこかオリジナリティーを感じる。
さっき彼の態勢を崩しかけ、反撃された際にも微かにアリスの中に生じた違和感。
洗練された貴族剣術の指導を受けているにしては、彼の剣技には動きの余韻が残っている様な感覚がしたのだ。
―――……あ、そうか。この人は腕が長いんだ。
全体的な高身長に印象を持って行かれるが、よく見ればその四肢の長さも特徴的だ。
その所為か、彼が剣を振るうと肘と手首を起点にした関節の動きからなる振り幅が、成人男性よりも微かに大きくなる。
ほぼ目の錯覚と言っても良いだけの違いだが、アリスは動体視力が良い所為で微かな振り幅の差すらも捉えたのだ。
そしてその振り幅の差は、既の所で止めなければならない刃を止める事を難しくさせる。
それがどうしたと思う所だが、剣術も拳銃を打つ時と同じように、正確に目測しなければ大惨事に成り兼ねない事がある。
ローグ・ヴィスマンはその手の長さが仇となる微かな振り幅を補うべく、その様な構えを取っているのだろう。
「どうやら私も貴方を見くびってたみたいね。貴方は剣に対しては真剣みたいだ」
「剣だけじゃないぜ。淑女にだって真剣に接してるぞ、俺」
「あらそう。田舎出の芋女で悪かったわね」
「だ、だから悪かったって…」
初めて申し訳なさそうに項を掻きながら目を逸らすローグ・ヴィスマン。
「やれやれ」と呆れながらも、アリスは胸の内でスッキリした気持ちが満ちていく。
「それじゃ、次こそ決着つけましょうか」
「おう。次は本気で行くぞ」
何度目の対峙となるか。
アリスとローグ・ヴィスマンは審判の合図も無く、同時に地を蹴った。




