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第1話 序章

 「その日」は突然やってきた。


 その時、僕はまだ知らなかった。

……それが、人工生命体たちとの、冒険の始まりになるなんて。


 五十代が見えてきて、そろそろ老後の計画をたてなきゃなあ、と思い始めた頃、届いた一通のメール。

それが全ての始まりで、僕のささやかで平凡な人生を、冒険へと連れ出すアラームだった。

企業の口コミ・転職サイトのスカウトメール。


 ああ、また転職エージェントかな?

まあでも、一応確認しとこうか、そんな軽い気持ちで、僕は内容を確認した。

そこにはこう書かれていた。


 やあ、ミスター・シゲオ・タナカ、いや、田中くんでいい?

 僕は、ネクスト・ミリオンのジョン・アダムス。

 知ってるかな?


 まずね、このスカウトは大勢じゃなく、田中くん一人に向けたものだよ。

 実はさ、次世代のAIを開発したんだけど、テストエンジニアをお願いしたいんだ。


 興味があったらオンラインでお話しようよ。

 ラフな感じでね。


 待ってるよ。


 なんだこれ?ジョークなの?

いや、ラフすぎるでしょ。はともかく、ネクスト・ミリオン。

アメリカのAI大手だ。しかもジョン・アダムス?

ミリオンのCEOにして、有名人。

だけど、僕はただの平凡なITエンジニア。

何故?何ゆえ僕に?

……どうして、どうしてなの?ジョン!


 ジョン・アダムスについて考える。

誰もが憧れる超億万長者。

でかい高級住宅に、高級家具。

高級車を何台も所有し、プライベートジェット。それに、別荘もいくつかあるだろう。

それらをイメージしようとしたけど、途中で諦めた。

うん、わからん。

負け惜しみではなく、僕はそれらに本当に、全く興味がなかった。


 もし、ジョンが僕と同じタイプなら……。

まったく、馬鹿げた妄想に我ながら呆れた。

ごくごく凡人の僕と比較して一体何になる?

はぁ混乱しているな。

……一服しよう。そう、落ちついて、ゆっくり考えればいい。

タバコ吸って、猫たちにエサをあげて、トイレ片付けて、お風呂に入って考えよう。

うん、それがいい。


 あれこれ済ませ、お風呂につかる。

転職エージェント、名前は不掲載のはずなんだけどな。

どうして、僕の名前がわかったんだろう。

あまり、気持ちのいい話じゃない。

……少し、不気味だ。

ただ、僕のエンジニア・スキルが目当じゃない。

まあ、それくらいは、わかる。


……なんだかな。


 お風呂から出て、夕食をとり、もう一度スカウトを見直し考える。

―お話しようよ―

“お話“は、転職サイトを通してのオンラインミーティングになる。

何かしらの勧誘や、甘い言葉で誘って来たときは、切ればいい。

それに、僕は転職する気はない。

僕が転職サイトを利用しているのは、企業の口コミを見るためだけだ。

うん、正直に言おう。僕は好奇心を抑えられずにいる。

ネクスト・ミリオンが、ジョン・アダムスが、何故僕を選んだのか。


……その理由が知りたい。


 そうこうするうちに、ガチャリと家のドアの音がした。

妻が仕事から帰宅したようだ。

リビングに入ってくると、肩にかけたかばんを下ろした。

「シゲタ、ただいまー、ただいまにゃー達。ねぇ、今日はあったかかったよ」

妻は僕のことをシゲオではなく、シゲタと呼ぶ。火の鳥に登場するロボット、ロビタのもじりだ。

そして、僕は妻の事をテラと呼んでいる。

「おかえり、テラ。ああ、そうみたいだね」

リモートで働く僕は外に出ていないけど、日中、窓からさす日差しが暖かかった。

猫たちが、窓辺で気持ちよさそうに寝ていたのを思い出す。


 いつもテラは部屋着に着替えながら僕と話をする。

朝、山手線が止まり、そのおかげで大江戸線が混雑したとか、会社の変わった人のエピソードとか。

そんな、他愛のない話だ。


 僕はテラが食事を終えるのを待ち、この件について伝えた。

「テラ、あのさあ、ネクスト・ミリオンからスカウトが来たんだ」

「ネクスト・ミリオン?あのAIの?」

テラは目を細め、怪訝な顔をしている。

「そう、AIの」

「何故?何ゆえシゲタに?」

僕と同じ疑問だ。

「うん、わからん。次世代AIのテストエンジニアだってさ」

テラはますます混乱したようだ。

「次世代AI?なんで、どうしてそんな凄い話があなたに来るの?」

「それにテストエンジニアって、そんなに経験ないでしょ?」

確かにそのとおりで、僕は開発メインで、企業向けのアプリ開発が多い。

「うん、だから、その理由を聞こうと思って」

テラは驚いた顔をしている。

「えっ、その話うけるの?」

「いやいや、話を聞くだけだよ。転職する気はないよ」

心配そうな顔だ。

「大丈夫なの?それ」

「転職サイトのスカウトだし、オンラインミーティングもサイト経由だから、多分大丈夫」

まだ、やや心配そうな顔だ。

「まあ、いいけど、無理しないでね」

「うん、大丈夫」


 さて、テラにも報告したし、話を進めるか。僕は転職サイトを開いた。


もう引き返せなくなる。そんなことに、気づきもしないで。


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