第26話:皇帝陛下とお茶会、そして王子の嫉妬は限界突破へ
晩餐会での「古代魔導書一瞬でデバッグ事件」から翌日。
帝国の宮廷魔導師たちは、私とすれ違うたびに「デ、デバッガー聖女様だ……!」と怯えたように道を譲るようになっていた。
そんな中、私とギルバートは、ガルザ帝国を統べる最高権力者、ゼノス皇帝陛下からの直々の招待を受け、宮殿の空中庭園でお茶会に臨んでいた。
「――素晴らしい。まさか我が国が百年かけて解けなかった術式を、前世の『えくせる』とやらの概念で一瞬にして書き換えてしまうとはな。隣国の王太子妃は、噂以上の傑物だ」
豪奢な黒と金の長衣を纏い、不敵に微笑むゼノス皇帝。彼は実力主義の国のトップだけあって、私のチートな能力を侮るどころか、非常に深く面白がっているようだった。
「もったいないお言葉です、皇帝陛下。私はただ、複雑すぎる処理を少し整理しただけですので……」
「謙遜するな。どうだ、ユキ殿。もしよければ、ギルバートとの婚姻を解消し、我が帝国の皇后としてこちらに永住せぬか? お前が望むだけの魔導具も、開発環境も、すべて俺が用意してやろう」
皇帝が美しい顔をニヤリと歪め、冗談とも本気ともつかないトーンで私を口説くように身を乗り出してきた。
その瞬間。
バキィィィィン!!!
心地よい風が吹いていた空中庭園のガラスのテーブルが、凄まじい衝撃波と共に一瞬で粉々に砕け散った。
「――おい、ゼノス。他国の、しかも俺の唯一無二の妻に向かって、ずいぶんと不躾な寝言を言うんだな。今すぐその薄汚い国ごと、俺の魔力で消し飛ばしてやろうか?」
ギルバートだった。
眼帯の外れた両のアメジストの瞳は完全に漆黒に染まり、全身から吹き荒れる狂暴な魔力が、空中庭園のバラの花びらを一瞬で枯らせていく。その顔は、愛するおもちゃを奪われそうになった狂気の魔王そのものだった。
「おっと、怖い怖い。さすがは『呪いを解いた最強の王子』だ。少しからかっただけだというのに、本気で世界を滅ぼしそうな魔力を出すな」
ゼノス皇帝は楽しそうに肩をすくめたが、その額には冷や汗がにじんでいる。ギルバートの独占欲の強さは、一国の皇帝すら戦慄させるレベルだった。
「ギ、ギルバート、ストップ! 机が壊れちゃったよ! 落ち着いて!」
私は慌ててギルバートの首に両腕を回し、その胸に顔を埋めた。
いつもの「猛獣使いの抱擁」である。
「……ユキ。あんな男の言うことなど聞かなくていい。お前が欲しい魔導具も、開発に使う紙も、俺が世界中から奪ってでもすべて用意する。だから、俺の側から一歩も離れないでくれ……。ユキ、ユキ……っ」
さっきまでの魔王はどこへやら、ギルバートは切なげに眉を寄せると、皇帝の前であることも忘れて私を壊れ物のように強く、強く抱き締め返してきた。私の髪に何度も何度も愛おしそうに唇を落とす姿は、完全に限界突破した過保護旦那様だ。
「うん、どこにも行かないよ。私はギルバートだけの奥さんだもん」
私がそう言って微笑むと、ギルバートの耳は真っ赤になり、私の唇に、皇帝の視線など無視して深く、甘い口づけを落としたのだった。
◇◇◇
お茶会が終わり、私たちが滞在先の客室に戻ると、足元で大人しくしていたランが、険しい顔で鼻を鳴らした。
『主よ、金髪王子のイチャつきに隠れて見えにくかったが……。さっきの晩餐会で恥をかかされたあの間抜け魔導師、どうやら裏で良からぬ動きをしているぞ。帝国の地下奥深くに眠る『禁忌の魔導兵器』の制御室に、奴の魔力の残滓を感じる』
(ヴァルカン……。まだ凝りてないのね)
せっかくのハネムーンを邪魔しようとする不穏な影。
だけど、愛する旦那様との甘い時間を邪魔するバグ(邪魔者)は、元OLの意地にかけて、徹底的に排除してあげるまでだ。




