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フェンリルさん、おいしそう  作者: ひなみそら
第二話:楔ありけり
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草地の娘


 死んだ。死んだと思ったら生きてた。言ってる事がわからない。私もよくわからない。

 でも、そうなのだ。死んだのだ。確かに、血を失って、眠るようになんだか幸せな気持ちで死んだ。

 なのに生きてる。不思議。すごい不思議。これってすごいのかもしれない。死んだけど生きてる。すごい。魔王もびっくり。

 いやいや。でもよくよく考えたら死んでるかも。だって、なんていうか死んだもの。だから生きてるようで死んでるのかも。ゾンビかも。それはやばい。魔狼のゾンビとかやばいと思う。絶対強い。

 あぁ、なんだか思考が楽しくなってきた。ふふ。私なんだかおかしいかも。あぁ、楽しいな。楽しいな。楽しくて仕方ないな。考える事ってこんなに楽しかったんだっけ。なんだかすごく懐かしい。なんだかすごく、うれしいな。

 閉じたままの目蓋が日の光に焼かれてる。朝かな。すごく気持ちいい暖かさ。体に触れているのは草かな。柔らかくて、ふわふわのベッドみたいだ。息を吸うと、若葉の香りが胸いっぱいに広がる。

 鳥の声がずっと遠くに聞こえる。獣の声は聞こえない。枝葉の揺れる音が心に染み渡る。一つ一つが新鮮だ。何年も、何百年も聞いてきた音だろうに。

 体を動かしてみる。ふふ、やっぱりだ。これも新鮮。すぐに理解した。私は死んだってこと。そして、生きてるって事。

 だってほら。


 太陽にかざした手が、人間の手だもの。びっくりだ。


 ころりと横になって、自分の手をまじまじと見る。小さい手。きめ細かな肌。すべすべで白くて、細くて長い指がついてる。弱そうだけど綺麗な爪。握って開いて、指先一つ一つの感覚が新鮮で仕方ない。

(へぇ? ふぅぅん?)

 反対の手のひらを指先で触って、手のひらというのは意外と敏感だって事がわかった。走りなれてない肉級並み。

 次に顔を触ってみた。こっちもすべすべもちもち。特に頬がすごい。ふにふにとしてる。口に含んだらおいしそうだ。舌を出して指先をなめてみるけど、土の味がした。味覚がある。ふふ、なるほどなるほど。

 それから薄い唇にに触れて喉に触れて思いつく。

(人間なら喋れるんじゃないの?)

 簡単に折れてしまいそうな首に手を置いて、ぱくっと口を開いて喉を振るわせる。

「あー…? あー!」

 声。かわいらしい少女の声だった。

「あー!」

 空に向かって大きく声を出すと、喉が痛くなった。全然小さな声。でも、確かに自分の声。

 でも、思ったように喋れない。そういえば、人間は口の形を変えて喋るんだっけ?

「あー…うー…ん…」

 口を閉めてくと音が変わる。不思議。これを操ってるのか、人間は。すごい。馬鹿にしてた。

 一通り楽しんで、青空を眺めながらため息ひとつ。

(それにしても、人間。人間かぁ…)

 空を仰いだまま、私はもう一度小さくため息をついた。不思議なくらい冷静な頭がはじき出した結果を、ゆっくりと飲み込んでいく。狼の姿のままだったら死後の世界を疑ったけど、どうやら具合が違うらしい。

 自分の身に起こった事をまとめてしまえば、これは『転生』という奴だった。死んだ魂が別の器に宿り、再び世界に生まれる事。本来なら記憶を全て失って、ゼロから始めなきゃいけないはず。だけど魔族の中には高い魔力を保有した状態で死ぬと、記憶を引き継いだまま新しい肉体を手に入れるって祖父から聞いたことがあった。ただしそれは赤子から育つ段階で記憶の大半は失ってしまうから、証明された実例が少ない。それに、どう見ても私の体は赤ん坊のそれではない。歳はわからないけどある程度育ってる。その理由に検討をつけるなら、私の魔力が増幅する満月だったという理由よりも、魔王と魂の契約をしていたから、かもしれない。

 そもそも魔王は親を持たず、必ず魔力の淀みから生まれ、とんでもない魔力を持って生まれてくる。そして、殺された時には必ず記憶を引き継いだまま再び淀みより生まれてくる。ある程度育った肉体で。

 ここからは仮説だけど魔王の転生の力は魔王が何らかの魔法で転生してるんじゃなくて、そういう『転生をする』種族だからできるという事。。魔王がその転生種だとすれば、契約によって互いの力の一端を譲る際に、駒である私にも転生の力が付与されている可能性は十分にある。

(とはいえ、声を出した感じじゃ私――フェンリルが持っていた氷の魔法の力は失われてる。という事は魔王ほど完全な転生じゃないし、魔王が私に渡した力、魔力の根源は意味が無い)

 あー…ちょっとテンション下がってきたかも。魔王が私にくれたのは種の持つ力を増幅する力だった。自身の保有する魔力が失われるとそれを補うように加えられる、上質な魔力。魔法が使えなくなった今、私は転生したただの人間でしかない。

 あれ。しかも赤子から育ってるわけじゃないから上手く喋れないし。下手したら立てないかもしれない?

 急に焦りが出てきた私はゆっくりと体を起こす。仰向けからひじを突いて、伸ばして、上半身を起こすことは簡単だった。ぱさぱさと視界に落ちてくるものがある。髪の毛だ。

 長い髪の毛は綺麗な水色をしていた。それは私が慣れ親しんだ氷の色。深いところにある雪の色だ。髪色、合格。

 体のほうは、まさしく少女のそれだった。筋肉の付いてない手足、牙を立てたらおいしそうなおなか。控えめな成長途中の胸。細くてしなやかな足。狼から見たら貧相だと思うけど、滑らかな流線美は全然合格だと思う。芸術品レベル。剥製にして飾りたい。あ、私の体か。

 とりあえず、膝を曲げて足の裏を地面につける。両手両足をつけて腰を浮かし、右手、左手と順番に手を離しながら膝を伸ばしてみた。必要な筋力がないわけじゃないから実に簡単だった。

「お」

 ふらふらしながらも立つことができた。ただしかなり大股。尻尾が無いからバランスをとるのが大変。なんで無くなった?

(立てた……けど、歩くのってどうするんだ…)

 歩くには片足を持ち上げなきゃいけない。二本の足で立ってるのに片足を持ち上げる。つまり、次の足が前に出るまでバランスをとらなきゃいけないようだ。尻尾も無いのに?

 案外簡単かもしれない、と足を持ち上げた私は一歩だけあるけてその次は案の定倒れた。前に。おかしい。人間は普通にできる事なのにこの私ができないなんて。

(あ、これはできる)

 膝をついて四つんばいでの移動は簡単だった。慣れ親しんだ動作に近い。つい癖で手を軽く握ってしまう。移動はこれでいいんじゃないかな、と思った矢先、草に隠れた石を膝で踏んだ。ゴリッっていった。すごく痛い。見れば血まで出てた。人間弱い。靴を履く理由がよくわかった。

 とりあえず斜面を登る。私がいる草地は森に囲まれた場所にあるみたいだ。花が咲いていて蜜蜂が飛び回ってる、風が通り抜ける気持ちのいい場所だけど、高い木々が邪魔して森の奥は何も見えない。雲が近いから平地ではなく、山の一角ではあるようだけど。

 とりあえず、草地の真ん中に座り込んで傷ついた膝を舐めておく。気持ちも落ち着いてきたし、これからどうするか考えなきゃいけない。

 ひとまず、膝の痛みがここが魂だけの世界じゃなくて肉体も存在する現実だって理解した。

 魔王が悩まされていた記憶の混濁は無いみたい。気持ちの方も、あんな事があったのに結構落ち着いていて、むしろちょっと楽しい。それに魔王の事も悲観する事は無い。むしろ私がこんなに早く蘇ったのだ、魔王だってすぐにどこかで『ふわあああ!』って蘇ってるに違いない。魔力を奪われたのは気がかりだけど、私だってからっぽになった状態で死んで蘇ってるのだ。それに優秀な部下がたくさんいる。なんとかなるだろう。私が駆けつけられない、というのが不本意ではあるけど。

(いまのところ、魔王の事は魔王がなんとかするしかない。心配するだけ無駄。だから私も、自分の事は自分でしないといけない)

 考えたら魔王よりむしろ私の方が深刻。同じ姿で蘇ってた魔王と違って、私は今人間になってしまったのだ。狼との差異に既に歩行から苦戦してるし、体の弱さは決定的。現在位置もわからないし、本能で感じていたはずの、魔王のいる方角だって感じない。下手したら魔族に襲われる可能性だってある。人間だから。飢えや渇きもある。

(人間なら人間の町に行くのが一番。だけど、それまでに膝がぼろぼろになりそう)

 私の記憶が正しければ、あまり四つんばいで歩く人間はいないはず。町に着くまでに歩けるようにならないといけない。それ以前に、身につけるものも必要。人間は裸体を他者にさらす事を恥とするから。

 ……課題山積み。魔王早く迎えに来て。

 見上げた空はさわやかなまでの綺麗な水色。普通に死ぬよりはましだったけど、これはこれで大変そうだった。


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