この世界の伝説
本当は最初から疑問に思うべきだったんだけど、私は転生しても中身は結局魔族のままで、中途半端に理解しながらも助けてくれたのが魔族のアーデインで、彼をゴブリンらしくないとは思いながらも魔族だから安心してた節があった。彼のほうも人間にしてはおかしい私を、それこそ魔族みたいに相手にしているものだと思ってた。
もし、私を助けたのが人間だったらもっと私は戸惑っていただろうし、警戒心むき出しだったと思う。けど、それがゴブリンだったから、心許すところがあったのだろう。
でも、アーデインのほうは違った。
彼は確かに私を少し変とは思っていたみたいだけど、彼はあくまでも私を『人間』としてみていた。つまり、ちょっと変な事情のある人間。
つまり、魔族が人間を助けて、一緒にいる事が『大したことない』わけで、今更疑問をもつ必要も無い当たり前って意味で。
はじき出した答えを、人間と騒ぎながら商品を選ぶ光景が証明してたわけで。
「そろそろ着れましたか?」
考えに耽っていた私は少し離れた場所から聞こえた声にびくりと身をすくませる。声の主は護衛役の女性。
「ま、までゃ――んん…まだです」
「そう? 男共がこっちを凝視してるから急いだ方がいいですよ?」
確かに、背後から並々ならぬ気配が感じるけど、正直私は困惑してた。
手元には人間の少女が纏う衣類の一式があった。これらはつい先程、アーデインが選んでくれたものなのだけど、着方がいまいちわからない。それでまごまごしてるのだ。
「ねぇ大丈夫――あら、まだ全然じゃないですか」
そしてついに見張りの彼女に見つかってしまった。
「どうしたんですか? 気に入らないとか?」
それはすぐに首を振って否定した。渡された服は色調は私の好きな奴だったから、たぶん気に入ると思う。だけど、即答は余計だった。
「え、まさか着方がわからないとか……?」
……こくり。
覗き込んでいた彼女はぽかんと口を開いた。恥ずかしい。なんだか恥ずかしい。確かに、私の姿はある程度育った女の子、言うなれば子供から大人になる中間とも言える『少女』だから、服の着方がわからないっていうのはなんというかすごく恥ずかしい事だった。まともな服を着たことないなんてまるでそれは『奴隷』じゃないか。
あぁ……いやだ。奴隷って思われるのいや…。
呆けてた彼女はすごく優しい表情をした。
「そう、なのね。大丈夫。もうあなたは自由になったの。これからあの優しい紳士と一緒に幸せになるといいですよ。どれ、服は私が手伝ってあげますから」
顔から火が出そう。絶対、異国の奴隷とかそんな感じの勘違いされてる! ……私は誇り高い魔狼なのに……しかもフェンリルだぞ? 奴隷のレッテルとか勘違いでも泣きたくなる。
でも、これも自分が悪い。不恰好でも一人で着ればよかったのだ。だからしょうがない。木にもたれて、肌着のひとつから順番にまるで赤ん坊の世話をするみたいに優しい表情で着せられてくなんてほんともう死にたい。素直に転生して記憶とか捨てたい…。
二度とこんな勘違いと指導はごめんだった。下着の向きの特長とか順番とか靴の履き方とか全部頭に叩き込む。よし覚えた。もう次は絶対に一人で大丈夫。
結局、私が身につけたのは指先の出る靴、皮のサンダルに脚の線にあった細い麦色をしたズボン、白を貴重にした長袖シャツ。袖口がゆったりとしていて、装飾も施されてるそれは貴族の娘が着てても遜色ないとかいうやつだった。そこにケープを肩にかけて、おまけに髪留めで長い薄水色の髪を首のところでまとめれば出来上がり。ちなみに髪留めは護衛の彼女のサービスだった。ウサギの細工がついてる。おいし――かわいい。
そんな風に私を人形のように仕上げた彼女は、私の伸び放題の前髪を持ち上げながら言う。
「んー…可愛い感じでできましたけど、前髪がもったいないですね。というか髪全体整えていいですか?」
今のところ、私は髪の毛がうざいくらいに思ってるので全然大丈夫だった。短いくらいでいいと思う。頷くと彼女はぱっと笑顔になって、すぐに椅子とハサミと外套をもって戻ってくる。雨よけの外套を羽織らされて、一度髪を解かれて、彼女はとても楽しそうにはさみを動かし始めた。
こうして前髪は目に掛かっても邪魔にならないくらいの長さに。後ろ髪は腰に届く長さで綺麗に整えられた。再び髪留めで止めてもらって、手鏡を渡される。
「どうですか? 自分で言うのもあれですけど、かなり上手くできてると思うんですけど」
鏡に映った私は、さっきと見違えるくらい色々整ってた。
髪で隠れていた丸っこい小さな顔がちゃんと見える。大きな目は魔狼の時と同じで深い青色をしていた。眉細い。まつげ長い。唇の端が切れて血が固まってるのは、昨日殴られたからだった。
なんというか、いじめてくしゃくしゃにしてやりたい顔してる。
髪よりも自分の顔に夢中になってた私はしばらくして質問されていた事を思い出して、大丈夫と口にした。
そこでようやく彼女も胸をなでおろす。
「よかったぁ。黙ってたから気に入らないのかと……あ、そうそう。胸はもう少ししたらもっといいのを買ってくださいね。ちゃんとつけないと形が崩れちゃいますから」
「わかった。ありがとう」
胸部については魔王が好きだから前向きに受け止めておく。彼の眼鏡に適うほどまだ育ってないけど。魔王は大きいのが好きそうだった。今後に期待する。
「それじゃあ、お披露目といきましょうか」
立ち上がり、手を差し伸べてくれる彼女。この林に入る地点で、彼女には私が上手く歩けないのを理解してもらってる。
椅子と外套を小脇に抱えた彼女の腕につかまりながらよろよろと歩いてく。皮製のサンダルは指先は出てるけど踵や足首も守ってる旅用のもので、歩き旅のためのものらしい。
道に戻ると、長い事またされていた男達はそろってほぅ、と声を上げた。中でもアーデインは特に満足そうだった。
「へへ。な、みただろ? おれっちの目に狂いはなかったんだって」
「ち。白系の髪の子は黒で際立たせると思ったんだがな……」
「このフリルのドレスだって半額で売ってやったのに…」
「オレはこの麦わら帽子とワンピースでだな…」
なにやらぶつぶつ言ってる人間の男共。彼らが名残惜しそうに手に持ってるのは、彼らなりに私に選んでくれた服だった。簡素すぎたり真っ黒だったり、着るのが面倒そうだから除外したもの。
勝ち誇ったアルビノゴブリンに対して、人間三人は悔しそうに叫んだ。
「ちくしょう! うちのリーダーもその子くらい若くて可愛ければ着せがいがあるのに!」
「くそう! 商談がスムーズに進んであと一日早くこの山を通ってればあの子を助けたのは俺たちだったのに!」
「うぉぉぉッ! 許さねぇ! あの子の純潔を奪った男を許さないぞぉぉぉぉ!」
……うわぁ。
私が引いてると、アーデインが近寄ってきて手を差し伸べた。二本足で立った私の、胸くらいの高さしかない彼だけど手をとるとしっかり支えてくれる。
「麗しのお嬢様。どうぞ道行はワタクシの手をおとりください、ってな」
背の低いゴブリンが紳士然とするとなんだか面白い。思わずくすりと笑ってしまった。そんな私に、アーデインは見慣れた笑みを浮かべる。
ちなみにさっきまで私を支えてくれてた彼女は他の三人を殴り飛ばしてた。リーダーって呼ばれただけあって強い。男が宙に浮くほどの拳だった。
私はロバに跨り、ようやく双方の旅が再会するときには空はもうじき夕暮れといったところだった。
「そうそう。山の仮宿で聞いたんですけど月が真っ赤な時は気をつけたほうがいいみたいですよ」
顔に青あざを作った男共を連れて、彼女は去り際にそう言った。
「へぇ? そりゃまたなんで?」
アーデインが聞くと、彼女は肩をすくめた。
「わかりません。根も葉もない噂話ですよ。ただ、最近あちこちで妙な話ばかり聞きますから、こういうのも気に留めて用心した方がいいかもしれません。それではお元気で」
その言葉にアーデインがちらりと私を見る。それからすぐに人懐っこい笑みを浮かべて、去っていく彼女達に手を振った。
「ありがとうなー!」
声を張り上げて見送る彼に、私も大きく手を振って見送った。
姿が見えなくなってすぐ、アーデインは手綱を持って坂道を登り始める。
「真っ赤な月ねぇ……吉兆の兆しとは聞いたことあるけどなぁ」
「そうなの?」
「あぁ。まぁ不気味ってだけでつけられたのかもしんねぇけど……いや、あぁ…そうか、聖王伝説に出てくる炎の月だ」
首を傾げる。アーデインは視線だけ振り返って言葉を続けた。
「プロペディアを焼いた炎の事さ。ガキに読み聞かせる紙芝居にゃさ、炎に包まれた城と炎の灯りに照らされた真っ赤な月が決まって描かれてんのさ」
「…それで?」
先を促す私に、アーデインは一度口をつぐむ。
「………なぁ、ポルタ。自分の国の事かもしれねぇけど、その、大昔の事なんだ。色々違ってても怒らないでくれよ?」
わかってる。千年という月日は、伝承や事実が捻じ曲がってしまう時間でもある。でも、その聖王伝説とかいうのは、なんだかとても期待できる。いい方向で。
ゴブリンと人間が笑いあっていた。その秘密がそこに隠されているような気がするのだ。
「はは…まるで話をせがる子供みたいな顔してるぜ? じゃ、まぁ、退屈しのぎに聞かせてやるよ。昔っから聞かされてるから覚えてんだ」
こくこくと頷くと、アーデインはまっすぐ前を見ながら語り始めた。
「遠い遠い昔。世界の北の端っこで、聖王は生まれました。
聖王は世界で一番優しい人間でした。彼は小さな国の王様になります。たくさんの人間に慕われていましたが、聖王はそれ以上に世界が平和になることを望んでいました。聖王は敵だった魔法族の王と友達になり、全ての魔法族と人間を友達にしようとしました。
しかし、それを拒む者がいました。魔女です。魔女は手を取り合う二人に言うのです。
『お前達がいくら仲良くしても、他の者はそうはいかない。世界はどちらか一方の物になるべきだ』
魔女は二人に殺し合いをするように命じました。魔法族が勝ったら世界は魔法族のものに。人間が勝ったなら、世界は人間のものにしてやると。魔女はそれをするだけの力を持っているのでした。
魔女は魔法族の王にいいます。
『魔法族の世界になれば、お前に逆らうものはいなくなる。お前の名の下に世界は平和になるのだ』
魔法族の王にとってそれは甘い砂糖のような言葉でした。けれども、魔法族の王はそのままの砂糖よりも、みんなでじっくり作られた甘いケーキのほうがほしいのでした。
『人間は私のように強くはないが、魔法族の中にも弱いものはいる。一番強い私が弱い者と手を取らなければ、本当に弱い者達を救う事はできない』
魔女は魔法族の王が嫌いになりました。次に、聖王に魔法族を滅ぼせる剣を差し伸べて言います。
『魔法族が滅びれば人間だけの世界がやってくる。強い力におびえなくてもいい世界が待っている。そうすれば、お前を慕う人間ももっと多くなるだろう』
聖王にとって、それは食べなれたお菓子のようでした。甘くておいしいお菓子ですが、聖王は新しいお菓子のほうがずっと魅力的なのです。
『私は魔法族のように強くはないが、彼らにも優しさがあることを知っている。誰よりも私が優しいと言うのなら、優しい私が彼らを見放す事は許される事じゃない』
魔女は聖王が嫌いになりました。魔女は自分の言う通りにならない二人を睨んで、強く言うのです。
『私を拒むのならばお前達の望まない世界を与えてやる』
魔女は空に浮かぶ月を魔法で燃やしてしまいます。真っ赤な炎に包まれた月は、その熱で聖王のいた町を燃やしてしまいました。
聖王は兵士を使って町の皆を避難させました。誰よりも優しい王は、最後まで燃え上がる町に残り、炎に包まれて死んでしまいました。
魔法族の王は魔女と戦いました。魔女は世界の隅に追いやられますが、魔法族の王は長い戦いに力尽きて、最後には死んでしまいました。
燃える月は世界は焼き尽くそうとしました。そんな中、どこからか一匹の狼がやってきました。狼は魔法族の中で二番目に強い狼でした。狼は燃える月に向かって大きく吠えると、それだけで燃える月の炎を消しました。しかし、狼もたくさんの力を使って眠るように死んでしまいました。
魔女は悔しがりました。次に魔女はたくさんの部下を率いて人間や魔法族を襲わせました。
世界中で今度は戦争が起こりました。人間の国は次々に滅ぼされました。魔法族の住処は次々に壊されました。頼りにしていた王がいなくなった二つの種族は、少しずつ追い詰められて行きます。
ついに居場所が無くなり、魔法族で三番目に強かった巨人が言います。
『このままだと人間がいなくなり、これでは魔女が言った魔法族の世界になってしまう。人間を守らなければいけない』
彼は人間を守り始めました。人間たちは思いました。
『魔法族と一緒に戦わなければいけない。一緒に痛みを知らなければ、誰にも優しくはなれない』
人間と魔法族、二つの種族は魔女の軍勢と戦いました。たくさんの人が死にました。けれど誰も誰のせいにもしません。二人の王が作りたかった未来は、本当はみんな望んでいた事なのです。
やがて戦争が終わると、魔法族と人間は同じ場所に立っていました。そこに力の強弱なんてありません。世界の北の端っこで、魔法族と人間は二人の王の眠るその場所で約束をしました。
人間と魔法族が手を取り合う、優しさに満ちた魔法の世界にしてみせます、と。
それから世界はゆっくりと平和になりました。めでたしめでたし…とな」
アーデインの話が終わる頃、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。
「魔法族…つまりおれっちみたいなゴブリンや他の『亜人』ってやつは、みんなこの話を聞いて育ってんだ。人間と仲良くしねーと魔女がくるぞってな。プロペディアの場所は今じゃわかんねーけど、北の大地にある氷樹の森には今も亜人と人間が交わした和平の石碑があるって話だぜ。で、ポルタがそんな足でプロペディアから来たなんていうから、生まれ変わりかもって思ったわけ」
なるほど。そんな場所もわからないところから来た、なんて言ったら普通は嘘だって思われる。けど、中途半端に獣っぽかったからすぐに生まれ変わりなのか聞かれたのだ。
それにしても、和平が成立してる、というのはなんとなく予想してたけど、魔女が普通に登場して、あの後も人間や魔族と戦ってるというのは、少し以外だった。あの魔女――ミデンは、私が死ぬ事に意味があるとか言ってたのに。
「ねぇ、結局魔女って、なに?」
当事者である私が知らない事。それを、千年という月日が解明してるかも、と思った。
アーデインの答えは期待の半分、といったところだった。
「敵だ。この聖王伝説に出てくる『原始の魔女ミデン』が全ての魔女の親玉で、魔女達は『ヴォイド』って呼ばれる空間からこっちの世界に干渉してるっていうのが、いまのところ一番有力な説だな」
ヴォイド……聞いた事ない。どこかの場所のようだけど、その言葉は確か『虚ろ』とか『空虚』とか、なにもないって意味だった気がする。
「魔女はとんでもない力を持った化けモンだよ。自分達が生み出した魔物を遣わせて、世界をむちゃくちゃにしようとするんだ。ま、伝説についての話はこれから行くとこの奴が良く知ってるからそっちに聞くといいぜ。それよりおれっち、昼からすっげー気になってる事があんだけど」
好奇心が抑えられない風のアーデインが私の横に並んだ。
「あのさあのさ。ポルタはまじで、本物の、まじもんのプロペディアの誰かの生まれ変わりなのか? それって言っちゃうと、伝説の時代に生きた奴ってことだよな? な?」
キラキラとした瞳はまぶしいくらい。うーむ。こういう時どう答えればいいんだろう?
「プロペディアってどんな所だった? 聖王ってまじで優しい奴だったの? 魔法族の王は? 世界を守った神狼は見た事あるか?」
「えー…んー…」
プロペディアの名前を最初に出したばかりに面倒な事になってしまった。アーデインは頭の回転は悪くないみたいだから下手に嘘つくとすぐにばれそう。
感傷的な気持ちもどこかに行ってしまった。代わりにふつふつと悪戯心が生まれてくる。
私は一度辺りを見回して、ちゃんと周囲に人がいない事を確認する。それからロバの首に体を預けるように姿勢を崩して、アーデインの反応をじっくり見る事にした。
「私が生まれ変わりなのは、本当」
「まじで!」
「しかもプロペディアが炎に包まれたとき、その場所にいた」
「う、うぉおおお!」
アルビノゴブリンはもう興奮が抑えられないという風だった。
「そ、それで?」
私は眉を寄せて、考え込むようにする。ほんと、そういう詐欺と思わないのが不思議。
「んー…良く思い出せない」
がっくりと肩を落とした。面白い。
「でもその日はパレードをしてた」
顔が上がる。
「白い街にたくさんの花びらと音楽が流れてた。大きな狼に乗ったまお――魔法族の王がみんなに手を振ってた」
「お、おぉ!」
「王様も見た事ある。優しい人だった」
「やっぱりか! やべぇ興奮しすぎて鼻血出そう! 大丈夫おれっち、血まみれになってない?」
血まみれにはなってないけど、こっちが何か言う度に目を見開くからそろそろ目玉が取れそうで怖い。
一度落ち着いて、どうしたら一番いい演出になるか考える。なるほど、魔王が言ってた事がちょっとわかった。舞台を整えるというのは大切だ。私がフェンリルだって言ったらこのゴブリンはショックで死んじゃうかもしれない。
「アーデインはその伝説の事好きなの?」
聞いてみると彼は腕を組んで大きく頷いた。
「あったりまえさ。おれっち散々お袋に言い聞かされたからな。二人の王が魔女に言い返す場面、そこが好きなんだ。こうなんていうか、互いが互いを補い合うってか、想い合っててさ。ガキの頃からなんかいいなって思ったんだ」
その言葉には私は複雑な表情をしてしまう。話では確かにすごくいい事言ってたけど、いや、魔王もいざとなればいい事言うかもしれないけど、二人ともちょっと残念な理由で国を手に入れたり和平を目指したから、アーデインの綺麗な思い出に水は指せない。
記憶の中の魔王が言う。
「世のおっぱいを我が手に!」
プロペディア国王が言う。
「僕の王国があればなんでも許される!」
…真実は歴史に埋もれたままでもいいんじゃないだろうか。
「へへ……普段から弱い奴に手を差し伸べられなきゃ、本当に助けが必要な弱い奴には手を伸ばせないってな。憧れちゃうよなまったく」
「あれに憧れるのはちょっと」
「え? なんかいったか?」
いや。何も。
それより、関係ないところで個人的にすごく気になるところがある。それはもちろん、私の事だ。
「そういえば、燃える月を消したのは狼だって言ってたけど」
露骨な誘導。話を振ると、アーデインは今まで以上に目を光らせた。
「そう! そうだよ! 魔法族の王は狼に乗ってたんだろ? どんなだったんだ?」
今にもロバに登ってきそうな勢いのアーデイン。私はちょっと引きつつもその食いつきっぷりにうれしくなる。
でも落ち着いて。私は私の舞台を整える。
「えっと、その前になんでそんなに食いつくの?」
「なんでって――あぁ、えっとわりぃ。でもほら、ポルタだって神様ってやつがいたら姿を見たいだろ?」
「…? まぁ、そうだけど」
「そういう事だよ。この伝説の中でも炎の月を鎮めた狼――神狼フェンリルは今じゃ人間や亜人にとって守護神なんだ」
守護神。神狼フェンリルが守護神。私守護神?
きょとんとする私を置いてアーデインは話を続ける。
「話の中じゃぽっと出のやつだけどさ。滅び行く世界を守ったのはフェンリルなんだ。ほら、おれっちも持ってるぜ、お守り」
ぽんと渡されたのは金属のレリーフ。紐でぶら下げられるようになってるそれには、月に吠える狼の紋章が刻まれていた。
「火事から事故まであらゆる災いから守ってくるありがたいお守りだぜ? こう、手のひらで握ってるとあの空の向うから見守ってくれてる気がすんだ……」
ごめん、見守ってない。見守った事もない。
お守りを返すと彼は両手で握り締めてキラキラ顔のまま祈り始めてしまった。祝詞まであるみたい。
……どうしよう、言い出しにくくなった。私はそんな仮称フェンリル教の信者を裏切ってる気持ちに耐えられなくなって視線をそらした。
そんな私に罰を与えるように、無垢な信者が攻め立ててくる。
「なな、それでどんなんなんだ? 教えてくれよ!」
「え、えぇっと、大きさはアーデインくらいなら丸呑みに出来るともう」
「おぉ! でけぇ!」
「色は灰色と白」
「白一色じゃないんだな! やっぱりかっこいいのか?」
「えっと、凛々しい?」
「うぉおおお! それでこそ神様だぜ! あ、歩き方とかやっぱりカリスマみたいのがあるのか?」
カリスマ。
「性別はどっちだった? 目の色は? 声とか聞いた? 他のヤツの反応とか――」
答えるたび、なんだか罪悪感ばっかり募ってく。
私はそれから日が沈むまでかつての自分を自己採点しながら他人に伝えると言う作業を繰り返した。
なんでこんな事になったんだっけ……? あぁ、私が死んだからか。




