第13話:凱旋帰朝と、未来の王妃の日常
神殿の最高神官バルフレアの陰謀を暴き、王宮の歪んだ権力構造を文字通り一瞬でひっくり返してから数日。
王宮内は未だにその余波で大騒ぎらしいけれど、私、お父様、ギルバート殿下、そして聖獣王ランの御一行は、何食わぬ顔で住み慣れたアラカルト公爵邸へと凱旋していた。
「ユキ様! お帰りなさいませ!」
「神殿の悪党どもを一人で壊滅させたって本当ですか!? 流石は私たちのユキ様です!」
お屋敷に到着した途端、三つ子のメイド――マリエル、ミリエル、ムリエルが目をキラキラと輝かせながら飛び出してきた。すでに王宮での大立ち回りは尾ひれがついてお屋敷に伝わっているらしい。
「みんな、ただいま。壊滅だなんて大げさだよ。ちょっと魔力を込めたら、水晶がびっくりして割れちゃっただけだから」
私が苦笑いしながら答えると、後ろからついてきていた子犬サイズのランが、ふんぞり返って鼻を鳴らした。
『主よ、謙遜がすぎるぞ。あの老いぼれの結界ごと神殿の至宝を粉砕したのだ、国がひっくり返らなかっただけでも儲けものだ』
「もう、ランまでそんなこと言って……」
◇◇◇
「ユキ、本当によく頑張ってくれたね。お父様は君が誇らしいよ……! だが、同時に恐ろしくもある! あの王子が、君を本気で王宮へ連れ去ろうとするスピードが上がってしまった!」
食堂に入るなり、お父様がガバッと私に抱きついて涙を流した。相変わらずの親バカ全開である。
「あらダリオス、ギルバート殿下の呪いも完全に解けたのですもの、お祝いムード一択よ。ユキ、これでもう貴方を不当に呼び出す悪党はいなくなったわね。これからは堂々と、未来の王妃としての花嫁修業を始めましょう?」
お母様が上品に微笑みながら、とんでもないパワーワードを口にする。
「は、花嫁修業ですか……っ?」
「ええ。とは言っても、アラカルト公爵家の娘として、そして我が国を救った『真の聖女』として、貴方はもう十分すぎるほどの格を持っているわ。まずは美味しいお茶の淹れ方や、殿下の好みをリサーチすることから始めましょうね」
前世では、上司の好みの缶コーヒーを自販機で買いに走るような不遇なOL生活を送っていた私が、今度は一国の王子の好みをリサーチする花嫁修業をするなんて。人生、どこでどう転がるか本当に分からない。
◇◇◇
その日の午後。お庭のガゼボで、お母様直伝のハーブティーを淹れて一息ついていると、私のすぐ後ろの空間が、最早お馴染みとなった予兆と共にゆらりと歪んだ。
「ユキ、迎えに来た」
「ひゃあ!? ギ、ギルバート殿下!?」
現れたのは、これまた当然の権利のように結界をすり抜けてきたギルバート殿下だった。
しかし、今日の殿下の姿を見て、私は思わず言葉を失ってしまう。
いつも彼の左目を覆っていた、あの禍々しい黒い眼帯が外されていたのだ。
露わになった彼の左目は、右目と同じ、吸い込まれそうなほどに美しい、濁りのない極上のアメジスト色をしていた。
「殿下、左目が……! 呪いの紋章が、完全に消えています……!」
「あぁ。お前が神殿でバルフレアの呪符を焼き尽くしてくれたおかげで、俺の身体に二十年間こびりついていた悪魔の呪いが、完全に消滅したんだ。……すべて、お前のおかげだ、ユキ」
殿下は優しく微笑むと、私の前に片膝をつき、私の両手をそっと包み込んだ。
眼帯が外れた彼の素顔は、前世のどんなアイドルや俳優も霞むほど、神々しいまでに美しかった。
「呪いが解けた今、俺を『悪魔の申し子』と呼ぶ者は誰もいない。国王陛下も、お前を正式に俺の婚約者――次期王妃として迎えることを全面的に認められた。もう、誰もお前との仲を邪魔することはできない」
殿下の綺麗な両目が、じっと私を見つめる。その瞳の奥に灯る、私への狂おしいほどの執着と溺愛の炎は、呪いが解けてさらに勢いを増しているようだった。
「ユキ。俺のすべてを救ってくれたお前を、生涯をかけて愛し、溺愛し尽くすと誓う。……だから、早く俺の城へ来てくれ」
そう言って、殿下は私の左手薬指の指輪に、熱いキスを落とした。
不器用だった王子様からの、完璧すぎるほどの甘い猛アタックに、私の心臓はまたしても限界を迎えそうになるのだった。




