肉体と精神の相違
外に出てた二人が戻ってきて、朝食の時間。二人は食卓についてるけど、私はソファーでまた横になってる。
ぶつけたところはちょっと膨らんで、こぶになった。切り傷は大したことなくて、ガーゼをあてて上から氷の入った水袋で冷やしてる。けっこう気持ちいい、けど痛い。
「ポルタ。朝飯準備できたけどどうする?」
「うー…もうちょっとしたら食べる……」
小屋の中はベーコンの焼ける匂いで一杯で、お腹も結構減ってる。けど、ぶつけた所が痛すぎて今はソファーから起きたくない。
魔狼だった頃は傷なんて数秒で完治してたから痛みなんて気にしなかったけど、人間は逆に痛みに敏感みたい。この差異は私を結構苦しめた。
「ばははッ、まぁ、目を離してたアーデインも悪いの。ポルタが歩けん事はお前さんがよう知っとる事じゃ」
視界の下のほうで目玉焼きとベーコンを乗せたトーストを頬張るクライエン。いいなぁ。
「そうだけどさ………でもポルタだって子供じゃないんだぜ? 四六時中見てるってわけにもいかないって」
アーデインは狐色のトーストにバターをたっぷり塗っているところだった。どっちもおいしそう。
「…あの、その事だけど生活に不便を感じないくらいには歩けるようになったから、大丈夫」
「相変わらず早いなおい。っていうかえー。リハビリって名目で長く居座るつもりでいたんだけど、おれっち」
「おんとしてはいくらでも居てくれて構わんがの。それに、事情も全部聞いとる」
「おいおいまじかよ……え? じゃぁおれっちが用意した設定全部パァ? 昨夜得意になって話してたおれっちは完璧ピエロじゃん!」
がっくりとうな垂れるアーデインに、二人して笑ってしまう。昨夜、彼は私との関係について彼が考えた設定をクライエンに話してるのだ。アーデイン以上に私の事を知ってるクライエンは、笑いをこらえるために空のグラスを傾けてた。
「あーぁ。ってかクライエンもあっさり認めるのな。おれっちなんてまだ頭のどっかで疑ってるくらいなのに」
「まぁ、ポルタが話したんではないしの。おんが勝手にあたりをつけて言ったんじゃ。彼女はその――やはり違和感があったからのぅ」
精霊の魂が見えた、という話をしないのは私がフェンリルだってばれないようにするためだってすぐに気付いた。私は満足して頷き、体を横にして額に氷袋を押し当てる。その間も会話は続いていた。
「どちらにしてもポルタには今の世の中について学ぶ時間が必要じゃろ。何、食費なら気にせんでも大丈夫じゃ。お前さんは優秀な稼ぎ頭、じゃからのう?」
「あぁおれっちに掛かれば三人くらい余裕で食わせてやれる――って働かせんのかよ!? おれっちは元々あんたの客として来てるんだぜ!?」
「別におんまで養えとはいっとらんのじゃが……ゴチになりまーす」
「しねぇよ! お前の食費は五倍かかんだかんな! しらねーと思うけどさ!」
「ふっふ、オーグル族は肥えた腹こそ男の証じゃぞ? この腹がしぼむと思うとおんは嬉しくて仕方ないわい」
「嬉しいのかよ! 努力しろよ!」
アーデイン楽しそう。ほんと二人は仲がいい。
だからこそ、今朝の夢――いや、実際に殺したオーグルやゴブリンを思い出す。彼らも本当はこんな風に笑ってたのかな、なんて。彼らが村を襲おうとしてたのは間違いないと思うけど、脅すだけ脅して、どこか別のところに逃がしてたら静かに暮らしてくれただろうか?
(………いや、千年前の魔族と今の亜人じゃ思想が根本的に違う。だから、こんな考え無意味だ)
今の私だって、たぶん魔狼のままの自分と対峙したら思想が割れてしまいそうだ。ただでさえ今のほうが感情とかが豊かになってるし、既に色々な変化を受け止め始めてる。魂も、精神もおなじつもりだけど、やっぱり肉体が違うだけで考えも変わってしまうのだろうか。
けどまぁ、今の自分の気持ちはわかってる。魔王に会いたい。会って話がしたい。そういえば、本物の魔王も私が言葉を話したらなんて事、言ってた。
はやる気持ちはあるけど急いだってしょうがない。世の中は平和になったのだった。時間はたっぷりある。
ちょっと寄り道くらい大丈夫。そう自分に言い聞かせて、今をがんばる事にした。




