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フェンリルさん、おいしそう  作者: ひなみそら
第二話:楔ありけり
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アーデイン・ボルバッティア

「言葉はわかる?」

 こくり。

「歩けないのは病気?」

 ふるふる。

「何か喋れる?」

「あー…」

「おーけー。わかってきた。歩けないというか、歩き方がわからない?」

 こくり。

「ちかくの町とか、村の子?」

 ふるふる。

「誰かに連れてこられた?」

 ふるふる。

「じゃ、一人で?」

 ………。

「狼の子じゃないんだろう?」

 …………。

「あぁ、ちょっとわかんなくなってきた」


 私の手に刺さった木片を丁寧に取り除いた彼は、ゴブリン色の塗り薬を塗りこんで、包帯を巻き始めた。既に左手と、両膝も同じ処置をしてある。手際がいい。薬は変なにおいがするけど、なんだか効きそうな感じがする。おいしくはなさそう。色がアレだから使ったらゴブリンの肌になるのかと思ったけど、この際気にしないでおく。

 あれから私はアルビノゴブリンのアーデインに連れられて少し山を登った場所まで連れてこられた。開けた場所は彼がキャンプの用意をしていた場所で、具合のいい倒木もあってなかなかいい物件。近くでは荷物を降ろしたロバが下草を優雅に食んでいた。

 私が危惧した事は一切なかった。アーデインはひどく人間くさくて、気遣ってか私の肌を見ては目をそらすばかりだった。

 陽が暮れた今は火を焚いて、鍋で煮ているものが出来上がるまで私の傷の治療をしてくれている。目のやり場には困る、という理由で肩にごわごわの毛布を羽織らせて、紐と枝で簡単な外套を作ってくれた。器用。

「歩き方がわからなくて喋れなくて、誰かに連れてこられたわけでも一人でやって来たわけじゃない、ね。まったく意味わかんねーや。まるでこの山にぽっと現れたみたいじゃん」

 こくり。

「え、まじで?」

 こくこく。

 質問に答えると、彼はぽとりと私の手を落とした。包帯はまだ結びかけて、解けはじめてしまう。何やってるんだろう。手を持ち上げると、すぐに彼の意識は戻ってきた。

「あ、わるい。でも、えー…まじで? そんな事あんのか…?」

 複雑な表情のゴブリン。表情豊かだ。何よりおしゃべり。

 信じられない気持ちはわからないでもないんだけど、事実なんだから仕方ない。もし私が言葉を自在に操れるなら、それとなく教えてあげられるんだけど。

「つまりあんたは気がついたらこの山にいた、みたいな感じか? 正直、仕草とかそういうの見てると狼に育てられたって言う方がよっぽどしっくり来るんだけど。でもこっちの言葉がわかんのが矛盾すんだよなぁ…でもまぁいいや。ちょっとずつやってこうぜ」

 包帯が無事に結び終わったところで、火にかけていた鍋が吹き零れた。その中では銀色の丸い金属が煮込まれてる。タイミング的には夕飯の時間なんだけど、金属を食べる趣向は流石にない。ゴブリンの姿したゴーレム族かなにかかな?

 と、思っていたらアーデインはなんともいえない形の道具を取り出して、平たい部分に当てて小刻みに動かし始めた。どうやら中身を食べる食べ物だったみたいだ。中身は、スープ……え、そういう木の実があるの?

「…別に驚くこたないだろ。普通の缶詰だよ。見たことないって事は田舎育ちか? 今時田舎でもありそうなもんだけど」

 軽いお皿に注いだスープをスプーンと一緒に受け取る。田舎育ちかと言われればそうなんだけど、それなりに大陸を走りまわった私でも始めてみたものだ。見た所、旅に持ち込む程だから保存の利くモノのようだし、そういうのは人間の軍隊が率先して使ってそうだ。だけど、今まで戦ってきて戦利品に一個も混じってなかったのはおかしい。実はレア物かも。

 アーデインは自分の分も皿に注いで、すぐ傍で食べ始めた。私も、スプーンの柄を握ってぎこちなく口に運び始める。

(あ…)

 野菜と肉の入ったスープはきっと素朴なもののはずなのに、口に含んだ瞬間になんだか涙が出た。それをみたアーデインが大きな目を開いてぎょっとする。

「おいおい、なんだよ。どうしたんだよ。びっくりするじゃないか。おいしくなかったのか? た、確かに一番安い缶詰だけどさぁ、ご馳走してやってんだぜ?」

 違う。そうじゃない。私はすぐに首を振って、おいしいんだって表現するためにスープを一生懸命口に運んだ。

 涙が出たのは、おいしかったからだ。味がした。とても単純な事なんだけど、味がしたのだ。味覚が戻ってるのはわかってるんだけど、私が知ってるのは血の味ばかりだ。魔王と出会う前に失い始めて、ほとんど感じなくなった頃に魔王がうまいうまいと言う料理というものを複雑な感情で食べた事があったから、だから涙が出た。諦めていた事だから、まったく油断してた。料理と言うのはこんなにいいものだったのだ。

 不器用にスープを掻きこんで、毛布で涙を拭く。味わいたいところだけど、恥ずかしさが勝ってしまった。魔王がここにいたら笑われる。大爆笑確定。

 一息ついてると横からかぴかぴのパンが差し出された。このゴブリン、無礼にもこれ以上私を泣かせるつもりか。

「なんで睨むんだ……えっと、それでさ。お前、これからどうすんの?」

 とりあえずパンはもらっておく。かじりつくとぱさぱさなりにとてもおいしい。

「いや、だからさ。目的地があるならいいんだけど、今のままじゃ色々不便だろ。少なくとも一人じゃぁさ」

 目的地……というか、目的ならある。魔王や、魔王軍の仲間に会うという目的が。今すぐ必要じゃないけど、あれからどうなっているかは気になる事だ。ゆくゆくは合流できたらいいと思う。

 でも、それには私が喋れて、かつ一人で歩けるようにならないとだめだ。かつての仲間が私を見つけたとしても、喋れないんじゃ私がフェンリルのポルタだって証明できない。

 だから今は、首を横に振った。僅かな間を彼がどうとらえたかは、よくわからない。

「ふぅん。そっか。あ、確認だけど否定されたのは目的がある、ってところで、つまり目的が無くて、おれっちを頼ってくれるって意味だよな?」

 目的はあるってば。でも頷くと、アーデインは照れくさそうに長い鼻の下をこすった。

「へへへ。そっかそっか。おーけーわかったよ。これも何かの縁だしな。色々世話してやるよ。このアーデイン・ボルバッティアがな」

 ……変な名前。

 世話をしてくれる、というのは正直うれしいけど、その点についての気がかりはひとつ。私はスープを掻き込む彼を指差して、意図を汲み取ってくれるのを待つ。

「なんだ? 何かついてる……ん、あぁ。なるほどな。ずばりおれっちの事を聞きたいんだろ?」

 アーデインはなんだか私と相性がいいのかもしれない。いい奴みたいだし。どっかの魔王とは大違いだ。

 もし万が一彼が奴隷商とかだったら最悪だ。ゴブリンの奴隷商とか、どうされるのか考えると嫌過ぎる。

 そんな考えは杞憂だったけど。

「そうだな。おれっちは簡単に言うと冒険者だよ。いろんな所を旅して、まぁ困ってる人を助けるのが仕事だな。魔物退治したりもする。自慢だけどな、こいつの腕だけは誰にも負けないって思ってるぜ」

 ぽん、と彼の体には不釣合いな大きさの弩を叩いてみせる。クロスボウ、とか呼ばれていたそれは、私が知っている弩とは違っているみたいだ。木製じゃなくて完全に金属製。それも折りたためて、不思議な模様が細かく刻まれてる。どこか芸術性も感じる品だ。

 何よりひしひしと肌に感じる気配……これは、精霊の力が関わってる証だ。

「実はこいつがだいぶガタきててさ。これから製作者の家に行くとこだったんだ。途中変な奴等がこそこそしてるから見張ってたら、あの場面にでくわしたってわけ」

 あの場面と言われて思わず毛布を手繰り寄せる。「わり」と短く侘びを入れてくれるけど、別にいいと首を振っておいた。

 ゴブリンの中には他の魔族と交流を経って独立した部族があるのは知ってる。けど、彼みたいに旅をしているゴブリンというのは初めてしった。それに冒険者、というのははじめて聞いた。

 服装だって結構しっかりしてるし、弩を見る限りかなり技術の発展した国なのは確か。カンヅメとかいう木の実もなるみたいだし、もしかしたら、大陸ひとつ違う場所に転生してしまったのかも。世界はまだまだ謎だらけだから。

「おれっちの考えじゃ、その親方のところでちょっと世話になろうと思ってんだけど。それでいいか? こっから一日ちょっとの距離だな」

 いいも何もほかに選択肢は無い。

 だからとりあえず頷いておいた。


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